2020年10月1日木曜日

滅びゆくマダラナニワトンボ

 


老熟したマダラナニワトンボ雄 2020. 9. 30 会津若松市赤井谷地

 福島県におけるマダラナニワトンボの主な分布は現在、会津若松市、南会津町および昭和村から知られていますが、若干小規模な発生地が磐梯町にも点在しています。しかし本種はいずれの生息地でも、生息数が減少しており、特に磐梯町や会津若松市の生息地ではその傾向が著しくなっています。なかでも会津若松市の赤井谷地は発見当時、個体数が非常に多く、安定した生息地のように考えていました。しかしその後、急激にミズゴケが発達し、周辺部からヨシやハンノキが侵入してきて開放水面が年々縮小していきました。これが本種の個体数減少の最大の原因と考えられます。
 赤井谷地が国の天然記念物に指定されたのは古く1928年だと言います。しかし終戦後、周辺部に大規模に水田が作られ、赤井谷地の水は農業用水として利用されて急激に乾燥化が進みました。戦後間もなく米軍が数次にわたって全国を空撮していて、国土地理院のホームページからアーカイブとして閲覧することができます。それを見ると、終戦直後の最初の写真には赤井谷地の中央部にかなりの面積の池や多数の水たまり(多分このころすでに高層湿原化していたものと思われます)が確認できますが、数年後には消失しています。当時マダラナニワトンボは赤井谷地本体の湿原内部に相当数生息していたものと推察します。赤井谷地で本種が初めて発見された時には、すでに湿原本体から棲家を奪われ、最後に残った今の生息地に追いやられた姿だったのです。しかしこの最後の砦ももう間もなく失われ、本種は赤井谷地から姿を消す運命なのです。
 近年、会津若松市は周辺の開拓後放置されてた土地を買い上げ、取水を制限しつつ、湿原の乾燥化を防ぐ取り組みをおこなっていますが、あまりにも対応が遅すぎました。もうここまでくると湿原の変遷は止められません。
 現在も赤井谷地は国の天然記念物のままで、動植物の採取が禁止されています。さらにマダラナニワトンボは福島県のレッドデータで絶滅危惧Ⅰ類に指定され、「福島県野生動植物の保護に関する条例」によっても採集が禁止されています。したがって、2重に法の網がかかっているわけで、採集は絶対慎まなければなりません。
 私も最近の赤井谷地のマダラナニワトンボの発生状況は全くわかりませんでしたので、数年ぶりに現地での発生状況を見てきました。
                     
赤井谷地の発生地の景観 2020. 9. 30

 マダラナニワトンボが発生している湿地は予想をはるかに超えて乾燥化にともなうヨシと灌木類の侵入が進んでいました。また、水位が高い場所はミズゴケの繁殖が旺盛で、これも水域を減少させている原因になっているようでした。前に訪れた時あった開放水面はすでになく、わずかにヨシ原の内部に水面が見られたのみでした(写真 上)。以前、産卵が多数みられた場所はスゲ類の繁茂した草地に代わり、産卵適地は極めて限られていました。
 当日は快晴で絶好の観察日和でした。マダラナニワトンボ雄が湿地に飛来したのは11:20からで、気温は19.8°Cでした。その後、個体数が増えましたが、湿地の産卵域にはしばらく入らず、周辺の植物に定位していました。この間は水域に出ていくと、アキアカネやノシメトンボに追い払われていました。12:00前後からようやく雄は水域周辺に出てきて活発に活動するようになりました。この場合はノシメトンボと対等に対峙し、流動的ではありますが縄張りを張る個体がでてきました。一方11:45には多産するノシメトンボが産卵を開始しました。当日は以前この湿地に多産していたコバネアオイトトンボは全く観察時間中確認できませんでした。
                     
            多産するアキアカネはマダラナニワトンボと同じ時間に産卵が始まった

                ノシメトンボが産卵を始めた

 マダラナニワトンボの産卵は12:09にようやく観察されました。この時の気温は20.0°Cでした。産卵は12:50に終了して気温は19.7°Cでした。しかし、雄は結構見れる(といってもかつての数の1/10以下)のですが、産卵は1~2ペアが見られるのみで、この状況の産卵が継続しました。産卵していたペアが終始同一個体だったのかは確認していません。
 この観察結果は赤井谷地のマダラナニワトンボがただならぬ状況に追い込まれていることを示しています。予想よりかなり早く絶滅してしまうかもしれません。もちろん一日だけの観察では結論じみたことは言えません。天候が悪い日が続いていた当地では、前々日に晴れたため、一斉に産卵が起きたかもしれません(そうあってほしいと思いますが)。しかし、それにしても産卵が晴天のこの日1、2ペアというのはあまりにも少ない数です。いずれにせよ来期以降、本種の発生はより注視していく必要がありそうです。
                     
         当日は交尾を確認できませんでしたので、以前の写真をあげました
                                               





                                       
                         産卵飛翔、他に産卵するペアはみられない 
上7枚ともに
 2020. 9. 30 

 福島県で最初にマダラナニワトンボを確認したのは30年ほど前に磐梯町法正尻湿原一帯でした。このころはまだ個体数も多く、点在する湿地にはかなり広く本種が生息していました。ところが、この一帯はその後、県内有数のホウレンソウ生産地となって、潅水源を湿原に求め、大量の水が取水され続けました。このため急速に湿原が乾燥、縮小して現在は全く本種の姿は見られなくなりました。赤井谷地の例も同様ですが、地域の農業振興が原因で湿原の本来持つべき自然環境が短時間のうちに失われる例は結構多いのではないでしょうか。法正尻湿原は昭和49年に福島県の自然環境保全地域に指定されて湿性植物群落が保護されているにもかかわらず、結局は湿原の保全に死活問題である水を農業のためとはいえ取水されてしまうこと自体、この条例は有名無実の保護条例であったと言わざるを得ません。福島県にはこのほか昭和村の矢の原湿原に本種が生息していますが、ここも北岸部に堰が設けられていて、人為的な水位の調整が可能です。湿原周辺部に新たな農耕地の開発は今更ないとは思いますが、一応その可能性も頭に入れておく必要があると思います。

 
                    








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