2023年12月18日月曜日

マダラヤンマ♂は繁殖地に飛来して、なぜすぐ交尾しなのか?

  これまでマダラヤンマの♂をしつこく観察していると、池に初めて飛来した後、しばらく交尾しないことが分かってきました。同時期に♀は日中、高速で飛び去る個体や夕暮れや強風時に池の周りの木々にまとわりつくように飛翔しながら小昆虫を捕食する姿が見られ、いないことはないのです。
 ♂の交尾は初めて飛来してから、年によっても違いますが10~14日後に初めて観察されるようになります。また、産卵はさらに1週間以上遅れるようです。

 ここまでは、くどいようにこのブログに書き続けてきました。今回はなぜ♂は初飛来後にすぐに♀を見つけて交尾しないのかを性成熟の面から調べてみようと思いました。
 このページは上述の内容を踏まえて先月おこなわれた日本トンボ学会において講演したものです。その後、トンボ仲間から良く内容が分からなかったとか、出席していないので要旨を送ってほしいという要望があったので、このブログで内容をお伝えして参考にしていただけたらと思います。いろいろ意見をもらえたら有難いです。
                                             

 まず、発生時期全般の♂の行動(飛翔行動)が、時期ごとに違いがあるのかを調べました。
 上図のように、問題にしている時期をで示しました。この時期の♂は繁殖場所へ飛来してホバリングや探雌飛翔を行います。また♂の体は外見上、生殖期の個体と全く色彩や体の硬さなどに違いはありません。まあ、一般的に言って成熟♂であるとするのが妥当だと思います。でも交尾は観察されません。なぜだろう?と。
 そこでまず♂の飛翔行動を調べました。特に、初飛来直後の飛翔行動は他の時期に比べて際立った特徴があるのかを見てみました。発生期間を4つに区切って♂の飛翔個体を、開放水域とその奥のヨシ原内部の区域に分けて、それぞれを飛んだ延個体数を記録しました。開放水域は奥行き約5m×長さ20mの広さ、ヨシ原の方は繁殖域の奥で、同じ広さを対象にしました)。観察は観察域が一望にできる池の堤からおこないました。
                    
                   (図をクイックするとやや鮮明になります)
 結果は上のグラフのとおりです。飛来直後は早朝に開放水域(以下水域)に出て活発にホバリングを交えて飛翔します。しかし、短時間で水域から姿を消し、その後夕方まで姿を現わしません。ですが、ヨシ原の中には散発的に飛翔する姿がかなり認められ、それは交尾が観察される前まで続きます。ところが生殖活動が開始されると劇的に水域で活動する個体が増え、同時にヨシ原内部での活動も増加します。しかしその後観察される個体数は日ごとに急激に減少して、メスが産卵盛期をむかえるころには水域、ヨシ原共にわずかな個体数しかみることが出来なくなります。
                  (図をクイックするとやや鮮明になります)

 どうも水域とヨシ原での活動数には大きな違いがあって(上のグラフ)、このトンボはヨシ原に強く依存する種類だという印象を強く持ちました。日中の大半はヨシ原内部が生息域であることが分かります。
 水域ではそこで縄張り飛翔する♂が侵入してくる♂を排除します。追い出された♂の多くはヨシ原とどまるために、ヨシ原での個体数が増えるというのはあたり前ではないか。という考えも当然でて来ると思います。しかしヨシ原の上でも多くの個体がホバリングを交えた活発な行動が観察され、さらに水域に縄張り♂が居ない時でも、それらは水域に出てこないことが多いのです。また縄張り♂もその縄張り継続時間は非常に短く、すぐにヨシ原内部に移動することなどから、交尾、産卵をも含む主な生活圏はヨシ原なのではないかと強く思います。
 一方、図鑑や解説書にはマダラヤンマは朝夕に活動して、特に昼前後に活動が不活発になる。そしてその理由は日中の気温が高温であるからだろうと書いてあるものがあります。本当にそうか?上の4つのグラフを見ると、時期によって多少は異なりますが大体11:00~ 14:00時は不活発に、特に水域ではより姿が見れなくなることが分かりました。しかしグラフからはある気温以上になると活動が抑えられるというような影響は認められず、昼間に飛ばなくなるのは、本種にもともと備わっている性質なんだろうと思います。
 また良く、マダラヤンマの採集や撮影をやっている人の間で、本種は朝何時から飛び始める等々が話題になります。これまでのデータで見てみると、以下のようになります。
                     

 これを見る限り、多くの人が体験しているとおり、飛び始めは大体20℃前後だと言え、当然当日の気温が寒ければ飛翔開始時刻は遅れるでしょう。高ければ早まるというわけです。季節の推移と共に低温でも飛ぶようになると思っていたのですが、意外でした。

 さてここからが本題です。♂の飛び方の特徴は、飛来直後から交尾前までの期間は早朝2~2時間半ぐらいしか飛ばず、以後夕方まで全く水域を飛びません。この様に他の時期の行動とは異なることがわかりましたので、この時期の♂は見かけは成熟しているのですが、性的に成熟していないのでは?という疑いを持ちました。
 そこで以下の方法でそれを探ろうとしました。

1 体重を測ってみる
 この時期の♂は日々、ホバリングや飛翔することで飛翔筋を鍛錬し、同時に生殖細胞を成 
 熟させるのでは?飛翔筋の発達は全体重の相当量を占めるので、もし性成熟が必要である 
 なら飛翔によって筋量の増加が見られるのではないでしょうか。
                    

 上のグラフが結果です。明らかに何か言えるものではないように思います。ただ今年も昨年も9月10日前後が交尾開始日になりますので、その前後のバラツキ度を見ると交尾前はその幅が大きいように思います。しかし結論として両年とも、時期と共に体重が増えるとは言えないことがわかりました。

2 ゲニタリア内における精子の確認
 成熟して交尾していればゲニタリア内に精子が残っているものと考えて、下の図の赤矢印
 の時期の♂を捕えて解剖して調べました。
                    
                    
 マダラヤンマのゲニタリアはヤンマ科の中でもオーソドックな形をしていて、全部で4節から成っています。移精行為によって腹部第9節の生殖弁から送られる精子がゲニタリア第2節と第3節の間にある精子取り入れ口から基部の第1節内の貯精室に送られます。第1節内には巨大な収縮する筋肉組織が収められていて、それが収縮することによって第1節内の大量の体液(多分?)が貯精室内の精子を一気に第4節の精子放出口まで運ぶのです。
 そこで第1節を切断して精子の有無を調べました。性的に未熟なら精子は無いと考えたのです。
 
3 精巣の発達度
 これが最も性成熟を確認するには確実だろうと考え、上述の通り時期を3つに分けてそれぞ
 れの時期の本種を採集して解剖してみました。

 解剖にはコツがあって、百均で買った薄いプラ容器に同じく百均で買ったハンコ用のゴム下敷きを敷いて、水を張ります(保存しないから水道水で良い)。次に腹部を適当な位置で切断します。そして腹部第10節を解剖ばさみで外皮だけを切るように切れ目を入れて消化管をゆっくり引き抜きます。それから背開きにして外皮を昆虫針で固定して観察するのです。 
                     
                       (図をクイックするとやや鮮明になります) 
                
 精巣(上図)でつくられた精子は輸精管を通って貯精嚢に送られてます。さらに生殖弁(孔)から移精行為によってゲニタリア(副生殖器)に移されます。私はトンボの精子をまだ見たことがありませんでしたので、これだと分かるまで少し時間がかかりました。ルリボシヤンマ属の精子は典型的な精子の集まり、精子束と呼ばれる丸い塊になることが知られています。文献によればこの精子束は精巣の出口でようやくそれらしい形になって、さらに細く絞られた輸精管を通ります。この時精子束は1列になって通ることで丸い精子束になると言われています。さらにこの部位でなんらかの分泌物が生殖腺から分泌され、精子の発育にかかわるのだとも推測されています。  
            
                
 貯精嚢をうっかり傷つけると精子束がポロポロとこぼれ落ちてしまいます。精子束を透過型の顕微鏡で覗くと相当数の精子のヘッド部分が20程度のクリップで固定されていることが分かります。これらのクリップは苛性ソーダの希釈液で壊されて精子はバラバラに遊離した状態になります。
                     
        アルカリ溶液でバラバラになった精子束 精子が1本1本遊離している

 精子束を観察していると、生殖期に採集した個体のそれは、なにやら粘度のある物質に包まれ、お互いにくっついて、精子束の大きな塊を作ることが分かりました。それらは貯精嚢末端部に多く見られ、移精の際はこのまま塊としてゲニタリア第1節に送り込まれるものと思われます。

 文献を調べると、さすがにやってますね、今まで観察してきたことがさらに詳しく調査されていました。 Åbro (2004) によればこの粘着物質で精子束が固まりとなることについて、これらはまだ発育途中の精子で、粘着物質から養分を得ているとされていました。さらに♀と交尾しても精子はまだ未熟で、しばらく精子は♀の交尾嚢内で発育する必要であって、♀の交尾嚢内でも粘着物質からの養分が精子に供給されるとあります。そしてある時期に達すると♀の生殖腺からの分泌液によって粘着物質やクリップが溶かされて精子が完全に遊離状態になって受精につかわれるようになるという驚く内容が記されていました。ノルウェーのベルゲン大学にはこういうの専門に研究する施設があるというのが凄いですねー。こういう研究に金出せるノルウェーの研究体制っていうのは、やっぱり北海油田の恩恵の結果なのだろうか?...余計なこと考えちゃいます。

                     
                  粘着物質によって、塊となった精子束群
 
 それで、2,3の結果を表にまとめてみました。
 結果的にはゲニタリア内部の精子(精子束)の有無はどの時期でも、1個の精子もその痕跡すら確認することは出来ませんでした。交尾態になった時に瞬時に移精を行っている
(どなたか確認された方いますか?)ためか、通常ホバリングしている♂を採ってもゲニタリア内には精子は無いのかも知れません。しかし生殖期の♂にも全く確認できなかったことはどういう事でしょうか?ただ解剖していた時にこの第1節からはおびただしい体液が流れ出してびっくりしました。この大量の体液によって、1個の精子束も残らないような高圧力のフラッシュイングをおこなって精子をひとつ残らず洗い流しているとでもいうのでしょうか。
                   
                        
(図をクイックするとやや鮮明になります)
            
 精巣の大きさ・太さは8月30日ものは2個体とも発達は悪く、それ以外は十分な精子束量を確保していました。また、精子束の集団化現象は生殖期に入っている9月14日の2個体のみに見られました。
 このことから、初飛来から交尾期(生殖期)前までは表面上、♂は成熟していると考えられましたが、性的にはまだ未熟であって、この間のヨシ原での活動が性的成熟に必要である可能性が高いと考えられました。
 ただ、これはサンプル数が少なく、もう少し調査しないと結論は出せません。しかし来期、またマダラヤンマを採取して解剖する意欲はもうありません。この項目はこれで終了したいと思います。今回の調査から、特に海外の文献からマダラヤンマの♀がさらに遅れて産卵する理由も少し理解できたような気がします。交尾して受け取った精子がまだ未熟で、成熟して遊離するには時間がかかるとされたことは、マダラヤンマでも同じメカニズムで精子が成熟する結果だという可能性が非常に高くなりました。
 さらにオオルリボシヤンマの産卵についても、♂が出現してから2週間も遅れることは、これも精子の成熟期間が影響しているのかも知れません。どうもルリボシヤンマ属には共通した性質が存在するのかも知れません。苦戦しているオオルリボシヤンマの交尾については♂の性成熟度と♀体内の精子成熟度について来期調査したいと思います。

引用文献
A. Åbro (2004) Structure and function of the male sperm ducts
       and femalesperm-storage organs in Aeshna juncea (L.) (Anisoptera:     
       Aeshnidae). Odonatologica 33(1): 1-10.
 






                  





                    












































































































































































































































































2023年12月5日火曜日

オツネントンボはどこに行った?(アマゴイルリトンボ)

  12月5日、ここ数日、朝方は-5~0℃と冷え込んで、霜も降りました。オツネントンボを観察しやすいように集まって越冬している場所(1.4m×1m)に目印を付けて、その中の数を現地に行った時数えてみました(厳密でなく適当に)。11月27日の夕方は7頭のオツネントンボがササの根際に止まっていました。そして今日、わずか2頭しか確認できません。落ち葉にもぐったかと思って、落ち葉をひっくり返してもみましたが結局、他はどこに行ったのか分かりませんでした。周囲も探しましたが、あれほどいたオツネンはどこかに行ってしまったようです。このところ続いた低温では日中も4℃ぐらいしか上がらず、飛ぶことは出来ないように思います。どこに行ったんだろ?
 また、また、例の得意の不思議が始まりました。いやだな―、こういうのに付き合うのは。
                    
         早朝まだ生き残っているアキアカネの前胸に残る霜の痕、ようやく融け出した

 気分転換に、今年撮っていた写真を見てみました。肝心な時期にほとんどオオルリボシヤンマに翻弄され、目立った活動ができませんでした。写真を見ていて、あー、こんなことやってたんだと、完全に忘れていたシーンがでてきて自分でビックリしているほどです。その中からアマゴイルリトンボ。以前用水路のアマゴイルリトンボを紹介したことがありました。U字溝の幅が30cmほどなので、撮影が体勢的にきつく避けていましたが、思い切って挑戦しました。
                       
    
                                                   アマゴイルリトンボが見られる溜池
                          
            農道の右手、斜面との境に用水路があってくさ草が覆いかぶさっている
                          
 用水路の下流部から上流へ覆いかぶさる草を除けて進むと、まずモノサシトンボに出会う
                          
         しばらく覆いかぶさる草をかき分けていくと、いました居ました、若いカップルです
                    
             完全なブッシュの中、成熟したカップルが居ました。個体数は多くありません
                           
    モノサシと向かい合って、どう思っているのでしょうね。陽の射す場所には決して出てきません

 アマゴイルリトンボは福島県ではさほど珍しいトンボという感じはせず、各地に分布し、しかも個体数が非常に多いのが特長として挙げられます。ある意味で福島県を代表するトンボなのかも知れません。猪苗代湖周辺には広く本種が分布していて、その生息環境は農業用水を通じて広がったという考えを強く持たせます。基本的には以前のブログにおいて、南会津・只見一帯の生息状況で述べたものと同じだと言えます。戦後、食料増産のために入植と開田事業が盛んに行われ、猪苗代湖周辺でも湿地帯に新しい水田が作られました。多分、この時は本種にとっても生存が最も危ぶまれた時期だったのではないかと思います。その後、高度成長期を経て、離農が進み、当時造成された多くの田んぼは荒廃して、また湿地にもどりました。網の目のように作られた用水路は役目を終え、あらたに生き物をはぐくむ水辺となりつつあります。アマゴイルリトンボはこうした環境にむしろ適応して分布を広げつつあるのだと考えられます。


ミルンヤンマ、アオヤンマ、ネアカヨシヤンマ、そしてヤブヤンマの学名が変更になった!

(このブログはパソコンで読んでください。携帯では文字化け行づれが起こります。)  先ごろ行われた日本トンボ学会で、トンボ界を代表する若い講演者がクイズ形式で最近のトンボ事情を面白おかしく発表されました。その中にミルンヤンマの学名変更の話があったような気がしました。あまり事の重大さ...