2025年6月23日月曜日

いつの間にかサラサの季節

 ムカシトンボを追いかけている内にいつの間にかサラサヤンマの季節になってしまいました。そこで久しぶりにサラサヤンマを撮りに出かけてみました。撮影地は車で15分の、とある溜池の上流にあるハンノキ林です。
                    
                    明るい林床
   
                  ドクダミが群落を作る
 縄張り
 このトンボは湿地内のどこにでも♂が縄張りを張ることはなく、林床の湿性植物が繁茂した場所ではなく、雨が降ると浅い水溜まりになり、乾燥時には少し濡れた地面が見えるようなせいぜい1~2m四方の湿性植物がまばらな狭い範囲に好んで縄張りをつくるようです。ですから生息地の湿地で縄張りを張る場所は限られ、今回訪れたハンノキ林では8ヵ所の縄張りが確認されました。言い替えれば縄張りを持てる♂は8頭を大きく超えることはないということで、この縄張りを目指して、毎日新規侵入♂が飛来して先住♂とバトルを繰り返すのです。朝、最初に縄張りを維持する先住者が飛来して、細い植物の茎や落ちた樹木の小枝に止まって♀を待ちます。止まる位置は地面から20cmぐらいが多いようです。不用意に近づくとパッと飛び上がり、その驚き具合にもあるのですが、だいたい周囲をホバリングを交えながら飛び回りすぐに戻って来て同じ様な位置に止まります。ムカシヤンマもそうですが、このトンボもすぐに止まりたがります。縄張り内を頻繁にホバリンング飛翔して侵入者を警戒することは無いのではないかと思います。多くの飛翔(ホバリング)写真は撮影者に驚いて飛び上がって、また縄張り内に戻って静止する間に撮られたものだと思います。基本的に止まって♀を待つヤンマではないでしょうか。
 縄張り♂の先住効果は高く、観察した限りで、縄張り♂は侵入者を全て排除しました(観察した先住♂は翅にわずかに羽化不全の箇所があってすぐに見分けがつきました)。排除された♂は湿地の外の林道や草原の開けた場所で縄張りを作ったりすることが多く、そうした場所では1mほどの高さをホバリングを交え、割に広めの空域を緩やかに往復あるいは旋回飛翔することが多いように思います。しかし、これらの♂に全く交尾機会が無いとは言えず、産卵を終えて出てきた♀(多分)を確保するのを目撃したことがあります。配偶行動全般の詳しい観察の報告は武藤 (1958, TOMBO 1 (2/3): 12-17)ぐらいしかありません。
 サラサヤンマは慣れて来ると警戒心がなくなるのでマーキングは簡単に出来そうです。個体識別して生態を調べれば、いろいろな事が分かり面白そうだと思いました。植物に止まって待ち伏せする縄張りはヤンマ類の中では他にあったでしょうか?この生態はサナエトンボに近く、分類学的にも面白いと思います。
                      
      
縄張り内にある地上 20cm ほどの高さの小枝に静止する♂、休んでいるのではなく、警戒中
            
                    同、待ち伏せ中  
  
                     

                    
     これらは全て、侵入者(筆者)を感知して飛び立った時の飛翔、ホバリングするから撮影しやすい
                           


 ♀の飛来と交尾
 交尾は数例観察できました。まずガサッという音で待機中の縄張り♂が♀を捕えたことが分かります。草むらから飛び出した2頭はタンデム状態になって縄張り内を高さ1m ぐらいで緩やかに旋回し、その間に♂は移精します。さらに旋回が何回かつづいて最後は交尾してすぐに樹上に上がります。交尾継続時間は観察していませんが、「日本のトンボ」では30分とありました。
 ♀は自ら縄張りを訪れて交尾するように見えます。産卵を目的とはせずに、交尾をするために飛来しているように思います。多くのトンボは♂の縄張り内を飛んで、積極的に♂に捕まり交尾しているのではないでしょうか。サラサヤンマの場合も飛翔は産卵時の緩やかで産卵場所を探す飛翔ではなく、いきなりサッと飛来してくることからもその可能性は高いと思います。
                      
                      
                
   ♀を捕えて縄張り内を飛び回り、最後はリング状になって樹上へ
             
 産卵
 産卵は縄張り以外の場所で行うことも多いように思います。もちろん縄張り内で産卵を行いますが、この場合、♂が縄張りを空けている昼当たりに飛来する♀が多いようです。また、産卵と縄張り活動の日内時間との関係は発生期間の早晩で変わってくるように思います。  
 一般に産卵は縄張り以外だと湿地内の低灌木が密生した中に潜り込んでその表土におこなったり、倒木やその周辺、湿性植物が密生した場所、なかには湿地内部を流れる細流脇の泥など産卵場所は多様です。この場所ではありませんでしたが、湿地周辺部のブッシュの中や林道のぬかるみや、湿地に隣接する水田の畦などでも観察したことがあります。産卵場所については前述した武藤 (1958) にも詳しく出ています。
                     
            
                    
                                                                                       
            ハンノキ林の住人ミドリシジミ、最近はあまり見かけなくなった
      
 産卵に飛来した♀は地上すれすれにフワフワとホバリング気味にゆっくりと飛翔し、密生する林床の草ぐさの中に降り立ち、産卵できるか産卵管で探ります。泥濘の部分に執着しますが、中に朽木が埋もれていたりしない限り、移動を繰り返します。観察に通う日が多くなると湿地内部に私が歩く小道が出来てしまいます。♀はどういうわけか、この小道に飛来して産卵を行う事が増えてきます。6月27日は前日までの激しい雨が上がり朝から晴れて、観察には絶好と、いそいそと観察地に出かけました。ところが、8ヵ所あった縄張りに♂は1頭しかいません。そのうち来るだろうと待っていましたが、とうとう終日(16:30まで)♂は姿を現しませんでした。♀はお昼前後に数頭と16:00に1頭が産卵に来ました。急に数が減りました。そう言えば♂の翅は大分痛んでいましたっけ。いよいよここのサラサも終わりかな?
                    
                     

                     
       林床植物が繁茂する場所に降りたらアウト, 産卵管はほぼ見えない朽木に降りてくれ!



2025年6月14日土曜日

2025年ムカシトンボの観察記(3)

今期最後の観察
                     
                    観察地の景観
              
                     
                   ムカシトンボの産卵域
                         
                                
                                                           白い縁紋に、ン?結構成熟しているのに。ここはほとんど透明型 

 郡山市熱海町の生息地はいわき市三和町のそれに比べ、成虫の出現が年によっても異なりますが、7~10日ほど遅れます。これまでに示した通り、三和町の成虫の活動期は時期的な低温の影響が行動を抑制していて、おおむね14℃あたりが飛翔可能な最低温度になると思われました。一方、熱海町ではさすがに日の出と共に気温の上昇が著しく、すでに7時には14℃を上回って、成虫の活動帯の気温は三和町を大きく上回っているのです。つまり熱海町では成虫の活動を抑制する14℃の温度は存在しないのです。
 これまで三和町で林道を飛ぶ個体数を羽化直後、未熟期そして成熟期に分けて丸1日、一定時間ごとに調べてきました。今回は熱海町で同様に成熟期の飛翔状況を調べてみました。
                      

 観察時間ごとの個体数を棒グラフにしました。三和町が上、熱海町が下です。細かいとこはさておいて個体数をみると、三和町における活動は主に午前中で、熱海町は午後に多いことが分かります。三和町でも夕方飛んで摂食する個体がありますが、どんどん気温が下がり、たちまち14℃を割って飛べなくなってしまいます。一方の熱海町では夕刻でも気温が17℃以上あり多数の飛翔個体が観察され、一部では摂食に混じって交尾も見られます。お昼の時間帯の活動は両区共に低調になるようです。
 このように同じ福島県内でも生息地の環境によって成虫の飛び方が変わってくることがわかりました。九州から北海道まで、さらに標高数十mから2000mまでと極めて広範囲に生息するムカシトンボは、それぞれの地域で飛び方が異なっているものと想像します。高山や海岸に近い生息地ではどのような飛び方をするのか、一度見てみたいものです。
 6月13日、熱海町で最後の観察を行いました。ムカシトンボはほとんど飛びません。昼前に数頭が飛翔しましたが、内1頭はこれまでムカシトンボでは見たことのない、エゾトンボのような摂食飛翔をおこないました。こんなこともあるもんだと見ていますと、なんだサラサヤンマじゃねーの、と。しばらくするとムカシトンボがスーっと飛んできたかと思うと上空を旋回していたサラサが猛烈な勢いでアタック、ムカシトンボは追尾されながら林の中に逃げていきました。いよいよこの地でも新旧交代となったようです。
                     
                林道上で方向転換するムカシトンボ♂
                          
                      林道上を占拠したサラサヤンマ
                          
                  





















2025年5月31日土曜日

2025年ムカシトンボ観察記(2)

  今年の発生はおかしい
 
 今年は、春先そして現在も低温の日が多く、いわき市のムカシトンボの発生も遅れました。しかし、すでに6月上旬。例年ならば発生は末期となって産卵域のウワバミソウには多数の産卵痕が残されているはずなのですが、今年はまだ、これまでに産卵された株数が以前の1/10にも満たないのです。成虫の個体数も少なく、大きな環境変化があったでもないのにどうしたことなのでしょうか?
 これから産卵ピークが訪れるとはとても思えません。幼虫時代に何か重大なことが起きていたのでしょうか?なんせ10年近くの幼虫期ですから、ある年何かが起きていたのかも知れません。
 そういうわけでこの産地はあきらめて、以後観察地を郡山市西部の山地帯に変えてみます。今日は最後のいわき市での観察となりました。この観察地ではクロサナエやヒメクロサナエも多く良い観察地ではあるのですが、どうしてもムカシトンボを優先してしまうため、真剣に向き合うことはありませんでした。しかし、今日はクロサナエの交尾やおかしな行動をみることができましたので、その写真を上げておきたいと思います。
     現在、近くで三和風力発電所の建設が行われていて、今年末から長さが50m以上にもなるプロペラブレードの搬入が始まるそうです。そのために渓流沿いの道の車幅(特にカーブの部分)を大規模に拡張する必要があって、すでに測量・アセス(昆虫網を持った調査員が数年前から来ていたが、ムカシトンボの生息を知らなかった)が終了しています。来年以降、この観察地は大幅に環境が変わっていることでしょう。どんなことになるのかトンボたちへの影響を憂慮せずにはいられません。
                                                                                           
              いつもの観察地、この道幅が大幅に広げられるという
  
        来年には工事が始まり、クロサナエにとって受難の年になる。拡張工事の赤い標識が見える

                                                     フキの葉に止まるクロサナエの♂
                          
                   何か止まった! ヒメクロ?いや、、、、
                                                                                         
                  クロサナエの交尾、交尾は午前中見ることが多い
                    
                   何か落ちてきた!なんだ?
                         
            これは初めて見た!ペアのクロサナエに闖入してきたダビトサナエの♂
                         
                10年近く通っていたが、同所でムカシヤンマを見たのは初めて




 
 
 
                   

2025年5月14日水曜日

2025年ムカシトンボの観察記(1)

 大雪の影響は?
 今年は福島県も大雪で、ムカシトンボの発生が遅れると予想しました。観察地のいわき市三和町ではどうだったのか、5月の連休あけから現地に行ってみました。その結果、5月11日に初めて成虫の飛翔を観察しました。これは5日ぐらい例年より遅れているように思いました。
 飛翔個体を捕えてみると、外骨格はまだ完全に固まっておらず、羽化からあまり時間が経っていないことが分かります。

未熟虫の飛翔行動
 この日の朝は10℃を下回りましたが、日中は19℃程度まで気温が上りました。成虫は10時以降、気温が15℃を越えたあたりで飛翔を開始しました。これらの個体をここでは便宜上未熟虫と呼ぶことにします。未熟虫の飛翔は明らかに成熟期の個体とは異なり、摂食のための飛翔行動が主となるようです。カトリヤンマほど敏速に飛ぶわけではありませんが、林道上2mに飛び交う小昆虫を上下しながら盛んに捕食します。また、林道のわきの杉林に沿って高さ8mほどで捕食行動を示す個体が多く、地表近くを一直線に飛ぶ個体は見られませんでした。飛翔はいずれも一過性で、上空高くスギの梢に沿ってゆっくりと摂食しながら飛び去る個体もありました。
 これらの観察から未熟虫は一ケ所に留まることは無く、かなり広範囲に摂食飛翔して、成熟前期を向かえるのだと思われました。
 なお、この日はニホンカワトンボ、クロヒメサナエやダビトサナエの羽化が多く見られました。
                                                                             
                  ムカシトンボ未熟成虫が飛ぶいわき市三和町の林道


 飛翔個体数を15分ごとに数えたものをグラフに示しました。14時30分を過ぎると、飛翔可能な気温であるにもかかわらず、全く飛翔しなくなりました。飛翔も連続的には起こらず、30~45分間全く飛ばないことも多く散発的でした。また、なぜか複数の個体が同時に飛ぶことが多いようです。当然ではありますが、林道わきの渓流のウワバミソウにはまだ産卵痕はありませんでした。
 
 5月15日、朝から気温が高く、8時には15℃を越えました。この温度なら活動に問題はないのですが、飛翔が見られたもは10:18になってからで、この時の気温は18℃に達していました。飛び方は11日とは異なり、いずれもが林道上2mぐらいの高さを一直線に高速で飛びさりました。それぞれの個体は熟度が未熟から成熟にかなり進んだように思われます。観察はわずかの時間しか行えなかったため、この後、11日に見られたような摂食飛翔があったかは確認できませんでした。
                                                                                             
 5日後にあたる5月16日に再び同様の観察を行いました。上のグラフがその結果です。5日後の成虫の飛翔は明らかに初日と異なり、成熟した個体と同様な飛び方をしました。林道に沿って30cmから2mほどの高さをかなり敏速に直線的に飛翔する個体が多く、それらの多くは小昆虫を捕食するための飛翔でした。ただ一過性で非常に敏速に飛び去る個体もありました。
 初日より20倍以上の個体数が飛翔し、それらは午前中と午後に間に1時間以上ほど飛翔がほぼ絶える時があることがわかりました。なお、渓流のウワバミソウにはまだ産卵は認められませんでした。また、気温と飛翔の関係もあまりなさそうに見えました。
 いよいよ来週後半には本格的な繁殖期となって、♂のパトロールや産卵が観察されるでしょう。


つづく






2024年12月23日月曜日

アキアカネの精子を見る

必要な器具をそろえる( 1-6まではネット通販で簡単に購入できます)

1 解剖バサミ・ピンセット 先が細ければ細いほど良いが高くなる。写真に示したものは1200円ぐらい。
2 ホモジナイザー 小さなサンプルを磨り潰すので最小のものを用意する。今回はアズワン ホモジナイザーペッスル 0.5mLチューブ用を1700円で購入した。10本入り。
3 マイクロ遠沈チューブ0.5ml用 これには目盛りが付いているが1000個入りで2500円
4 血球計算板 中国製だがまあまあの出来。2500円
5 メスピペット  1mlアズワン製980円
6 解剖用シャーレ、ゴム板および虫ピン 
7 実体顕微鏡(昆虫が好きな人なら必需品、解剖に使う、中古なら10000円程度からあるようです)
8 透過式顕微鏡 (これが無いと精子は見えない。中古で20000円ぐらいからか)
                                                            

♀の解剖の実際

 採集したアキアカネは冷凍庫に入れて保存します。凍結した個体は解凍後、腹部を切り離し、尾部に向かって正中線に沿って表皮を第9節付近まで切ります。これをシャーレにゴム板を敷いたものに置いて、第10腹節を虫ピンで固定して水を張ります(適当な深さまでに)。

                                                         
                                     ハサミの下刃を正中線に沿って入れれば消化管を切ることは無い
 
イ 適当な位置で表皮を左右に開き虫ピンで固定します。            

         
写真の上が斜めに切れているのはLEDランプの縁が当たっている

ウ ここからは慎重に行きます。生殖器と卵巣の上になって見える消化管を切除します(本来は第9-10腹節間の内膜を切って、さらに腹部側に切れ込みを入れて第10節を引っ張ると綺麗に消化管を一緒に引き抜けるのですがメンドクサイので)。消化管には多数の脂肪球や栄養腺が付着してますので、慎重に虫ピンで探りながら消化管を浮かし解剖ばさみで第9節にある肛門頂上部で切り離します。この際肛門基部まで刃先を下げて切ると、生殖器や卵巣を傷つける可能性がありますから必ず生殖器よりも高い位置で肛門部位を切り離します。
       
              
エ 余分な脂肪球や脂肪腺等をピンセットで除去し、生殖器と卵巣を露出させます。
                    

オ ここで生殖器と卵巣の繋がりや形・構造をしっかり頭に入れておきます。これを怠ると切除した受精嚢がどれなのか分からなくなってしまう可能性があります。
カ 慎重に受精嚢の基部からハサミを入れて交尾嚢から切り離し、ピンセットや虫ピンで掬い上げて、マイクロ遠沈チューブに移します。
                    
                  チューブ内の水滴中に受精嚢がある. こんなに小さい

キ 受精嚢を入れたマイクロ遠沈チューブに水道水0.1mlを加えます。
ク ホモジナイザーを指で同じ回転角度(大体でいい)で決めた回数でグリグリとマイクロ遠沈チューブ内の受精嚢を磨り潰していきます。
                    
             ホモジナイザーとチューブ内壁を密着させてグリグリとやる
 
ケ 血球計算板を用意します。あらかじめ計算板とカバークラスをアルコールで表面をクリーンアップしておきます。チューブ内から磨砕液をパスツールピペット(なければ百均で売っているビニール製ピペットでも良い)で吸い上げ、血球計算板にカバーグラスを載せ、その隙間に慎重に磨砕液を流し込む。余剰液は計算版の溝に溜まるが問題ない。
                   
               
コ 計算版を透過式顕微鏡を用いて平均精子数を計算する。計算方法は血球計算場の説明書を見ればよい。 
                    
         写真をクリックしてみると無数の短かく細い針の様な精子が見える (200X)
                                                       Sperm of Sympetrum frequens 

 アキアカネの精子は以前行った、マダラヤンマやオオルリボシヤンマのそれとは異なり、大きさ(長さ)は1/4程度しかなく、しかも明瞭なヘッド部分が見えません。通常、卵の受精には受精嚢内の精子が使われます。交尾時の精子は交尾嚢内に蓄えられると言われています。時間と共に交尾嚢内の精子は受精嚢内に移行します。この際、ルリボシヤンマ属では交尾嚢内で精子束として蓄えられた精子は♀から栄養物質を供給されてさらに発育するとされています。そしてある時期に達すると、精子束が♀からの分泌物で溶けてバラバラに遊離の精子となって受精嚢内に蓄えられるのだそうです。ただトンボ科では受精嚢がなく、交尾嚢と考えられるような器官だけを持つ種も多く、分類学的にもこの部分の比較は面白いと思います。
 アキアカネの精子は♀の体の中では特に交尾嚢内でどのような形態であるか、そういえばまだ確認していませんでした。精子束であればこれを遊離精子にしなければ受精できませんから、交尾から産卵までは少し時間が必要になるでしょう。はたしてそんなことがおきているのでしょうか?一歩進むとまた疑問がでてきて、この堂々巡りで、これは一筋縄ではいきませんね


 

2024年12月7日土曜日

福島県のネアカヨシヤンマとマルタンヤンマ

 トンボ好きのあこがれのトンボ

  福島県におけるネアカヨシヤンマとマルタンヤンマは、現在こそ多産地や記録が各地にあるなど、今ではトンボ仲間の中では普通に語られる種類となっていますが、以前はマルタンヤンマはともかく、ネアカヨシヤンマが生息しているなどと全く予想しておらず、わざわざ茨城県のトンボ仲間に水戸市周辺のネアカ産地を案内してもらったものでした。
 マルタンヤンマも同様に福島県内では無理かなと思っていました。ラオスに行った時、早朝の村のマーケットでヤゴがたらいに入って並んでいました。良く見るとヤンマ科のヤゴが混じっていて、それはAnaxAnaciaeschna属のヤゴであることが分かりました。オバチャンの不信者を見るような視線を感じつつ、無数のヤゴの中からAnaciaeschna属のヤゴをつまみ上げ、ただ同然のような代金をはらって持ち帰りました。後日羽化したのはマルタンヤンマとトビイロヤンマでした。このように東南アジアでもマルタンヤンマはたくさんいるので、マルタンは南方系のトンボという感が強く福島県には居ないだろうなと思っていました。
 
 運命の電話
 忘れもしない2006年夏のある夜、梁川町の三田村敏正博士から電話が掛かって来ました。何でも松川浦でネアカヨシヤンマが多数見られたと。ネアカ?咄嗟に何を言っているのか理解できませんでした。はて、何で松川浦なのか?ちぐはぐな返答に、当の三田村さんは私がとうとうラオス病に罹り日本のトンボを忘れてしまったと思ったそうです。
 まあ、そのぐらいありえない事と自分では思っていたのです。翌日、半信半疑でカメラもバカチョン(当時のコンパクトカメラ)だけを持って、松川浦に出かけて行きました。本当かいな?
 震災前の松川浦の産地は公園化され遊歩道も完備していましたが、何処にネアカがいるのか皆目見当が付きません。遊歩道を歩っていてもそれらしい姿はおろか湿地も見つかりませんでした。しばらく行くと、水溜まりにヤンマの死体が浮いていました。近寄って良く見てみると、ムムッ!何とネアカの雌ではありませんか!えっ、本当かい、本当にネアカかい!三角紙も持って来ていません。震える手で、ほぼ原形をとどめていない個体をフキの葉に包んで、大切にリュックにしまいました。
 その後散々歩き回ってようやく発生地を探し当て、夢にまで見た生きたネアカヨシヤンマに出会うことができました。そして黄昏の大群飛、うわー!なんとういう素晴らしい光景!ここは福島、本当に目の前の光景は現実なんだと実感した瞬間でした。中学生の時、初めて石田省三さんの日本のトンボで衝撃的なネアカヨシヤンマのカラー写真を見て以来、やっと念願のトンボをしかも福島で見ることが出来ました。本当に三田村さんには感謝、感謝しかありません。
                     
                         初めて見た感動の産卵
 生息地は一面のヨシ原で、所々に倒木・流木(海岸が近いため、満潮時に時として海水が入り込んでいる可能性がありました)があって、樹林に近く日陰になった湿地のそうした木に♀が産卵に来ていました。最初に見た時には大きな蛾がバサバサと飛んで来てドタッて木に止まるように見えました。この日はものすごく個体数が多く、いっぺんに5頭もの♀が同じ木に押あうように産卵している場面も見ることが出来ました。
                    
                                                        非常に敏感な♀、最初5頭いたが次々に飛ばれて、結局2頭のみ
                        
                         後日の撮影、ストロボを弱く当てたもの
                          
                            自然光で撮影
                          
                     昼過ぎの猛暑時に下枝に止まる♂を見つけた
                          
           当地を訪れていた茨城の友人Sさんが見つけた交尾個体、ちゃっかり撮らせて頂いた
                                            
 ネアカヨシヤンマの産卵は昼ごろまでで、それ以後全く観察できませんでした。図鑑や解説書あるいはSNSでは昼ごろから午後にかけて産卵が見られると記述されています。どうも解せません。また、♂の行動も交尾を含めてほとんど観察していませんので、オオルリボシが片付いたらいよいよ本丸を攻める必要がありそうです。
 このネアカヨシヤンマの生息する湿地にはアオヤンマやヤブヤンマさらにマルタンヤンマも多産していています。マルタンヤンマが福島県で初めて記録されたのは2004年でしたが、その後急速に県内各地で記録されるようになってきました。この松川浦にも本種は多産していて、当初その存在にだれも気付かなかったのです。まさかマルタンがいるとは思いもしなかった、と言うよりその生態を知りませんでした。夕刻のヤンマ類の群飛の観察において、はじめて本種が混じって飛んでいることに気が付いたわけです。
 私はどうしても♂の写真を撮りたくて、確実に見られるこの松川浦に足しげく通ったわけですが、現在まで♀はともかく♂はファインダーに収めることができていません。納得いく♂の写真が撮れるまでは写真の発表をあえて控えようと考えていました。しかし2011年の東日本大震災でこの湿地も津波に呑まれ、より海岸部にあったヒヌマイトトンボの生息地は消滅。湿地内外の環境も地形そのものが変わるほどの被害を受け、トンボ類も大打撃を受けました。こうなるといつまでも写真をストックしていても全く意味がないように思う様になって、次第に機会があれば出していこうと思う様になりました。
 本種の交尾は論外ですが、♂のいわゆる「ぶらさがり」は他県の生息地では一般的なのかも知れませんが、松川浦では1度だけ♂が足元に止まっていて、気づかず飛ばれてしまったっきりで、その後1度もぶらさがりを見ていません。♀は見るのですが😢。なんで♂はぶらさがりがいないのだろう?何としても♂の写真をものにしたい中で、ぶら下がりが見れないのは痛い。
 ただその一方で、昨年の9月中旬に(マルタンの発生時期としては当地でも遅い)、樹林に囲まれた沼で夕方遅く♂が池に飛来して、水面上1mほどを1分ぐらいホバリングするのを見ました。また、同刻に複数の♂がホバリング気味に池を不規則に旋回するのも目撃しました。これ、撮影できるんじゃね?と今年期待していたのですが、コロナの後遺症で行けずじまいでした。

 来年こそ♂を撮りたーい!
 
                         
                      羽化した♂、♂の写真は羽化時のしかない
                          
                     沼の土手が笹薮で、♀はその根元に良く止まる
                          

    ルタンも落ち着くまでは非常に敏感ですぐ飛び立つ


いつの間にかサラサの季節

 ムカシトンボを追いかけている内にいつの間にかサラサヤンマの季節になってしまいました。そこで久しぶりにサラサヤンマを撮りに出かけてみました。撮影地は車で15分の、とある溜池の上流にあるハンノキ林です。                                        ...