2022年5月23日月曜日

よーっくと見ると面白いホンサナエ Shaogomphus postocularis (Selys, 1869)

サナエモドキ                                                                
 この名前に懐かしさを覚える人は、60代以上の方々でしょうか。なんともおかしな呼び名です。昭和30年代までの図鑑にはそう記されていましたから。この頃はテレビの「マグマ大使」でも人間モドキなんかが出てきたり、結構ちまたでモドキの名が付いたものが多かったように思います。 
 ホンサナエという名が一般的になったのはいつごろからでしょうか?そもそもサナエモドキの名について調べてみると、石田省三さんが 1969年に書いた 原色日本昆虫生態図鑑Ⅱトンボ編によると、「最初はオオサナエ(アオサナエのこと)に似たトンボということでオオサナエモドキと名づけられたが、戦後はサナエモドキの名で呼ばれた。しかし朝比奈博士はこれをGomphus 属の摸式種であるG. vulgatissimus に最も近い種であるとの理由でホンサナエと改称された」とあります。朝比奈博士は多分、新昆虫あたりで述べていたのかもしれません。
 さて、このホンサナエの学名は長らく属名がGomphusであったわけですが、尾園さんたちの「日本のトンボ」あたりでようやくShaogmphus に変更になったようです。意外に気づかずGomphusを使っているケースもまだ多いようです。現在多くの方々は「日本のトンボ」を参考にされることが多いので、いずれ日本産トンボからは Gomphus の表記が完全に無くなってしまうでしょう。 

                    
              ホンサナエが多産する丘陵地帯を流れる小河川

        夕刻、流れの中の石で縄張りを張るオス 21/05/2022 郡山市中田町 
つづく

5月25日投稿
 先に戦前(戦後、昭和30年代ぐらいまで)は、アオサナエをオオサナエと和名でいうことを述べましたが、アオサナエの記載 ( Oguma, K. 1926 The Japanese Aeschnidae. Insecta Matsumurana. 1 (2): 78-100. )を読んでみると、命名者の小熊博士は確かにアオサナエを新属・新種として記載して、和名をオオサナエと記述していますが、同じ論文の中でGomphus postocularis を同じくオオサナエとしていて、これはどういうことなのでしょう。すでにオオサナエの和名はホンサナエについていたのではないでしょうか?おかしいですね。これ以降に訂正してオオサナエモドキにしたのでしょうか?
 今、旬のホンサナエの生態と写真を載せようと思っていたところ、変なところに引っかかってしまい先に進めません。オオサナエモドキとサナエモドキそしてホンサナエの和名の変遷はモドキという懐かしさにつられ、思わぬ方向に話が展開しそうな雰囲気です。

つづく

5月26日投稿
 今ホンサナエは最盛期!「懐かしさのあまり和名の思わぬ方向の・・・」、などと悠長なことを言っている状況じゃなかったのです。トンボのシーズンは堰を切ったように押し寄せてきます。すでにコヤマトンボも飛び出しました。
 頭の中で言ってます。さっさと今年観察しているホンサナエの生態を書かんかい!と。
 
観察している河川について
 郡山市郊外の丘陵地帯を流れる河川で(写真上)です。3面がコンクリート打ちになっていますが、ご覧の通りヨシが密生していて、その間に太い流れができています。ところどころに小規模の河原があって、流れに石が露出して瀬の状況を作っています。こういう場所に本種が多産しています。
 この河川は約30年前に氾濫防止と農業用水を得るために大規模な河川改修がおこなわれ、各所に堰が作られて、そこから分取する水路が河川に沿って設置されました。完成当時はヨシや植物もなく河岸はコンクリート壁と、ホンサナエの生息は大変厳しかったと思います。このままの状況が続いたなら、きっと流水性のトンボの生息は出来なかったと思います。もちろん自然流下する大量の土砂や岩などは次第に堆積し、河岸に沿って陸地を形成し草地が出現するでしょう。しかし、たいてい洪水によって常にリセットされてわずかに育った植物は流されると思います。そもそも、流下する水に含まれる自然界由来の窒素量(全窒素)はわずかです。
 ところが、水田地帯を流下する河川の場合は、田植え時期に大量の代掻き水が地域で一斉に、河川に排水されます。この代掻き水(田面水)には代掻き直前に散布した肥料成分量の70%(ほとんど無駄に川に流している状態)が含まれ、同時に排出されるこれまた大量の田面土壌と共に河川に流れるのです。こうして栄養豊かな田んぼからの土が河床の土砂とともに堆積して、栄養食いのヨシの大繁殖をまねいています。ある程度ヨシが育つと、がっちりと根が河床を支え、少々の洪水でもびくともしません。そしてますますヨシが生い茂るという事になります。
 こうして全国の水田地帯を流れる河川では、ヨシが水田からの養分を得ながら大繁栄しているわけです。幸か不幸か、水稲栽培のためにいったん失われた生息地は、再び水稲栽培のおかげで復活したのです。私が毎日通う、ホンサナエの川はそうした河川の典型です。
 福島県中通り地方では本種の羽化は5月の連休明けです。流水性のサナエトンボの中では最も早く羽化します。
                    

                川面を監視するオス 19/05/2022 郡山市中田町

 5月24日の観察
 ホンサナエを日中観察していると、多くが河岸のコンクリート部分や川の中の石などにまばらに静止していて、特段、川面を飛ぶことはありません。時折他のオスとつばぜり合いをします。そして稀に飛んでくるメスを追いかけたり、場合によっては交尾します。メスの訪れは多くありません。至ってのんびりした風景です。
 ところが、時間が午後3時を過ぎて4時を回ると、川面の状況が一転します。どこからともなく現れた多数のオスが入り混じって、止まる石(縄張り)を巡っての激しい競争が急に湧き起こります。午前中、あんなにのんびりと石に止まっていたことが嘘のようで、入れ代わり立ち代わり、次々にオスが現れては空中戦の繰り返しとなります。石に止まっても数秒後には迎撃に飛び立ち、行方も分かりません。この乱戦ぶりは5時を過ぎるとますます激しくなり、3、4頭が連なって飛び回ることも多くなります。止まっても翅を小刻みに震わせ、完全に興奮状態に陥ってます。午前中には見られなかった行動です。
                    
                     
                     
                     
                                                             
                                      激しく飛び回るオスたち05/24 2022 pm 17:00頃
                         
                          
               発生後期になると、18時あたりからホバリングを交え低速で飛翔することが多くなる

 16:30を回ると、オスたちが夢中になっている隙をついて、メスが相次いで飛来するようになりました。しかし、そのほとんどが産卵ポイント手前の空中でオスに捕捉されて、リング状態となってかなり遠方に飛び去りました。それでもオスたちの監視を逃れ、産卵ポイントの近くまでたどり着くメスもいて、ヨシの葉に取付いて早速卵塊作りを始めます。
  中には4頭のオスが見張っている産卵ポイントでオスが止まっている石の背後のヨシに、水面すれすれに飛来して卵塊をつくるメスもいて、雄たちは見ているようで実は全然見ていないこともあるようです。

なぜ水面に落下するのか?
 ここで気になったことがあります。飛来した多くのメスは産卵場所付近の空中で監視中の雄に捕捉され、連れ去られます。一方、産卵ポイントで水面に落ちて交尾態となって雄に引き上げられてから飛び去るペアもいることです。
 たまたま産卵ポイントで産卵飛翔(水面すれすれに、産卵ポイントを広く目で追えるスピードで飛ぶ)したメスが捕捉され水面に落ち、オスに引き上げられた直後を後ろから写真に捉えたものがありました。それを見ると卵塊がありません。昨年、このブログでオスがメスを捕える際に、水面に落下して溺れることを述べました。なぜ、一歩間違えば死んでしまうようなことをするのだろうと。
 今回この写真を見て、もしかすると水面への落下はメスが自らの意思でおこなっているのではないかと思いました。落ちて卵塊を水中に放卵してしまうために・・・。などということは考えられないでしょうかねー。

どちらのケースも採集すればわかっかな?
                   
                     
           オスたちの監視の目を潜り抜け、産卵ポイントにたどり着いたメス
                         
                          
                オスの背後に、気づかれずに飛来したメス、早速卵塊を作る

翌25日の観察(アオサナエ現る)
 この日も16時30分ころからオスの活動がさらにヒートアップしてきました。16時40分、混戦のオスの中に、1頭のアオサナエがいることに気が付きました。アオサナエは多数のホンサナエに圧倒されることなく、いつの間にかホンサナエが常駐する石を占有しています。ホンサナエが近づくと、尾部を大きく反らして存在を示します。面目ないのですが、アオサナエの腹部7-9節の下面がオレンジ色だったことに初めて気が付きました。一瞬の出来事でなかなか写真に撮れません。アオサナエもホンサナエの騒動に巻き込まれ、全く落ち着きません。その時です。ホンサナエとアオサナエが空中で絡み合って水面に落下しました。急いで駆け寄ってシャッターを押しましたが、あと一歩近づけませんでした。水面から飛び上がった姿はホンサナエがアオサナエに交尾しようと尾部付属器でアオサナエのオスの頭部を挟もうとしているようでした。しかしすぐに離れ、アオサナエは驚いたのか飛び去ってしまいました。この時を境に、複数のアオサナエが次々にホンサナエの活動の場に入り込み、主要な石を占拠してしまいました。
                      
                 ホンサナエから主要な石を奪ったアオサナエ
                          
           ピンボケですいません.アオサナエがホンサナエの接近を拒んでいる
                          
                      アオサナエに挑むホンサナエ
                           
                 ホンサナエがアオサナエ♂を捕えて水面に落下
                         
 
やはりオオサナエはオオサナエモドキより強いのでしょうかねえ。この様にアオサナエと入れ替わる時がはっきりしているのでしょうか。何かいっぺんに事が起きた感じです。この日以前にアオサナエは全く確認していません。17時30分すぎに今度はアオサナエのメスが次々に産卵に訪れました。産卵は18時20分まで続きました。
 両種ともこの場を去ったのは18時50分でした。
 この日を境にホンサナエは全く影が薄くなってしまいました。この川のホンサナエはいよいよ初夏のトンボに主役を譲ることになります。
                          
                 ヨヨッ、おかしなメスがやって来た。翅の全体が白化、少し茶色?著しい
              
                 腹部側面もワックス状のものが付着しているように思う
                         
                       普通のアオサナエ産卵
                     
オスが複数待ち構えている場所では水面すれすれで産卵をおこなう、翅が水面を叩く

6月10日投稿
ホンサナエGomphus属からShaogomphus属へ 
 1984年に中国のサナエトンボ研究の権威、Chao博士によって、肛三角室が4室より多く(実際には Gomphus 属にも4室以上ある種もある)、オスのペニス先端また生殖後鈎の形、さらに尾部付属器の形やメスの後頭部の一対の突起の存在などから、新たにShaogomphus 属が設けられました(Odomtologica 1984, 7:71-80.)。しかしこの新属は見た目、Gomphus 属のトンボとほとんど変わりません。
 朝比奈博士は1985年の月刊むしNo169号 6-17.にて日本を含む東アジア産のGomphus属の再検討をおこなっており、この論文の中でヨーロッパ産の G. vulgatissimusとホンサナエG. postocularis (まだこの時点ではChaoの Shaogomphus を認知していない)それぞれのペニス先端また生殖後鈎を図示しています。これを見ると、Chaoが示したShaogomphus属のペニスの形はむしろG. vulgatissimusに酷似しています。また生殖後鈎もGomphus属の特徴を有していて(ただ前縁部に小さな突起がShaogomphus属にはあるが・・)、この辺が朝比奈博士をして「最近Chaoは中国福建省産の標本で Shaogomphusなる新属を建てたが、この問題については近く別文によって論じたい」と言わしめた根拠だったのかも知れません。
 現在Shaogomphus属は東アジアからホンサナエを含む3種が記載されていて、どれも良く似ています。私もShaogomphusには少し違和感があって、結局Gomphusでいいんじゃねーかと思っていました。しかし、ここでも遺伝子解析による研究で、見事にその考えが打ち砕かれてしまいました。米国のWareらが2017年に発表した、「北アメリカのサナエトンボ科における系統発生的な関係とそれらの近縁関係」において、われらのホンサナエ(ChaoがShaogomphus属とした)は何と系統発生ではGomphus 属よりはるか以前に出現したことが明確に示されました(Syst Entomol. 2017, 42: 347–358.)。そういえばChaoは Shaogomphus 属を創設した際に、この属は古いサナエトンボ科の形質を保持していると記述していて、今思えば良くそんなことまで分かったものだと驚きました。前に戻りますが、朝比奈博士もその後Shaogomphus に関して論ずることはなく、Chao(1984)がShaogomphus 属を創設した時に、ホンサナエもGomphus属からShaogomphus 属に移される処置がされていました。
 1984年に論文が発表されて以来、多くの文献でホンサナエをShaogomphus postocularisと明記するようになっていくのでした。それにしても、中国からはChao博士をはじめ、これまで数人の分類学者が活躍し、最近では、つまずいて骨折しそうな巨大中国トンボ大図鑑を世に出したZhang博士を筆頭に若手の研究者も育って、中国人研究者たちの海外への発信力がますます大きくなってきました。トンボの世界も中国勢の活躍が今後も目がはなせません。 

引用文献
 Ware j. et al., 2017. Syst Entomol. 42: 347–358.
 Chao H., 1984. Odonatologica 13:71-80. 










 





 

           


















2022年5月9日月曜日

2022, ムカシヤンマ Tanypteryx pryeri (Selys, 1889) 観察記(1)期間中、適時更新します

 またやって来たムカシヤンマ Tanypteryx pryeri (Selys, 1889) の季節
 福島県中通り地方のトンボの発生は昨年に比べてかなり早いような気がします。いわき市三和町のムカシトンボも昨年に比べて数日早い発生となっています。最近特に、過去の発生時期に関する経験があてにならなくなってきて、全てが前倒しになってきたように思います。
 郡山市のムカシヤンマの羽化も当然早まっていて、昨年より1週間も早い羽化となりました。5月9日は朝から冷たい雨で終日気温が上らず、11℃(アメダス記録)で推移しました。午後4時半にとりあえず、現地に行って見ると、なんと今期初の羽化個体が小雨の中、岩場に取付いているではありませんか。羽化個体の色付きを見ると、羽化は午後から始まり、翅を開いて間もないように思えました。しかし、小雨で気温が12℃(実測)と低いにもかかわらず、羽化するとは少々驚きです。しかも午後に。
 この個体はこのまま翅をたたんで夜を過ごし、翌朝気温が上れば飛び立って行くと思います。他に羽化個体があるのか周囲を丹念に探しましたが、羽化したのはこの雄だけのようでした。
 明日からまたこの岩場に通勤?が始まります。
                     
                                                                             
                                                             
羽化した♂ iPhoneで撮影 9/5/2022 16:47
つづく

5月10日投稿
 今朝はかなり冷え込みましたが、昼過ぎには気温も急上昇して20℃を越えました。朝9:00に生息地に着きました。1頭のオスが羽化中でした。すでに翅がかなり展開していましたのでおそらく6:00ころ定位したのでしょう。他に居ないか岩場の上部の草付きに眼をこらします。羽化個体はいないようです。早朝6時前後の気温はアメダスでは6℃(アメダスは郡山市内平野部に設置)となっていますから、当地は丘陵地なので気温はさらに低かったと思います。そんな低温下でも羽化する本種は相当な耐寒性を有するトンボであると言えるでしょう。
 さらに岩場に上がって様子を見ます。しばらくすると目の前の草に何かがよじ登っています。幼虫です。そこで定位するのか見ていますと、また地面に降りて、草むらを歩きます。どうも気に入らないようです。しだいに広角レンズで追う事が厳しくなってきたので、望遠レンズを取りに岩場を降りました。そして再び上がったところ、幼虫を見失ってしまいました。そんなには移動していないと思うのですが見つかりません。気温は12℃に上昇していました。
                    
                                羽化中のオス 8:51 10/5/2022
                         
                       生息地景観 中央に幼虫が見える
                                                                         
                                         羽化場所を探す幼虫、ここは気に入らなかったのかすぐに降りてしまう

 身を低くして探していたところ、足元に羽化中の個体2頭がいることに気が付きました。しかも1頭はちょうど背中が割れたところです。この個体は草が密生している場所にいるために、最後まで撮影することは困難です。もう一方は遮る草も少なく、こちらを主に追うことにしました。どちらも羽化時間としては遅いので、この2頭にとっては今朝の冷え込みが羽化時間を遅らせたのかも知れません。
                     
                     
               こちらはオス、小さなくぼ地に腹部が入ってしまうため撮影は中止
                           
                        もう一方の羽化個体、メスだ 時間は9:44 
                           
                          
 腹部が完全に抜けた 10:22  
    
                          
                          
                          撮影時間10:33 
     
                         
                    11:16 気温が上って来ていて、すでに20℃を越えている 
 
 このように今年もムカシヤンマは順調に羽化時期を迎えました。さて今年の羽化は何日まで続くのでしょうか。また昨年だと羽化から17日後にこの岩場に成虫が見られるようになりました。今年ははたしてどうなるのでしょうか。今回はマーキングによって個体識別を行い、この岩場から羽化した個体が再びこの場所にもどるのかを確かめてみたいと思います。

つづく

5月13日投稿
 今朝は7時過ぎに行ってみました。天気は、気温が16℃で小雨模様です。幸い到着した時には雨は降っていませんでした。早速岩場周辺を見てみます。するとなんと6匹もの幼虫が定位しているではありませんか!さらに草ぐさの間を歩く2匹の幼虫をも発見しました。今回の幼虫はこれまでとは異なり、かなり草丈のある植物によじ登っています。見ていると腹部を盛んに反らす行動をしている個体も見受けられます。これは大漁だとほくそ笑みながら、翅が乾くのは11時ごろだと予想し、とりあえず今日はマーキングだから、一旦帰って、飯でも食べてからゆっくり出直すかと思いました。
                     
                      斜面を歩く幼虫 7:15, 13/5/2022

                羽化場所を探して草をよじ登る幼虫 7:15, 13/5/2022.いずれも iPhoneで.

 10時半に用意万端で再び行って見ると、あれ、あれ!全くいません。いやいや1オスが羽化していました。でも残りはどこに行ったのか、見当たりません。よくよく探すと、1匹のヤゴがもたもたとイネ科植物に取付こうとしているのを見つけました。こいつは朝からいたのだっけ?結局、どう探しても残り以の6匹はみつかりませんでした。
                     
               朝あれだけいた幼虫はこのオスのみが羽化しただけ 10:47
                         

              羽化場所が決まらずようやく10:45に羽化したオス. 14:35撮影

 そういえば、はたと思い当たることがあります。確かにこれまで、その日の羽化数と見つけた幼虫数(定位前で歩く個体と確実に定位した個体)は一致せず、必ず羽化数が少なかったのです。ですから、みつけられないような場所で残りは羽化しているのだとばかり思っていました。しかし、行く毎にこの斜面で見逃すような場所はなく、完璧に羽化個体は発見できているという自信(バカみたい)がついてきました。歩行中のヤゴを食う天敵はどうでしょう。羽化が始まるまで、常時斜面は私によって監視されています。鳥などの小動物が現れることはありません。斜面には小さなアマガエルがいますが、いずれも小さく論外です。
 明日は雨、今日と同じようなことが起きるかも知れません。これは行かざるを得ませんね。このことを石川県のMさんに話すとぜひマーキングして確かめたほうが良いと言われ、面倒くせーなと。このところ毎日、どこからでも目立つ場所に登って、長時間動かない異様なオヤジの姿は、霊園内で作業する人や墓参りする人たちの間では話題になっているらしく、良く声をかけられます。パトカーが来たこともあります。
 さて、はたして幼虫の行方は?

つづく
 
5月20日投稿
 本年度のムカシヤンマの羽化は17日を最後に終了しました。残念ながら幼虫の行動を追うことはできませんでした。この発生地からは計18頭の成虫が羽化しました。昨年の2倍です。
 今回、羽化の消長をみてみると、このトンボの羽化は10日間にわたってだらだらと続くことがわかりました。また、明瞭なピークも無いことも分かりました。
 観察していて思ったことはまず、終齢幼虫は当日、直接巣穴から出てきて羽化するのかということです。もしかするとムカシトンボのように羽化前に巣穴から出て、日単位で地上で過ごしているのではないかと思われるのです。羽化のために定位してもまたすぐにどこかに行ってしまったりすることは、羽化の練習でもしているようです。
 ですが、これらの疑問について金沢の武藤(たけとう)明博士がすでに驚異的な観察をおこなっています(武藤, 1960, KONTYU, 28: 97-109.)。それによれば、幼虫は羽化1ヶ月前に下唇を失って、エサ採りが出来なくなり、多くの個体は巣穴から身を乗り出して、一部は完全に巣穴から出て日光浴するといいます。また巣穴から這い出て、落ち葉の下などに潜り込む者もあって、こうした個体は巣穴にもどらないそうです。さらに羽化当日は10数分から数時間も前から巣穴を出て、幼虫は数十cmほど移動して羽化すると述べています。武藤博士は多くの知見を飼育によって得ているなどお医者さんなのに、まるで昆虫学者のようです。そしてこれらが、今から60年以上も前に行われていたとはまったく驚きです。
 一方、羽化時の気温も気になります。羽化のための移動と定位までの時間帯が5~6℃である場合や、その一方、12℃で羽化したり、羽化に気温は関係しないのか良く分かりません。
 羽化時間も結構まちまちです。まあ、早朝羽化、昼前に飛び去るパターンが羽化初期であれ後期であれ基本的なものだと思いますが、昼前に羽化したり、場合によっては午後羽化したりすることが少なからずあるのも面白い生態だと思います。このあたりはサナエトンボの特徴と一致します。昔サナエトンボ科から分岐した際に、そうした性質を受け継いだのかもしれません。
 ところで、この羽化の終了した岩場に19日、初々しいオスが1頭飛来しました。羽化した♂にはことごとくマーキングしましたから、この個体は他の場所で羽化した個体の可能性が高いと思います。いよいよ喧嘩っ早いくて、メンドクサイ成虫の観察に移ります。

            岩場に飛来した今季初めてのオス 19/5/2022
            
  






 

 
 
 



                     

2022年4月14日木曜日

キイロサナエAsiagomphus pryeri (Selys, 1883) の危機

      
               かつての生息地(前のブログから転載)植生豊かな河畔

  福島はようやく平地でサクラが満開となって、トンボの本格的な季節を迎えました。長らく気分がのらず、このブログの更新をしませんでしたが、今日は書かずにはいられない気持ちです。
 福島県いわき市にはこの地方だけにしか見られないキイロサナエ Asiagomphus pryeri (Selys, 1883) や Macromia d・・・・(近く発表になります)などの貴重なトンボが生息しています。しかし発見直後のこの年になって、よりによって、まるで待っていたかのように生息地(両方の種の)の大規模な環境の改変が行われる事態となったのです。今回は一昨年発見されたばかりの、キイロサナエの生息地の状況を報告したいと思います。
 キイロサナエの生息地としては典型的な環境で、福島県でもこうした環境はなかなかありません。良く残っていたものだと思っていました。今月12日、只見のブナセンターのOさんと当地を訪れたところ、驚愕の光景を目にして声をなくしました。
                     
       
              川幅を2mほど拡張して、河床を掘り下げた状況
           
         昨年7月19日の状況 流れの幅は1mもない. 片側の岸は一面のヨシ原

 早速、ヤゴを探しました。幸い中令幼虫を確認できましたが、あまり手が入っていない上流部でしか見つかりませんでした。昨年の成虫発生期に一度訪れましたが、こんなことになるならもっと腰を入れて観察しておけば良かったと、今更ながら残念に思いました。
 昨年7月19日に撮ったキイロサナエをアップしておきます。
                     
             
                        
                 
流畔のヨシやミクリの葉に止まってメスを待つオス
            
               流畔の植物が一掃されてしまったので、今年はどうでしょう
                          
                  メスが飛来した. この個体は卵塊を作らずに飛び去った
                                                           
                   気配に驚いてホバリングするメス
 
 キイロサナエが棲む小川は、すぐ下流にある溜池に流れ込みます。この溜池はほとんどがヨシに覆われ、生息地の対岸に広がるヨシ原はてっきりこの溜池のヨシだと思っていました。しかし、どうしてヨシ原より数十センチも低く、脇を川が流れているのか不思議に思っていました。もっと上流部で直接溜池に繋がるのが普通なのにと。そこで、この生息地の過去の姿を調べてみました。国土地理院で開示している米軍が撮影した1945年当時の航空写真と1970年代に作成された複数の1/2.5万地図を見てみました。すると、この川岸に広がるヨシ原はかつての水田の跡地であることが判明し、さらに戦前にすでにあった上流の溜池から流下する川は数回にわたって改修されていることも分かりました。一方、上流の水田も簡単な基盤整備が入っていたことも判明したことから、その都度、かなり河川自体に手が加えられていたことが予想されます。
 生息域での川幅の拡張工事(流水量確保のため)はヨシ原側の川岸が高いことから、これまでも、過去に行われてきた可能性が考えられました(拡張した際の土砂を今回同様、ヨシ原側に積み上げた)。このことから、今回の川幅拡張によって、今後の生息が完全に否定される可能性は低いのではと思います(個体数にはかなりダメージがあったと思います)。ただ、昔とは異なる状況、例えば、現在異なる地域の個体群の交流が多分ほとんどないとも予想され、個体数が減った時に、この生息地の個体群が永続的に維持できるか、については注意深く観察を続ける必要があるかも知れません。
 さて今年はどのような状況になるのか、再びその姿を見せてくれることを願いたいです。














2021年11月20日土曜日

晩秋のアキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883)

暖冬?温暖化? 

 アキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883)がまだまだ活発に産卵しています。最近(いつからこうなったのかは分かりませんが)福島県中部でも、12月になっても生き残っていることが多く、明らかに生存日数が2週間ぐらい伸びていることになります。ということは、福島県ではだいたい6月下旬に羽化しますから、アキアカネって5ヶ月以上も生きているんですか?ちょっとこれはどうなのでしょう。今時点でもアキアカネの個体数は決して発生末期とは思えないほど多く、5ヶ月間の累積死亡率から考えても、個体数は相当少なくなっていなくてはならないはずです。しかしアキアカネの場合は別で、考えられないような低い死亡率で長期間乗り切ってきたとでも言うのでしょうか。本種の羽化期間は長いのですが、それにしても数があまりにも違います。何か本質的なことが隠されているような気がします。
 11月19日、今日も快晴で、久しぶりにアキアカネを撮りに須賀川市新井田に出かけました。昨晩は零下近くにまで気温が下がったのですが、どうでしょうか。
                    
    
                     
                   アキアカネを観察した雑木林と周辺の水田            

 写真の奥の雑木林がアキアカネのねぐらです。時間は9:30です。気温は12℃、アキアカネたちは次々に林の南側の日当たりの良い斜面や農道に降り来てます。すでに活発に飛翔し、雌が降りて来るとすかさず雄たちがとらえようと殺到します。空中でカップルになった雌雄はすぐに交尾態となって近くの地面に降り立ちます。数例交尾を観察しました。いずれも降りてきた雌がすぐに雄に捕捉されて交尾に至ったものです。空中で交尾態になったものの、他の雄がアタックして交尾をほどき、そのまま連結態で飛び去るカップルもありました。どうも朝ねぐらで目覚め、活動開始の直後に交尾するようです。
                     
                   農道で交尾するペア

 ここで、一つの疑問が出てきます。水田地帯のアキアカネの交尾は普通、産卵場所に連結態になったペアが飛来して、産卵場所で2,3回産卵様行動(疑似産卵ともいうようです)を行った後に、その場所が気に入った場合のみに、その周辺に降りて交尾するのを良く見ます。おかしいですね。上のように、朝すでにねぐら近くでほとんどのカップルが交尾はしているのに、またすぐに同じ雄と産卵場所で交尾するのでしょうか?
                     
                    産卵場所の水田で交尾するペア

 それと、気になるのは、連結ペアは産卵場所に飛来して、産卵様行動を行った後、ほとんどのペアは交尾・産卵をおこなわないで飛び去ってしまうことです。何が気に入らないのか不思議です。しかし、気温が高くなるにつれ今度はどこからともなく多数の個体が産卵におとずれるのです。もちろん交尾するペアも多くなりますが。さらに不思議なことに、ねぐらから産卵のために飛び立つ方向、あるいは産卵場所の水田に飛来してくる方向は皆同じ。反対方向に飛んでいくものはありません。なぜ、一定方向に皆が飛ぶのでしょう。その先には何があるのだろうと考えてしまいます。市街地のど真ん中でも、連結アキアカネの集団をしばしば観察することがありますが、全てが一定方向に飛んでいきます。いったい、これらはどこから来て、どこへ飛んでいくのだろうと。
                      
                産卵飛翔するペア. 雌の翅はボロボロで体は薄汚れている
  
              別のペア. 老熟個体の色彩は産卵初期の頃とはまるで異なる
                      
                     産卵初期の10月上旬のアキアカネ
                    
                                                          
                     産卵に勤しむペア
                             
                    雌が完全に疲れ果て飛べなくなった
                        
                      それでも雄が引き上げる

 この日、14:30になるとほとんどの個体は水田から姿を消し、雑木林のある丘陵地に戻ってきました(多分もどってきたのだろう)。林縁の日の当たる南斜面に多数の雌雄が入り混じって止まって、陽を浴びています。時折個体間の干渉で飛び上がりますが、すぐに止まります。落ち葉や地面に直接止まる個体も多いですが、枯れ木には多数の個体が集中します。15:00で15℃でした。15:20を過ぎると樹上高く飛翔する個体が出始め、それらは次第に個体数を増していきました。多くはそのまま、まだ落葉しないコナラの梢に姿を消しました。アキアカネは止まっていた場所から飛び立ち、最初ゆっくりと、ホバリング気味に周囲を飛び回ります。それは次第に飛翔範囲を広げ、さらに高度を上げてかなり高所のコナラの葉に止まりました。地上の個体が全て樹上に上がったのは15:55でした。こうしてアキアカネの一日は終わりました。
                                                                               
                               一日の終わりに日当たりの良い、 ねぐらの林縁に集まるアキアカネ. 5頭飛んでいる
                         
                   斜面の土が露出した部分に集まる      
                          
                          
枯れ木に花?10頭ぐらい集まっている

 アキアカネは日本人に最も身近なアカトンボです。しかし、その生態についてはまだまだ分からないことが多くあります。特に成虫の移動や配偶行動など解明しなくてはならないことが多々あります。
 アキアカネの行動はダイナミックな面があり、簡単にその全貌を知ることは困難でしょう。しかし、少しずつ数量的な記録を集めることが必要だと思います。ほんとにこのトンボには不思議なことが多いです。なかなか手ごわい、最も身近なトンボです。

追 12月10日、午後14:50にまだ3雄が元気に飛んでいました。気温は9℃でした。12月17日、午後14:10、気温14℃、まだ健在、数頭が生き残っていました。この場所より3.5km離れた最も近いアメダスの記録で10日から17日までの8日間を見ると、最低温度が零下だったのは6日あり、その間の平均気温は4.7℃でした。かなりアキアカネにとっては厳しい気象条件で、良く耐えるものだと思います。アキアカネの終見日なんかには感心が無かったので、今回、郡山で実際に調べてみて、こんなに遅くまで生き残こることに驚きました。


 


 







                   

阿武隈川のナゴヤサナエ(1)

 福島県におけるナゴヤサナエの生息地は、これまで浜通りの夏井川(いわき市)および中通りの阿武隈川流域にあって、約10か所の成虫、幼虫の確認地点があります。しかしこの中には河川改修や、原因は不明ですが、すでに姿が見られなくなった場所もあります。特に阿武隈川の生息地は最近記録が絶えぎ...