2022年10月26日水曜日

Aeshna mixta の覚書Ⅱ

3 長距離集団移動

 本種は移動性が大きく、前項でも述べたようにスカンジナビア3国やイングランドなどには第2次大戦以降に、大陸から移動してきた個体群が定着したものですが、実は今でも本種のヨーロッパ大陸内の移動の実態は不明な部分が多いのです。しかし、断片的な観察事例はかなり蓄積しています。以下にその例を挙げてみたいと思います.

  まず、イングランドでの発生消長です。イングランド南部サセックスにあるサセックス生物多様性記録センターでは本種の発生消長を長年にわたって記録し続けています(こういう組織がイングランド全域にあるんですねー、結構活発な取り組みをおこなっています。関心のある方は sxbrc.org.uk/home を)。ここには詳細な記録があって、そのデータをお借りします。イングランド南部に位置するサセックス州の南東部は最初に大陸から A. mixta が飛来する地域で、現在も大量に飛来する事があるそうです。                     

                                                                   
 
1980年代にはわずか日当り1,2頭だった飛来数が10年後には5倍、さらに現在は最大で日当り35頭もの個体が記録されるに至っています。注目したいのは4、
6月にもわずかながら記録があることです。この時期には大陸北部ではまだ羽化はありませんから、これは確実に大陸南部~北アフリカあたりのテネラルな個体ではないでしょうか?1980年代のものはほとんどが大陸からの飛来だったと思います。国内で発生が増えることで個体数が増加しているのでしょうが、かなりの部分が大陸からの飛来が含まれていると思われます。
 Grunsven et al., (2020) は 2005年8月10年にフランスのブルターニュ半島先端から西北40km の大西洋上を航行していたフェリーにテネラルな本種♀が飛来したことを報告しています。また、Haak  (2019) はオランダ沿岸部の都市ミデルブルフにおける観察で多数の本種が公園に飛来し、摂食行動・休息を繰り返していたが、すぐにどこかに飛び去った。その飛行は指向性があって、一斉に行動していたと述べています。さらに、Dyatlova et al., (2008) はウクライナ南部の黒海沿岸のデルタにおいて2006年8月18日に推定で1km×40m当たり40000匹の♂成虫が集団飛翔をおこなっていたと報告しています。そして、ドナウ川デルタで発生するおびただしい本種が集団で北上するのではと推測しています。
                     
        ウクライナ黒海沿岸の草地に集まったA. mixta ♂の集団休息、 
Dyatlova et al., (2008) より

 これらに対して Samraoui et al., (1998) は北アフリカ、アルジェで A. mixta の移動を観察して、この地域では秋の産卵期まで山岳地帯で成熟前期間を数か月過ごすために大移動することを報じています。この生態は南ヨーロッパでも観察されています(まるでアキアカネですね)
 またヨーロッパ大陸内での本種の移動について大規模な調査を行った例もあります。 Knoblauch et al., (2021) は本種の発生地に一つであるラトビア沿岸部で鳥類の渡りを研究する巨大なネットを用いたトラップ施設を利用して、空中を移動する本種個体群を丸ごと捕獲、その消長や飛翔方向について調べるという、いかにも欧米人特有の実際的・実証主義的な研究をおこなっています。
  
                                    
巨大なHeligoland trap(高さ15m, 幅30m) 
                                                                 
                                       
トラップで捕獲されたトンボ類の捕獲消長(Knoblauch, 2032より)
 
 巨大トラップには主に4種のトンボが捕獲されたそうです(上の図)。これを見るとトンボの飛来はある日突然ワーっと大飛来があるのかと思っていたら、結構長期間にわたって決まった方向(このトラップは北に開口している)から飛来が続くのですねえ。ヨーロッパマダラヤンマ(上から2番目)の飛来は際立って個体数が多く、約20日ぐらい3つの大きなピークを作って飛来する事が示されています。各ピークの位置は多少ずれますが、だいたい4種とも同じ日に記録されているのも注目されます。

 さらに彼らは、これらの飛来状況と気象状況を調べたところ、唯一、気温との関係が認められ、風向、雲量、湿度などは関係性がほとんど無いことを報告しました。これは意外でした。風向とは関係がない?と。さらに図のような網のケージをもちいて、中でトンボを飛ばしトンボの向きに指向性があるのかを記録しました。その結果、この地域でヨーロッパマダラヤンマは南南東に飛ぶ飛行指向性がもともとあるのではとしています。こんな小さなケージ内で本当に記録できるほど中を飛ぶのかい?と思っていしまうのですが?つまり、トンボにはあらかじめ飛んでいく方向が生まれながらに決められていて、それは風向きなどに左右されず、渡り鳥のように本来の本能(私が勝手に妄想してます)で行動している可能性があるということなのでしょうか?
                     


 日本の研究者と違って、とにかく思ったことはやってみる主義の欧米の研究者らしいといえばそうなんですが。またそれらしくデータを一応出してしまうのがすごい。こんなこと日本人にはできないのではと思います。こんなことをやっている人もいます。超小型発信器をヨーロッパマダラヤンマに装着して羽化後の飛翔を追跡するものです。
                    
                        (Hardersen, 2007)より

 図のような25mgという超軽量の発信器を付けて羽化個体を飛ばし、探知範囲80mの受信機で追跡するというものです。(我々からすれば、羽化個体なんて一気に飛び去ってしまって、追跡なんか無理だと思うのですが)結果は、やはり一気に飛ばれ、追跡はできなかったとし、この方法でA. mixtaの羽化個体を追跡するには不適だったと述べています (Hardersen, 2007) 。当たりめーだ!と誰しも言うのですが、でもそうでもないのです。その後あきらめていない研究者たちは、これらの経験をもとに、上空数百m、幅1km、長さ、数キロの空域の小昆虫の飛翔を探知できるような専用の小型ミリ波レーダーを開発して観測を計画しているようですが、このコロナ禍で計画は中止になったようです。このレーダーは反射物の波長から科の識別が可能だという優れもので、今後の活躍が期待されているそうです。

つづく

                                                                 
























                              




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