2020年10月18日日曜日

福島県のアカトンボ Ⅰ (マユタテアカネ、ムツアカネ、コノシメトンボ)

                    

福島県のアカトンボ(1)

福島県には14種のアカトンボ属が生息していましたが、このうちタイリクアカネの記録が近年絶えています。特に確実な発生地であった相馬市松川浦の生息地が東日本大震災の巨大津波で失われたことは決定的であったようにも思います。しかし、まだ可能性はあると信じて相馬市一帯の探索は続けたいと思います。一方、飛来種がほとんどないと思われていた福島県ですが、新たにスナアカネが時折飛来していることも明らかになってきました。今年も精力的にホソミモリトンボを調査されているO氏によれば、尾瀬で確認できたということです。広範囲に薄く飛来がみられるようなので、広い福島県内での確認はなかなか大変なのですが。

今回は秋も深まり、いよいよトンボの季節も終わりに近づいてきたことから、福島県で見られるアカトンボの写真をアップしていきたいと思います。しかし、いざ写真を探してみると意外に撮っていないことを改めて痛感することになってしまいました。ほとんどないのです。例えばナツアカネ、これは郡山市周辺でなぜか最近少なくなって、全くいなくはないのですが、同じような環境で産卵するノシメトンボが多産するのに対して、明らかに少なくなってしまったように思います。近間でどこに行けば撮れるかわからないといった具合です。今年度県内で撮影したアカトンボはほとんどありませんので、これまで県内で撮影できた分の中から写真を少しづつ掲載していきたいと思います。 

マユタテアカネ

今年かろうじて唯一撮っていたアカトンボです。主役として対象にしにくいトンボで、何かのついでにレンズを向けていたため、あまり撮っていませんでした。このアカトンボは水田地帯だと用水路のわきとか、山際の池でも、やや日陰の多い場所とかが生息地として認識していたのですが、結構明るいところが好きなんですね。撮影していて分かりました。体が小さくて温まりやすいのか、アキアカネなどの活動開始時間より早く活動を開始するようです。

雄は産卵域となる明るい池や湿地の縁に飛来して雌を待ちます。雄間で目まぐるしく飛び回って争いますが、すぐに決着がつき大騒ぎにはなりません。雌が産卵に飛来するとたちまち雄に捕まって連結状態になります。そしてわずか10秒ぐらいですが、雄はここで産卵してするんだぞ?と雌に言わんばかりに、雌を上下に緩やかに振って産卵を雌に促します(雌は産卵しませんが)。それが終わると、今度は急に激しく上下左右に雌と連結になったままその周囲を飛び回り、すぐ近くの草の葉や枯れ枝などに止まって交尾します。結構この交尾も敏感ですぐに飛び立ってしまいます。私は交尾時間を測ったことはありません。産卵は連結態でおこない、連結を解いた後に単独で産卵することも多いです。夕方、寝ぐらとなる雑木林の縁に集まって、多くの個体がマイコアカネと同じく交尾します。なのに、翌日産卵前にまた交尾する。不思議です。アキアカネは朝飛び出すと同時に連結態(一部は交尾する)となって産卵場所に飛来してから交尾して産卵しますから筋道がたちます。こうしてみるとマユタテアカネ一つとってもわからないことばかりです。

若い個体の交尾  2019. 8.2 南相馬市鹿島

           湿地に産卵するつま黒型の雌  2019. 9.20 大信村羽鳥

                                                                            
                                                        
 上2枚、2020. 9.30 大信村羽鳥 

ムツアカネ

福島県では桧枝岐村の尾瀬、会津駒ヶ岳山頂から知られていて、尾瀬では分布域が広くまた個体数が多いのも特徴です。会津駒ヶ岳の本種は実際には見ていないのでわかりませんが、個体数はそう多くはないのではと思います。会津駒ヶ岳から中門岳の稜線にある雪田・湿原に見られるそうなので、新潟県の平ヶ岳の場合と同じようですね。尾瀬は特別保護区が広いため、撮影には気を使います。重兵衛池や長池は特別区なので、撮影は問題ありませんが藪漕ぎしなければなりません。クマも何だか最近は多いですし、撮影に行く場合は少し緊張します。
                                         
                    深まる秋の重兵衛池 2019.10.2

                          
               羽化したての個体 2013.7.27  桧枝岐村長池

                     まだ若い個体の交尾 
               
         
   
          2枚とも完全に成熟した個体の産卵 2019. 10. 2 桧枝岐村重兵衛池

本種は前にも述べました通り、尾瀬から7キロ離れた標高700mあたりの桧枝岐川の脇に造成された池などにも見られ、考えられていた以上に積極的に移動を繰り返しているようです。産卵場所となる露出した土や有機物の堆積物からなる平坦で緩やかな傾斜を持つ池を河川沿いにつくれば本種を誘致できると思います。これはマダラナニワトンボでも同じです。行政は保護一辺倒でなく、いい加減、積極的に増殖や新たな生息地の創出を行ったらいいのではないでしょうかね。

コノシメトンボ
福島県では非常に生息地が限られています。このトンボは何ともつかみどころのないトンボで、本来、移動性が高く、一般に浜通り地方の暖かな地域に多いと考えていましたが、浜通りでも生息する池沼は極限られていて、個体数も多くはありません。また隣り合う一方の池には居て、他方には全くいないなど、変な選択性があります。そうかと思えば奥羽山系の標高700mにある別荘地の調整池に突然発生して、以後、毎年発生を繰り返している例など、どうもわかりません。県内産で確実に生息しているアカトンボで最も情報が少ない種だと言えます。
                           
                                           羽化後間もない雌 大信村羽鳥 2019. 9. 12
    
             ウォーミングアップ中の雄 大信村羽鳥 2019.9. 12 
                        
                                            夕日を浴びて休む雌 南相馬市 2017. 9,19 
                                                                   
                                                   交尾 
大信村羽鳥 2019.9. 12 
            
               
産卵 大信村羽鳥 2019.9. 12 
  
              
産卵飛翔 大信村羽鳥 2019.9. 12 


つづく


   




2020年10月1日木曜日

滅びゆくマダラナニワトンボ

 


老熟したマダラナニワトンボ雄 2020. 9. 30 会津若松市赤井谷地

 福島県におけるマダラナニワトンボの主な分布は現在、会津若松市、南会津町および昭和村から知られていますが、若干小規模な発生地が磐梯町にも点在しています。しかし本種はいずれの生息地でも、生息数が減少しており、特に磐梯町や会津若松市の生息地ではその傾向が著しくなっています。なかでも会津若松市の赤井谷地は発見当時、個体数が非常に多く、安定した生息地のように考えていました。しかしその後、急激にミズゴケが発達し、周辺部からヨシやハンノキが侵入してきて開放水面が年々縮小していきました。これが本種の個体数減少の最大の原因と考えられます。
 赤井谷地が国の天然記念物に指定されたのは古く1928年だと言います。しかし終戦後、周辺部に大規模に水田が作られ、赤井谷地の水は農業用水として利用されて急激に乾燥化が進みました。戦後間もなく米軍が数次にわたって全国を空撮していて、国土地理院のホームページからアーカイブとして閲覧することができます。それを見ると、終戦直後の最初の写真には赤井谷地の中央部にかなりの面積の池や多数の水たまり(多分このころすでに高層湿原化していたものと思われます)が確認できますが、数年後には消失しています。当時マダラナニワトンボは赤井谷地本体の湿原内部に相当数生息していたものと推察します。赤井谷地で本種が初めて発見された時には、すでに湿原本体から棲家を奪われ、最後に残った今の生息地に追いやられた姿だったのです。しかしこの最後の砦ももう間もなく失われ、本種は赤井谷地から姿を消す運命なのです。
 近年、会津若松市は周辺の開拓後放置されてた土地を買い上げ、取水を制限しつつ、湿原の乾燥化を防ぐ取り組みをおこなっていますが、あまりにも対応が遅すぎました。もうここまでくると湿原の変遷は止められません。
 現在も赤井谷地は国の天然記念物のままで、動植物の採取が禁止されています。さらにマダラナニワトンボは福島県のレッドデータで絶滅危惧Ⅰ類に指定され、「福島県野生動植物の保護に関する条例」によっても採集が禁止されています。したがって、2重に法の網がかかっているわけで、採集は絶対慎まなければなりません。
 私も最近の赤井谷地のマダラナニワトンボの発生状況は全くわかりませんでしたので、数年ぶりに現地での発生状況を見てきました。
                     
赤井谷地の発生地の景観 2020. 9. 30

 マダラナニワトンボが発生している湿地は予想をはるかに超えて乾燥化にともなうヨシと灌木類の侵入が進んでいました。また、水位が高い場所はミズゴケの繁殖が旺盛で、これも水域を減少させている原因になっているようでした。前に訪れた時あった開放水面はすでになく、わずかにヨシ原の内部に水面が見られたのみでした(写真 上)。以前、産卵が多数みられた場所はスゲ類の繁茂した草地に代わり、産卵適地は極めて限られていました。
 当日は快晴で絶好の観察日和でした。マダラナニワトンボ雄が湿地に飛来したのは11:20からで、気温は19.8°Cでした。その後、個体数が増えましたが、湿地の産卵域にはしばらく入らず、周辺の植物に定位していました。この間は水域に出ていくと、アキアカネやノシメトンボに追い払われていました。12:00前後からようやく雄は水域周辺に出てきて活発に活動するようになりました。この場合はノシメトンボと対等に対峙し、流動的ではありますが縄張りを張る個体がでてきました。一方11:45には多産するノシメトンボが産卵を開始しました。当日は以前この湿地に多産していたコバネアオイトトンボは全く観察時間中確認できませんでした。
                     
            多産するアキアカネはマダラナニワトンボと同じ時間に産卵が始まった

                ノシメトンボが産卵を始めた

 マダラナニワトンボの産卵は12:09にようやく観察されました。この時の気温は20.0°Cでした。産卵は12:50に終了して気温は19.7°Cでした。しかし、雄は結構見れる(といってもかつての数の1/10以下)のですが、産卵は1~2ペアが見られるのみで、この状況の産卵が継続しました。産卵していたペアが終始同一個体だったのかは確認していません。
 この観察結果は赤井谷地のマダラナニワトンボがただならぬ状況に追い込まれていることを示しています。予想よりかなり早く絶滅してしまうかもしれません。もちろん一日だけの観察では結論じみたことは言えません。天候が悪い日が続いていた当地では、前々日に晴れたため、一斉に産卵が起きたかもしれません(そうあってほしいと思いますが)。しかし、それにしても産卵が晴天のこの日1、2ペアというのはあまりにも少ない数です。いずれにせよ来期以降、本種の発生はより注視していく必要がありそうです。
                     
         当日は交尾を確認できませんでしたので、以前の写真をあげました
                                               





                                       
                         産卵飛翔、他に産卵するペアはみられない 
上7枚ともに
 2020. 9. 30 

 福島県で最初にマダラナニワトンボを確認したのは30年ほど前に磐梯町法正尻湿原一帯でした。このころはまだ個体数も多く、点在する湿地にはかなり広く本種が生息していました。ところが、この一帯はその後、県内有数のホウレンソウ生産地となって、潅水源を湿原に求め、大量の水が取水され続けました。このため急速に湿原が乾燥、縮小して現在は全く本種の姿は見られなくなりました。赤井谷地の例も同様ですが、地域の農業振興が原因で湿原の本来持つべき自然環境が短時間のうちに失われる例は結構多いのではないでしょうか。法正尻湿原は昭和49年に福島県の自然環境保全地域に指定されて湿性植物群落が保護されているにもかかわらず、結局は湿原の保全に死活問題である水を農業のためとはいえ取水されてしまうこと自体、この条例は有名無実の保護条例であったと言わざるを得ません。福島県にはこのほか昭和村の矢の原湿原に本種が生息していますが、ここも北岸部に堰が設けられていて、人為的な水位の調整が可能です。湿原周辺部に新たな農耕地の開発は今更ないとは思いますが、一応その可能性も頭に入れておく必要があると思います。

 
                    








アキアカネの配偶行動 (2)

  精子置換はいつおこなうか?  今のところ、新井論文が非常に的を得ているように思えました。このままではやはり妄想論でしかなかったことになってしまいます。そこで改めて、新井さんが述べておられる、ねぐらでのアキアカネの配偶行動を再度観察してみることにしました。           ...