2025年10月29日水曜日

スナアカネ Sympetrum fonscolombii の最新の分類学的な位置について

                   
                 夕日を受けて休むスナアカネ 2017.9.19 南相馬市

もう1つの論文 
 文献  A.V. Mglinets et al. ( 2025)では、前回同様に核DNAの分析にヒストンH3-H4領域の配列を用いた系統解析をトンボ類でおこなったところ、この新しいマーカーはトンボの分子系統分類においても有効性を示し、アカトンボ類において新知見を得るとともに既往の研究結果をさらに支持するものになった。と述べています。
 一つ目はキトンボ Sympetrum croceolum  の塩基配列はオオキトンボ S. uniforme  のそれに完全に内包していてキトンボはオオキトンボの単系統的子孫と考えられると述べています。
 もう1つはスナアカネ S. fonscolombii です。本種は他のSympetrum 属の各種から大きく分岐していることが明白に示されました。このことは Pilgrim & von Dohlen (2012) の研究結果と合致していて、スナアカネは アカトンボSympetrum 属から新属に移されるべきだとしています。
 これについてはかつてSchmidt (1987) が、スナアカネは他の Sympetrum 属と違って、移動性が極めて大きく、分布がヨーロッパ、アフリカ、中央アジア、インドさらに一部極東まで広がっていることや、その形態的特徴からTarnetrum 属に移すべきだと提唱しましたが、記載はされていませんでした(最もこの考えは、Pilgrimらの分子系解析でスナアカネがTarnetrum 属に近縁でないことが明らかになって、現在は否定されています)。 
 こうしたことから今回の結果を踏まえて、ヨーロッパの研究者がスナアカネを近々新属で記載することは間違いないでしょう。まあ、とにかくスナアカネはアカトンボの仲間ではない、全くの別物だったということです。
                                                                                               
                                                        参考 ペニスの比較  左:スナアカネ、右:アキアカネ (30倍)
                                                          
 余談ですが、最初にスナアカネはアカトンボの仲間でないと1987年に論文を発表したSchmidt氏 は、Erich Walther Schmidt 博士のことで、当時の西ドイツのボンにあるライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学の教育学部の教授でした。しかし、2年後の1989年8月に自宅近くで自動車事故によって亡くなってしまいました。博士は独身で、孤高のトンボ学者としてヨーロッパを代表する分類学の重鎮でした。そんな博士は朝比奈正二郎博士と親交が深く、朝比奈博士はしばしば彼の自宅に滞在して、各地の博物館所蔵の標本を調べたそうです。また2人でいる時には夜遅くまでトンボ談義に花が咲いたそうです。博士は意外にも自室にピアノを置き自らクラシック曲を弾くロマンチェストでもあったと言います。彼の死後、その遺言に従って、貴重なコレクションは朝比奈博士に送られ、現在は筑波の科博にシュミットコレクション(マダガスカルのトンボはかなり貴重だと思います)として大切に保管されています。

 ところで、スナアカネの長距離移動についてはかねてヨーロッパで関心が高く、最近では安定同位体比を用いた研究なども行われています。近年行われた水素安定同位体を用いた調査ではロシア・ヨーロッパには春から夏にイランなど南西アジア地域から成熟虫が飛来して、その子孫は晩夏・秋に今度はもとの南西アジア方面に越冬のために回帰飛翔し、それらは2000km、最大で4000Kmも移動すると言います( Sergey N. et al., 2020)。仮に2000kmとすれば、西日本からだと、北はロシアはハバロスクのはるか北、西なら中国北京のはるか西方にあたります。
 本やブログ等によると本種は飛来種で、大陸あるいは南方から飛来すると記述されています。最近は南西諸島では越冬が認められたり、目撃例が増えています、でも南方方面からの飛来と言ってもどこから来るのでしょう?遠くインドシナ半島での記録は多分なかったと思います。香港や台湾での記録も以前はそれ自体が話題に上るほど稀ですから、もしかすると南まわりのルートは可能性は低いかも。ミャンマー東・南部やタイ、ベトナムあたりで多数確認できれば可能性はあると思いますが。どうでしょう?
 Sergeyらの論文のスナアカネの分布図をお借りして示すと、インド洋から南・東シナ海に面する地域からは記録がほとんどないことが分かります。一方、ロシア極東地域一帯、例えばウラジオストック付近から日本海沿岸にかけて2015年にはかなりの個体が見られ、定着しているようだという報告(Onishko, 2019) もあり、急速に極東地域全般に本種が見られるようになったとも述べています。このような状況をみれば、大陸北部(中国)ロシア沿岸部から本種が飛来している可能性も疑う必要があるでしょう。
                     
     
               スナアカネの分布図(Sergey N. et al., 2020 より転載)
                  白枠は研究対象地域

 この図を見て、東アジアでの記録が少ないことの理由をいろいろと考えてみると、➀観察者の数が少ないため、②物理的障害がある(例えばチベット高原や天山山脈)③そもそも東に向かう気が無い、④たまたま気象条件によって数千キロ運ばれたなど、など。
 やはり中国やロシアの状況が分からない限り、この問題は解決できないと思います。あまりにも情報が少なすぎます。

文献
A.V. Mglinets et al. ( 2025),  A new molecular marker including parts of conservative histone H3 and H4 genes and the spacer between them for phylogenetic studies in dragonflies (Insecta, Odonata), extendable to other organisms. Vavilov J. Genet. Breed. 29 (6): 868-882. 

E. Schmidt ( 1987 ) Generic reclassification of some westpalaearctic Odonata taxa in view of their nearctic affinities (Anisoptera: Gomphidae, Libellulida) . Adv. Odonatol. 3 ; 135-145.

Onishko V.V. ( 2019 ) New records of dragonflies (Odonata) for Russia, with notes on the distribution and habitats of rare species. Evrasiatskii entomologicheskii zhurnal, 18: 222-230.

Pilgrim E.M., von Dohlen C.D. (2012) Phylogeny of the dragonfly genus Sympetrum (Odonata: Libellulidae). Org Divers Evol. 12: 281-295.


Sergey N., et al. (2020) Isotope evidence for latitudinal migrations of the dragonfly Sympetrum fonscolombii (Odonata: Libellulidae) in Middle Asia. Ecological Entomology  2020: 1-12.




2025年10月24日金曜日

最新の遺伝子マーカーによるミナミヤンマ Chlorogomphidae の高次系統分類と種の検討について

 最近の論文から

 1ヶ月ほど前にロシアの研究者から送られて来ていた新しい遺伝子マーカーを用いたトンボの系統分類の論文2編を開いて見てみました(読んでない)。DNA関連の文献はさっぱり分からないので、AI翻訳でパッと見てみたのです。
 まず、その一つThomas Schneider ら (2025) による Molecular phylogenetic analysis of the family Chlorogomphidae (Odonata, Anisoptera),  Invertebrate Systematics: 39 です。直接このブログには関係がないのですが、分子系統分類においても日々解析技術の改良が行われていて、トンボの分類学においても新しい分析方法が検討されていています。それによって新たな分類体系が構築されているということが分かりました。この論文はミナミヤンマ(現時点で南アジア~東南アジアに56種もの本種が記載されているそうで😗、本論文ではそのうちインドシナ半島をメインにした36種を対象にしています)の高次分類体系さらに系統樹から種レベルまで再検討しています。
 調査はこれまで広く使われていた核DNAのITS領域だけでなく、今回はDNAが巻き付いて保持される担体的な枠割を持ちさらに遺伝子の発現に関与するとされるヒストンH3-H4領域とミトコンドリアDNAのCOI遺伝子のバルコーディング断片領域を調べています。
 その結果、ITS、H3-H4およびCOIそれぞれの系統樹は異なるトポロジー的系統樹を示し、これらを特殊なソフトで解析したところ総括的な系統樹を作成できたとしています。
 彼らはこの分子系統分析からChlorogomphidaeは1科1属から成り、これまで Chloropetalia 属およびWatanabeopetalia 属として分けられていた2属はChlorogomphus 属に再統合することを提案しています。
    そのほか種レベルを含めた変更は以下の表のとおりです。
                                                                                               

  この表のようにかなりの種で変更が示されていて、論文によれば今後さらに台湾のタイワンミナミヤンマとイリオモテミナミヤンマをはじめ数種が統合されるようなことが述べられています。さらに分析領域を変えて調べれば、かなりの種がシノニムとなって統合されていくように思えます。
 ところで、共同執筆者のロシア人の Kosterin さんは大のMacromia 属(コヤマトンボの仲間)好きで、近いうちに多分、東南アジアのMacromia 属の分子系統分類をヨーロッパの研究者と一緒にやるに違いありません。いやすでに投稿しているかも?
 世界一の東、東南アジアの Macromia 属の標本を有し、多くの種の遺伝子解析データを持っている日本は結局、データを彼らに提供するだけで何もできないのでしょうか?日本の遺伝子解析データが海外の研究者にどんどん使われて多くの興味深い論文が発表されています。残念なことです。この辺が日本のトンボ界の限界か。
                       





2025年10月2日木曜日

消えゆくコバネアオイトトンボ Lestes japonicus

 いつの間にかいなくなったコバネアオイトトンボ

 よくよく考えてみたら、このトンボについては以前からあまり積極的に観察したことがなかったため、気が付いたらほとんどの既産地から姿を消してしまっていることに唖然としています。あれほどいた猪苗代湖畔もほとんど見ることができなくなり、赤井谷地周辺にも姿がありません。迂闊でした。個体数が多いことにかまけ、注意していなかったことが悔やまれます。
 オオルリボシなどに係わっているどころではなかったのです。

       かつてのマダラナニワトンボの大産地、現在はアシが繁茂して姿はない。なぜかコバネも見ない
                          
       マダラナニワとコバネアオの個体数が多かった沼、環境は変わっていないが姿はない

 かつて知った沼のほとんどで、開放水面が無くなりそうなくらいに水生植物が生い茂るなど、環境の変遷が激しく、個体数の多かった本種やマダラナニワトンボの姿は確認できません。その一方で、さほど環境が変わったとも思えない沼でも両種の姿はありませんでした。3年前にはそこそこ見られたはずだったのですが。他のトンボの数も少ないように思います。何かが起きているように感じます。
                   
            ようやく見つけたコバネがほそぼそと生きている沼

 既産地は全てダメ。これは大ショックでした。コバネは何時でもいいや、と高をくくっていたらこの始末です。ここから虱潰しに、ここと思う場所を毎日見て回りました。そして磐梯山山麓のとある沼でようやく数は少ないのですが、コバネアオイトトンボに出会うことができました。しかしこの沼も渇水状態で、開放水面はごく一部しかありません。枯死したコナギやヒシが絨毯のように一面に広がっています。コバネアオは水面に面した岸部の植物群落周辺にしか見られませんでした。
 とにかく個体数が少ない!歩き回ってもしょうがないと、1所にとどまって待っていると、9時ごろから♂が現れだして、10時ごろからは連結個体や産卵個体がしだいに見られるようになりました。
                   
               ♂この時期だと9時前後から活動開始となる。気温は17℃
                         
                    ♀はやや遅れて出て来る感じ

          連結して沼に飛来する。気が付くとこの状態で枯れたヨシなどに止まっている                 
 

         産卵は10時前後から始まり、午後にかけて産卵個体数は増加する。これは産卵のまね事
               
                 多くが枯死したヨシに産卵をおこなう 
                          
                サンカクイの群落があって、ペアが産卵のために訪れる
 
                 
                 水域から離れたブッシュ内の枯れたヨシにも産卵する
 

                     最初から単独産卵する♀も
                          
                    枯れた細いヨシに産卵する♀

                 最初は結構神経質だが、産卵に熱中すると無警戒に

  この地域ではコバネはマダラナニワトンボと一緒に見られるため、マダラナニワトンボも含めていなくなった理由をいろいろ考えてはみるのですが、一向に分かりません。なぜ急激にみられなくなったのか?コバネに限れば、同様なことはすでに青木典司さんのホームページ「神戸のトンボ」でも述べられてます。何なんでしょうね減少原因は。
 一方、「日本のトンボ」には本種の生息地が限られているのは硬い植物に産卵できないことも原因だみたいなことが記述されていますが、ホントかい?この沼での産卵は主に細い枯れたヨシにおこなわれていて、別に変わった植物ではありません。もし産卵植物の分布によって生息域が限られるなら、それはそれでとても面白い現象でしょう。きっともっと別の要因があると思います。
 
 コバネアオイトトンボを見ていて、なかなか面白い生態をしていることが分かりました。このトンボについては青森の奈良岡弘治さんが、それまでの知見を網羅しつつ、生殖行動の日周変化等を詳細に報告しています(TOMBO 50: 59-64 )。
 ただ、そこに示されている観察の結果は、ここ福島県猪苗代町での10月3 日における観察とはかなり異なる部分がありました。これは青森での観察が山間部の湿地内で行われたことや、時期が9月中旬(?)であったことによるものか、興味深く思います。
 私は朝8:30頃から16:00まで1ケ所にとどまって、コバネアオイトトンボの行動を写真を撮りながら観察しました。9時をまわるといつの間にか♂が沼の岸部や沼の水面にある主にヨシの枯茎などに飛来して水面上20cm の低い位置に止まります。気温が上ると緩い縄張りを主張するようになって、水面上で活発に他♂と競争するようになりました。水面上よりも水面から1.5mほどの範囲の、ややぬかるんだ岸部(水位が低下して露出した沼底)には細いヨシの茎が多いせいか、地上で縄張りを張る♂が多いようです。♂たちは活発に地面から10cmを低く飛び、丹念に茎に止まっているライバルを探し回っては闘争を繰り返します。
 9:30を過ぎると沼を取り囲む低灌木の茂みから次々に連結態のペアが飛来して、沼内外のヨシに止まりますが、交尾は観察されませんでした。これらのペアは繋がったまま水面を飛んだり、移動を繰り返したりしてましたが、10時ころになると水面上の枯れたヨシの茎に飛来して産卵を開始しました。ほとんどが水面から30cm以下の低い位置で、他のオスの干渉を受けながら産卵を続けました(この間頻繁に産卵場所を変えるペアも多い)。また最初から単独で産卵に飛来する♀も観察できました。
 産卵は昼から午後にかけて増加しました。不思議なことに午後は産卵域が水面から陸地へと移動し、交尾が観察されるようになる2時前後からは沼周囲を囲む茂みの混み入った灌木類の根元付近の枯れ枝に産卵する個体も多く見られ、ほとんどは地面から10cm程度と低い位置でした。生きている植物体への産卵は表皮が硬いサンカクイ(沼内の岸近くにある小さな群落)が唯一でした。
 一見すると水が全く無い場所での産卵はオオアオイトトンボを連想します。ただ産卵位置が極めて低い違いはありますが。
                     
            昼すぎになると地上10cm程度の高さに止まる♂が多くなる

              茂みの中の地際で産卵する 
          
             全く水がない20cmほどの高さの枯茎に産卵

 13:51に初めて交尾が見られました。その後夕方近くになるにつれ交尾個体数が増加しました。さすがに交尾はいずれも地上0.3~1m以下の位置で見られましたが、沼を囲む灌木の茂みに沿って(沼に面した方)ヨシやサンカクイの茎に止まっておこなわれることが多いようです。
                    

               同じペア、♂の翅が1枚失われている
                    
                     
                交尾のいろいろ

 交尾が終わるとどうなるか?残念ながら見てません。朝から見ていて疲れてしまいました。こんなに生態が時間と共に変化することを予想していませんでした。交尾後、♀は産卵するのか、もしかするとこのまま分かれて産卵はせず、翌朝ねぐら付近で再連結となって飛来・産卵するのかも?最もそうなると午後遅く産卵するのは単に飛来するのが遅くなっただけ、かな?それもおかしな気がしますね。やはり交尾したらその日のうちに産卵するのかなあ?このことについての報告はないのでしょうか

 福島県の中央部猪苗代町の放置された溜池でのコバネアオイトトンボ観察で、気になった点は以下の4つです。

1 朝最初に沼に飛来する連結ペアは飛来する前にどこで連結したのか?
2 そのペアは連結した場所で交尾をすましてから沼に飛来するのか?
3 交尾に関して、産卵を終えた♀が再び午後交尾するのか、それとも朝連結せず午前中単独でいる、あるいは新たに沼に飛来した♀が交尾するのか?
4 単独♀の産卵は最初から単独でいた♀か?


 

 





  
 

 
                         

 
 


















2025年9月26日金曜日

お別れのオオルリボシヤンマ Aeshna crenata

 今期のオオルリボシヤンマの写真を御笑覧ください

 このトンボには今年も例にもれず散々振り回され、結局オオルリボシヤンマの交尾はいつどこで行われるかという、最大の関心ごとは分からずじまいになってしまいました。もっともこの問題を調べていく中で、本種の今まで知らなかった新たな生態を知ることにはなったのですが。でもこの問題は終了です。今年観察の折に撮って来た写真をここに上げて、一応の区切りを付けたいと思います。
                                                                                        
                    ♂の羽化はだらだらと1ヶ月近く続く

                                                         羽化のために水面に上がってきたところをゲンゴロウに襲われた
                   
                今度はイモリが襲う、すでに翅胸部が損傷していている. この状態で命を落とした
                                                                                                  
                         ごく普通の胸部がアサギ色の♂
                           
                         
           こっち(2枚)は黄色(ダークエッググリーン)!熟度には関係
ないような.... 
                          
        
何考えてるのかね?最初は警戒するけど、慣れて来るとすぐそばでホバリングする
                        
          
♀がくると必死で追いかけるのだけれど、うーむ、本当は何やってんだろ?
                          
           
♂どうしの争いでうっかり油断すると、ゲンゴロウの餌食に
                          
      
おっ、交尾か!と期待したけど、結局♀が拒否して交尾には至らず。全く交尾しないことは無いのかなあ
                           
           
産卵している♀は連結、ましては交尾なんか絶対しないもんねーー
                           
           
ようやく青!ってのが撮れた。ここにも結構いるみたいですね。
                          
                                                           副産物のオニヤンマの交尾、意外に出くわすことが少ない
                          
             
アオイトトンボの集団産卵、これが見られだすと、いよいよシーズンも終盤

 


 




2025年9月4日木曜日

阿武隈川のナゴヤサナエ Stylurus nagoyanus

 福島県におけるナゴヤサナエの生息地は、これまで浜通りの夏井川(いわき市)および中通りの阿武隈川流域にあって、約10か所の成虫、幼虫の確認地点があります。しかしこの中には河川改修や、原因は不明ですが、すでに姿が見られなくなった場所もあります。特に阿武隈川の生息地は最近記録が絶えぎみで、毎年個人的に新たな生息地を探そうという気持ちではいたのですが😓
 9月に入って、まず阿武隈川のそれらしい場所を見て回ることにしました。最初は近間の郡山市内から始めました。郡山市では谷田川の中流部に生息地がありましたが、現在は河川改修で全く環境が変わって長らく姿を確認できていません。
 むしろ最近は阿武隈川との合流地点に生息の可能性があるように思えました(写真1)。しかし昨年もそうでしたが9月2日現在、まだ姿を見ることはできていません。環境は良いんだけどな。また、須賀川市付近の阿武隈川とその支流では、昨年本種らしい姿を確認していますので期待しているのですが、郡山同様、今年はまだそれらしい姿を見ることは出来ません。

         (写真1)環境はいいのですが、今まで1回も姿を確認できていない

 郡山市地域ではまだ本種を確認できない厳しい状況なのですが、昨年、友人から県南地方での情報提供がありました。全く予想すらしていない地域だっただけに大変ビックリしました。今年はぜひ成虫を探しに行かなければならないと考えていました。そこで9月3日県南地方に出向き、おぼしき所を何か所か見て回りました。
 その結果、某所で本種の飛翔を確認しました(写真2)。多分、友人が教えてくれた場所だと思われました。ただ水深が背丈以上あって、近づくことが出来ず、飛翔はパットしない写真しか撮れませんでしたが(写真3)、対岸の切り立った崖に沿って生える灌木に良く止まる様でしたので、対岸に渡って、決死の覚悟で急斜面の岸を降り、何とか水面近くのヤナギに止まった♂を撮ることができました(写真4)。個体数は非常に少なく、また飛翔範囲も狭く、この場所が恒久的な生息地になるのか少々不安です。しかも郡山市のかつての生息地から距離的に相当南下していて、良くまあ、こんな内陸まで飛んでくるものだと感心しました。はたしてここから最終的に宮城県の阿武隈川河口付近まで幼虫は本当に下るのでしょうか?にわかに信じられなくなってきます。
                     
            (写真2)県南地方の生息地、ここはむしろキイロヤマが飛びそう?
                        
                                                            (写真3)夏井川同様、深くて近寄れないナゴヤサナエ
                        
        (写真4)決死の藪漕ぎ、急斜面の降下、やっとのことで撮影した久々の中通り産の♂
    
 一方、会津地方ではナゴヤサナエの記録はありません。会津地方を縦断する阿賀川(福島県に入ると呼び名が変わります)は環境が良く本種がいてもおかしくありません。もっとも新潟県の阿賀野川流域でナゴヤサナエの記録はないようですが、本当にいないのでしょうか?福島県側でもその生息の有無を確認しておくことは重要でしょう。阿武隈川の例もあることですから、可能性は無いとは言い切れません。ぜひナゴヤサナエを確認してマダラヤンマやハネビロエゾトンボと共に初秋の御三家トンボになれば良いと思います。
 
















2025年8月23日土曜日

オオルリボシヤンマ Aeshna crenata から見たトンボの性成熟を考える (3)

今年、これまでの♀の観察でわかったことと、問題点。
わかったこと
1  ♂の再飛来から20日後に♀が飛来した。
2  飛来した♀は直ちに産卵した。
3 初飛来した♀は全て交尾ずみであったが、交尾嚢内の精子は遊離精子ではなく全て精子束であった。
4  初飛来7日後までは、交尾嚢内の精子は精子束の形態であった。
5  飛来した♀は決して交尾しなかった。

当面の問題点
1 交尾嚢内の精子が精子束の場合、受精は不可能であるため、これまで7日間は無精卵を産卵 
 していたのではないか?
2 このまま遊離精子が出来なくて、どうやって受精に漕ぎつけるのか?
3 いつ、どこで交尾していたのか?

 すべてが重要なのですが、このまま精子束の状態で、受精はどうやって行うのかが直近の関心事となります。そのために、足しげく観察地に通わざるを得ません。
 今年もまた、このオオルリボシのために貴重な時期を費やされるのは正直壁壁です。マダラヤンマもすぐそこまで来てるし、ナゴヤサナエの確認もしなきゃならないし、うかうかしてるとマダラナニワトンボも出てきてしまうし、、、。なんとか早くこいつを片付けなくてはと、この時期になるとあせってくるのです。

運命の8月22日
 8月22日、精子束なら無精卵を産むだろうと、数匹の♀を採取して産卵させてみました。翌日卵を見ると、何だ皆受精してるではないか!でも良ーく見ると明らかな無精卵の割合が多いものもあり、これはと思って、ほとんど受精したと思われる卵を産んだ♀を断腸の思いで、解剖し、交尾嚢を観察しました。すると、交尾嚢内には精子束が認められましたが、かなりの部分が白濁した粘液で占められていました。早速、その粘液をシリンジで吸い上げ顕鏡したところ、初めてオオルリボシヤンマの遊離精子を確認することが出来ました。♀が初めて池に戻った日から10日後という事になります!この時期になってようやく精子は♀の体内での発育を完了して、精子束のクリップが溶かされて遊離精子になったのです。
                     
    初飛来10日後の交尾嚢内の精子、つぶつぶの精子束と交尾嚢から流れ出る遊離精子(もやもやしたやつ)
                    
       流れ出た液体を見る。糸状に見える精子、わずかに小さなヘッドが見える(クリックして拡大)

オオルリボシヤンマの♂の縄張り、♀の産卵行動の意味を考える
 やはり、♀は10日間近く産卵に訪れては無精卵を産み続けたのだと思います。なぜなのか?
 以下は♂の問題をも含め、この際トンボの常識的な生態を頭から外して、私なりのオオルリボシヤンマの性成熟(配偶行動も含めて)を考えてみたいと思います。
 このトンボは我々のトンボに対する考えをはるかに超えた、我々の知識には全くなかった新たなトンボの生態を示しているのものかもしれません(妄想、もうそう、話半分😅)。

 まず配偶行動です。このトンボは池やその周辺部で交尾は原則しない種類だと思います。池や縄張りに♀は関係ないのでは、というこれまでの配偶行動の概念とは真逆の考えでオオルリボシヤンマの配偶行動・性成熟を考えてみたいと思います。
 まず、なぜ♂は羽化から20日間も早朝から夕刻まで、♀が飛来する事もない時期に池をめぐる激しいバトルを繰り返すのか?この問題は頭を悩ませた最大の疑問でもありました。
 今回、精子がかなり長く♂の体内で生育することが分かったことから、以下の新たな考えが浮かびました。

 オオルリボシヤンマの♂は自ら積極的に縄張りをつくって激しい闘争を繰り返すことで、飛翔筋を発達させます。当然、強い羽ばたきは大きなエネルギーをつくりだします。その時、同時に精巣の発達・維持に必要な分のエネルギ―が羽ばたき作用によって供給されている可能性があるかもしれません(トンボはほとんどが同じ機構がある?)。一方、羽ばたき運動中、激しく振動する中胸後背板と精巣を繋ぐ一部の神経や背脈管も精巣を活性化させる何らかの刺激物質を伝達しているのではないかと想像します。オオルリボシヤンマは長期間精子束を生産し、それをこれまた長期間育成する必要があるために、始終争いを続けなければならないのだと思います。♂は常に闘うことを欲していて、ありとあらゆる場所で闘争する。それは強い♂(池で縄張りを持つ個体)ほど精子束の生産量が多くなって、より長期間♀と交尾するため必要なのではないかと。
 でも池に♀が来ると♂がすぐに反応して♀を追いかけるのは?上の説と相反するのでは?まあ、一応相手は異性ですから、ようよう、ねーちゃんようと寄っていくのは人間もトンボも同じ。追いかけたところで結局交尾できませんから。
 池での縄張りは、実は♀と交尾するために待つことではなく、主に他♂との闘争を行うためだとしたら妙に、これまでの♂の行動が納得できるのは私だけでしょうか?

 一方の♀はなぜ10日間も受精卵を儲かることができないのに、産卵におとずれるのか?
 
 もしかしたら、これは♂に執拗に付きまとわられたいからなのではないでしょうか?そうすることで性的な刺激が卵巣の発達を促し、追いかけられる時の激しい回避運動が飛翔筋を刺激して♂同様に卵巣・精子束の発育に寄与すると考えることは出来ないですかね。だから10日間は♀も必死に♂と接触を図るのだと思います。
 そして、ここが肝心なところですが、♀は初めて池に再飛来した時にはすでに交尾を経験し、未熟な精子を受け取っていることです。だから池に飛来してわざわざ出向いて、またメンドクサイ交尾なんかする必要はないのです。
 こう考えると彼女たちは池に再飛来するかなり前の段階で、しかももっと若い段階で、我々がまだ知らない時間、時期・場所で交尾しているとしか考えざるを得ません。この点については結局また振出しに戻ってしまいましたけれども。

 そこで気になるのはどうしても、あの加納さんの報告。♂は産卵を終えた♀を追って、追った先で♀を確保、落下してタンデム状態になって森方向に飛び去るというくだりです。これが普通に観察されるなら、また上述の考えを白紙に戻して考え直さなければならないでしょう。

 また、尾瀬に行きゃならんな脚がもつか心配ではありますが。


続き
 8月28日に尾瀬の小淵沢田代に強行登山してオオルリボシヤンマの行動を観察して来ました。当日は快晴で気持ちの良い高原気分を味わいつつ、例の問題点、♀を追う♂は交尾するのか?縄張りを追い出された♂はどうするのか?を主として観察しました。
                                                                                       
                                                秋めいて来た小淵沢田代の生息地、周りに遮るものは全くない
 
 結論からいえば、交尾は観察できませんでした。産卵を終えた♀は♂の追尾が無い場合、草原状湿地を1~2mをそう早くない速度で近くの森方向に飛んで行きます。森に到達すると上昇して梢の中に消えました。追尾する♂は多くが縄張り♂です。しかし、郡山市での観察と同じく、延々と飛んで視界からは視認できなくなって、その後が分からずじまいでした。見失った地点を周囲の地形からグーグルアースで計測すると、短くて30m、長い場合100m以上飛んで行くことが分かりました。交尾この後するのかな?♀を追尾する行動は6例ほど観察しました。
                    
                                           前胸の斑紋が消失ぎみの♀
                                                                                                           
                                                                   高原のさわやかな風を受けてホバリングする♂
  
                 
                  いつの間にか集まったキベリタテハ、加齢の汗が好きか?ゲー!気持ちわ

 次に縄張りを追われた♂はどうなるか?ですが、この池では最大3♂が縄張りを持つことがわかりましたが、ほとんどが1~2頭でした。何か郡山市のように高密度で♂が乱戦状態になるのと違って、ここでの開放的な湿地にある池をめぐる縄張り争いは、さほど頻繁には起きず、闘争も開放的な環境からなのか意外におおらかで、排除された♂もさほどダメージは無いらしく、また参戦してくる場合も見られました。多くの排除された♂は池の周囲でゆったりと、風に乗ってホバリング気味に旋回飛翔します。その時間はさほど長くなく、いつの間にか姿を消す個体が多かったです。また、縄張♂が縄張維持している時間もそれほど長くなく、長くて約10分ぐらいで、縄張りを放棄してどこかに飛んで行ってしまいます。全体に個々の♂は淡白で、あまり池や闘争にこだわりが無いように見えました。環境なのか発生が末期に近づいていたからかは分かりません。全体に郡山市の様な個体数が非常に多いのとは違って、♂の個体数は常時1~3頭で、多くて5頭と少ないことも要因かもしれません。湿地の上を飛んでいる個体同士の争いも観察できませんでした。

今年はこれで終わりです。











2025年8月21日木曜日

オオルリボシヤンマ Aeshna crenata から見たトンボの性成熟を考える (2)

 ♀の場合
 ♀は♂に遅れて20日後に池に飛来して産卵を始めました。捕えた個体を解剖していて最初に思ったというか、あれ?と手が止まったのですが、何だかやけに卵巣が小さいのです。と言うよりまだ未発達状態のようにみえたのです。しかし、交尾嚢には精子が入っているようでした。
                   
           真中の上部分の白い塊が交尾嚢、そこに繋がる2本の黄色の細長いものが卵巣


    卵は通常の大きさに育っていますが、まだ薄黄色の透明でまだ未熟状態です。初飛来7日後の産卵個体の交尾嚢を見てみます。精子は塊となっているようで、さらに詳しく見ると精子束同士が何らかの物質で互いに結合しあっているようで、まだこの時期においても精子は遊離状態になっていないことがわかります。では、産卵がおこなわれているのはどう説明できるのでしょうか?交尾嚢内の末端にある精子束が産卵時に少しずつ♀が放出する分泌物で精子を束ねているクリップが溶けて遊離精子に変化するのでしょうか。しかしその可能性は低いと思います。
 この時期の♀は本当に卵を産んでいるのでしょうか?あるいは故意に無精卵を産むのでしょうか?
 段々核心に近づいて来たように思いますが、まだまだ謎のオンパレードが続きそうです。

                  初飛来後7日目の♀の交尾嚢とその中身、右下が交尾嚢の外皮、中心が精子の塊、精子束の粒々が見える

                透過式顕微鏡だとカバーグラスの圧で精子束がつぶれてしまうが、かろうじて数個原形をとどめて見える

このまま交尾嚢内の精子が精子束の塊として、見られていくようならオオルリボシヤンマの受精にはかなり特異な方法で遊離精子にする機能が備わっていると見るべきでしょう。今後、また8月中旬以降、産卵個体を採取しつつ交尾嚢内精子の形態を観察していきたいと思います。
                        
              一見、普通の産卵なんですが
ねー、まだ未熟とはとても思えない 19/08/2025
                                                                                                           
                        ♂型♀の産卵?今年はこのタイプの♀が複数いて、どうなってんのかな
 

 
                         


















スナアカネ Sympetrum fonscolombii の最新の分類学的な位置について

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