2021年8月19日木曜日

中々しぶといオオルリボシヤンマ

 みんながそう見える

 8月に入ると福島県の多くの止水環境はオオルリボシヤンマの天下となります。ギンヤンマと各地で競合することになりますが、ギンヤンマが駆逐されてしまうことが多いようです。郡山市湖南町は猪苗代湖東南岸部域を擁し、標高500mに位置する風光明媚な地域です。ここはオオルリボシヤンマの大産地になっていて、以前このブログで触れた本種の交尾の謎ついての観察にはもってこいの場所にもなっています。
 正午すぎに自宅から車を飛ばし、今回は入ったことのない道から湖畔を目指しました。山道を走っていると何かが多数飛んでいます。オオルリボシのような気がします。山道は舗装されていて、その上を何頭もの個体が地上低く飛び回っています。どういうことなのか観察してみました。
 飛び回るのはオスが圧倒的に多く、メスが時折多数のオスを引き連れて来ます。また、オス同士、3~5個体が争いながら飛び去ります。いずれも地表低く、30cm以下ぐらいでしょうか。飛翔する部分は約30mほどで、5mほどの長さで道路を占有する個体が数頭、常に侵入オスと争い、場合によっては数頭が塊になって争って高速で周辺を飛び回ります。

           オオルリボシヤンマが飛び回る舗装された山道 18/Ⅷ/2021( 郡山市湖南町)
                                雨で濡れた部分を飛ぶ (舗装面の濡れて反射している部分)

 これは、池や沼で行われるオスどおしのテリトリー争いと異なるところはありません。しかしなぜ、このような山の中の道で、多数のオオルリボシヤンマが飛んでいるのかが分かりません。ましてメスも頻繁に飛んで、そのたびにオスの執拗な追跡を受けています。

                          
                    道路上を飛びまわるオス

 メスは道路の両端を何かを探すように飛んで、時に舗装面に止まるようなしぐさを示します。メスの後ろに連なって飛ぶオスは明らかにメスとの交尾を試みようとしますが、例によってメスは完全無視です。このメスとオスの行動も水域でおこなわれる行動と何ら変わりません。オスは単独同士で出会うといきなり取っ組み合いの激しい争いになり、道路に落下することが多く、それからぐるぐると高速で旋回しながら2,3mほどの高さまで上昇するといきなり別れ、高速で逃げ出したオスを片方のオスが猛烈な勢いで追いかけます。これに呼応したオスがさらに加わって、数頭の列になって周囲を飛び回ります。これらの行動は観察を開始した12時すぎから15時まで続きました。

                     
                          
                        
                   複数のオスたちの追尾行動
                          
                           
                      必死でメスを追うオスたち

 この一連のオス・メスの行動は明らかに水域で見られる行動と同じです。もしかすると、他のトンボで観察されるのと同じく、濡れた舗装面を水面だと勘違いしているのかもしれないと、さらにメスの行動を注視していますと、案の定、道の脇にある枯れ枝に産卵しようとするメスを複数観察することが出来ました。このことからオス・メスともにこの道路は水面として認識して行動していたのだということが分かりました。どうりで濡れた舗装面部でしか行動していなかったわけです。逆に言えばこの程度の濡れでオオルリボシヤンマは道路を水面だと錯覚してしまうのでしょうか。   
 この舗装道路の場合、数日続いた大雨の影響で一時的にできた濡れた舗装面で、翌日には乾き、本種は全く見られなくなりました。この道路からは300mほど下った場所に小さな溜池があります。この溜池には多数の本種が見られ、一日中オスは激しく争っています。そのため、一時的にあぶれたオスがこうした新たな活動の場を見つけたとも考えられますが、観察した個体数があまりにも多すぎます。本来、オオルリボシヤンマは相当、広範囲にオスやメスは行動していて、一見、より強いオスが縄張りを死守して定着しつづけると考えられがちですが、意外にそれほどテリトリーの維持に執着することはなく、出入りが激しく、広範囲(おそらく数キロ四方)に行き来しているのだと思います。そうした雌雄が適宜、こうした活動の場を見つけると、一時的に定着を繰り返すものと考えます。

            咄嗟だったので、広角でしか撮れなかった. 中央に写っている. 枯れ枝に産卵するメス

産卵の多様性?変わったオオルリボシヤンマの産卵

 下の溜池に降りてみると、水面では多数のオスがテリトリー争奪戦をしており、たまにメスが来て産卵しています。この溜池は複数あって、脇は深く掘れて山側からの細流が流れ下っています。この細流は苔むしていて、もう少し後になるとミルンヤンマが見られます。ふと、この細流に、ヤンマが飛んでいるのに気が付きました。ヤンマはメスでミルンヤンマにしてはずいぶん無骨で、第一時期が早い。よくよく見ると、なんとオオルリボシヤンマです。産卵しています。その様は全く渓流性ヤンマと変わりません。少し飛んでは産卵し、また飛んで産卵場所を探す、を繰り返しています。産卵は苔むした岩やスギの腐熟した枝さらに、枝に着生したコケなど、これも変わるところがありません。結局、わずらわしいオスに邪魔されることもなく、メスの産卵は15分にも及びました。
                    
           左端に段々になった溜池の水面が見える. 細流は林との境にある
                        
                      流れの上を飛ぶメス
           
                       スギの枯れ枝に産卵するメス
                         
                     枯れ枝に着生したコケに産卵する

さっぱり分からない本種の交尾、しぶといオオルリボシヤンマの交尾行動

 今回は上述したような知見を得ることが出来ましたが、残念ながら本命の交尾に関しては全く観察することができませんでした。参考のために、今期これまで得た観察結果を述べて、関心のある方々の参考になればと思います。

1 8月18-19日の観察から。早朝、5時から7時までは交尾は観察されなかった。
2 溜池上には5時10分にオスが初飛来したが、6時ころから多数のオスが活動するようになった.
3 この時間帯にメスの飛来はなかった。
4 正午から午後6時30分まで交尾は全く観察できなかった。
5 オスはしばしば移精行動をおこなう。
6 オスは18時以降も水域で活発な活動を行う。
7 16時前後にかけて多数のオスが地表1m以内を集団摂食飛翔したが、メスは混じらない。
8 オスが待つ水域に飛来したメスはただ複数のオスに追いかけられ、あるいは自ら追われるように飛び回り、最終的に水域を離れる個体が少なからずある。
9 メスは午後、16時半ごろから産卵が観察できなくなり、17時には姿を水域から消した。
10 全く交尾しないわけではない。しかし観察できるのは非常に稀である(これまでの事実から)。

 オオルリボシヤンマの交尾は必ず行われているのですが、トンボ好きの方々もほとんど見たことがないという声がほとんどです。どこでも水辺ではメスが頻繁に産卵に訪れ、オスは延々とメスの後を追うだけです。
 トンボは精子置換、あるいは精子競争という交尾行動の根幹を担う機能を有するため、この機能の詳細を種ごとに知らないと、配偶行動の全容を知ることは難しいかも知れません。特に不均翅亜目の種については交尾自体の観察が難しいため、知見が乏しいのが現状です。オオルリボシヤンマの交尾についても、違った視点からのアプローチが必要なようです。

  

 







                      


2021年8月4日水曜日

8月の裏磐梯長瀬川のトンボたち

 裏磐梯長瀬川
 長瀬川と言えば、秋元湖から流れ出て猪苗代湖に注ぐ河川を思い浮かべるのですが、実際には、桧原湖がその源で、中瀬沼さらに乙女沼を介して小野川湖に注ぎ、秋元湖からの流れと合流しています。この一帯は磐梯山噴火時の火山岩が厚く堆積していて、その間を縫う様に無数の流れが湿地を作りながら流れています。
 かつて私が観察地にしていた長瀬川は乙女沼近くで、15年ぶりに訪れてみました。さすがに15年は長く、環境は全く変わってしまっていました。当時はまだ河川沿いの小道の周りは刈りはらわれて簡単に入ることができました。しかし、今回訪れてみると灌木が密生し、何と樹木まで生えて小道が無くなっていました。まるで藪漕ぎ状態でかつての観察ポイントにたどり着かなくてはなりませんでした。
 今回の目的はフィルムでしか撮っていなかった、オジロサナエをデジタルカメラで撮るための再訪です。               

                                      長瀬川の景観

 8月2日当日は、9時半ごろから観察を始めましたが、すでにオジロサナエの産卵が始まっていました。木漏れ日が射して、わずかに水が流れるような場所の小石にオスが止まっています。産卵ポイントは3か所、お互いすぐそばにあって観察には好都合です。
                              
                   メスの飛来を待つ雄

 間もなくメスが水面低く、素早く飛んできて近くの草の水際に止まり卵塊を作り出しました。ほどなく飛び立って、1回流れに尾端を付けて放卵しました。また、同じところに止まるのかと思いましたが、止まらずどこかに行ってしまいました。ふと今度は先ほどオスがいた場所の小石を見ると、メスが止まっています。オスはどこにいったのか見当たりません。メスは早速卵塊を作って、チョンと飛んで水面に産卵し、また同じ場所に止まって卵塊を作って産卵する。これを4回ほど繰り返して飛び去りました。この産卵が一般的な産卵形式ですね。
 この日長瀬川では、先ほどのかなりの流速がある流れに繰り返し産卵する様式と、この木漏れ日の射す水が浸み流れるような場所で、水面に産卵する2通りの産卵様式を観察できました。また、流れに飛来したメスが水面に産卵を繰り返した後に、だらっと水面に尾端を付けてかなりの時間動かないケースを3回ほど観察しました。これは確認してませんが、産卵していた可能性があります。
                   流れで産卵が多く監察された場所
                         
                      木漏れ日が射す産卵場所
                                         
                      メスが来た, 卵塊を作っている

          
   

            流れに面した水生植物に飛来したメスの産卵連続写真, 産卵後同じ位置に止まる.
                            
                         
                      小さな小石に飛来したメスが卵塊を作る
        
           
         飛び上がってホバリングする
  
                      産卵場所を確認する

          
木洩れ陽の射す、わずかに水が流れる流れに産卵する場合の連続写真 産卵
 
 この時期、この川にはオジロサナエの他に数種のトンボが見られます。オジロサナエの産卵の合間に、次々とオナガサナエが産卵にやってきて、ついそちらが気になって撮ってしまいます。このトンボの産卵は早朝と夕方に多いのですが、ここではどうも関係無いようです。複数で産卵している時もあり、結局、地域・場所にもよるのではないのでしょうか?
                    
                     
                     

                       
オナガサナエの産卵
                           
                             オナガサナエもこの時期が最盛期のようです. 
  
 今度はコオニヤンマの産卵です。オジロサナエの産卵ポイントにも入って来て産卵します。ここでは本種が優占種となっていて、種間、異種間問わず、激しくオスは追い立てます。なぜか上空にはオオルリボシヤンマが常時飛び回っていて、コオニヤンマとつばぜり合いが絶えません。何でこのような場所でテリトリー飛翔のような飛び方をするのか不思議でしたが、観察を続けていると、なんとメスが産卵に飛来するのです。結構流れが速いのですが、植物群落の水際に潜り込んで産卵を試みます。オオルリボシのオスは直ちにそれを捕えようと突進しますが、コオニヤンマが黙っていません。ガチャガチャと凄い翅音を響かせて水面に落下しました。オオルリボシヤンマのメスはその隙に、「まようやるは」、と言わんばかりに下流へゆうゆうと飛び去りました。
                    
              
               水滴を弾き飛ばして産卵するコオニヤンマのメス


オジロサナエが産卵している場所に入り込んで産卵するコオニヤンマ

        ちょっと席を立つと,すかさず止まりに来る雄たち、手前にもう1頭いる.
                                赤いボンベはクマよけスプレー, この場所はこれ必携!油断できない.

 コオニヤンマに気を取られている内に、次々にオジロサナエが産卵に訪れていたことに気が付きました。見れば、流れの中に少し大きめの石が露出し、背後に水生植物が生えた場所があり、先ほどから数頭のメスが産卵に飛来していました。改めて注視しているとメスが川面すれすれに飛び回っていきなり、その石に止まりました。そして例によって卵塊を作ると少し飛んで、チョンと水面に産卵して、また元の場所に止まり卵塊を作ります。この写真の場合は3回産卵しました。
                         
                     中央に見える石が産卵ポイント
    
                      飛来したメス, 早速卵塊は作る
                          
                     卵塊を作り、飛び上がってホバリング
                          
                          産卵する
  
                    また同じ所にに止まって, 卵塊を作る



                 再び飛翔、ホバリングして産卵をおこなう

 オジロサナエの産卵が昼過ぎに一時絶えた時、下流の方で何か大きなサナエがホバリングしているのに気が付きました。何だろうと急いて近づくと、いきなり目の高さまで飛び上がってホバリングします。ヤマサナエのメスです。まだいるのですね。そばにるコオニヤンマはなぜか無関心です。ヤマサナエはまた落ち着いて産卵を始めました。この日、ヤマサナエを見たのはこのメスとやはり下流に縄張りを張っていたオスの2頭だけでした。オジロサナエの産卵は16時過ぎには終了するようで、この観察地も完全に樹林の影になって、暗くなります。
                       
                          
                        まだ若々しい体色のメスの産卵

 どうしても、サナエに眼が向いてしまいますが、この川にはアマゴイルリトンボが川岸の帯水になった場所に多産していて、この時期にも個体数は多いです。さらに、生き残りのカワトンボも数が増してきたハグロトンボを追い払うなど、まだまだ存在感を示していました。確認はできませんでしたが、ホンサナエのメスが産卵していたように見えました。間もなく、ミルンヤンマとコシボソヤンマが同時に見られだすようになります。両種がこの川に現れるころ、これまでの多くの種類が姿を消すのです。
         
                      アマゴイルリトンボ産卵
              
             ニホンカワトンボの交尾, 老熟したペア, オスの胸部は真っ白
                          
                ニホンカワトンボに代わって勢力が増してきたハグロトンボ

 
                           
   

                     




















ミルンヤンマ、アオヤンマ、ネアカヨシヤンマ、そしてヤブヤンマの学名が変更になった!

(このブログはパソコンで読んでください。携帯では文字化け行づれが起こります。)  先ごろ行われた日本トンボ学会で、トンボ界を代表する若い講演者がクイズ形式で最近のトンボ事情を面白おかしく発表されました。その中にミルンヤンマの学名変更の話があったような気がしました。あまり事の重大さ...