2022年6月15日水曜日

日本産マダラヤンマはマダラヤンマか?

 Aeschna mixta soneharai が亜種から種 Aeschna soneharai に変更!

 朝比奈博士は1988年に、日本産マダラヤンマ はヨーロッパ産に比較して形態や斑紋等に明らかな違いがあるとして、当時マダラヤンマの生態を初めて解明した長野県の曽根原今人氏に献名した亜種 A. mixta soneharai を記載しました (月刊むし 211:11-20) 。しかし私を含め多くの人々は日本産マダラヤンマはヨーロッパ産を原種とするA. mixta 、あるいはもう少し詳しく亜種 soneharai であるとして、それ以上のことは全く考えていなかったのではないでしょうか。先日、国際トンボ学会の会誌 Odonatologica の目次を見ていたら、アッと驚くためごろー!何とAeschna mixta soneharai が種として昇格しているではありませんか🙀、しかもヨーロッパのファウナきりぎりに1種増えたとして。

 内容はロシアの研究者たちがモスクワ市近郊で採取した A. mixta に2系統があることに気づき、詳細に形態と遺伝子情報を調べました。その結果、この2種は別種であることが判明し、一方は従来のmixtaで、もう一方は何と日本から記載されているsoneharaiだったのです。そして何よりこれまで亜種扱いであった soneharai が種として取り扱われることになったのです。驚きました。全くそんなことは頭にありませんでしたから。しかし、彼らが示した分布地図によると、残念ながら soneharai は日本固有種ではなく、東アジアから中央アジアそしてヨーロッパ東端のモスクワ周辺まで分布しています。一方、mixtaは北アフリカからヨーロッパ、トルコ、中東、北インドそしてカザフスタン東端部周辺に分布するとされています。mixtaは中国にはいないのですね。中国は東北部のみにsoneharai がいるんですねー。
 
mixtaとsoneharai 両者の区別はむずかしい
 両者の識別は結構むずかしい。飛んでいる両者を区別することは不可能です。こまごまとした違いは結構あって、それはそれなりに両者を分ける部分ではあるのですが。あまり一般的ではありません。でも写真からでもわかる点が2つあるようです。
1 雌雄における頭部の前額上に明瞭に現れる黒のカタカナのエの字斑は mixta で非常に太く、soneharai は細い。オスではこれが唯一。
2 メスを側面からみると(交尾態で見れる)、青斑紋はいずれも淡く黄緑がかる。日本でみられるような鮮やかな青型は稀のよう。ただこの色、結構日本産でも成熟初期にはまぎらわしい色合いになる場合があるので注意したい(下写真参照)。さらに識別は緑系は無理なような気がします。
 以下にネットから拝借したmixtaの写真を引用します。                                       
Aeschna mixta の前額のエ字斑紋 http://www.ipernity.com/doc/318793/23836949

 Aeschna mixta (England) https://www.jungledragon.com/image/46101/aeshna_mixta.html/zoom
                    
          見分けがつかない成熟初期のメス 福島県産の Aeschna soneharai Asahina 1988

 ロシアの研究者たちは遺伝子解析に必要なデータの多くをGenBank (アメリカ) から得ています。soneharai とした日本産のデータには2個体の遺伝子情報が使われています。これは当然、提携元の日本DNAデータバンクの情報がソース源となっています。一方、分布図作成には多くの写真を解析して両者を区別して行ったことになっています。しかし、Web上に掲載されたmixta の画像は結構変異があって、彼らが示したモスクワ近郊の産地から得られた斑紋の違いについて、全ヨーロッパの個体群に当てはまるかは少々疑問です。また、両者の交尾も観察されているので、特に分布境界地域に当たるモスクワ近郊の個体群の扱いは注意が必要だと思います。
 いずれにせよ、これからは朝比奈博士の命名した sonehari が呼び名になるのですねー。てっきり今後はソネハラヤンマかーと思ったら、マダラヤンマの呼び名は mixta に対する和名としてつけられたのではなく、1915 年に小熊捍氏が日本産トンボ目録のヤンマ科のなかで単に日本で最初に青森で得られたヤンマにマダラヤンマと名称をつけたしたものだそうです(彼はマダラヤンマがmixta であるとはわからなかった?)。朝比奈論文にちゃんと出てました。とすればこのままマダラヤンマなんでしょうか?しかし今回のことも踏まえて、日本産トンボについて一度、原点に立ち返って精査する必要があるのかも知れませんね。

 










  

2022年6月1日水曜日

喧嘩っ早いムカシヤンマ2022年の観察記(2) 追加投稿あり

羽化した成虫はいつ羽化場所に戻るか?
 多くの昆虫類には性成熟期間があることが知られています。トンボにおいても、イトトンボ類は実験的にその期間が確かめられています。しかし、行動域が大きい不均翅亜目のトンボは具体的に確かめようがありません。多くの場合、その行動様式の違い、例えば繁殖域に現れ始めた時を目安に性成熟期間を推定することもあるでしょう。ただ問題は、羽化場所に羽化個体そのものが成熟して再び戻るのかが分からない点です。
 ムカシヤンマもこの点に関しては全く具体的な知見がありませんでした。そこで、今回羽化した16頭にマーキングして、本当に羽化場所に戻ってくるのかを調べてみました。羽化は5月9日から17日まで続きました。この地域には発生地が点在していて、約200m離れた場所にも別の発生地があります。まあ、戻ってくる可能性は高くはないと思っていました。
 最後の羽化が終わった7日後から毎日、発生地の岩場に通いました。すると19日にオスが飛来していました。何と早い!しかしマーキングはありません。きっと別な発生地で、早期に羽化した個体に違いありません。このことからも、羽化後ムカシヤンマは広く分散することが予想されました。
                    

          岩場に訪れたマーキング虫(上)と何だか異様に腹部が長くスリムな雄
 
 半ばあきらめ気味に観察を続けました。25日、10:46、ついに10日に羽化したオスが岩場止まってるのを確認しました。この間にムカシヤンマの飛来はありませんでした。その後、30日には10日に羽化したメス、13と15日に羽化したオス計4頭が戻りました。一方昨年は羽化個体にマーキングせずに、その後岩場に最初に個体が見られた日を調べましたが、最後のオスが羽化した17日後に複数のオスを初観察しました。
 昨年と今年の結果から、ムカシヤンマのオスの性成熟期間はおおよそ2週間程度だと考えられました。メスは1個体のみでしたが20日かかりました。一方、多くの個体は戻らず、どうしていることやら。しかし、羽化した場所に確実に戻る個体が複数いることを確認できたのは一つの成果でした。また当然のことですが飛来したマーキング虫は交尾、産卵をしました。

岩場を占有するオスはどんなオスか
 昨年の観察から、この岩場には普通1~2頭のオスが定位することしかができず、朝から夕方まで、この岩場を巡ってオスたちの激しい闘争が繰り広げられます。日齢が進み、発生後半になると夕方、疲れからか幾分お互いの軋轢が減り、岩場に4頭以上の個体が仲良く?止まることもあります。
 さて、これらのオスは入れ代わり立ち代わりガシャガシャと闘争を行うわけですが、勝者はどうなっているのでしょう。常に同じなのでしょうか、それとも入れ替えが激しいのでしょうか?今回は羽化後、この岩場に飛来した全て(ほぼ)にマーキングして個体識別しましたから、この問題はもしかすると分かるかも知れません。
                    
                         産卵に訪れたまだ若い雌
                
                          侵入オスと戦う占有者

 5月30日に観察を開始しました。朝7:00に現地に行きました。さすがにまだかなと思いましたが、すぐにメスが産卵に訪れました。しかし、オスはなかなか姿を見せません。ようやく8時半になって岩場に飛来してきました。それから、岩場での絶え間なく繰りひろげられる闘争と静寂そして産卵、交尾が17:40まで延々と続きました。
 マーキングしたことにより、これまで観察していて、あれこれ想像していたことが目の前ではっきりと、それが肯定できたり、否定できることは新鮮な驚きでした。以下に2,3の知見を簡単に記してみます。

1 岩場を占有するのは数頭の占有経験者(古参個体)で、新規飛来個体は岩場から締め出される。岩場を占有する個体は常に他個体との闘争に高い確率で勝者となり、岩場を占有し続ける。

2 メスの産卵場所は3つの区に分けられ、オスが占有する岩場は最も産卵が集中し、交尾機会が高い。次に交尾機会が高いのは岩場わきの斜面で、新規飛来個体が定位する。しかし、午後になると、岩場からの占有経験個体が占有し、新規飛来個体は駆逐される。残る区は岩場上の草付きで、新規飛来個体はほとんどがここに定位する。岩場を除く他の区で全く交尾機会がないわけではなく、各区域で交尾が確認される。

3 産卵は午前中早くから午後遅くまで観察され、時間帯に目立ったピークは見られなかった。一方、交尾は明らかに午後に多かった。これは逆に、午後に岩場および周辺に飛来するメスの数が多いということでもある。
                   
          マツの枝先に潜り込むように止まって交尾するペア. メスは青のペイントが付いている
  


 

ミルンヤンマ、アオヤンマ、ネアカヨシヤンマ、そしてヤブヤンマの学名が変更になった!

(このブログはパソコンで読んでください。携帯では文字化け行づれが起こります。)  先ごろ行われた日本トンボ学会で、トンボ界を代表する若い講演者がクイズ形式で最近のトンボ事情を面白おかしく発表されました。その中にミルンヤンマの学名変更の話があったような気がしました。あまり事の重大さ...