2020年12月8日火曜日

オツネントンボの不思議な生態 その2

越冬に入る時期はいつか? 

 何年か門柱で集団越冬するオツネントンボを見ていると、自ずと越冬する時期はどうやって決まるのか?なぜ1か所に集中するのか?等々、気になることがたくさん出てきました。そこで、越冬が始まる時期を最初に調べてみることにしました。浄水場の職員の方々に許可を受けたうえで、門柱の脇に自記温度計を置かせてもらいました。それまでに門柱に入るのは11月に入ってからでしたので、それ以前、9月下旬から温度を記録し、10月下旬からはほぼ毎日、職場からの帰りによって、越冬の有無を確認し、越冬が始まれば毎日11月いっぱい、越冬個体の数を数えました。

 一方、それまでの観察で、春から夏にかけてはこの越冬場所周辺には全くオツネントンボの姿はありませんでした。いつから姿がみられだすのか、これはぜひ調べる必要があります。そこで8月第3週目から門柱の30m手前から1週間ごとにあみを振りながら門柱まで歩いて、飛び出した個体を数えました。その結果、2007年は越冬場所になる門柱周辺には9月第1週から飛来することが分かりました。飛来個体数は10月第2週までは緩るやかな増加でしたが、第3週から第4週にかけて急激に増加しました。個体数は第4週をピークに以後、減少しました。この時期が越冬開始時期になるわけです。2013年の場合は少し異なり、初飛来はいきなり10頭を数え、ピークは2007年にくらべ1週遅れました。このことから、年によって個体数やそのピーク時期は若干異なりますが、越冬個体は徐々に門柱周辺に集まり、待機しているようです。気温との関係は気温が低下することで、越冬場所への移動が誘発されるようにも思えます(下図)。

 次に越冬開始日が一体何の要因で決まるのかを気温との関係で見てみました。1997、2013年のデータでみると、平均気温と個体数の推移でははっきりした関係が見られず、むしろ越冬はだらだらと起きていて、越冬開始は11月4~7日で、ほぼ越冬終了は11月下旬あたりということになりました(下図)。気温以外に要因がありそうに思いました。また越冬場所に入っても、出入りが結構あって、入ったらおしまいというわけではなさそうです。実際、気温が1、2℃であっても好天の日などは越冬場所から這い出て飛び立つ個体も観察しています。
                       

 このように、いつ越冬が始まるのかについて気温との関連性について検討しましたが、どうやら要因は別にありそうなことがわかりました。そこで、今度は日長との関係に目をむけてみました。何か指標になりそうなものを当たりましたが、太陽高度が思い当たりました。ネットにそのデータがでてますので、それを利用します。越冬時期の太陽高度をグラフ化して各年度ごとの越冬開始時の太陽高度を見てみると、だいたい調査地のある須賀川市の場合は太陽高度が40度であることがわかりました。太陽高度が40度を越冬開始の目安にするなら緯度が異なる旭川だと越冬開始時期は10月初旬になります(下図)。はたしてこの考え方が使えるでしょうか? 
                      

 観察から、いっぺんに越冬場所に入らないことがわかりましたので、どのような入り方をするのかを越冬開始直後と中ごろに時期を分けて、その日周行動を調べてみました。その結果、越冬開始直後は気温が高く、門柱に飛来した延個体数は中ごろに比べ約1/5でしたが、越冬場所に潜り込んだ個体は27%でした。一方、中ごろの延飛来数に占める越冬個体の割合は逆に11%に低下しました。気温がさらに低下したにもかかわらず、飛来数は増え、越冬する割合は低下する不思議な現象です。さらに両時期でも越冬する個体はお昼ごろに集中することがわかり、さらに時期が遅れると越冬開始時間が午後にずれ込むことがわかりました。調査例が少ないので、何とも言えませんが気温との関係が示唆されそうです(下図)。
 しかし、なぜ、この門柱にオツネントンボの飛来が集中するのでしょうか?これが最も興味あることがらです。カメムシやテントウムシにみられるような集合フェロモンが介在しているのでしょうか?そこで門柱にどのように飛来してくるのかを見てみました。門柱を高さごとに区切って、最初に接地する場所を観察しました。その結果、下の表のように門柱の上の部分ほど飛来数が多いことが分かりました。もしかして、トンボは熱感知能力があるのかと思い、門柱をサーモグラフィーで撮影してみました。確かに上部ほど温度が高いことが確認されました(下図)。しかしそんな熱を感知する感覚器があるのでしょうか?聞いたことがありません。
 門柱に飛来するオツネントンボはまっすぐに飛んで来ます。もし熱感知センサーがあるなら頭部ではないかと考え、頭部を走査電顕で撮影してみました。こんな複雑な顔してるんですね。びっくりしました。とてもこの中からこれだ!とする部位をみつけることは難しそうです。ただ、他のアオイトトンボ属なんかにはないものがありました(写真1,2)。周辺のものとはちょっと異なる感じがします。まあ、こんなのがあることはわかったのですが、その機能がわかりませんから、ここから先は電気生理学の世界でお手上げということになってしまいました。
                写真1 オツネントンボの頭部単眼の左半分

             写真2 頭部上部付近にある構造体緩やかな窪みになっている

 越冬個体は春になり気温が上昇すれば眠りから覚め、越冬場所から飛び立っていくでしょう。この時期を確かめました。その結果、須賀川市の越冬場所では3月中旬が越冬から覚め、飛び出していく時期であり、越冬個体は下旬にほとんど飛び去ることが分かりました(下図)。 
                    

 ほかに、越冬個体の性比、死亡率および越冬終了時の体重の減少率なども調べました。性比はともかく、越冬終了時の死亡率はオランダの例*ほど高くありませんでした。もっとも寒さが違いすぎますか。体重の減少率はかなり大きいように思います。きびしい冬を乗り越えるにはこのエネルギー消費は不可欠なのでしょう。

*Manger, R. & Dingemanse, N. J. (2009 )Odonatologica. 3855-59 .

つづく。















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