2020年12月16日水曜日

オツネントンボの不思議な生態 その3

 野外における越冬場所

 これまで述べてきた内容は構造物への越冬を観察したもので、自然状態ではどうなのかぜひとも知りたいと思っていました。しかし、なかなか実態が分からず、多くの方々が苦戦しているのと同じく、自然状態での越冬は私も観察したことがありません。越冬が始まる寸前までは姿を追えるのですが、ある時期から忽然と姿を消すのです。ものの本には樹皮の間で越冬すると記されていますし、事実、コウチュウ屋さんが冬季間の朽木採集を行う中で、オツネントンボが出てきたというものがネットにあったりします。林の倒木などには特に注意しているのですがみつかりません。越冬直前、かなりの個体が集まる農地がありました。周辺には雑木林があるのみで、斜面に岩肌が露出した崖はありません。雑木林には立ち枯れはありますが倒木はほとんどなく、まして林縁部には越冬しそうな場所はみあたらないのです。下の写真は2017年11月3日の写真です。ちょうど雑木林とは反対方向の景観になります。ほとんどの個体が丈の低い単子葉植物の枯れた茎に静止していました。一時はこのまま越冬してしまうのかと思いました。しかし例によって、いつの間にか全く姿をみることができなくなりました。               

 本種はヨーロッパから中央アジアそして東アジアに広く分布しますが、オランダではその越冬生態が良く調べられています。以下はR. Manger & N.J. Dingemanse (2007)や R. Ketelaar at. al ( 2007) の報告です。オランダでの生態はさすがに地形的な条件が日本とは全く違う、大平原内の湿地帯が発生地で、越冬地は周辺のヒースの草原や森です。越冬は丈の低い単子葉植物の葉や茎に体を密着させたままおこなわれます。日本よりかなり高緯度にあることで、越冬開始時期は示された図をみると、日本より早い10月10日前後ではないかと推察されます。さらに新成虫は発生地から広く分散するけれども、9月から10月にかけて再び発生地周辺に集まり越冬するように見えます。なんかこのあたりは日本での生態にも合致しています。ただ越冬終了時の死亡率は50%を越えるほど高く、年明けから越冬終了時にかけて死亡率が高くなっていくようです。この原因は、調査がマーキング虫の逐次放飼放法を用いているので、この時期では生きているが落下して雪でみえなくなってしまう個体もあるなど、再捕獲数の低下の影響もあると思います。そのほか越冬は個々が吹き曝しの原野でもろに外気に曝される状態の越冬なため死亡率が、須賀川市の石の間に密集して越冬するケースとは異なるのかも知れません。これらの論文はネットで見ることができます。

 この様にオランダでの越冬場所については須賀川市の例とはかなり異なることが分かりました。須賀川市や郡山市での観察において集団越冬がなかなか見つからない事実や、越冬直前までオランダの例のようにエノコログサなどの丈の低い単子葉植物の枯茎や葉に体を密着させて夜を越すことを考えると、もしかすると、日本でも基本的には発生地(繁殖行動をおこなった)周辺に再び集まって、こうした枯れた下草で越冬するのが本来の本種の越冬する姿だとする考えもあり得るのかも知れません。

  オツネントンボの集団越冬を観察しやすい場所の1つご紹介しましょう。でも確実ではありませんので、あしからず。丘陵地にあるお墓がポイントになります。10月下旬、南向きの墓地内を歩き回ってオツネントンボが集まる場所を見つけます。これが最も大切です。冬期間に集団越冬地を見つけられる可能性が高いです。冬季に石垣や石の門など隙間がある場所を丹念に見ていくと案外見つけることができます。下は同様のお墓で見つけたオツネントンボの集団越冬です。            

           斜面に造成された墓地、10月下旬には多数のオツネントンボが飛び交う     

            わずかな隙間に20頭以上が重なって越冬中

 



                         


















2020年12月8日火曜日

オツネントンボの不思議な生態 その2

越冬に入る時期はいつか? 

 何年か門柱で集団越冬するオツネントンボを見ていると、自ずと越冬する時期はどうやって決まるのか?なぜ1か所に集中するのか?等々、気になることがたくさん出てきました。そこで、越冬が始まる時期を最初に調べてみることにしました。浄水場の職員の方々に許可を受けたうえで、門柱の脇に自記温度計を置かせてもらいました。それまでに門柱に入るのは11月に入ってからでしたので、それ以前、9月下旬から温度を記録し、10月下旬からはほぼ毎日、職場からの帰りによって、越冬の有無を確認し、越冬が始まれば毎日11月いっぱい、越冬個体の数を数えました。

 一方、それまでの観察で、春から夏にかけてはこの越冬場所周辺には全くオツネントンボの姿はありませんでした。いつから姿がみられだすのか、これはぜひ調べる必要があります。そこで8月第3週目から門柱の30m手前から1週間ごとにあみを振りながら門柱まで歩いて、飛び出した個体を数えました。その結果、2007年は越冬場所になる門柱周辺には9月第1週から飛来することが分かりました。飛来個体数は10月第2週までは緩るやかな増加でしたが、第3週から第4週にかけて急激に増加しました。個体数は第4週をピークに以後、減少しました。この時期が越冬開始時期になるわけです。2013年の場合は少し異なり、初飛来はいきなり10頭を数え、ピークは2007年にくらべ1週遅れました。このことから、年によって個体数やそのピーク時期は若干異なりますが、越冬個体は徐々に門柱周辺に集まり、待機しているようです。気温との関係は気温が低下することで、越冬場所への移動が誘発されるようにも思えます(下図)。

 次に越冬開始日が一体何の要因で決まるのかを気温との関係で見てみました。1997、2013年のデータでみると、平均気温と個体数の推移でははっきりした関係が見られず、むしろ越冬はだらだらと起きていて、越冬開始は11月4~7日で、ほぼ越冬終了は11月下旬あたりということになりました(下図)。気温以外に要因がありそうに思いました。また越冬場所に入っても、出入りが結構あって、入ったらおしまいというわけではなさそうです。実際、気温が1、2℃であっても好天の日などは越冬場所から這い出て飛び立つ個体も観察しています。
                       

 このように、いつ越冬が始まるのかについて気温との関連性について検討しましたが、どうやら要因は別にありそうなことがわかりました。そこで、今度は日長との関係に目をむけてみました。何か指標になりそうなものを当たりましたが、太陽高度が思い当たりました。ネットにそのデータがでてますので、それを利用します。越冬時期の太陽高度をグラフ化して各年度ごとの越冬開始時の太陽高度を見てみると、だいたい調査地のある須賀川市の場合は太陽高度が40度であることがわかりました。太陽高度が40度を越冬開始の目安にするなら緯度が異なる旭川だと越冬開始時期は10月初旬になります(下図)。はたしてこの考え方が使えるでしょうか? 
                      

 観察から、いっぺんに越冬場所に入らないことがわかりましたので、どのような入り方をするのかを越冬開始直後と中ごろに時期を分けて、その日周行動を調べてみました。その結果、越冬開始直後は気温が高く、門柱に飛来した延個体数は中ごろに比べ約1/5でしたが、越冬場所に潜り込んだ個体は27%でした。一方、中ごろの延飛来数に占める越冬個体の割合は逆に11%に低下しました。気温がさらに低下したにもかかわらず、飛来数は増え、越冬する割合は低下する不思議な現象です。さらに両時期でも越冬する個体はお昼ごろに集中することがわかり、さらに時期が遅れると越冬開始時間が午後にずれ込むことがわかりました。調査例が少ないので、何とも言えませんが気温との関係が示唆されそうです(下図)。
 しかし、なぜ、この門柱にオツネントンボの飛来が集中するのでしょうか?これが最も興味あることがらです。カメムシやテントウムシにみられるような集合フェロモンが介在しているのでしょうか?そこで門柱にどのように飛来してくるのかを見てみました。門柱を高さごとに区切って、最初に接地する場所を観察しました。その結果、下の表のように門柱の上の部分ほど飛来数が多いことが分かりました。もしかして、トンボは熱感知能力があるのかと思い、門柱をサーモグラフィーで撮影してみました。確かに上部ほど温度が高いことが確認されました(下図)。しかしそんな熱を感知する感覚器があるのでしょうか?聞いたことがありません。
 門柱に飛来するオツネントンボはまっすぐに飛んで来ます。もし熱感知センサーがあるなら頭部ではないかと考え、頭部を走査電顕で撮影してみました。こんな複雑な顔してるんですね。びっくりしました。とてもこの中からこれだ!とする部位をみつけることは難しそうです。ただ、他のアオイトトンボ属なんかにはないものがありました(写真1,2)。周辺のものとはちょっと異なる感じがします。まあ、こんなのがあることはわかったのですが、その機能がわかりませんから、ここから先は電気生理学の世界でお手上げということになってしまいました。
                写真1 オツネントンボの頭部単眼の左半分

             写真2 頭部上部付近にある構造体緩やかな窪みになっている

 越冬個体は春になり気温が上昇すれば眠りから覚め、越冬場所から飛び立っていくでしょう。この時期を確かめました。その結果、須賀川市の越冬場所では3月中旬が越冬から覚め、飛び出していく時期であり、越冬個体は下旬にほとんど飛び去ることが分かりました(下図)。 
                    

 ほかに、越冬個体の性比、死亡率および越冬終了時の体重の減少率なども調べました。性比はともかく、越冬終了時の死亡率はオランダの例*ほど高くありませんでした。もっとも寒さが違いすぎますか。体重の減少率はかなり大きいように思います。きびしい冬を乗り越えるにはこのエネルギー消費は不可欠なのでしょう。

*Manger, R. & Dingemanse, N. J. (2009 )Odonatologica. 3855-59 .

つづく。















2020年12月3日木曜日

オツネントンボの不思議な生態 その1


                2018.6.29 会津若松市湊町

   オツネントンボは福島県で全域で見られる普通種ですが、地味な色彩などからそれほど目立つトンボではありません。しかし、このトンボは知れば知るほど、その不思議な生態に引き込まれます。上の写真の個体は翅の表面や体表が、けば立って曇ったようになった越冬個体です。厳しい冬を生き延び、春の訪れとともに繁殖行動をおこなって、今ようやく彼の命は燃え尽きようとしているのかも知れません。写真の個体は羽化が最も遅い時期(福島では9月上旬に羽化を確認したことがある)におこなわれたとしても、成虫でこれまで10か月も生き続けていることになります。これ自体がすごいことだと思います。

                  交尾 2020. 5 天栄村羽鳥

                       産卵 同上

 本種は中通り地方では4月下旬から水辺に飛来するようになり、すぐに配偶行動を行います。配偶行動は田植え時期(5月中旬)ころにピークを迎え、以後、水辺からは急速に姿を消します。一方、孵化幼虫の成長は早いようで、新成虫が7月下旬には確認できます。羽化個体が多くなるのは8月に入ってからです。7月下旬は生き残りの越冬個体と新成虫が見られるのですがそれぞれが生息する場所は違います。越冬個体は水辺の近くにいて、最も水域にでてくることは少ないのですが。一方、新成虫はというと、広範囲に移動分散するので、水辺ではすぐに見られなくなってしまいます。羽化後、水域から離れた個体はかなり離れた丘陵地の畑や林の周囲に移動し、そこに定着して越冬に備えます。この移動はかなり標高の高い山地帯でも観察されることがあります。以前広野町の標高600mほどの尾根にあるモミの森の中にできた空き地に集団でみられたケースがあります。ここは山深く、鬱蒼としたアオタマムシの生息地でした。また、喜多方市山都のブナの樹林帯でも本種の越冬前個体を確認したこともあります。このことから一部の個体(相当数と予想します)は越冬前に積極的に山を登る可能性があるように思えます。

              夜を過ごしたイネ科植物で小雨の朝を迎える。尾の先に水滴がついている 2018.10    

 30年ほど前、あるきっかけで本種の集団越冬を観察する機会があり、この場所ではその後10数年間、毎年同様な集団越冬を観察することができました。たまたま、私の職場も近かったので、少々観察してみることにしました。この場所は村営の浄水場で、その門柱に積み重なったスレート状の化粧石の下に潜り込んでいました。多い年には100頭が集団で越冬することもありました。当地は標高が700mで周辺はブナやミズナラの森に囲まれています。本来本種が発生している水域は1km以上下った水田地帯です。どうしてここに毎年、集まって越冬するのか、不思議でなりませんでした。越冬場所はスレート状の石と門柱との間にできた1cmにも満たない隙間で、ここにテントウムシやカメムシ類と一緒に越冬しているのです。

                                                                

                                    旧岩瀬村浄水場の門柱で集団越冬するのがみつかった

           門柱の上に積み重ねられた化粧石の下で越冬中

 毎年、いつ越冬が始まり、終わるのかその間の移動はあるのか、さらにどのように門柱に集まるのか等々、少しずつ調べていきました。以下の掲載は以前トンボ学会で口頭発表したものに、その後得た新たな知見を加えたものです。


つづく。


アキアカネの配偶行動 (2)

  精子置換はいつおこなうか?  今のところ、新井論文が非常に的を得ているように思えました。このままではやはり妄想論でしかなかったことになってしまいます。そこで改めて、新井さんが述べておられる、ねぐらでのアキアカネの配偶行動を再度観察してみることにしました。           ...