2021年5月25日火曜日

命がけの配偶行動

   福島県中通り地方の平地では、現在、ホンサナエが最盛期をむかえています。アオサナエやヤマサナエはまだ完全に成熟しておらず、河川での配偶行動は見られません。サナエ類の発生は浜通りでは1週間ほど早く、会津平野部では数日遅くなっています。福島県のホンサナエは全県下の平野から丘陵地帯の河川に普通にみられるサナエトンボです。    

 この須賀川市岩瀬の生息地は丘陵地から平野部に流れ出る小河川で、水田地帯にあります。河川の水は水田に引き込まれ、また河川自体その排水路の役目も担っています。水田へ取水するため各所に堰が設けられていて、その結果、帯水している部分が多く、サナエ類の配偶行動が見られる、浅く流れがある場所はむしろ限られているといえるかもしれません。     

               石に止まって♀の飛来を待つホンサナエ♂. 25/5/2012, 須賀川市岩瀬 
                 
             盛んに飛んでは戻るを繰り返すので変に思っていたら、虫を捕えていた

                         同じ個体、後ろに♀が来ているぞ!

                   摂食に夢中の♂の隙をついて飛来した♀、早速卵塊を作る
  
                    隣に別の♀が来た、♂はどこ見てるのか!

 ホンサナエが点々と流れの中の石に止まっています。ここでは羽化が5月10日頃から始まりました。♂は♀が産卵に飛来するのを待っているのですが、私の目の前の石に陣取っている♂は傍に♀が産卵のために飛来しているのに全く気づきません(多分)。観察していると♀は一度、産卵前に高速で飛来して産卵場所を下見して行くような気がします。しかし、この時はあまりにも不意に、しかも非常に高速で飛来してくるので♂はほとんど捕捉することができません。一方、産卵のために飛来した時には、本種は産卵に先立ち、一瞬ですが緩やかに産卵場所付近を飛んで植物や地面に止まって卵塊を作ります。♂はこの時♀を捕捉できるチャンスがあります。そしてもう一つ、本命は産卵飛翔中の♀とです。これがほとんどの♂が♀と交尾できる場面になるのですが、何分一瞬のことで、アッという間に♂に連れ去らわれてしまいます。他のトンボのようにじっくり配偶行動を観察するわけにはいきません。
 
 さて、目の前のホンサナエ♂は♀に関心が無いのか、盛んに川虫を捕ってはまた石に戻ることを繰り返していました。その間に♀が2頭来て卵塊を作っています。もうすぐ産卵が始まります。カメラを♂から♀の方に向けると、片方の♀が飛び立ち、直下の流れに産卵を始めました。2,3回素早く往復飛翔したと思ったら、突然、バッシャっと水面に落ちてしましました。見ると水面に落ちた♀を♂が捕捉しようとしています。しかし、なかなか持ち上がりません。♀の翅が完全に水面に浸かってしまっています。もがく♀に引き込まれ、とうとう♂も水面に落ちて翅が水面に浸かってしまい、もうこうなると自力で飛び上がることは不可能です。とうとうこのペアは流れにもまれ見えなくなってしまいました。どうやらあの♂は、写真に撮っていた、食事に夢中だった♂のようです。20m先の堰の淀みには多くの川魚が住んでいます。多分、この不運なペアは無事に、また大空を羽ばたくことはないでしょう。
                       
             ピンボケなんですが、偶然撮れた♂が♀の前胸を把握した瞬間
                          
               落下した♀の翅は完全に水面に浸かっている. 必死に持ち上げようとする♂
                 
                   水面に引き込まれ、もがく♂、放せばいいのに
                          
                   力尽き、流されていくホンサナエのペア

 サナエ類にとって産卵中の♀を♂が捉えることはごく普通の配偶行動なのですが、ホンサナエの場合、なぜか水面に落下することが多いように思います(この生息地ではダビドサナエが多産して混生していますが、ホンサナエが強く、ほとんどの石は占拠されています。このダビドサナエも産卵時に♂の捕捉行動が見られ、この場合もペアがほとんど水面に落下します)。しかもその水面への落下は今回の例のように命を落とすかも知れないほど危険が伴うことであることが分かり、少々驚きました。なぜこのような危険な配偶行動をとるのか不思議です。多分我々には分からない理由があるのでしょうね。同様な事例をコオニヤンマでも観察していて、写真にたまたま記録してありましたので、参考のために見ていただきたいと思います。
                     
                空中でコオニヤンマ♀を捕えて落下する♂
           
                  落下の衝撃で♀を把握していた♂の尾部付属器が外れてしまった
                         
                  混乱の中で♀が♂の上に馬乗りになって、♂が溺れる
                           
                   必死の思いで石によじ登る♀、そして完全に溺れた♂
                         
                           流されていく♂



                    
 
                 









2021年5月18日火曜日

墓地のムカシヤンマ(1)

福島県内のムカシヤンマ 

 ムカシヤンマは県内全域に広く分布していて、必ずしも珍しいトンボではありません。しかし、発生地での詳しい観察の報告は無く、ほとんどが採集・目撃記録として報告されています。成虫発生期は低地(浜通り地方)で5月中旬から、標高の高い桧枝岐村では8月中旬と、かなり発生期間に幅があります。また、豪雪地帯となる桧枝岐村御池から奥只見湖にかけては非常に小型の個体が多く見られます。                                                                          本種が良く見られる場所として林に囲まれた林道脇の水がしたたり落ちる苔むした岩盤や斜面などを思い浮かべます。しかし、私のこれまでの経験では水田地帯の田んぼや溜池の法面、さらに宅地造成された場所の山際だったり、また都市公園内の斜面だったり、要は流れ出る水が絶えず、ある程度の面積(最低10×5mぐらい)で植生を有する斜面であればどこにでも生息できるトンボなのではと思います。昨年、彼岸の墓参りに、時間があったので墓の背後の山際に足を向けたところ、墓地の敷地に接する山際が岩盤になっていて水が滴っているではないですか。25年も通っていたのに全く気が付きませんでした。線香を上げるとさっさと帰ってしまう不届き者でしたから。                                                                                 改めて観察すると、結構斜面に穴が開いています。これ全部ムカシヤンマかな?と良く見ると幼虫が確かに顔を出していました。郡山市近郊の大規模造成された墓地でムカシヤンマが居るとは少々驚きました。  

              何処にでもあるような正面の斜面が発生地 

                    斜面に開いた多数のムカシヤンマの巣穴
    
                           外をうかがう中齢幼虫

羽化の観察

 この墓地は頻繁に下草の刈り取りや松くい防除がおこなわれており、この斜面にも年に何回か作業の人たちが入ります。結構人手が入っているにもかかわらず、個体数は多いように思いました。さて、年が変わって今年の5月17日、これまで数回現地での羽化を確認に訪れていましたが、なかなか羽化せず気をもんでいました。この日初めて羽化殻一つを見つけて、いよいよ羽化が始まったことを確認しました。翌18日は終日雨。改めて19日早朝現地に行ってみました。羽化しているか、草によじ登っているであろう終齢幼虫を探します。なかなか見つかりません。腰を低くして下から見上げるようにして探します。お!いたいた♂が羽化中です。さらに近くで♀も。でもこの♀、岩にオーバーハングして定位していて、大丈夫なのだろうかと心配してしまいます。       

             写真の対角線上に左上が♂右下が♀( 岩に定位していて、落ちそう!)                     

                                                                          羽化中の♂ 6:42撮影        

                         ここまでは順調な♀の羽化 6:40
                                                                         
                                                        順調に翅を展開する♂, 7:02 撮影
                                                                            
                          急にモゾモゾしだして、直後羽化殻が岩から外れて落下した♀, 6:57撮影
                          
         羽化中の♂とその環境. 斜面は45°ぐらいの急斜面、右側の岩に♀が定位していた.
                                                                             
                                          腹部がだいぶ伸びてきた. 7:54
                           
                 かなり色づいた.もうすぐ翅が開く. 9:06 撮影

  危惧したとおり、♀は足場が悪かったのか盛んに身動きしているうちに殻ごと落下してしまいました。かわいそうですがそのままにしました。♀は新たに羽化場所となるシダの葉によじ登っていきましたが、翅に大きなダメージを受けていました。5年以上斜面の穴で暮らし、生き抜いてきたのに、最後の最後で、この一瞬のミスで生き残れなくなってしまうとは、きびしい自然の現実にあまりにも哀れに思いました。
 その後、♂の方は順調に進み、間もなく翅が開くころになりました。私も少し余裕ができて、周囲をさらに詳しく観察してみましたところ、足の下で♂が羽化しているではありませんか。よかった、踏まないで。さらに、周囲では1♀、1♂が羽化していることを確認できました。羽化した個体の中には、翅が展開中に障害物に当たると、かなり長い時間をかけて翅が伸ばせる場所に移動します。その間は完全に羽化に関わる体液の循環は止めているのでしょうか?

                   足元で羽化していた♂
                          
                    赤矢印が羽化個体, 最初の♀は示さなかった.
                                                                               
                                 草むらの中で新たに見つけた♀、背面からだとイメージが違う. かっこいい!
                          
               いよいよ別れの時. 翅を開いて小刻みに翅を震わす. 9:58 撮影
                          
                           大空へはばたく. 9:59 撮影
                     
                                           無事, 羽化成功
 この場所での羽化は始まったばかりです。これから何日かけてどのくらいの数が羽化してくるのか楽しみでもあります。また成熟期間はどのくらいなのか、追ってまた報告できると思います。今後ムカシヤンマの観察・写真はこのページとは別に集約していきたいと思います。

追. 5月20日、観察場所には前日羽化した♂が居残っていました。昼前から降り出した雨で飛べなかったのでしょう。朝6:15に終齢幼虫が這い出してきました。なかなかよじ登る草が見つからず、結構歩き回ります。この斜面では朝6時を回ってから終齢幼虫が現れることが多いようです。昨日の羽化は1♀を除いて全ての終齢幼虫が6時すぎから、定位するまでの歩行が観察されました。この斜面は年末に草刈がおこなわれるので、定位しやすいような枯れ枝や丈の長いスゲなどの植物残差が無いため、自然状態の崖などに比べると彼らにとって羽化は難儀する場所かもしれません。
                         
                      前日の雨で居残った♂

                   
              のろのろと羽化場所を求めて歩く終齢幼虫
 
 ムカシトンボだと飼育はムカシヤンマより期間が長くなって、困難でしょう(低温の流水下での飼育は面倒です)からムカシヤンマあたりを飼育してみようかとも考えています。でもどうやって?ネットでは結構飼育されている先駆者の方々もいると聞いていますのでぜひお話を聞いてみたいと思います。穴に入ってしまった幼虫はともかく、若齢幼虫はどうしているのでしょう。生態をぜひ垣間見てみたいです。 
 「誰か:あなたは何かペットを飼っているのですか?私:いや、大したことないのですが、ムカシヤンマを飼っています」なんて、カッコいいですよね。
 






                                                                       






2021年5月12日水曜日

今年は早いか、ムカシトンボ

 今年は福島でも発生が異常に早い?

 全国的に今年のムカシトンボの発生は早いと聞いていたので、はたして福島県ではどうなのか、とても気になるところでした。私が観察地にしているいわき市三和町は標高450mの低山地帯です。例年なら羽化は連休明けから、産卵は5月20日あたりから観察されることが多いのです。しかし、今年はサクラも異常に早く、また関東の各地ともかなり羽化が早まっていると聞いたので、4月下旬から探索を開始しました。ところが毎日行けども行けども、全く羽化個体が見つからず、とうとう連休に入ってしまいました。あれあれと、次第に意欲が失われ、全然早くないのではと思っていたところ、5月6日に羽化殻と、さらに林道を少数の成虫が飛翔しているのを初めて確認しました。これでは発生が特別早まっていると実感できませんでした。まあ、ちょっと早いか、ぐらい。ただ、4月下旬から連休にかけて福島県では寒気が入って、夜温は氷点下前後の低温の日が続きましたから、これによって羽化が大幅に遅延したとも考えられます。ここは後日確かめてみる必要があるかもしれません。         

    羽化殻があった場所の景観.

         いわき市三和町では結局この羽化殻しか見つけられなかった.
 
 2日後にしつこくまだ羽化があるかも知れないと同地を訪れましたが、ところが何と林道上で摂食行動中の2頭のムカシトンボが突然もつれて、目の前に落下してきました。2頭はすぐに連結態となって飛び上がって、スギの梢を飛び越えて視界から消えました。あれっ?羽化が始まってまだ数日しか経っていないはず、成熟していないはずなのに。確認のため、できる限り、捕獲して成熟度を調べてみました。捕獲虫は全て予想通り、羽化2,3日ぐらいではないかと思われる個体で、体は十分硬くなっていましたが、翅はまだ完全に硬化していないようでした。横紋も明るいクリームイエローで初々しい。15頭中、♀は1頭のみ、♂♀で林道上の飛び方に差があるようには思えませんでした。これらが交尾したりするのでしょうか?
                                                              
                                慌てて撮ったのでピンボケですが、連結態になって飛び去るとても若いペア

 この日の朝に、林道から離れた渓流沿いに羽化個体を探していたところ、小さな滝の脇の灌木に2頭の♂が静止しているのを見つけました。止まっている姿を見たのは初めてで、慌てて撮影しました。これらの個体は寝ているのか、全く動く気配はありません。翅に触れてみましたが、翅を開きはしましたが気温が低いのか、飛び立とうとはしませんでした。
                    
          ノリウツギの枝に止まる♂, 若々しい色調で、まだ成熟してはいないのでは.
                         
                  同じく別の若い♂, この個体は触るとすぐ翅を開いた.

 念のために沢の産卵ポイントに降りてウワバミソウをチェックしました。ガーン、何と産卵してあるではないですかあ!どういうことなんでしょう。時間は12時半です。どうでしょうまた産卵に来るでしょうか?しばらく待ってみることにしました。13時20分に確かに♀が飛来しました。この個体は撮影に驚いたのか、飛び去ってしまいました。その後、飛来は絶えて、やはりまだ数が少ないのかなと思いながら引き上げようと腰を上げたところ、いつの間にかそばのウワバミソウに産卵している♀を見つけました。全く気が付きませんでした。やはり、この時期すでに産卵可能となった♀を確認できたわけで、羽化とその後の成熟期間については良く調べる必要を感じました。
 林道上を飛び始めたのは明らかに6日からで、それ以前には全く見ませんでしたから、そしてその2日後には交尾、産卵していた。では羽化はもっと早かったのでしょうか?しかし、毎日、毎日、毎日見てましたし。どーも理解できません。

 産卵場所を探す若い♀
                         
                       いつの間にか足元で産卵していた♀

  5月14日、久しぶりにまた三和町の生息地を訪ねました。この時期でも林道を飛ぶ個体の多くは完全に成熟していないようで、中には羽化からあまりたっていないような個体も混じっていました。今日は本格的に産卵行動を観察しようと、ポイントの小さな流れに陣取りました。午前中はなかなか♂♀とも現れず、11時近くなって、次々に飛んで来ました。


産卵場所を探す♀
                          
                    産卵対象の上でホバリングする♀

                     スギの倒木に生えたゼニゴケに産卵する♀

 この生息地では当初、産卵対象が流れの縁にあるウワバミソウ、フキが主であって、ゼニゴケへの産卵は多くはありません。しかし、♂の探雌行動は明らかにこの2つの産卵対象(縁に生える植物と流れの内部に生えるゼニゴケ)を明らかに識別・認識しており、ゼニゴケが繁茂した平坦な場所でも丹念にその上をホバリングぎみに飛んで♀を探しています。♂には本能的にすでに2つの産卵対象で♀を探す能力が備わっているということでしょうね。両者に♀が産卵すると経験から学ぶことはなさそうです。また、これは同時に♀にもいえることで、生まれた時から全く形態・自生環境が異なる対象植物を選択的に産卵する能力が備わっているということです。これも結局、産卵時の危険分散の意味があるのでしょうか。流畔植物とゼニゴケの生き残りの確率が同じなら、こんな面倒なことはしなくて済みます。実際、産卵が多く見られる流畔植物は産卵後、野生動物に食べられてしまうことが結構多く、このような場合は同所のゼニゴケに産卵されたものは食されることはありませんから、多くが孵化するでしょう。もしかすると、時期的に、産卵対象が変わってくるのかも知れません。1度にたくさん産卵できる基質のウワバミソウが少なくなってくると(すでに産卵された株に新たに産卵しない?)、ゼニゴケを優先に選択するなど。
       

                      ウワバミソウに産卵する♀
            
                流れの中に繁茂するゼニゴケ(緑の部分)にも産卵が見られる     
                                                                             

 ♀を探す♂
                          
                     産卵中の♀を捕え、連れ去る♂
 
 ♂の探雌能力は非常に高く、ウワバミソウの群落内で産卵している個体を簡単に見つけ出し連れ去ります。今回は4回産卵が確認できましたが、うち2例が♂に見つかって連れ去られました(上の写真)。このうち1例は周囲の木立の枝(高さ約3mぐらい)に止まって、移精して、交尾しました。昨年もここで交尾個体が確認されましたので、写真にとれるかもと、内心期待しているのですが。

 
 

















ミルンヤンマ、アオヤンマ、ネアカヨシヤンマ、そしてヤブヤンマの学名が変更になった!

(このブログはパソコンで読んでください。携帯では文字化け行づれが起こります。)  先ごろ行われた日本トンボ学会で、トンボ界を代表する若い講演者がクイズ形式で最近のトンボ事情を面白おかしく発表されました。その中にミルンヤンマの学名変更の話があったような気がしました。あまり事の重大さ...