またやって来たムカシヤンマ Tanypteryx pryeri (Selys, 1889) の季節
福島県中通り地方のトンボの発生は昨年に比べてかなり早いような気がします。いわき市三和町のムカシトンボも昨年に比べて数日早い発生となっています。最近特に、過去の発生時期に関する経験があてにならなくなってきて、全てが前倒しになってきたように思います。
郡山市のムカシヤンマの羽化も当然早まっていて、昨年より1週間も早い羽化となりました。5月9日は朝から冷たい雨で終日気温が上らず、11℃(アメダス記録)で推移しました。午後4時半にとりあえず、現地に行って見ると、なんと今期初の羽化個体が小雨の中、岩場に取付いているではありませんか。羽化個体の色付きを見ると、羽化は午後から始まり、翅を開いて間もないように思えました。しかし、小雨で気温が12℃(実測)と低いにもかかわらず、羽化するとは少々驚きです。しかも午後に。
この個体はこのまま翅をたたんで夜を過ごし、翌朝気温が上れば飛び立って行くと思います。他に羽化個体があるのか周囲を丹念に探しましたが、羽化したのはこの雄だけのようでした。
明日からまたこの岩場に通勤?が始まります。
つづく
5月10日投稿
今朝はかなり冷え込みましたが、昼過ぎには気温も急上昇して20℃を越えました。朝9:00に生息地に着きました。1頭のオスが羽化中でした。すでに翅がかなり展開していましたのでおそらく6:00ころ定位したのでしょう。他に居ないか岩場の上部の草付きに眼をこらします。羽化個体はいないようです。早朝6時前後の気温はアメダスでは6℃(アメダスは郡山市内平野部に設置)となっていますから、当地は丘陵地なので気温はさらに低かったと思います。そんな低温下でも羽化する本種は相当な耐寒性を有するトンボであると言えるでしょう。
さらに岩場に上がって様子を見ます。しばらくすると目の前の草に何かがよじ登っています。幼虫です。そこで定位するのか見ていますと、また地面に降りて、草むらを歩きます。どうも気に入らないようです。しだいに広角レンズで追う事が厳しくなってきたので、望遠レンズを取りに岩場を降りました。そして再び上がったところ、幼虫を見失ってしまいました。そんなには移動していないと思うのですが見つかりません。気温は12℃に上昇していました。
身を低くして探していたところ、足元に羽化中の個体2頭がいることに気が付きました。しかも1頭はちょうど背中が割れたところです。この個体は草が密生している場所にいるために、最後まで撮影することは困難です。もう一方は遮る草も少なく、こちらを主に追うことにしました。どちらも羽化時間としては遅いので、この2頭にとっては今朝の冷え込みが羽化時間を遅らせたのかも知れません。
このように今年もムカシヤンマは順調に羽化時期を迎えました。さて今年の羽化は何日まで続くのでしょうか。また昨年だと羽化から17日後にこの岩場に成虫が見られるようになりました。今年ははたしてどうなるのでしょうか。今回はマーキングによって個体識別を行い、この岩場から羽化した個体が再びこの場所にもどるのかを確かめてみたいと思います。
つづく
5月13日投稿
今朝は7時過ぎに行ってみました。天気は、気温が16℃で小雨模様です。幸い到着した時には雨は降っていませんでした。早速岩場周辺を見てみます。するとなんと6匹もの幼虫が定位しているではありませんか!さらに草ぐさの間を歩く2匹の幼虫をも発見しました。今回の幼虫はこれまでとは異なり、かなり草丈のある植物によじ登っています。見ていると腹部を盛んに反らす行動をしている個体も見受けられます。これは大漁だとほくそ笑みながら、翅が乾くのは11時ごろだと予想し、とりあえず今日はマーキングだから、一旦帰って、飯でも食べてからゆっくり出直すかと思いました。
10時半に用意万端で再び行って見ると、あれ、あれ!全くいません。いやいや1オスが羽化していました。でも残りはどこに行ったのか、見当たりません。よくよく探すと、1匹のヤゴがもたもたとイネ科植物に取付こうとしているのを見つけました。こいつは朝からいたのだっけ?結局、どう探しても残り以の6匹はみつかりませんでした。
そういえば、はたと思い当たることがあります。確かにこれまで、その日の羽化数と見つけた幼虫数(定位前で歩く個体と確実に定位した個体)は一致せず、必ず羽化数が少なかったのです。ですから、みつけられないような場所で残りは羽化しているのだとばかり思っていました。しかし、行く毎にこの斜面で見逃すような場所はなく、完璧に羽化個体は発見できているという自信(バカみたい)がついてきました。歩行中のヤゴを食う天敵はどうでしょう。羽化が始まるまで、常時斜面は私によって監視されています。鳥などの小動物が現れることはありません。斜面には小さなアマガエルがいますが、いずれも小さく論外です。
明日は雨、今日と同じようなことが起きるかも知れません。これは行かざるを得ませんね。このことを石川県のMさんに話すとぜひマーキングして確かめたほうが良いと言われ、面倒くせーなと。このところ毎日、どこからでも目立つ場所に登って、長時間動かない異様なオヤジの姿は、霊園内で作業する人や墓参りする人たちの間では話題になっているらしく、良く声をかけられます。パトカーが来たこともあります。
さて、はたして幼虫の行方は?
つづく
5月20日投稿
本年度のムカシヤンマの羽化は17日を最後に終了しました。残念ながら幼虫の行動を追うことはできませんでした。この発生地からは計18頭の成虫が羽化しました。昨年の2倍です。
今回、羽化の消長をみてみると、このトンボの羽化は10日間にわたってだらだらと続くことがわかりました。また、明瞭なピークも無いことも分かりました。
観察していて思ったことはまず、終齢幼虫は当日、直接巣穴から出てきて羽化するのかということです。もしかするとムカシトンボのように羽化前に巣穴から出て、日単位で地上で過ごしているのではないかと思われるのです。羽化のために定位してもまたすぐにどこかに行ってしまったりすることは、羽化の練習でもしているようです。
ですが、これらの疑問について金沢の武藤(たけとう)明博士がすでに驚異的な観察をおこなっています(武藤, 1960, KONTYU, 28: 97-109.)。それによれば、幼虫は羽化1ヶ月前に下唇を失って、エサ採りが出来なくなり、多くの個体は巣穴から身を乗り出して、一部は完全に巣穴から出て日光浴するといいます。また巣穴から這い出て、落ち葉の下などに潜り込む者もあって、こうした個体は巣穴にもどらないそうです。さらに羽化当日は10数分から数時間も前から巣穴を出て、幼虫は数十cmほど移動して羽化すると述べています。武藤博士は多くの知見を飼育によって得ているなどお医者さんなのに、まるで昆虫学者のようです。そしてこれらが、今から60年以上も前に行われていたとはまったく驚きです。
一方、羽化時の気温も気になります。羽化のための移動と定位までの時間帯が5~6℃である場合や、その一方、12℃で羽化したり、羽化に気温は関係しないのか良く分かりません。
羽化時間も結構まちまちです。まあ、早朝羽化、昼前に飛び去るパターンが羽化初期であれ後期であれ基本的なものだと思いますが、昼前に羽化したり、場合によっては午後羽化したりすることが少なからずあるのも面白い生態だと思います。このあたりはサナエトンボの特徴と一致します。昔サナエトンボ科から分岐した際に、そうした性質を受け継いだのかもしれません。
ところで、この羽化の終了した岩場に19日、初々しいオスが1頭飛来しました。羽化した♂にはことごとくマーキングしましたから、この個体は他の場所で羽化した個体の可能性が高いと思います。いよいよ喧嘩っ早いくて、メンドクサイ成虫の観察に移ります。
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