身近なヤンマやサナエ類にマーキングを施して縄張り行動を観察できないものか?もし種によってマーキング法が有効なら、これまでの経験知とその憶測からしか言えなかった生態が、具体的な実例と数値をもってして科学的に示されることになります。
これまで人懐っこい?トンボであるムカシヤンマとサラサヤンマについては静止している個体にペタペタと塗料を塗ることは意外と簡単にできました。トンボも塗られたことを気にするでもなく、その後全く変わりなく縄張り行動を行いました。しかし、警戒心が高くほとんど止まらないオオルリボシヤンマではどうか?マーキングするには一度採集しなければなりませんから、捕獲されて色を塗られることでおびえて遠くに飛び去ってしまわないか心配です。
マーキングされも何事もなかったように振る舞うサラサヤンマ
日本では見当たらなかったので海外の文献をしらべたところ、ヤンマのマーキング法にはかなり古くから多くの研究例があり、同じルリボシヤンマの仲間でも少なからず報告されていることが分かりました 。ヨーロッパ産の Aeschna cyanea では、マーキングした個体で縄張り行動を驚くほど詳細に観察しています( Kaiser, 1974)。すでに50年前のことです。
今年は試しに羽化個体のマーキングに挑戦しました。目的は羽化個体が何日したら池に戻って来るのか、つまり前生殖期間を知るためです。一般には羽化初日から最初に池に戻った日までの日数をそれに当てるのですが、本当にそれで間違いないのかはマーキングして追跡調査しなければ分かりません。
7 月上旬、夜中2時半に6日間連続で、発生地の池に通って雌雄合計約 180 頭弱にマーキングしました。しかし、ここはクマの活動域なのでさすがに怖く、闇夜の中こんなことしていてバカじゃねーのと思うほどでした。幸いクマには遭遇しませんでしたが、シカ、カモシカ、タヌキ、キツネ、テンには良く会いました。その度にドキッとしました。そして最も恐怖したのはマーキング中に人とばったりと遭遇したことです。さすがにその時は恐怖の声が出てしましました。寝巻にどてらを羽織った老人で、こんな真夜中にサンダル履きで真っ暗な林道を歩いて来たようです。老人は動じることもなく無言でまた真っ暗な中を去っていきました。後に、地元の人に聞けば、近くに住む認知症の方らしく夜に徘徊するらしい。ぶったまげたー!
結局、池に戻って来たのはオスだけで、メスは 1 頭も戻ってきませんでした。再飛来率は 8 %弱でしたが、やっとオスの前生殖期間は 20 日前後であることが分かりました。一方、前生殖期間中に複数のマーキングされたメスがオスに混じって午後遅くに林道を低く飛び交うのを見ました。これらのメスは未交尾で卵巣も未熟で完全な卵形成が認められませんでした。そして、マーキングの無いメスが最初に池に飛来したのはさらに 10 日後のことで、やはりこれまでの調査通り、交尾済みの個体でした。
ここでこれまでに判明しているオオルリボシヤンマの発生実態を分かりやすく図示することにします。
つづく
9月29日追記
オオルリボシヤンマこれまで明らかになった事は以下のとおり
1 オスの縄張行動がみられる水域で交尾がほとんど見られない。
2 前生殖期間が雌雄で10日程度差がある。
3 メスに先行して池に飛来したオスは最大で10日以上、メスが飛来するまでメ
ス不在の池で縄張りをはってライバルと闘争を繰り返す。
4 オスは8 月上旬まで精子の形態はばらばらの精子束であるがその後粘物質に覆
われて貯精嚢に蓄えられる。
5 池に初飛来したメスは交尾せずにすぐに産卵を行い、受精嚢には精子束は無く
遊離精子に満たされていた。
オオルリボシヤンマのオスは交尾しないにもかかわらず、なぜ激しい闘争をライバルと繰り延々とひろげるのか?この問題に、これからどのような観察すれば交尾行動が明らかになっていくのか、実際のところ行き詰ってしまいました、、、、、。というのが昨年までの話。
それにしても、オスの行動は納得がいきません。そこで交尾に繋がる行動が隠されているのかも知れないと縄張行動をもう一度調べなおしてみようと思いました。
そのためには個体識別がどうしても必要です。早速、オスを捕まえて翅に印を付けて放しました。こういう時、採集が苦手だと先に全く進みません。苦労して毎日20頭にマーキングしましたが、驚いたことにマーキングしてから30分もしないうちに、再び池に飛来して縄張りを張ってライバルを追い出しているものが居るではないですか!もちろんすべてが戻るわけではありませんが、かなりの個体が戻ることを確認しました。これは何とかなるかも知れません。ただ、翅にマーキングは観察には全く不向きで、オオルリボシぐらいに激しく動くトンボとなるとその位置や大きさが肉眼では判別できないからです。また他のカワトンボやアカトンボ類と違って、止まりませんし、採集出来ない確率の方が高いですから。結局腹部にマーキングすると、何とか激しい闘争中でも識別が可能になりました。
腹部にペイントされたオスの摂食行動 キオビルリボシヤンマ! 縄張り内に入って来たメスを追うマーキングオスⅡ につづく