オツネントンボは福島県で全域で見られる普通種ですが、地味な色彩などからそれほど目立つトンボではありません。しかし、このトンボは知れば知るほど、その不思議な生態に引き込まれます。上の写真の個体は翅の表面や体表が、けば立って曇ったようになった越冬個体です。厳しい冬を生き延び、春の訪れとともに繁殖行動をおこなって、今ようやく彼の命は燃え尽きようとしているのかも知れません。写真の個体は羽化が最も遅い時期(福島では9月上旬に羽化を確認したことがある)におこなわれたとしても、成虫でこれまで10か月も生き続けていることになります。これ自体がすごいことだと思います。
交尾 2020. 5 天栄村羽鳥産卵 同上
本種は中通り地方では4月下旬から水辺に飛来するようになり、すぐに配偶行動を行います。配偶行動は田植え時期(5月中旬)ころにピークを迎え、以後、水辺からは急速に姿を消します。一方、孵化幼虫の成長は早いようで、新成虫が7月下旬には確認できます。羽化個体が多くなるのは8月に入ってからです。7月下旬は生き残りの越冬個体と新成虫が見られるのですがそれぞれが生息する場所は違います。越冬個体は水辺の近くにいて、最も水域にでてくることは少ないのですが。一方、新成虫はというと、広範囲に移動分散するので、水辺ではすぐに見られなくなってしまいます。羽化後、水域から離れた個体はかなり離れた丘陵地の畑や林の周囲に移動し、そこに定着して越冬に備えます。この移動はかなり標高の高い山地帯でも観察されることがあります。以前広野町の標高600mほどの尾根にあるモミの森の中にできた空き地に集団でみられたケースがあります。ここは山深く、鬱蒼としたアオタマムシの生息地でした。また、喜多方市山都のブナの樹林帯でも本種の越冬前個体を確認したこともあります。このことから一部の個体(相当数と予想します)は越冬前に積極的に山を登る可能性があるように思えます。
夜を過ごしたイネ科植物で小雨の朝を迎える。尾の先に水滴がついている 2018.10
30年ほど前、あるきっかけで本種の集団越冬を観察する機会があり、この場所ではその後10数年間、毎年同様な集団越冬を観察することができました。たまたま、私の職場も近かったので、少々観察してみることにしました。この場所は村営の浄水場で、その門柱に積み重なったスレート状の化粧石の下に潜り込んでいました。多い年には100頭が集団で越冬することもありました。当地は標高が700mで周辺はブナやミズナラの森に囲まれています。本来本種が発生している水域は1km以上下った水田地帯です。どうしてここに毎年、集まって越冬するのか、不思議でなりませんでした。越冬場所はスレート状の石と門柱との間にできた1cmにも満たない隙間で、ここにテントウムシやカメムシ類と一緒に越冬しているのです。
旧岩瀬村浄水場の門柱で集団越冬するのがみつかった 門柱の上に積み重ねられた化粧石の下で越冬中
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