ヨーロッパマダラヤンマ(とりあえず仮称で)の生態について整理する
以前述べたロシアの研究者たちの論文では、日本産マダラヤンマと欧州産マダラヤンマの違いを、形態と生態さらに遺伝的な面から、それまでの欧州での研究例を多数引用しながら詳細に比較検討しています。改めてそれらを見ると、今更ながらヨーロッパの研究者・同好者たちの物にとらわれない自由な発想の下、観察・研究に取り組むその情熱には正直驚かずにはいられません。
マダラヤンマの生態については、まだまだ分からない点が多くあります。例えば羽化後の成虫の行動などはほとんど分かっていませんし、♀の交尾・産卵の時期がどうして♂の出現時期と大きく隔たるのかなど、さらに北海道と本州の生息地が緯度的に大きく隔たるにもかかわらず、出現時期がほぼ同じであり、一部では北海道が本州よりも逆に1ヶ月近く早まることなどが挙げられます。
こうしたマダラヤンマの諸問題を究明するにあたって、ヨーロッパマダラヤンマの生態を理解することは逆にマダラヤンマの生態解明に何らかのヒントを得ることができるかも知れません。そこで以下に少しずつヨーロッパマダラヤンマの最新の生態を整理していきたいと思います。まずは分布。
1 ヨーロッパマダラヤンマの分布
Onishko et al., (2022) を参考に、さらに最新の記録を加えて大雑把な分布図を作ってみました。彼らにならいマダラヤンマの分布も示してあります。この分布図を見ながらいろいろ妄想したいと思います。
現在、ヨーロッパマダラヤンマは西ヨーロッパからカスピ海西岸部に広く分布していて、西ヨーロッパ、英国では普通種となっています。しかしスイスなどの高標高の地域には分布が希薄です。また、カスピ海東地域の中央アジアの国々、さらに中東にかけては、数えるほどしか記録がありません。確かに地理的・気象的な要因で分布が絶えていることも考えられるでしょうが、この地域には調査する人がほとんどいないのが主たる原因ではないかと思います。今後記録がでてくるのではないでしょうか。
一方、スカンジナビア半島三国には比較的近年、2000年代初期に記録され始め、フィンランドでは2002年に対岸のラトビアのリガ方面から7-8月上旬にかけて、南東の風が吹く午後に、集団飛来がドップラーレーダーで観測されたそうです。また、本種の英名の由来どおり、英国には1940年代に大陸から集団飛来が観察され続け、現在では2000年にアイルランド、2004年にはスコットランドに分布を広げました。現在でも毎年、大陸からはかなりの数が集団飛来しているようです。
このトンボの分布域は分布図からおおよそ北緯30°から60°、東経8°から56°の範囲内であることが分かります。しかし北アフリカとスカンジナビアではかなり気象条件が異なると思うのですが。したがって生活環が異なる可能性がありそうです。
2 成虫の発生状況
極めて広域に分布する本種の発生時期は、地域によってかなり異なります。分布北限のノルウェー沿岸部では、7月下旬から10月まで見られ、8月が最盛期となるようです。中央ヨーロッパでは7-8月に羽化、産卵は8-9月で日本のマダラヤンマ(Aeshna soneharai)の発生状況より若干早く推移するようです。多くの文献やWeb情報からA. mixtaは卵越冬で1年1世代完結型であるとされていますが、ヨーロッパ南部や北アフリカになると、幼虫越冬になることが分かっています。
スペイン南部マラガ地方では一般に6月上旬に羽化した後、生殖前休眠(約4か月間)があって7-8月は非常に目につきにくくなり、9-11月にようやく繁殖行動が見られるようになるそうです。12月にもかなりの個体がみられるそうです。ここでは最小齢の幼虫で越冬して、4月にはすでにF-1齢幼虫に成長し、早い年には何と4-5月に羽化が見られるそうで、驚きです。さらに北アフリカのアルジェリアでは5月に羽化した個体は5ヶ月も休眠した後、10月から12月にかけて繁殖行動をおこなうとされ、こうなるとA. mixtaは一概に寒冷地を好む種とはいえないように思えてきます。
オランダにおける本種成虫の飛来消長の図がありましたので、参考に拝借しました。
これを見ると、7月上旬には極少数ですが、飛来があるようです。また、1週間おきにコロナ感染グラフのように山が8-9回見られるのも興味を引きます。オランダでは繁殖が9-10月という報告もあることから、9月中旬から10月にかけての個体数が、この公園で見られる繁殖個体の頭数と読み替えることができるかも知れません。そうすると、それ以前のほとんど大多数の個体はただこの公園を通過して行った、いわゆる移動個体だったと言えるのでしょうか。
ノルウェーで成虫が初めて確認できるのは7月下旬ですから、いくら幼虫の生育スピードが速い本種でも当地で7月中下旬に羽化するとは思えません。おそらく、それらの時期の個体は大陸側から北上したものなのではないでしょうか。
つづく
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