2025年9月4日木曜日

阿武隈川のナゴヤサナエ(1)

 福島県におけるナゴヤサナエの生息地は、これまで浜通りの夏井川(いわき市)および中通りの阿武隈川流域にあって、約10か所の成虫、幼虫の確認地点があります。しかしこの中には河川改修や、原因は不明ですが、すでに姿が見られなくなった場所もあります。特に阿武隈川の生息地は最近記録が絶えぎみで、毎年個人的に新たな生息地を探そうという気持ちではいたのですが😓
 9月に入って、まず阿武隈川のそれらしい場所を見て回ることにしました。最初は近間の郡山市内から始めました。郡山市では谷田川の中流部に生息地がありましたが、現在は河川改修で全く環境が変わって長らく姿を確認できていません。
 むしろ最近は阿武隈川との合流地点に生息の可能性があるように思えました(写真1)。しかし昨年もそうでしたが9月2日現在、まだ姿を見ることはできていません。環境は良いんだけどな。また、須賀川市付近の阿武隈川とその支流では、昨年本種らしい姿を確認していますので期待しているのですが、郡山同様、今年はまだそれらしい姿を見ることは出来ません。

         (写真1)環境はいいのですが、今まで1回も姿を確認できていない

 郡山市地域ではまだ本種を確認できない厳しい状況なのですが、昨年、友人から県南地方での情報提供がありました。全く予想すらしていない地域だっただけに大変ビックリしました。今年はぜひ成虫を探しに行かなければならないと考えていました。そこで9月3日県南地方に出向き、おぼしき所を何か所か見て回りました。
 その結果、某所で本種の飛翔を確認しました(写真2)。多分、友人が教えてくれた場所だと思われました。ただ水深が背丈以上あって、近づくことが出来ず、飛翔はパットしない写真しか撮れませんでしたが(写真3)、対岸の切り立った崖に沿って生える灌木に良く止まる様でしたので、対岸に渡って、決死の覚悟で急斜面の岸を降り、何とか水面近くのヤナギに止まった♂を撮ることができました(写真4)。個体数は非常に少なく、また飛翔範囲も狭く、この場所が恒久的な生息地になるのか少々不安です。しかも郡山市のかつての生息地から距離的に相当南下していて、良くまあ、こんな内陸まで飛んでくるものだと感心しました。はたしてここから最終的に宮城県の阿武隈川河口付近まで幼虫は本当に下るのでしょうか?にわかに信じられなくなってきます。
                     
            (写真2)県南地方の生息地、ここはむしろキイロヤマが飛びそう?
                        
                                                            (写真3)夏井川同様、深くて近寄れないナゴヤサナエ
                        
        (写真4)決死の藪漕ぎ、急斜面の降下、やっとのことで撮影した久々の中通り産の♂
    
 一方、会津地方ではナゴヤサナエの記録はありません。会津地方を縦断する阿賀川(福島県に入ると呼び名が変わります)は環境が良く本種がいてもおかしくありません。もっとも新潟県の阿賀野川流域でナゴヤサナエの記録はないようですが、本当にいないのでしょうか?福島県側でもその生息の有無を確認しておくことは重要でしょう。阿武隈川の例もあることですから、可能性は無いとは言い切れません。ぜひナゴヤサナエを確認してマダラヤンマやハネビロエゾトンボと共に初秋の御三家トンボになれば良いと思います。
 
















2025年8月23日土曜日

オオルリボシヤンマから見たトンボの性成熟を考える (3)

今年、これまでの♀の観察でわかったことと、問題点。
わかったこと
1  ♂の再飛来から20日後に♀が飛来した。
2  飛来した♀は直ちに産卵した。
3 初飛来した♀は全て交尾ずみであったが、交尾嚢内の精子は遊離精子ではなく全て精子束であった。
4  初飛来7日後までは、交尾嚢内の精子は精子束の形態であった。
5  飛来した♀は決して交尾しなかった。

当面の問題点
1 交尾嚢内の精子が精子束の場合、受精は不可能であるため、これまで7日間は無精卵を産卵 
 していたのではないか?
2 このまま遊離精子が出来なくて、どうやって受精に漕ぎつけるのか?
3 いつ、どこで交尾していたのか?

 すべてが重要なのですが、このまま精子束の状態で、受精はどうやって行うのかが直近の関心事となります。そのために、足しげく観察地に通わざるを得ません。
 今年もまた、このオオルリボシのために貴重な時期を費やされるのは正直壁壁です。マダラヤンマもすぐそこまで来てるし、ナゴヤサナエの確認もしなきゃならないし、うかうかしてるとマダラナニワトンボも出てきてしまうし、、、。なんとか早くこいつを片付けなくてはと、この時期になるとあせってくるのです。

運命の8月22日
 8月22日、精子束なら無精卵を産むだろうと、数匹の♀を採取して産卵させてみました。翌日卵を見ると、何だ皆受精してるではないか!でも良ーく見ると明らかな無精卵の割合が多いものもあり、これはと思って、ほとんど受精したと思われる卵を産んだ♀を断腸の思いで、解剖し、交尾嚢を観察しました。すると、交尾嚢内には精子束が認められましたが、かなりの部分が白濁した粘液で占められていました。早速、その粘液をシリンジで吸い上げ顕鏡したところ、初めてオオルリボシヤンマの遊離精子を確認することが出来ました。♀が初めて池に戻った日から10日後という事になります!この時期になってようやく精子は♀の体内での発育を完了して、精子束のクリップが溶かされて遊離精子になったのです。
                     
    初飛来10日後の交尾嚢内の精子、つぶつぶの精子束と交尾嚢から流れ出る遊離精子(もやもやしたやつ)
                    
       流れ出た液体を見る。糸状に見える精子、わずかに小さなヘッドが見える(クリックして拡大)

オオルリボシヤンマの♂の縄張り、♀の産卵行動の意味を考える
 やはり、♀は10日間近く産卵に訪れては無精卵を産み続けたのだと思います。なぜなのか?
 以下は♂の問題をも含め、この際トンボの常識的な生態を頭から外して、私なりのオオルリボシヤンマの性成熟(配偶行動も含めて)を考えてみたいと思います。
 このトンボは我々のトンボに対する考えをはるかに超えた、我々の知識には全くなかった新たなトンボの生態を示しているのものかもしれません(妄想、もうそう、話半分😅)。

 まず配偶行動です。このトンボは池やその周辺部で交尾は原則しない種類だと思います。池や縄張りに♀は関係ないのでは、というこれまでの配偶行動の概念とは真逆の考えでオオルリボシヤンマの配偶行動・性成熟を考えてみたいと思います。
 まず、なぜ♂は羽化から20日間も早朝から夕刻まで、♀が飛来する事もない時期に池をめぐる激しいバトルを繰り返すのか?この問題は頭を悩ませた最大の疑問でもありました。
 今回、精子がかなり長く♂の体内で生育することが分かったことから、以下の新たな考えが浮かびました。

 オオルリボシヤンマの♂は自ら積極的に縄張りをつくって激しい闘争を繰り返すことで、飛翔筋を発達させます。当然、強い羽ばたきは大きなエネルギーをつくりだします。その時、同時に精巣の発達・維持に必要な分のエネルギ―が羽ばたき作用によって供給されている可能性があるかもしれません(トンボはほとんどが同じ機構がある?)。一方、羽ばたき運動中、激しく振動する中胸後背板と精巣を繋ぐ一部の神経や背脈管も精巣を活性化させる何らかの刺激物質を伝達しているのではないかと想像します。オオルリボシヤンマは長期間精子束を生産し、それをこれまた長期間育成する必要があるために、始終争いを続けなければならないのだと思います。♂は常に闘うことを欲していて、ありとあらゆる場所で闘争する。それは強い♂(池で縄張りを持つ個体)ほど精子束の生産量が多くなって、より長期間♀と交尾するため必要なのではないかと。
 でも池に♀が来ると♂がすぐに反応して♀を追いかけるのは?上の説と相反するのでは?まあ、一応相手は異性ですから、ようよう、ねーちゃんようと寄っていくのは人間もトンボも同じ。追いかけたところで結局交尾できませんから。
 池での縄張りは、実は♀と交尾するために待つことではなく、主に他♂との闘争を行うためだとしたら妙に、これまでの♂の行動が納得できるのは私だけでしょうか?

 一方の♀はなぜ10日間も受精卵を儲かることができないのに、産卵におとずれるのか?
 
 もしかしたら、これは♂に執拗に付きまとわられたいからなのではないでしょうか?そうすることで性的な刺激が卵巣の発達を促し、追いかけられる時の激しい回避運動が飛翔筋を刺激して♂同様に卵巣・精子束の発育に寄与すると考えることは出来ないですかね。だから10日間は♀も必死に♂と接触を図るのだと思います。
 そして、ここが肝心なところですが、♀は初めて池に再飛来した時にはすでに交尾を経験し、未熟な精子を受け取っていることです。だから池に飛来してわざわざ出向いて、またメンドクサイ交尾なんかする必要はないのです。
 こう考えると彼女たちは池に再飛来するかなり前の段階で、しかももっと若い段階で、我々がまだ知らない時間、時期・場所で交尾しているとしか考えざるを得ません。この点については結局また振出しに戻ってしまいましたけれども。

 そこで気になるのはどうしても、あの加納さんの報告。♂は産卵を終えた♀を追って、追った先で♀を確保、落下してタンデム状態になって森方向に飛び去るというくだりです。これが普通に観察されるなら、また上述の考えを白紙に戻して考え直さなければならないでしょう。

 また、尾瀬に行きゃならんな脚がもつか心配ではありますが。


続き
 8月28日に尾瀬の小淵沢田代に強行登山してオオルリボシヤンマの行動を観察して来ました。当日は快晴で気持ちの良い高原気分を味わいつつ、例の問題点、♀を追う♂は交尾するのか?縄張りを追い出された♂はどうするのか?を主として観察しました。
                                                                                       
                                                秋めいて来た小淵沢田代の生息地、周りに遮るものは全くない
 
 結論からいえば、交尾は観察できませんでした。産卵を終えた♀は♂の追尾が無い場合、草原状湿地を1~2mをそう早くない速度で近くの森方向に飛んで行きます。森に到達すると上昇して梢の中に消えました。追尾する♂は多くが縄張り♂です。しかし、郡山市での観察と同じく、延々と飛んで視界からは視認できなくなって、その後が分からずじまいでした。見失った地点を周囲の地形からグーグルアースで計測すると、短くて30m、長い場合100m以上飛んで行くことが分かりました。交尾この後するのかな?♀を追尾する行動は6例ほど観察しました。
                    
                                           前胸の斑紋が消失ぎみの♀
                                                                                                           
                                                                   高原のさわやかな風を受けてホバリングする♂
  
                 
                  いつの間にか集まったキベリタテハ、加齢の汗が好きか?ゲー!気持ちわ

 次に縄張りを追われた♂はどうなるか?ですが、この池では最大3♂が縄張りを持つことがわかりましたが、ほとんどが1~2頭でした。何か郡山市のように高密度で♂が乱戦状態になるのと違って、ここでの開放的な湿地にある池をめぐる縄張り争いは、さほど頻繁には起きず、闘争も開放的な環境からなのか意外におおらかで、排除された♂もさほどダメージは無いらしく、また参戦してくる場合も見られました。多くの排除された♂は池の周囲でゆったりと、風に乗ってホバリング気味に旋回飛翔します。その時間はさほど長くなく、いつの間にか姿を消す個体が多かったです。また、縄張♂が縄張維持している時間もそれほど長くなく、長くて約10分ぐらいで、縄張りを放棄してどこかに飛んで行ってしまいます。全体に個々の♂は淡白で、あまり池や闘争にこだわりが無いように見えました。環境なのか発生が末期に近づいていたからかは分かりません。全体に郡山市の様な個体数が非常に多いのとは違って、♂の個体数は常時1~3頭で、多くて5頭と少ないことも要因かもしれません。湿地の上を飛んでいる個体同士の争いも観察できませんでした。

今年はこれで終わりです。











2025年8月21日木曜日

オオルリボシヤンマから見たトンボの性成熟を考える (2)

 ♀の場合
 ♀は♂に遅れて20日後に池に飛来して産卵を始めました。捕えた個体を解剖していて最初に思ったというか、あれ?と手が止まったのですが、何だかやけに卵巣が小さいのです。と言うよりまだ未発達状態のようにみえたのです。しかし、交尾嚢には精子が入っているようでした。
                   
           真中の上部分の白い塊が交尾嚢、そこに繋がる2本の黄色の細長いものが卵巣


    卵は通常の大きさに育っていますが、まだ薄黄色の透明でまだ未熟状態です。初飛来7日後の産卵個体の交尾嚢を見てみます。精子は塊となっているようで、さらに詳しく見ると精子束同士が何らかの物質で互いに結合しあっているようで、まだこの時期においても精子は遊離状態になっていないことがわかります。では、産卵がおこなわれているのはどう説明できるのでしょうか?交尾嚢内の末端にある精子束が産卵時に少しずつ♀が放出する分泌物で精子を束ねているクリップが溶けて遊離精子に変化するのでしょうか。しかしその可能性は低いと思います。
 この時期の♀は本当に卵を産んでいるのでしょうか?あるいは故意に無精卵を産むのでしょうか?
 段々核心に近づいて来たように思いますが、まだまだ謎のオンパレードが続きそうです。

                  初飛来後7日目の♀の交尾嚢とその中身、右下が交尾嚢の外皮、中心が精子の塊、精子束の粒々が見える

                透過式顕微鏡だとカバーグラスの圧で精子束がつぶれてしまうが、かろうじて数個原形をとどめて見える

このまま交尾嚢内の精子が精子束の塊として、見られていくようならオオルリボシヤンマの受精にはかなり特異な方法で遊離精子にする機能が備わっていると見るべきでしょう。今後、また8月中旬以降、産卵個体を採取しつつ交尾嚢内精子の形態を観察していきたいと思います。
                        
              一見、普通の産卵なんですが
ねー、まだ未熟とはとても思えない 19/08/2025
                                                                                                           
                        ♂型♀の産卵?今年はこのタイプの♀が複数いて、どうなってんのかな
 

 
                         


















2025年8月20日水曜日

オオルリボシヤンマから見たトンボの性成熟を考える (1)

何だかまたおかしくなってきたぞ。

  トンボ好きなら誰でも、トンボは羽化からしばらくの間、例えばヤンマなら2週間ぐらいの性成熟する前の期間(成熟前期間)があって、この間はひっそりと林の中で暮らすらしいということを自身の経験や文献(オリジナルの文献を見てる人は少ないかも)から知っています。

 この羽化から成熟するまでの期間を調べた事例を、Corbet ( 1999) で見ると、かなり前に、なんとオオルリボシヤンマを生方秀紀さんが調べていました!札幌市近郊の無意根山山麓の沼における調査では、♂が19日、♀は27日であったと報告されています( Ubukata, 1974 )。さらに Corbet の本には ドイツにおける Aeshna  cyanea (ヨーロッパで普通なルリボシヤンマ)の例を挙げています。羽化個体にマーキング( 756頭)して、その後池に戻った個体(579頭)を毎日記録したという信じられないよう調査なのですが、それによれば、羽化初日では戻って来る個体は約1ヶ月後であるのに対して、羽化最終日は2ヵ月後と2倍差がつくことが示されています(下図のイメージ図を参照)!羽化が遅れる個体ほど戻ってくるのが遅くなるというのです。しかし、この調査、どうやって調べたのだろうと思います。原著に当たれないので何とも言えないのですが、こんなにきれいなデータを出すには、毎日通って、成虫をことごとく採集したのでしょうか?
 しかし、何が原因で遅くなるのでしょうね?外的要因(気象や種間、外敵ストレスさらにエサの量等)よりは内的な要因(個体自身に内在するもの)による気がします。                
    さて、郡山市の場合はどうか?
 今年の羽化は異常な高温が羽化時期以前から続いたせいなのか、これまでとは少し異なった消長を示しました(下のグラフ)。 
                  
                作図途中のグラフですが
 
♂♀の再飛来
 羽化は例年(といっても3年分の記録しかありませんけど)、より約1 週間早くから始まり雌雄の羽化ピークの間隔はさらに広がりました。例年だと♂の再飛来は羽化初日から11~14日後でしたが、今年は何と22日後となりました。もっとも、この池で羽化したものが必ずしも再飛来するとは限らない(500m離れた猪苗代湖岸には大発生地がつらなる)ので、はっきりしたことは言えません。だから生殖前期間を知るには羽化個体にマーキングしないといけないのでしょうが、毎日朝方4時(本種はこの時間に飛び立つ)までに現地に行ってマーキングする気力はありません。
 一方の♀は羽化初日からなんと42日となりました。雌雄間では20日の差が生じています。毎度のことですが、なぜこんなに性成熟に至る期間に雌雄間で差があるのでしょうか?

精巣、卵巣の発育度を経時的に見る
 ♂の場合
 羽化した池に戻って来た♂♀を捕えて、それぞれの精巣と卵巣の発達状況を経時的に調べてみました。さらに♂は貯精嚢の状況、♀では交尾嚢の状態も観察しました。
 飛来直後の♂の精巣末端部(貯精嚢に繋がる部分)を見てみると、精子は上からだと丸く、側面からだとマッシュルームのような形をした精子束で存在しましたが、大きさは不ぞろいで、全体に小さく、これらの精子束は発育途中であると推察されました。また、貯精嚢内の精子束数は非常に少ないことが分かりました。
                      
                     飛来直後の♂精巣内の精子束

 さらに初飛来10日後の♂でもまだ見られる精子束の大きさはまだ小さく、大きさにばらつきが見られました。
 これが初飛来19日になると、半数以上の個体でほとんどの精子束は十分な大きさに生育し、また、互いの精子束が粘着様物質に覆われ集団化するのが観察されるようになりました。一応♂の性成熟はこの段階で完了したといえ、この集団化した精子束がこのまま貯精嚢に送られ、移精した後、♀体内に取り込まれます。これらの精子束の掲示的変化はマダラヤンマでも同様であり、広くルリボシヤンマ属に共通したことがらであると思われました。
                     
                   十分に成長した精子束
                         
                    精子束同士がくっついて集団化が始まった段階
 
 以上のことから、水域に再飛来して来た♂は性的にはまだ未熟で、飛来後19日程度の生殖前期間があると思われました。したがって、今年の場合、池に再飛来するまでの期間22日と飛来後19日、合わせて41日も生殖前期間がある?ウソだ!これほど長いはずはない!これはどう見たっておかしい。しかし確かにこの期間は池に♀はほとんど飛んで来ませんし。では、♀もしばらくは来ない池で、あのような激しい縄張り争いを続けるのかますます不思議になってきます。

♀の場合

つづく

 










2025年8月4日月曜日

盛夏の尾瀬にトンボを求めて

 小淵沢田代へ

 8月3日に尾瀬の入り口にある小淵沢田代へ行きました。福島県側の入り口である大江湿原の途中から東に分岐する登山道があり、この先に目指す小淵沢田代があります。標高は1,800mです。昨年、確か10日前後に登ったところ湿原中唯一の大きな池塘にオオルリボシヤンマが多数いて、乱戦騒ぎを起こしていた記憶がありました。例のオオルリボシヤンマの観察で、郡山市の観察地は両側が杉林に囲まれ、言わゆる閉鎖的環境でした。それでは反対に開放的環境ではどうなのか?そこでこの湿原が頭に浮かびました。縄張りはどのように維持され、ライバルはどのような行動を示すのか?
                                                                                       
                                                                 小淵沢田代(湿原)には 大江湿原の中ほどから東に分岐して進む
 
 湿原までは一ケ所も下りのない約2kmの登りで、すでに沼山峠を越えてきているオンボロ脚にはかなり応えました。この湿原はなだらかな丘状の地形で湿原手前に池があるほかは東の端と北側に多少開放水面のある池塘がちらほらとあります。湿原自体はミズゴケの高層湿原になっていて、乾燥化が進んでいます。
                   
          標高約1,810mにある小淵沢湿原中最大の池塘、でオオルリボシヤンマの生息地
                    
              反対側(東)を望む. 一面草原状態で樹林に接する場所に小さな池塘が点在する

 現地には8:20に着きました。湿原に敷かれた木道を端まで歩いてみました。湿原の端にわずかな水溜まりがあって、ルリボシヤンマの♂が縄張りを張っています。水溜まりに目を落とすと3頭の♀が羽化していました。一方、産卵していたのでしょう、成熟した雌が草むらから飛び出していきました。オオルリボシもそうですが、このルリボシも♂♀の相当の性成熟期間にズレがありそうですね。

            羽化した♀, 左下に水面に落下してカヤツリグサにつかまる♀が見える

 さて、先ほどの大きな池塘へ引き返します。どれどれオオルリボシヤンマはいるかなあ、と見回してみますが、1頭の♂しか飛んでいません。時期が少し早かったのでしょうか。しかし、それにしてもほとんどトンボがいません。もちろんアキアカネは無数にいるのですが。前に訪れた時にはエゾイトトンボやカオジロトンボさらにアオイトトンボが多数いたのですが、どこに行ったのでしょう。わずかにカオジロトンボは2♂、アオイトトンボは1♂しか見れませんでした。おかしい。何かおかしな感じがします。一方、何とショウジョウトンボが複数活動していて、優占種のよう他のトンボを追い払っています。ここは標高1,800mです。と、ショウジョウトンボが交尾しました、カメラを向けているといっこうに離れず、そのまま連結したまま、産卵を始めました。へー!こんなこともあるのかと、いや、いや、待てよ、これはネキトンボじゃ!ネキトンボが複数、産卵しているではありませんか!尾瀬や尾瀬周辺でネキトンボはポツポツと記録があるのですが、単なる飛来種かと思っていましたが、産卵まで行っていたとは!
 
               池塘の岸部に定位するネキトンボ、いいんですかねー、こんなのたくさんいて

 一方本命のオオルリボシヤンマは広い水面の全てを支配しているように、空域に侵入するアキアカネを蹴散らしつづけます。午前中♀の飛来は2回あって、そのうち1回のみ産卵がありました。産卵に飛来した♀は瞬時に♂の接触を受け、♂はピッタリと張り付いて離れません。ここからが今回この湿原に来た最大の目的なのですが、加納一信さんは産卵が終わって飛び去る♀を♂が追いかけ、湿原内で確保しタンデム状態になって森に飛び去ると報告しています。開放的環境では見通しが効くため、そういうことが確認できたのか確かめたかったのです。♀を追った♂が交尾するのかと。
                     
                                                                                              
               ♀にひっついて離れない♂と全然相手にしない♀
                     
            全く関心を示さない♀に愛想をつかしてきびすを返す♂
                     
             ♂がいなくなりせいせいして産卵に集中する♀

 今回観察は1例のみでしたが、産卵が始まると♂はこれまでの観察と同じく、興味を失って♀から離れ、再び縄張り飛翔に移ることが観察できました。産卵終了まで張り付くようには見えませんでした。一方、産卵はしませんでしたが、池塘のわきを飛び去る♀(比較的ゆっくりと飛んだ)を縄張り飛翔していた♂が瞬時に後を追い湿原のかなたに飛び去るのを観察しました。その後、2時間以上(私が引き上げるまで)この池塘には♂が不在でした。
 この視界から消えるほど♀を追っていった縄張り♂はその先で交尾したのでしょうか?分かりませんが、すぐ引き返してこなかったところを見ると、あるいは交尾したのかも知れません。いずれにせよ、この湿原での観察はまだ早かったようです。♂が多数飛来して来るころまた来てみようと思います。
 気になった事があります。それはどうして標高の高い発生地ほど成虫の出現が早まるのでしょう。郡山の観察地ではようやく♂が戻り始めた時期で、♀の産卵はあと7~10日後です。20日ほど早まっているのではないでしょうか?おそらく、幼虫は複数年を経て最終年の冬は終齢で越冬しているのかなーと思います。確かヨーロッパのルリボシヤンマではそんなことが報告されていたように思います。
 













2025年7月19日土曜日

福島県のホソミモリトンボ Somatochrola arctica

 本当に尾瀬に生息しているのか?
 福島県におけるホソミモリトンボは、1956年に尾瀬沼で安藤尚氏によって採集されたのが最初で(昆蟲, 24: 18 )、続いて宮川幸三氏が1958年に尾瀬沼東岸で記録しています (新昆虫, 11: 35 )。また、同年丸山彰氏が燧ヶ岳 (新昆虫, 11: 37 )で、さらに 1981 および1990年に星一彰氏が共に燧ヶ岳からの目撃例を報じています( 月刊むし, 12: 21-23; 福島生物, 33: 26-27 )。現在、尾瀬の福島県側からの成虫の記録はこれが全てで、それ以後の追加記録はありませんでした。なお安藤氏の採集したホソミモリトンボの標本は筑波の科博にある朝比奈コレクションの中に大切に保管されています(写真下)。
 近年、福島県側ではレッドデータ関連で新たに調査をおこなったものの、成果は得られませんでした。私も数回、尾瀬および周辺でホソミモリトンボの探索を行いましたが、その痕跡すらをも見出すことが出来ませんでした。正直、本当に今でも生息しているのか?そんな思いが年々強くなっていました。
 ところが、ここに彗星のように現れた青年がいました、太田祥作さんがその人です。太田さんは只見町ブナセンターの職員として激務をこなしながらも尾瀬にせっせと通い、その驚くべき忍耐強さを発揮して、ついに尾瀬におけるホソミモリトンボの羽化場所を突き止め、現在でも尾瀬沼周辺に広く生息していることを明らかにしたのでした( TOMBO,  62: 116-122 )。
                    
            福島県産を示す数少ないホソミモリトンボの標本(科博蔵)
 
 さあこうなると、成虫はどこで活動しているのかが問題になってきます。度重なる調査でもその影すらも拝めていませんから。私も太田さんの発見後、2度ほど成虫の姿を確認するために尾瀬を訪れましたが、相変わらず何も得られませんでした。成虫は羽化後どこに飛んで行ってしまうのか?全くもって不思議な話です。

尾瀬決戦を前に下調べ
 かつて長野県の生息地でこのトンボを探した時はこんなに苦労せずに出会えたのですが、尾瀬では何か見当違いな場所をさがしていたのではと思えてきました。そこで尾瀬に再挑戦する前にもう一度このトンボの生息地の環境と生態を見ておきたいと、あらためて本年7月に既産地を訪ねてみました。以下はその時の状況です。

 現地には早朝に到着しましたが、気温が低く午前9時前になって、ようやく♂が複数いきなり湿地の上を飛び始めました。午前中、飛び方はかなり広範囲(20-30m四方)を高さ1m前後で緩やかに飛び回り、なかなかホバリングしてくれません。そのうち♀が産卵に飛来し始めました。♀は小さな水溜まりに高速で飛来すると、一瞬せわしく周辺を飛び回った後に、いきなり草が密生した場所に潜り込み、わずかに水面が見えるような狭い場所に産卵を始めます。飛来した♀を良く観察すると、適当な水域を探し当てるまで、次々と小さな水溜まりに降り立って好みに合う場所を探します。このために草丈が30-50cmぐらいのスゲ科植物の草丈すれすれを飛びながら次々に小さな水溜まりに降りて確かめては再び舞い上がる独特の飛び方をします。産卵は草が覆いかぶさる様な10-20cm四方の小さな水溜まりに降り立ち、打水産卵を行いますが、一ケ所での産卵時間は短く、次々に産卵場所を変えて産卵します。また産卵場所はいずれもスゲ、カヤツリグサ類が覆いかぶさるよう密生していて、飛翔に支障をきたす場合が多く、良く産卵中に草に止まって休息する姿を目にします。尾端を水の中に入れたままの状態もあって、この場合産卵しているかも知れません。
 水溜まりの水深は非常に浅く、これらの水源は雨水が大部分であると考えられ、気象条件によっては容易に乾燥が進み、水溜まりは消失する場合があると思われました。湿原として現在は、ほとんどが中間湿原で乾燥と植物遺体の堆積が進み陸地化して行く部分と、一部の地下水位が高い場所はミズゴケによる高層湿原化していく過程にあるものと思います。
                     
                 スゲ類の遺体の堆積で未発達ながら谷地坊主状のものが無数に見られる
                        
                谷地坊主状のスゲ群落の間に水溜まりが出来て、ここが産卵域となる
                        
                           同上、水溜まりにはカヤツリグサ類が繁茂する

               100mmマクロしか持っていかなかった、失敗!
                         
                                                                                  300mmをよりによって忘れるとは!
                         
                                                               20年ぶりのホソミモリトンボ、はたして尾瀬で出会えるか
                         
                                   いるいる、産卵している!
                       
                         こんなにイネ科植物が密生していて翅は痛まないのか?
                        
                        とにかく見にくい。焦点が合わない!
                   
                   
                    産卵時に全身を捉えることは困難だ!
                    
                   別個体の産卵
      
              産卵は体力の消耗が大きい、時々産卵中に草に止まって休む
 
 午前中に交尾は2回観察しました。産卵に飛来した♀(♀が自ら交尾を目的に飛来しているのかは不明)はオスに確保されてリング状になって湿地内を2mほどの高さでゆっくりと飛び回り、やがてカラマツの枝に止まり、交尾を続けました。しかし、意外と神経質で静止してから2、3分で移動してしまいました。以前塩尻市の生息地では湿地内の灌木は背が高くなく、目の高さに交尾ペアが止まることが多かったのですが、ここはカラマツが4mほどの高さがあって、結構高い位置に止まるようでした。午後1回交尾を観察しましたが、これも3m以上高い場所に止まりました。交尾は35分継続しました。
                
             何とか撮れた交尾、このペアは数枚シャッターを切った直後に飛び去ってしまった

 今回、あらためてホソミモリトンボの生息地を見てきて、また、これまでの経験から、本種の生息環境を考えると、いわゆる大小多数の池塘が見られるような高層湿原には生息せず、かなり草丈のあるスゲ類が密生して、その生え際には小さな水溜まりがいたるところに点在するような中間湿原(場合によっては低層湿原的要素の多い湿地も)が生息地になると言えます。この点についてはすでに曽根原今人さん(Tombo, 28:23-30)や吉田雅澄さん(Aeschna, 30:11-16) が長野県の産地における生息地の環境を詳細に報告されています。
 どうも私はこれまで尾瀬では少し環境的に本種の生息に適さない場所(より高層湿原を重点に探したかも)を探していたかもしれません。
 ともあれ予定している尾瀬のホソミモリトンボ成虫の探索は逆に言えば、明るく解放的な中間湿原を探せば何らかの成果が出るかも知れません。

いざ決戦、出陣!
 7月下旬、いよいよ尾瀬へ、と言っても今回は尾瀬ヶ原ではなく尾瀬沼一帯の探索です。尾瀬へのルートは何本かあるのですが、福島側からだと桧枝岐村御池から沼山峠へのルートとなります。一般車は御池の駐車場において、そこからシャトルバスで20分ぐらいで沼山峠登山口に着きます。ここから尾瀬沼までは40~60分です。
                     
                       尾瀬地区の入り口に設けられたシカの侵入阻止ゲート
                   
                     ゲートを抜ければ目前に大江湿原がひろがる

 大江湿原中ほどに太田さんが羽化を見つけた地点があります。はたして水溜まりはあるのだろうか。期待が高まります。時間はまだ7時半をまわったところですから、まだホソミモリトンボは出てこないはずです。この時期はニッコウキスゲの時期は終わっているのですが観光客が非常に多く、特に夏休みのサマースクールで尾瀬を訪れている中学、小学生のグループと頻繁に行き会いました。
 さて、発生地ですが、残念ながら写真の通りスゲ原が広がってはいますが、全く水溜まりがありません。太田さんによると昨年は羽化が確認できなかったそうです。やはり、ミズゴケが発達した湿地では多少の雨で水溜まりは出来ず、安定的に♀が飛来して産卵はおこなわないのだと思いました。かつては一面、水溜まりがあって、産卵や繁殖に適した中間湿原的な様相を呈した大江湿原だったのでしょうが、今日、湿地の多くの地域は高層湿原に代わり、じょじょに乾燥化していて本種の生息には不適になっているに違いありません。こう考えると、ホソミモリトンボはいずれ尾瀬沼周辺から居なくなってしまうかも知れませんね
                    
           水溜まりが全く無い大江湿原、年々ミズゴケの厚さとスゲの遺体の堆積が増えている
 
 大江湿原が今年もこの時期に乾燥していたことは本当にショックです。またおなじことの繰り返しになるんじゃないかと不安になってきます。今回は尾瀬沼をとりあえず一周してみて、この目で中間湿原はあるのか確認してみるつもりでしたが、のっけからこれだと、、、、。尾瀬沼の北端で右に折れて沼尻へ向かいます。道中はオオシラビソの樹林帯の中を軽いアップダウンを伴って進みます。何か所か湿地を横切りますがパッとしません。多分生息はしていまいと、ならば過去の記録はどこで得たものなのだろうと考えている内に沼尻に到着しました。分岐から約30分です。この先は延々と下って尾瀬ヶ原に至ります。私は左に折れ湖を周回します。
                   
                    途中の景色、良いところなんですがねー
                    
                    沼尻の湿地、いわゆる池塘が連なります

 沼尻に来ると、ようやく尾瀬特有のトンボが見れれるようになります。カオジロトンボを始め、ムツアカネさらに数は少ないのですがルリイトトンボも運が良ければ見ることができます。ここのカオジロトンボは非常に小型で、今の時期が繁殖盛期となっています。一方ムツアカネは羽化時期です。この一帯の湿地は完全な高層湿原でホソミモリトンボの成虫を見ることは難しいように思えました。ただ産卵はあるのかも知れません。♀は放浪性が高いですから。
                    
                   産卵に訪れたカオジロトンボの♀
                    
                       産卵飛翔する若い♀

                ♂を撮るの忘れたので、一昨年のもの、場所は同じ
                         
                     次々に羽化してくるムツアカネ

 尾瀬沼南岸にはそれらしい湿地は無く、どこに居るんだろうと、だんだん気が滅入ってきます。やはり今回もだめかと、足どりもじーさんのよう(実際ジジイだ!)に重くなってやっとの思いで尾瀬沼ヒュッテに到着です。これで尾瀬沼を一周したわけですが、ラオスで痛めた踵が痛みだし、こうなると踏んだり蹴ったりです。
 予報では昼から雷ですので、もうあきらめて帰るしかありません。脚を引きずるようにヒュッテを後にして、トボトボと再び木道を歩き始めた時の事です。ふと、右手の林縁に接している湿地の上をエゾトンボが飛んでいるのに気づきました。ややや!いたぞ、いたぞいたじゃねーか!幻を見ているような気分になりました。すぐにカメラで追いますが、動きが激しくて追いきれません。気が付けば複数個体がいるようです。そのうち2頭が争うのが目に入りました。ハッとしました。片方が小さいのです。というよりほっそりしているのです。改めて湿地の上を観察すると、最初に見つけた個体は林縁部に沿ってのみ縄張り飛翔していていました。一方の個体、これは少なくとも3頭いて、いずれも湿地の中央部のみで行動しているのが分かりました。こっちがホソミモリで、林縁部はエゾトンボでしょう。
 1頭の♂が目の前数十センチのところをゆっくりと「良ーく見とけ!」と言わんばかりに木道に沿って飛んで行きます。そのスマートでやや小柄な体型は、まさに夢にまで見た尾瀬のホソミモリトンボで、万感極まって思わず、得意の老人病の涙があふれてきました。しかし湿地内部で縄張り飛翔している個体は木道から約10m以上離れているためになかなか写真を撮ることが出来ません。そこで先に湿地の状態を確認してみました。
      
               エゾトンボが飛んでいた湿地の情景、右端の林縁部分
             
                   
                   ホソミモリの飛翔が見られた場所、中央部一帯で縄張り飛翔する
                         
                    小さな水溜まりが無数にあって、水位も高い
                        
                                同
   
                         
                                    産卵が見られた木道わきの景観

 上に示した写真のように、ここは水量が多い湿地で、ミズゴケの発達度はそう高くありません。スゲ類が優占種となっていて、またカヤツリグサが水面に密生しています。ミズバショウも混生していて、中間湿原というより低層湿原の雰囲気が強く感じられました。産卵に適した小さな水溜まりが無数にありました。
 一方2、3頭いる♂のホソミモリはなかなか近くまで寄ってこないため、多分福島県で最初になるであろう本種のシャープな写真は結局撮れませんでした。ところが、♂の写真を何とかと頑張ってると、いきなり♀が飛来してきて、よりによって木道わきの水溜まりに産卵を始めたではないですか!これは潜在何時遇のチャンスとばかり、しかし足元なのでレンズの操作につい手間どりバタバタと動いたせいか、♀はすぐに飛び去ってしましました。あー!おかげでこの写真もイマイチの出来となりました。
                  
                   
                    
         一番上はトリミングしたもの、全て同一個体(25/7/2025、尾瀬沼ヒュッテ付近)
                         
        ホソミモリトンボの産卵(トリミング)、トレードマークの腹部側面のオレンジ紋が見える
                        
         打水産卵した瞬間、上からではさまにならない
(25/7/2025、尾瀬沼ヒュッテ付近)

 今回もだめかと完全にあきらめていたところ、自分としては満塁逆転ホームランを打ったような満足感を得ることが出来ました。30年前に初めてホソミモリトンボを求めて尾瀬に来て以来、毎回収穫はゼロ。ここでようやく福島県産トンボで最も難攻不落の座を誇っていた本種の写真と生態の知見を得ることができたことは本当に奇跡のようです。これも尾瀬で確実に現在でも生息していることを知らしめてくれた、若い太田祥作さんのおかげに他なりません。
 ですが、今回をも含め、尾瀬沼周辺部で確実に本種の生殖行動を見ることができるのは1ケ所にすぎないと言うことは、たとえそれが湿原の止めることができない変遷の結果であるにせよ、近い将来このトンボが姿を消してしまうような気がしてなりません。木道からまだうかがい知ることができない地域にまだまだ多くの隠れた生息地があることを願いたいと思います。

 

 











阿武隈川のナゴヤサナエ(1)

 福島県におけるナゴヤサナエの生息地は、これまで浜通りの夏井川(いわき市)および中通りの阿武隈川流域にあって、約10か所の成虫、幼虫の確認地点があります。しかしこの中には河川改修や、原因は不明ですが、すでに姿が見られなくなった場所もあります。特に阿武隈川の生息地は最近記録が絶えぎ...