2024年1月31日水曜日

ミルンヤンマ、アオヤンマ、ネアカヨシヤンマ、そしてヤブヤンマの学名が変更になった!

(このブログはパソコンで読んでください。携帯では文字化け行づれが起こります。)
 先ごろ行われた日本トンボ学会で、トンボ界を代表する若い講演者がクイズ形式で最近のトンボ事情を面白おかしく発表されました。その中にミルンヤンマの学名変更の話があったような気がしました。あまり事の重大さを感じずにその時は終わってしまっていました。帰宅してからパソコンのメールを整理していたら、ロシアの Kosterin氏から別刷りが送られていたことに気が付きました。読んでみるとミルンヤンマの学名変更に関する論文でした!あ、これかっ、と。

 この論文は良くまあ、ここまで調べたものだと感嘆する内容です。結論から言えば、要は命名法に従うとこれまでのミルンヤンマ属 Planaeschna は Aeschnophlebia 属の subjective synonym (主観異名)となり、これによって従来のPlanaeschna 属の種は全てAeschnophlebia 属に移り(Kosterin、2023)、一方 Aeschnophlebia属に属していたアオヤンマ、ネアカヨシヤンマは分子系統分類学的に類似性が高いBrachytron 属に、それぞれ Brachytron longistigma (Selys, 1883)、Brachytron anisopterum (Selys, 1883) として移されたのです( Schneider et al. ,2023、国際命名規約によって赤の部分にスペルが変更されているので注意)。
  Kosterin氏が作成した新しいミルンヤンマ属の表を論文から抜粋して載せます。
 
               
                       KOSTERIN (2023)より 
                 表をクリックすると大きくなります

 この論文は戦後の昆虫界をけん引した、昆虫雑誌「新昆虫」に連載された朝比奈正二郎博士の
日本の蜻蛉(1957年) Kosterin氏が読んだことが発端となって作成されたようです。実は、これにはミルンヤンマの項で非常に興味深いことがらが記述されていたのです。
 1883年に de Selys Longchamps, E.は「日本のトンボ」という題目で67種のトンボを報告しています(Annls Soc. Ent, Belg. 27: 82-143.)。この論文では数種の新種の中にAeschnophlebia optata という♂のアオヤンマの仲間を記載しました。また同時に同属でアオヤンマとネアカヨシヤンマも新種として報告したのです。ということは日本にはその時点でアオヤンマ属のトンボが3種が居たことになります。A.optata は記載文からはその特長がつかめず、長らくトンボの研究者を悩ましました(時としてヨシヤンマなどの和名で呼ばれたりしました)。

 しかしこの問題は朝比奈博士が1953年にブリュッセルの博物館を訪れたことで氷解しました。Selysコレクションの中にあるoptata のタイプは何とミルンヤンマだったのです。ただそれによって起こる分類学的な処置まではさすがの博士も気が回らなかったようです。当時新な図鑑作りに奔走していた博士は日本産トンボリストから単にAeschnophlebia optataを削除することだけで分類学的な処置には手をつけることはなく終わってしまったのです。

 一方のミルンヤンマは同じ文献に、これも新種として Aeschna milnei の学名で記載されています。その後 McLachlan (1896) は A. milnei 1種のためにPlanaeschna 属(ミルンヤンマ属)を起こし、ここに A. milnei を移しました。これが今回の属名変更の火種(?)となりました。朝比奈博士があの時点でoptata をmilnei のシノニムとして処理していれば、Planaeschna 属は残ったと思います。
 Kosterin氏は 新昆虫を読んでAeschnophlebia optata Selys, 1883は Aeschna milnei Selys, 1883のシノニムであり、未だに処置されていないことに気が付いたようです。さらに Aeschna milnei はその後 Planaeschna 属に移されていますから、Aeschnophlebia optata は未だに有効種名として残った状態にありました。そこで、彼はこれらを命名法に従って処置したわけです。
  Planaeschna milnei McLachlan, 1896 と Aeschnophlebia optata Selys, 1883 は共にミルンヤンマですから、属名Aeschnophlebiaが先取権によって残り、Planaeschnaは消えることになります。milnei は Aeschnophlebia milnei (Selys, 1883)となって、 Aeschnophlebia optata Selys, 1883 がシノニムで消える処置がされました。ここでようやく、Selysが1883年に発表した日本のトンボの中のミルンヤンマ問題が解決したのです。

 ですが、Planaeschna 属のトンボが大挙して Aeschnophlebia 属に移ることはアオヤンマ属としてあったオヤンマ、ネアカヨシヤンマはどう扱うのかという問題が生じます。
 Selysの論文では optata はAeschnophlebia 属のタイプですから、アオヤンマとネアカヨシヤンマは他の属か新属を起こして移らなくてはなりません。しかし時期同じくしてSchneider et al. , (2023) が新たにヤンマ科の分子系統分類の研究をおこなって、オヤンマとネアカヨシヤンマを Brachytron 属に移す処置をしていました。何といいタイミングでしょうか。この Brachytron 属は B. pratense というのがヨーロッパに居て
(ちょうど♂はアオヤンマ、♀はネアカヨシヤンマを小さくしたような種です)、
朝比奈博士もかねて、この属とAeschnophlebia 属は関係が深くヨーロッパと極東における地域的な置換種であるようなことを述べていますから、まあ落ち着くところに落ち着いたわけです。
 このことから日本産ミルンヤンマ、アオヤンマさらにネアカヨシヤンマの学名は下のようになりました。この結果、再び文一出版「日本のトンボ」は改訂版を出す必要性がでてきたわけです。こうしょっちゅう学名変更が起きては買う側としてはたまりませんね。

2/3追記、 うっかり忘れていました。Schneider et al. , (2023) ではさらにヤブヤンマの属名 Polycanthagyna  Fraser, 1933 も 属名 Indaeshna Fraser, 1926 のシノニムとなり、日本のヤブヤンマは新たに Indaeshna melanictera となります。Indaeshna 属は東南アシアを主に5種知られています。    

ミルンヤンマ=Aeschnophlebia milnei (Selys, 1883
アオヤンマ= Brachytron longistigma (Selys, 1883)
ネアカヨシヤンマ= Brachytron anisopteum (Selys, 1883) 
ヤブヤンマ=Indaeshna melanictera ( Selys, 1883)


引用文献

朝比奈正二郎 (1957) 日本のトンボ 12. 新昆虫, 東京, 10(8): 49–55.
Selys Longchamps, E. (1883) Les Odonates du Japon. Annls Soc. Ent, Belg. 27: 
   82-143. 
Kosterin, O. E. (2023) Nomenclatural reconsideration of the genera  
   Aeschnophlebia Selys, 1883 and Planaeschna McLachlan, 1896 (Odonata,  
   Aeshnidae). Zootaxa, 5353 (5): 495–500.
Schneider, T., Vierstraete, A., Kosterin, O.E., Ikemeyer, D., Hu, F.-S., Snegovaya, N.  
   &  Dumont, H.J. (2023) Molecular phylogeny of Holarctic Aeshnidae with a focus  
   on the West Palaearctic and some remarks on its genera worldwide (Aeshnidae,
   Odonata). Diversity, 15: 950. https://doi.org/10.3390/d15090950


























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