2020年11月18日水曜日

福島県のアマゴイルリトンボ

 福島県における分布                 

                                                  成熟した雄 猪苗代町 2018,6.17

ある関西の友人から、アマゴイルリトンボは福島県で一番、観察に良い所はどこか?と聞かれました。でもすぐに答えることができません。はて、どこだろう?と。高校生の時に、福島市の土湯温泉に家族で訪れた時に近くの男沼、女沼を探索しました。この時見慣れぬイトトンボを採集して何だろうと家に帰ってから調べました。どうやらアマゴイルリトンボらしいと目星を付けましたが、良くわかりません。たまたま、月刊むしに朝比奈先生が書いていておられるのを見て、思い切ってその住所に採集品をお送りしてみました。今考えれば、ずいぶん思い切ったことをしたものだと思います。しかし、先生からはすぐにびっしりと書き込まれたはがきを頂戴し、このトンボはあなたの見立て通り、アマゴイルリトンボで、福島県では裏磐梯の五色沼から記録があることを教えていただきました。新知見だからTomboに投稿してほしい、と依頼され、それと引き換えに半ば強制的に蜻蛉学会に入会させられました。

そしてこの時の報告がTomboに掲載されて、このことが自身にとって本格的に蜻蛉にのめりこむ転機となったのです。そうした意味で、私にとってこのアマゴイルリトンボは思い出深いトンボでもあるのです。後年、新宿区百人町にあった科博をラオスのトンボ調査のため訪れた時に、朝比奈コレクションの中に、かつて先生にお送りした土湯のアマゴイルリトンボが私が書いたラベルとともに大切に保管されているのを発見し、採集した時のことを懐かしく思い出しました。

現在、福島県内の本種の分布がかなり詳細に分かってきています。10数年前までは東から福島市土湯温泉湖沼群、北塩原村五色沼一帯、同雄国沼一帯、会津若松市猪苗代湖一帯そして遠く離れて、只見町沼の平が生息地として知られていました。しかし、とあることから、本種の分布が思ってもいなかった展開をみました。それはこれまで全く、想定していなかった地域、すなわち金山町の只見川沿いに点在する池沼、さらには只見町から旧南郷村、旧伊南村の伊南川沿いの河畔公園や池沼そして、昭和村などの周辺の山地に点在する湿原に広く、かなりの密度で本種が分布することが分かったのです。

今のところ、最も注目される分布域である伊南川流域では、旧伊南村大桃あたりが分布の南限となっています。最近はそれぞれの生息地のDNA分析などもおこなわれるようになってきており、地域差が若干みられるようだと聞いています。              

              福島県におけるアマゴイルリトンボの主な生息地

樹林性イトトンボであるアマゴイルリトンボ

このトンボに樹林性イトトンボの名を用いたのは大沢尚之・渡辺 守(1984)*さんたちではなかったかと思います。本種の生態を良く表した名前だと思います。生息地の多くは鬱蒼とした樹林の中にある池沼や湿地で、また水田脇の用水路などにも見られることがありますが、必ずそばに樹林が接していますし、繁殖行動している場合はほとんどが日陰や木漏れ日が射すような環境で行動しています。只見川沿いの生息地の多くは神社の薄暗い境内の池で、周囲は樹林で囲まれています。

 このトンボのヤゴは明らかに水温が低い水域に生息するトンボのように思います。猪苗代湖西南部のある生息地での観察では、圃場整備が成った水田地帯に供給する用水路のうち、最も端にある雑木林と水田の境界を流れるU字溝が生息地となっていて、斜面からの土砂流入で水路はかなり埋まっていてヒツジグサやショウブ、ヨシなどの水生植物が結構生えています。一部は灌木が覆うかぶさるような状況になっていました。産卵や雄の待ち伏せ行動はこの日陰になった水辺でおこなわれ、直射日光が射す部分には全く見られませんでした。肝心の水は雑木林から流れる出る水が水源となっていて、ほとんど帯水状態に見えます。この水路では水源に近い上流側に本種が、さらに50mほど下流にモノサシトンボが生息しており、その境目で若干混生しています。

 只見町から伊南川沿いに旧伊南村にかけて点在する生息地は水田地帯にみられ、伊南村では用水路が発生地になっています。本来の生息地である只見、南郷、昭和村からの個体群が水田の開田とともに用水路(山際に作られているので、日陰が多く、使われなくなって帯水しているところが発生地になっています)を介して分布を広げたものと考えられます。用水路がない伊南村以南に本種は分布していません。環境的にはいておかしくないのですが。

          水域から離れた樹林の中で見られた未熟の雄(会津若松市)

 良くこのトンボの交尾や産卵ポイントがわからないと、特に遠方からやってくるトンボ屋さんに言われます。そういえば自分自身、多産地といわれる裏磐梯をみても、ここですと言えるポイントはそんなに思いつかないのです。オオトラフトンボの多産でいつのまにか有名になったレンゲ沼には本種も多かったのですが、その当時どこで交尾しているのか良くわからなかったような気がします。そこで改めて、先の大沢さんの論文を読み返してみると、それには、
⓵アマゴイルリトンボは水域そばの樹冠部が閉鎖している樹林に住み、朝9時ころから林床部に降りて来る。
⓶雄は林床に差し込む陽の光がスポット状・木漏れ日状になった部分で縄張りを形成する。
③雌は雄の縄張り付近の陽が射さない植物の葉の上に飛来する。
⓸交尾は雌が雄が待機する光のスポット部分に飛来しておこなわれ、午前10時から午後2時のあいだにおこなわれる。
⑤産卵は交尾個体が連結した状態で水域に飛来して午前10時半から午後2時半のあいだにおこなわれる。
と、ちゃんと書いてあります。40年も前の知見はその後、本種を扱った各種の出版物においても触れられることが少なく、逆に交尾・産卵についてはあやふやな記述のままが多いように思います。大沢さんたちの論文は一般にはみることが困難な大学の研究紀要に掲載されてあります。こうした重要な知見が一般に知られることなく埋もれることを危惧します。せめてトンボ専門の検索エンジンがほしいところです。


                     
             上2枚は裏磐梯五色沼周辺、下は会津若松市湊町

* 大沢尚之・渡辺守 (1984) 樹林性イトトンボ類の比較生態学的学研究. 1. アマゴイルリトンボの日周行動. 三重 大学教育学部研究紀要 35: 61-68.        

     
   
























2020年11月4日水曜日

休耕田とヒメアカネ

なかなか見つからないヒメアカネ 

福島県のヒメアカネは生息地が非常に限られていて、過去の記録を含めても10か所程度なのではないでしょうか。20年前ごろから本格的に減反政策が進められ、中山間地の水田が次々に廃田に追い込まれました。こうした水田は平地の水田とは異なり、水源を山からの湧き水を利用している場合がほとんどで、水路の管理がされなくなると、たちまち水田は湿地化して、数年後にはヤナギやハンノキが生えてきて、20年も全く手が入らなければに鬱蒼としたハンノキ林や低灌木の林に代わっていきます。

県内の安定した生息地はほとんどがミズゴケが繁茂する湿地、湿原で山地に多く見られます。時期を変えれば、ハッチョウトンボが同所に見られる場合が多いように思います。休耕田が各地に見られだすようになると、オゼイトトンボ、サラサヤンマ、エゾトンボ、ハッチョウトンボそして本種が決まって進出してきます。しかし、こうした新しい湿地も長くて10年程度しか生息地としてはもちません。いつの間にかヨシが生え灌木が繁茂し、あるいは草地化してトンボたちは姿を消してしまいます。一時的に本種の生息地は各地に増えたのですが、現在はその多くが消滅しています。

1999年8月に小野町在住の和尚さんG氏にいわき市内の本種発生地をご案内いただきました。生息地は幾分ミズゴケが繁茂してきたような山間の休耕田で、まだ若い個体が周辺の林縁部に多く、一部が交尾していました。この時は同時に阿武隈高地では稀なキマダラモドキを発見するなどの副産物もあって、チョウ好きのG和尚の笑顔が今でも忘れられません。私にはなつかしい思い出となっていました。今年、久しぶりに当地のヒメアカネはどうなっているのだろうと、訪れてみました。原発事故以降どうなっているのか全く分かりませんでしたので少々不安でもありました。 

       秋がすっかり深まりヒメアカネもいよいよ少なくなった10月下旬の生息地
   
                                                                               
                                   同様な田んぼが3枚続いていて、どれにも生息している

生息地は植生の変遷もなく、最初に見つかった時よりも丈の長い植物が全くない整然とした湿地にになっていました。不思議に思っていると、付近にいた農家の方が、この地域の休耕田は原発事故の補償対象で、その条件としてちゃんと管理されていなくてはならないそうです。だからこうやって年に何回か草を刈りはらって維持しているのだと教えてくれました。どうりで綺麗に草がないのかと合点しました。さらにその補償期間がそろそろ切れるので、その後は放棄されるとのこと。休耕田の発生地だったので、すでに変遷して林になっているのではと内心危惧していたのですが、原発事故の補償がこんな形で湿地を維持することになったとは。内心複雑な気持ちになりました。

この湿地の維持は人間の手にゆだねられていることなど、無関係のようにヒメアカネはその華憐な姿を今回も見せてくれました。この湿地はイノシシが入り込むため、その掘り返したあとに湧き水がたまり、本種の発生には申し分ない環境を作り出しているという、これまた皮肉な結果を招いています。

            枯草の上で休む成熟した雄 2020.10.4 いわき市小川              

                  同 胸部の黑帯が少し異なる雌

                      早々と交尾するペア
  
               イノシシの足跡にできた水溜まりに産卵するペア
                
                    連結態を解いて産卵飛翔する雌

                       単独産卵する雌

この生息地のヒメアカネ個体数はそれほど多くはありません。良く、個体密度が高いとライバル雄がすぐに交尾するため、それを回避するために交尾を終えた雄は連結したまま産卵を促すと言います。ここでは密度が低くとも、産卵は交尾したペアが連結して産卵します。一見、単独産卵している個体が見られますが、観察していると、連結産卵をおこなった全てのペアは早々に分離して、雌は単独で産卵を続けました。ヒメアカネの翅は非常に薄く華奢で、長時間連結産卵するにはやや力不足の感があり、雄は産卵中にすぐ疲れて止まります。アキアカネのように長時間連結産卵するようなペアは見られませんでした。もっとも、単独産卵している雌は雄に捕まり、また交尾することも頻繁にありました。この種は連結産卵が苦手なのかも知れません。長時間連結産卵して確実に雄の遺伝子が次世代に受け継がれていくよりも、短時間のうちに、単独の産卵の雌が次々に新な雄と交尾して、多くの異なった遺伝子が拡散していくことが、この種にとって最も大事な配偶戦略の意義なのかもしれません。

この半ば意図せずに保護されている湿地には11月上旬まで、たくましく生きるヒメアカネが見られます。今後、草刈の管理がされない状況になった時、どのように生息地が変わっていくのか今後も見守り続けたいと思います。









                          










ミルンヤンマ、アオヤンマ、ネアカヨシヤンマ、そしてヤブヤンマの学名が変更になった!

(このブログはパソコンで読んでください。携帯では文字化け行づれが起こります。)  先ごろ行われた日本トンボ学会で、トンボ界を代表する若い講演者がクイズ形式で最近のトンボ事情を面白おかしく発表されました。その中にミルンヤンマの学名変更の話があったような気がしました。あまり事の重大さ...