2026年9月28日月曜日

マーキング法によるオオルリボシヤンマの縄張りの観察 Ⅰ

 身近なヤンマやサナエ類にマーキングを施して縄張り行動を観察できないものか?もし種によってマーキング法が有効なら、これまでの経験知とその憶測からしか言えなかった生態が、具体的な実例と数値をもってして科学的に示されることになります。

 これまで人懐っこい?トンボであるムカシヤンマとサラサヤンマについては静止している個体にペタペタと塗料を塗ることは意外と簡単にできました。トンボも塗られたことを気にするでもなく、その後全く変わりなく縄張り行動を行いました。しかし、警戒心が高くほとんど止まらないオオルリボシヤンマではどうか?マーキングするには一度採集しなければなりませんから、捕獲されて色を塗られることでおびえて遠くに飛び去ってしまわないか心配です。
                   
            腹部側面に黄色のペイントを付けたムカシヤンマ

          マーキングされも何事もなかったように振る舞うサラサヤンマ

 日本では見当たらなかったので海外の文献をしらべたところ、ヤンマのマーキング法にはかなり古くから多くの研究例があり、同じルリボシヤンマの仲間でも少なからず報告されていることが分かりました 。ヨーロッパ産の Aeschna cyanea では、マーキングした個体で縄張り行動を驚くほど詳細に観察しています( Kaiser, 1974)。すでに50年前のことです。

 今年は試しに羽化個体のマーキングに挑戦しました。目的は羽化個体が何日したら池に戻って来るのか、つまり前生殖期間を知るためです。一般には羽化初日から最初に池に戻った日までの日数をそれに当てるのですが、本当にそれで間違いないのかはマーキングして追跡調査しなければ分かりません。
 7 月上旬に夜中2時半に6日間連続で、発生地の池に通って雌雄合計約 180 頭弱にマーキングしました。しかし、ここはクマの活動域なのでさすがに怖く、闇夜の中こんなことしていてバカじゃねーのと思うほどでした。幸いクマには遭遇しませんでしたが、シカ、カモシカ、タヌキ、キツネ、テンには良く会いました。その度にドキッとしました。そして最も恐怖したのはマーキング中に人とばったりと遭遇したことです。さすがにその時は恐怖の声が出てしましました。寝巻にどてらを羽織った老人で、こんな真夜中にサンダル履きで真っ暗な林道を歩いて来たようです。老人は動じることもなく無言でまた真っ暗な中を去っていきました。後に、地元の人に聞けば、近くに住む認知症の方らしく夜に徘徊するらしい。ぶったまげたー!
                  
             クマと刺し違える覚悟でマーキング中の筆者

 結局、池に戻って来たのはオスだけで、メスは 1 頭も戻ってきませんでした。再飛来率は 8 %弱でしたが、やっとオスの前生殖期間は 20 日前後であることが分かりました。一方、前生殖期間中に複数のマーキングされたメスがオスに混じって午後遅くに林道を低く飛び交うのを見ました。そしてこれらのメスは未交尾で卵巣も未熟で完全な卵形成が認められませんでした。そして、マーキングの無いメスが最初に池に飛来したのはさらに 10 日後のことで、やはりこれまでの調査通り、交尾済みの個体でした。

 ここでこれまでに判明しているオオルリボシヤンマの発生実態を分かりやすく図示することにします。

つづく
 
9月29日追記
郡山市におけるオオルリボシヤンマのイベント図

 
オオルリボシヤンマこれまで明らかになった事は以下のとおり

 1 オスの縄張行動がみられる水域で交尾がほとんど見られない。
 2 前生殖期間が雌雄で10日程度差がある。
 3 メスに先行して池に飛来したオスは最大で10日以上、メスが飛来するまでメ
  ス不在の池で縄張りをはってライバルと闘争を繰り返す。
 4 オスは8 月上旬まで精子の形態はばらばらの精子束であるがその後粘物質に覆
  われて貯精嚢に蓄えられる。
 5 池に初飛来したメスは交尾せずにすぐに産卵を行い、受精嚢には精子束は無く
  遊離精子に満たされていた。

 オオルリボシヤンマのオスは交尾しないにもかかわらず、なぜ激しい闘争をライバルと繰り延々とひろげるのか?この問に、これからどのような観察すれば交尾行動が明らかになっていくのか、実際の所行き詰ってしまいました、、、、、。というのが昨年までの話。
 それにしても、オスの行動は納得がいきません。そこで交尾に繋がる行動が隠されているのかも知れないと縄張行動をもう一度調べなおしてみようと思いました。

 そのためには個体識別がどうしても必要です。早速、オスを捕まえて翅に印を付けて放しました。こういう時、採集が苦手だと先に全く進みません。苦労して毎日20頭にマーキングしましたが、驚いたことにマーキングしてから30分もしないうちに、再び池に飛来して縄張りを張ってライバルを追い出しているものが居るではないですか!もちろんすべてが戻るわけではありませんが、かなりの個体が戻ることを確認しました。これは何とかなるかも知れません。ただ、翅にマーキングは観察には全く不向きで、オオルリボシぐらいに激しく動くトンボとなるとその位置や大きさが肉眼では判別できないからです。また他のカワトンボやアカトンボ類と違って、止まりませんし、採集出来ない確率の方が高いですから。結局腹部にマーキングすると、何とか激しい闘争中でも識別が可能になりました。
                   
                 後翅基部に白のマーキングを付けて飛ぶオス
                  
               模型で使う水性ペイントが適している 
                   
                  腹部にペイントされたオスの摂食行動
                 
                   キオビルリボシヤンマ!
                  
                   縄張り内に入って来たメスを追うマーキングオス

Ⅱ につづく
                   

 
 

                   
 
 





2026年9月27日日曜日

いつの間にか少なくなってしまったナツアカネ

                                                                               

                                               今年も豊かに実ったお米、磐梯山も久しぶりに顔をのぞかせた 2026. 9.30

 福島県の中央に位置する郡山市は明治時代に、それまで原野であった安積野に猪苗代湖から水路で水を引き、水田を開くという国内最初の大規模疎水整備事業(安積疎水)がおこなわれました。同時に士族救済として福岡県久留米藩、高知県土佐藩をはじめ多くの藩から入植が行われました。そして入植された方々と地元の血のにじむような努力によって現在、郡山市は県内最大の水田面積と生産量を誇るようになりました。

 しかし、明治時代以前は平野部であるにもかかわらず、米作に必要とされる水源は溜池に頼らざるを得ませんでした。そのために郡山市から矢吹町にかけては数多くの溜池が作られています。こうした溜池の存在と広大な水田地帯はアカトンボ類の大発生地となって、毎年アキアカネの群飛はこの季節の風物詩ともいえるほどです。

 さて、今年もアカトンボの季節になってきました。9 月下旬になると水田にはアキアカネ、ナツアカネ、ノシメトンボそしてマイコアカネが見られるようになります。残念ながら私はアカトンボへの思い入れが少なく、あまりその生態を知りません。最近アキアカネを観察するようになってきましたが、他はほとんどその生態に関心がありませんでした。 

                  ナツアカネ 2007.9.28 会津若松市
 
               アキアカネの交尾 2026.9.23 猪苗代町
                    
                ノシメトンボの交尾 2007.9.28 会津若松市
 

                   マイコアカネの交尾 2026.9.25 猪苗代町

 この時期、郡山市周辺ではまだ稲刈りが始まっていません。コンバインが作業できるように水田の田面土壌を乾燥している時期なのです。したがって、水田には水が無い状態なわけで、そうなると産卵を水面におこなうアキアカネやマイコアカネは必然的にこの時期の水田に飛来して産卵しないと、私は高をくくっていました。

                 

                        アキアカネの交尾 2026.8.30 猪苗代町

                       

                                 ノシメトンボの産卵 同上
 

 実はまだナツアカネの写真をデジタルカメラでは撮影していませんでした。そこで今年こそはと、この時期に記憶をたどって発生地に行ってみました。正直、交尾と産卵を撮ればいいや、と楽勝気分で出かけたのです。ところがかつて多産していたナツアカネはどこにいってしまったのでしょう。行けども行けども見当たりません。郡山市周辺をあきらめて、思い切って猪苗代湖畔の水田地帯に転戦してみました。しかし、同様にその姿は全くありません。周辺を探し回りました。湖畔沿いでようやくポツポツとオスが単独で水田わきの灌木に止まっているのを見つけました。すると少し離れた水田の上を多数の連結したナツアカネが飛び回っているではありませんか!早速行ってカメラで交尾と産卵を狙います。連結個体は稲穂の上を飛び回りながら、なぜかその下に潜り込みます。しばらくすると交尾態で飛び出して近くに止まって交尾を続けます。

 しばらく不思議に思いながらも交尾の写真を撮り続けていましたが、次々に飛来するペアは一向に産卵する気配がありません。そのうちアキアカネのペアが飛んで来て、水田の縁に産卵を始めました。あれれ、水あんの?とその時初めて水田には前日までの豪雨の影響で水がたっぷりと帯水していることに気が付きました。ということは、今いるナツアカネは全てアキアカネなのか?そうです!皆アキアカネでした。結構苦労して撮った交尾も全てパーアとなりました。ナツアカネだと疑いもしませんでした。どおりでオスが真っ赤でなかったわけです。

 私はこれまでアキアカネが稲穂がまだある水田での産卵を見たことがありませんでした。この時期飛んでいるのは全てナツアカネだと思い込んでいました。よくよく見ればアキアカネのペアは稲穂の上をゆっくり飛んでは稲穂の下に潜り込みます。チョンチョンとメスの尾を水面に付けて田面の状態を確認しているのでした。産卵場所として納得すればすぐに飛び上がり、交尾態となって付近に止まります。また交尾を終えたペアは再び稲穂の上を飛んでいきなり稲穂の中にもぐりこんで、イネの株間に出来た水たまりに産卵するのでした。思い込みの代償は大きいもので、この日は昼からの強風で一日をダメにしてしまいました。

さてどうしたらいいものか、そういえば昨年ナゴヤサナエを探しに行った時、付近の水田でナツアカネの産卵を見たことを思い出しました。早速翌日行って見ました。今度は正真正銘のナツアカネです。そんなには多くありませんでしたが、交尾や産卵が見られました。
                   

                      上2枚交尾 2026.9.26 矢吹町
                     
                      ナツアカネの産卵飛翔 2026.9.26 矢吹町

  ナツアカネはアキアカネに比べて平野部にある区画の大きな水田(30a 以上)、用排水が完備された水田地帯には非常に少ないように思えました。今回の生息地は大規模に整備された圃場ではなく、小さな田んぼが集まった水田地帯で、すぐ近くに集落とその背後に森がありました。面積が平均 10 a の小さな24 枚の田んぼから成っていました。用水路と排水路は一緒になっていて、今では珍しい素掘りの水路でした。一部の水田にはまだ水が田面に残っていましたが、他は長靴で楽に歩ける状態でした。             

                           同上                                                                                                                
 同上

  
トリミングしたもの 2026.9.26 矢吹町

 しかし、不思議なことにナツアカネが見られるのは極限られた水田のみだったのです。さすがに気になったので、水田の特に田面の乾き具合を見てみましたが、特にどうだとは言えず、どういうことが理由で特定の水田に集まるのか分かりませんでした。

 ナツアカネはアキアカネ同様にオスはメスを捕捉後、交尾した状態で飛んで近くの稲穂や地表の草などに止まって交尾を続けます。今回、2例ほどメスを捕え数分間交尾態で飛び回ったペアが空中で交尾をほどき、連結型になって産卵するのを観察しました。交尾態で飛び回るペアはオスがそうするのか、緩やかに上下にまるでメスに交尾をほどくのを促すような飛び方をしました。この様な交尾がナツアカネに頻繁に見られるのかは分かりませんが、アキアカネで私は見たことがありません。

                    

                                   交尾態で飛び回るペア 2026.9.26 矢吹町

                                                                                                           同上  

                         

                      同上

                         

              交尾を解いて産卵モードに入ったペア 2026.9.26 矢吹町 
                         
              ロープに止まるアカトンボ、左からアキ、ノシメ、ナツアカネ

                         
                                           
   
















2026年6月11日木曜日

サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の縄張り行動

  トンボに友好的とか人懐っこいとかは無いのかも知れないけれど、このトンボに関してはそう言ったことが当てはまりそうな気がしてしまいます。慣れて来ると、目の前20cmほどでもホバリングしたり、積極的に私に止まりに来ます。こちらを物としては見ていないと思うんですが。そんなサラサヤンマを6 月 11 日に最後の観察をしました。一部は目が青緑色に変化してきていて、発生がいよいよ終わりかけてきたことを告げています。
                  
                   慣れて来ると長靴やズボンに止まりに来ます

 このトンボを毎日見てきて、彼らの縄張が非常に合理的な配偶システムの核として機能していることを実感しました。そしてあらためてトンボの配偶行動の面白さを知ることになりました。以下に簡単に本種の縄張行動を私なりに感じ、妄想的に考えたことをまとめてみました。でもこれは、あくまで郡山市のある湿地での観察結果です。環境や個体密度が異なれば、また違った結果になるかもしれません。

縄張りでの行動
1 最初に飛来して来るオスが先住オスになる。その多くは、これまでに先住オス(縄張りで 
 の占有行動)を経験したオスであった。
2 縄張りに侵入する新規オスは100%排除された。先住オスの迎撃戦術は侵入者に対する下
 方からの攻撃である。新規侵入者は地上1m程度の高さで侵入して来ることが多い     
 (これは経験が浅いオスで、たまに地表低く侵入して来る個体がある。これが先住オスの経
 験があるベテランだと思う)。先住オスが地上10-20cm の低い位置に止まるのは全天空的早 
 期探知と瞬時に下方から攻撃するためであろう。
3 占有目的はメスを獲得することであるが、ある時間待ち続けると、あきらめて自発的に縄
  張りを放棄する。
4 メスが産卵あるいは交尾目的に飛来する数は繁殖期前期は多く、後期は少ない。
 5  縄張りの先住オスが入れ替わるのは交尾した時と、自発的な縄張り放棄の2つの場合に限ら
 れた。

サテライトの行動
 ここでは湿地内の縄張りの外側にあるやや乾燥した草原がサテライトが活動する場だと考えられれます。
1  サテライトが活動する場所は、湿地内部の縄張りに侵入するオスの数より数倍多い。           
2  サテライトは滞在できる時間が短かい。理由は侵入オスと戦っている隙に、新たなオスが入り込んで占有者となることがしばしば起こる。また、ホバリング警戒時間が長くなり、逆に侵入オスによる低い位置からアタックを受けやすくなること、サテライトが活動する場所は交尾が多いため占有オスの入れ変えが頻繁に起きる。
3  サテライトが活動する場所に飛来するメスは湿地内部の縄張りよりも数倍多い。
4  サテライトは湿地内部の縄張りに移動していく個体が見られ、縄張りに先住オスがいる場合は排除され、不在の場合は縄張りを占有できる。
5 サテライトが活動する場から排除された個体は、再び飛来してその場を占有することがある。

                   
        水性ペイントでマーキングしたオス、いやがりもせず何もなかったかのように枯れ枝に止まる
                     
                 マーキングされても平気で、侵入オスを蹴散らしていく
                     
        オスは止まっているメスに気づかず、オスがホバリングしている下で産卵していることも多い

 以上のようなことがサラサヤンマの縄張行動(配偶行動)には起きているという事が分かりました。もちろん推察の部分もあります。この発生地はなだらかな丘陵地の谷部分にあって、谷に沿って複数の沼があります。同じ様な湿地が各沼の上流部にあって、サラサヤンマはこれらの湿地をダイナミックに移動して生活しているのだと思います。まだまだ分からないことばかりです。
 日暮れ近くなって湿地を離れるサラサヤンマは一旦周囲を確認するかの如く、緩やかに旋回したかと思うと、スピードを上げ、ハンノキ林を越えてみるみる空高く飛んで行きます。地上に残された私は途端に喪失感を覚え、ただ茫然と彼らの姿を眼で追うのでした。
 
                      
                 










2026年5月31日日曜日

サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の観察記 Ⅱ

  このトンボを終日観察してみることにしました。その日の天候もあるのでしょうが、どうやらオスは9時すぎないと出勤してこないようです。メスは7時すぎには産卵に来るのですが。観察地での個体数が多いので、観察間隔を短くして様子をみました。このハンノキ林には8つの縄張が見られ、その場所以外には縄張りに入れないオス(サテライト=スニーカー)が占有する場所が1ヵ所隣接してあります。その他にも同様な空間があるかは、確認できませんでした。
 時間ごとにそれぞれの縄張りにオスが張りついでいるかを調べ、同時に縄張りに飛来したメスの数を数えてみました。下にその結果を簡易なグラフで示しました。

                    

                      
         縄張りで静止してメスを待つオス、これがサラサヤンマの縄張の基本だと思います  


               縄張内を歩くと静止していたオスが驚いてホバリングする                     

  なかよしになったオス

                      オスから逃れて休むメス

                                                                                              
 

 両者のグラフの調査間隔をそろえなかったのですが、何となくオスの活動が不活発(縄張りで活動するオスが少ない)な時間帯にメスがより多く飛来しているように見えませんか?オスの活動が活発となる3つのピークを避けるように♀が飛来している?ここには示しませんが、産卵は交尾に比べ、よりオスの活動が不活発な時に行われる傾向がありました。メスたちは縄張りの外からオスたちの様子を伺っているのでしょうか?

 この湿地では産卵中のメスが雄に見つかって確保され交尾にいたることは殆んど見られず、交尾は産卵を装いながらメスが縄張内を地面低くゆっくりと飛んだ時に観察できました。でも、なかには産卵そのものが目的ではなく、明らかに自らオスに摑まることを望んで縄張りを飛ぶメスがいるように見えます。

 縄張りになかなか入れないオスは、占有オスが交尾で縄張りが空くとその場所に入ることができます。そうした縄張りオスに排除されるオスが本来の湿地内の縄張りとは異なる場所、今回の湿地では各縄張りに隣接するやや乾燥した、割と上空が開けた広い草地がそうなのですが。ここを占有しているオスは各縄張りオスが飛翔警戒(そもそも頻繁にホバリングはしない)する時間よりはるかに長い時間、ホバリングする特徴があります。静止している時間は縄張りオスと変わりませんが、何かのきっかけで飛べばより長時間ホバリングするようです。警戒厳重と言った感じです。
 ところが驚いたことに、この場所での交尾の機会は各縄張り(8つ)よりもむしろ多いように感じます。次々にメスが飛んで来ては交尾、そしてその度、新たなオスが入れ替わるのです。この新たなオスが果してすべて闘争に負けたオスなのか、縄張り占有経験のあるオスなのかは分かりませんが、もしかすると、この地域のサラサヤンマ個体群全体がより平等に交尾できるような種独自の配偶戦略があって、この草地はそうした中でサテライトの位置づけがあるのかも知れません。
                     
                こちらを警戒して産卵場所でホバリングするメス
                          
                       メスを捕えたオス
                          
                 脚立を持ち込んで何とか撮った交尾の写真
                          

 



2026年5月26日火曜日

サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の観察記Ⅰ

季節はあっという間に初夏に

 今年のムカシトンボは何かいまいちパッとしないまま終わろうとしています。代わってサラサヤンマのシーズンとなってきました。郡山市ですと、例年連休明けの10日ごろから羽化が始まります。大体月末になると成熟虫が湿地に飛来してきます。
 昨年観察していて、このヤンマは基本的に縄張り内に静止してメスを待つトンボでは?という考えを持ちました。多くの文献では縄張り内をホバリングしながらメスの飛来を待ち、一部では静止して縄張りを張ると記述されています。要は縄張りは飛翔が主で、一部静止してメスの飛来を待つということです。
 
 5月25日に郡山市郊外のハンノキ林にある生息地に行ってみました。すでに多くの個体が見られ、交尾・産卵も観察できました。早朝から縄張りを張る場所で待っていると、最初のオスが飛んで来ました。それは縄張りを含むやや広い空間を高さ1mぐらいを上下動しながら数十秒から1-2分飛び回った後、今度は地面から50cmぐらいの高さをホバリングを交えてせわしく飛翔します。数十秒から1分ぐらいでしょうか。その後さらに低く、ブッシュや低灌木の方を向いて30cm2ぐらいの狭い場所をホバリングして、おもむろに枯れ枝や植物の葉などに止まります。
                  
                  
                  縄張り内でのオスの飛翔

 静止したオスはその後、自発的に(他の小昆虫の刺激や風にあおわれたりしてなど)、あるいは侵入してくるオスの迎撃、そしてメスの飛来によって飛び立ちます。自発的な場合はわりに短時間でまた同じ場所に戻って静止します。迎撃の場合は追い払った後に、再び縄張りに戻りますが、ホバリングを交えながらまるで自身を誇示するがごとく数十秒から数分縄張り内を飛翔してから静止します。メスが縄張り内外に飛来するとオスは瞬時に飛び立ち、メスをあっという間に捕捉して草むらに落下します。そしてメスを把握すると飛び立って、タンデム状態から移精、さらに交尾態となって樹上に上がって枝に止まります。この間、縄張りはがら空きで、多くの場合、新しいオスが飛来して縄張り主となります。
                   
                 縄張内で静止してメスを待つ
            
             メスを捕えタンデムとなって飛び立とうとするペア
                   
                  
               交尾はいつも高い場所に上がってしまう
       
                  まだ初々しいメスの産卵

 さて、今回は飛翔型と静止型の縄張行動を比較してみました。まずそれぞれの継続時間です。上述したとおり、静止型の継続時間がとぎれるのは3つの原因からでしたが、考えてみれば、それらの刺激原因がなければ逆に延々と静止状態が継続されるのでしょうか?さらにサラサヤンマの場合、縄張りの目的はメスを捕えることです。静止型と飛翔型ではメスの捕捉数に差があるのでしょうか?それらを念頭に観察した結果が下の表です。調査個体数は示してありません。
                  

     注目すべき交尾率ですが、明らかに静止型が2倍高くなっていることが分かりました。これは継続時間が静止型が4倍以上も長いことが主な要因と考えられます。飛んでエネルギーを消耗するよりも、止まって楽して交尾したほうが絶対に良いと思います。飛翔型が静止型より長時間継続するなら結果は逆になったと思います。
 しかし、観察していてサラサヤンマが飛翔型と静止型の両方の縄張行動を使い分けるとはどうしても思えないのです。つまりサラサヤンマには積極的に縄張り内をホバリングしながら飛翔警戒する気がさらさらないというか、もしそうなら、もっと静止状態から自発的な縄張り飛翔が頻繁に起きて、飛翔時間も逆に長くならなければなりません。それが全く観察できなかったことは、本種の縄張は飛翔型でなく静止型である可能性が高いんと違うんかい?
                  
 もし、静止型縄張りのオスが外的な刺激を受けなかったとしたら、一体どのくらい長く止まっているのでしょうか?ある時間以上は我慢できなくなって、自発的に飛翔型縄張り行動に移ることはないのでしょうか?5月27日の観察はその点非常に興味のある出来事でした。この朝はどんよりした天気で、8時頃に日が射しこんできました。オスの飛来は8:30を回ってからでしたが、2オスのみが飛来してきました。片方は直ぐにメスが来て、それを捕え交尾態となって飛び去って行きました。残る1オスは縄張り内の小さな枯れ枝に止まってメスを待ちます。でもなぜか、その後メスはおろかオスも全く飛んできません。結局このオスはしきりに翅を震わせながら28分43秒も止まったままの状態でいました。 
                                                                                           
                                                         中央のハンノキの手前のくぼ地が縄張りの場所
     
 この日の観察からも、縄張り内でホバリングを交えた飛翔行動は、全てが静止縄張り行動中のオスが主に3つの外的刺激を受けて飛び立ったもので、自ら飛翔型縄張り行動に移ったものではありませんでした。しかも短時間の飛翔でまたすぐに止まります。
                   
                 縄張りから離れた草地で占有飛翔する若いオス
                        
                     同じ場所で産卵する非常に若いメス
                        
                占有オスに見つかり確保された. この後交尾態となって樹上へ

 確かにオスが5分あるいはそれ以上長くホバリングを交えた旋回飛翔を行うことがありますが、これは未熟個体(発生後期なら縄張りに入れない弱く経験の浅いオス)が縄張りに侵入できずに離れた湿地の上で行う行動(サテライト=スニーカー行動)のようで、この場所でも交尾が観察されます。この辺はここに焦点を当てた観察が必要で、課題と言えばそうなんでしょうね。
             



        

 


マーキング法によるオオルリボシヤンマの縄張りの観察 Ⅰ

 身近なヤンマやサナエ類にマーキングを施して縄張り行動を観察できないものか?もし種によってマーキング法が有効なら、これまでの経験知とその憶測からしか言えなかった生態が、具体的な実例と数値をもってして科学的に示されることになります。  これまで人懐っこい?トンボであるムカシヤンマと...