野外における越冬場所
これまで述べてきた内容は構造物への越冬を観察したもので、自然状態ではどうなのかぜひとも知りたいと思っていました。しかし、なかなか実態が分からず、多くの方々が苦戦しているのと同じく、自然状態での越冬は私も観察したことがありません。越冬が始まる寸前までは姿を追えるのですが、ある時期から忽然と姿を消すのです。ものの本には樹皮の間で越冬すると記されていますし、事実、コウチュウ屋さんが冬季間の朽木採集を行う中で、オツネントンボが出てきたというものがネットにあったりします。林の倒木などには特に注意しているのですがみつかりません。越冬直前、かなりの個体が集まる農地がありました。周辺には雑木林があるのみで、斜面に岩肌が露出した崖はありません。雑木林には立ち枯れはありますが倒木はほとんどなく、まして林縁部には越冬しそうな場所はみあたらないのです。下の写真は2017年11月3日の写真です。ちょうど雑木林とは反対方向の景観になります。ほとんどの個体が丈の低い単子葉植物の枯れた茎に静止していました。一時はこのまま越冬してしまうのかと思いました。しかし例によって、いつの間にか全く姿をみることができなくなりました。
本種はヨーロッパから中央アジアそして東アジアに広く分布しますが、オランダではその越冬生態が良く調べられています。以下はR. Manger & N.J. Dingemanse (2007)や R. Ketelaar at. al ( 2007) の報告です。オランダでの生態はさすがに地形的な条件が日本とは全く違う、大平原内の湿地帯が発生地で、越冬地は周辺のヒースの草原や森です。越冬は丈の低い単子葉植物の葉や茎に体を密着させたままおこなわれます。日本よりかなり高緯度にあることで、越冬開始時期は示された図をみると、日本より早い10月10日前後ではないかと推察されます。さらに新成虫は発生地から広く分散するけれども、9月から10月にかけて再び発生地周辺に集まり越冬するように見えます。なんかこのあたりは日本での生態にも合致しています。ただ越冬終了時の死亡率は50%を越えるほど高く、年明けから越冬終了時にかけて死亡率が高くなっていくようです。この原因は、調査がマーキング虫の逐次放飼放法を用いているので、この時期では生きているが落下して雪でみえなくなってしまう個体もあるなど、再捕獲数の低下の影響もあると思います。そのほか越冬は個々が吹き曝しの原野でもろに外気に曝される状態の越冬なため死亡率が、須賀川市の石の間に密集して越冬するケースとは異なるのかも知れません。これらの論文はネットで見ることができます。
この様にオランダでの越冬場所については須賀川市の例とはかなり異なることが分かりました。須賀川市や郡山市での観察において集団越冬がなかなか見つからない事実や、越冬直前までオランダの例のようにエノコログサなどの丈の低い単子葉植物の枯茎や葉に体を密着させて夜を越すことを考えると、もしかすると、日本でも基本的には発生地(繁殖行動をおこなった)周辺に再び集まって、こうした枯れた下草で越冬するのが本来の本種の越冬する姿だとする考えもあり得るのかも知れません。
オツネントンボの集団越冬を観察しやすい場所の1つご紹介しましょう。でも確実ではありませんので、あしからず。丘陵地にあるお墓がポイントになります。10月下旬、南向きの墓地内を歩き回ってオツネントンボが集まる場所を見つけます。これが最も大切です。冬期間に集団越冬地を見つけられる可能性が高いです。冬季に石垣や石の門など隙間がある場所を丹念に見ていくと案外見つけることができます。下は同様のお墓で見つけたオツネントンボの集団越冬です。
斜面に造成された墓地、10月下旬には多数のオツネントンボが飛び交う わずかな隙間に20頭以上が重なって越冬中