かわいらしいハッチョウトンボ Nannophya koreana Bae, 2020
ハッチョウトンボは時折新聞に登場しては話題を振りまくなど、意外にこのトンボの名前を知っている方は多いのではないでしょうか。なにしろ小さくて可愛い姿は、初めて見る人にとって、深く印象づけられることでしょう。福島県では全県下に、海岸近くから高山の湿原まで広く分布していますが、生息地はむしろ限られるように思います。
繁殖域である開放水面から離れて活動する若い雄 (29/6/2018, 会津若松市)ほぼ成熟した雌
福島県では6月上旬から8月下旬までが成虫の発生期で、生息地での個体数は多く、発生中期の7月下旬には未熟から成熟した個体まで入り混じって観察されます。県内におけるハッチョウトンボはいろいろな環境の湿地に生息しますが、中でも長年にわたって湿地の環境が保たれているミズゴケ湿原・湿地では毎年安定した個体群を観察することができます。
本種は体がわずか体長が20mm程度で、活動域も狭く、観察エリアはコンパクトにまとまっていています。この中で、多くのトンボ類に共通する生態をいっぺんに見ることができます。
とっておきの本があります。少し古い本ですが、東和敬・生方秀紀・椿宜高氏による「トンボの繁殖システムと社会構造」(東海大学出版会)という本があって、この中にハッチョウトンボの生態について研究された内容が詳しく紹介されています。実は今日、私たちが知ることができるハッチョウトンボの生態は、この本に全て解説してあると言っても過言ではないのです。
本の中でハッチョウトンボを担当した椿さん(元京大教授)によると、
1 本種の雄は朝8~9時頃水域にやって来て、縄張りをはる。
2 雌は晴れた日の12時をピークに水域に飛来する。
3 縄張りを張る雄と縄張りを持たない雄(非縄張り雄)が居る。
4 体の大きい個体が縄張りを独占する。
5 縄張りは決まった場所に形成される。
6 縄張りはランクがあって、上位ほど体の大きな雄が占める。
7 上位の縄張り場所ほど占有者の入れ変えが激しい。
8 下位の縄張り場所ほど 自発的放棄が多い。
9 上位の縄張り場所ほど交尾頻度が非常に高い。
10 上位の縄張り場所ほど非縄張り雄の侵入が多い。
11 非縄張り雄は上位縄張り場所に積極的に侵入して縄張り雄の眼を盗んで交尾する。
12 縄張りの乗っ取りはより若く大きな雄によっておこなわれる。
13 大きな雄ほど交尾回数が多い。
14 雌の産卵場所の選定は縄張り上位の場所と一致する。
15 雄の産卵警護行動は雌の縄張り内からの飛び去り防止の意味が強い。
と、ハッチョウトンボの配偶行動がそれぞれ詳細に解説されています。これを読むと、ハッチョウトンボの撮影をしていて、思い当たる事柄がたくさんあります。ああ、これが椿さんたちが述べていた非縄張り雄たちなんだな、とか。この場所での交尾は縄張りを持たない雄がうまいことやったのだな、とか。
この本はトンボ類の生態で重要な部分を占める配偶行動について、多くの示唆を与える内容になっています。特にこのハッチョウトンボの部分は、他のトンボ類の研究や観察をする際の参考になるものです。さらに他の章も非常に重要なことがらを含んで、トンボなのに、なぜか私たちの生活や社会のそれとだぶって見えてしまうのは私だけの印象でしょうか。
この本は特に若い方々にぜひ読んでもらいたいと思います。内容的に難しい部分もあるのですが、参考文献と付け合わせして読破して欲しいと思います。
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