2020年11月4日水曜日

休耕田とヒメアカネ

なかなか見つからないヒメアカネ 

福島県のヒメアカネは生息地が非常に限られていて、過去の記録を含めても10か所程度なのではないでしょうか。20年前ごろから本格的に減反政策が進められ、中山間地の水田が次々に廃田に追い込まれました。こうした水田は平地の水田とは異なり、水源を山からの湧き水を利用している場合がほとんどで、水路の管理がされなくなると、たちまち水田は湿地化して、数年後にはヤナギやハンノキが生えてきて、20年も全く手が入らなければに鬱蒼としたハンノキ林や低灌木の林に代わっていきます。

県内の安定した生息地はほとんどがミズゴケが繁茂する湿地、湿原で山地に多く見られます。時期を変えれば、ハッチョウトンボが同所に見られる場合が多いように思います。休耕田が各地に見られだすようになると、オゼイトトンボ、サラサヤンマ、エゾトンボ、ハッチョウトンボそして本種が決まって進出してきます。しかし、こうした新しい湿地も長くて10年程度しか生息地としてはもちません。いつの間にかヨシが生え灌木が繁茂し、あるいは草地化してトンボたちは姿を消してしまいます。一時的に本種の生息地は各地に増えたのですが、現在はその多くが消滅しています。

1999年8月に小野町在住の和尚さんG氏にいわき市内の本種発生地をご案内いただきました。生息地は幾分ミズゴケが繁茂してきたような山間の休耕田で、まだ若い個体が周辺の林縁部に多く、一部が交尾していました。この時は同時に阿武隈高地では稀なキマダラモドキを発見するなどの副産物もあって、チョウ好きのG和尚の笑顔が今でも忘れられません。私にはなつかしい思い出となっていました。今年、久しぶりに当地のヒメアカネはどうなっているのだろうと、訪れてみました。原発事故以降どうなっているのか全く分かりませんでしたので少々不安でもありました。 

       秋がすっかり深まりヒメアカネもいよいよ少なくなった10月下旬の生息地
   
                                                                               
                                   同様な田んぼが3枚続いていて、どれにも生息している

生息地は植生の変遷もなく、最初に見つかった時よりも丈の長い植物が全くない整然とした湿地にになっていました。不思議に思っていると、付近にいた農家の方が、この地域の休耕田は原発事故の補償対象で、その条件としてちゃんと管理されていなくてはならないそうです。だからこうやって年に何回か草を刈りはらって維持しているのだと教えてくれました。どうりで綺麗に草がないのかと合点しました。さらにその補償期間がそろそろ切れるので、その後は放棄されるとのこと。休耕田の発生地だったので、すでに変遷して林になっているのではと内心危惧していたのですが、原発事故の補償がこんな形で湿地を維持することになったとは。内心複雑な気持ちになりました。

この湿地の維持は人間の手にゆだねられていることなど、無関係のようにヒメアカネはその華憐な姿を今回も見せてくれました。この湿地はイノシシが入り込むため、その掘り返したあとに湧き水がたまり、本種の発生には申し分ない環境を作り出しているという、これまた皮肉な結果を招いています。

            枯草の上で休む成熟した雄 2020.10.4 いわき市小川              

                  同 胸部の黑帯が少し異なる雌

                      早々と交尾するペア
  
               イノシシの足跡にできた水溜まりに産卵するペア
                
                    連結態を解いて産卵飛翔する雌

                       単独産卵する雌

この生息地のヒメアカネ個体数はそれほど多くはありません。良く、個体密度が高いとライバル雄がすぐに交尾するため、それを回避するために交尾を終えた雄は連結したまま産卵を促すと言います。ここでは密度が低くとも、産卵は交尾したペアが連結して産卵します。一見、単独産卵している個体が見られますが、観察していると、連結産卵をおこなった全てのペアは早々に分離して、雌は単独で産卵を続けました。ヒメアカネの翅は非常に薄く華奢で、長時間連結産卵するにはやや力不足の感があり、雄は産卵中にすぐ疲れて止まります。アキアカネのように長時間連結産卵するようなペアは見られませんでした。もっとも、単独産卵している雌は雄に捕まり、また交尾することも頻繁にありました。この種は連結産卵が苦手なのかも知れません。長時間連結産卵して確実に雄の遺伝子が次世代に受け継がれていくよりも、短時間のうちに、単独の産卵の雌が次々に新な雄と交尾して、多くの異なった遺伝子が拡散していくことが、この種にとって最も大事な配偶戦略の意義なのかもしれません。

この半ば意図せずに保護されている湿地には11月上旬まで、たくましく生きるヒメアカネが見られます。今後、草刈の管理がされない状況になった時、どのように生息地が変わっていくのか今後も見守り続けたいと思います。









                          










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