羽化した成虫はいつ羽化場所に戻るか?
多くの昆虫類には性成熟期間があることが知られています。トンボにおいても、イトトンボ類は実験的にその期間が確かめられています。しかし、行動域が大きい不均翅亜目のトンボは具体的に確かめようがありません。多くの場合、その行動様式の違い、例えば繁殖域に現れ始めた時を目安に性成熟期間を推定することもあるでしょう。ただ問題は、羽化場所に羽化個体そのものが成熟して再び戻るのかが分からない点です。
ムカシヤンマもこの点に関しては全く具体的な知見がありませんでした。そこで、今回羽化した16頭にマーキングして、本当に羽化場所に戻ってくるのかを調べてみました。羽化は5月9日から17日まで続きました。この地域には発生地が点在していて、約200m離れた場所にも別の発生地があります。まあ、戻ってくる可能性は高くはないと思っていました。
最後の羽化が終わった7日後から毎日、発生地の岩場に通いました。すると19日にオスが飛来していました。何と早い!しかしマーキングはありません。きっと別な発生地で、早期に羽化した個体に違いありません。このことからも、羽化後ムカシヤンマは広く分散することが予想されました。
半ばあきらめ気味に観察を続けました。25日、10:46、ついに10日に羽化したオスが岩場止まってるのを確認しました。この間にムカシヤンマの飛来はありませんでした。その後、30日には10日に羽化したメス、13と15日に羽化したオス計4頭が戻りました。一方昨年は羽化個体にマーキングせずに、その後岩場に最初に個体が見られた日を調べましたが、最後のオスが羽化した17日後に複数のオスを初観察しました。
昨年と今年の結果から、ムカシヤンマのオスの性成熟期間はおおよそ2週間程度だと考えられました。メスは1個体のみでしたが20日かかりました。一方、多くの個体は戻らず、どうしていることやら。しかし、羽化した場所に確実に戻る個体が複数いることを確認できたのは一つの成果でした。また当然のことですが飛来したマーキング虫は交尾、産卵をしました。
岩場を占有するオスはどんなオスか
昨年の観察から、この岩場には普通1~2頭のオスが定位することしかができず、朝から夕方まで、この岩場を巡ってオスたちの激しい闘争が繰り広げられます。日齢が進み、発生後半になると夕方、疲れからか幾分お互いの軋轢が減り、岩場に4頭以上の個体が仲良く?止まることもあります。
さて、これらのオスは入れ代わり立ち代わりガシャガシャと闘争を行うわけですが、勝者はどうなっているのでしょう。常に同じなのでしょうか、それとも入れ替えが激しいのでしょうか?今回は羽化後、この岩場に飛来した全て(ほぼ)にマーキングして個体識別しましたから、この問題はもしかすると分かるかも知れません。
5月30日に観察を開始しました。朝7:00に現地に行きました。さすがにまだかなと思いましたが、すぐにメスが産卵に訪れました。しかし、オスはなかなか姿を見せません。ようやく8時半になって岩場に飛来してきました。それから、岩場での絶え間なく繰りひろげられる闘争と静寂そして産卵、交尾が17:40まで延々と続きました。
マーキングしたことにより、これまで観察していて、あれこれ想像していたことが目の前ではっきりと、それが肯定できたり、否定できることは新鮮な驚きでした。以下に2,3の知見を簡単に記してみます。
1 岩場を占有するのは数頭の占有経験者(古参個体)で、新規飛来個体は岩場から締め出される。岩場を占有する個体は常に他個体との闘争に高い確率で勝者となり、岩場を占有し続ける。
2 メスの産卵場所は3つの区に分けられ、オスが占有する岩場は最も産卵が集中し、交尾機会が高い。次に交尾機会が高いのは岩場わきの斜面で、新規飛来個体が定位する。しかし、午後になると、岩場からの占有経験個体が占有し、新規飛来個体は駆逐される。残る区は岩場上の草付きで、新規飛来個体はほとんどがここに定位する。岩場を除く他の区で全く交尾機会がないわけではなく、各区域で交尾が確認される。
3 産卵は午前中早くから午後遅くまで観察され、時間帯に目立ったピークは見られなかった。一方、交尾は明らかに午後に多かった。これは逆に、午後に岩場および周辺に飛来するメスの数が多いということでもある。
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