みんながそう見える
8月に入ると福島県の多くの止水環境はオオルリボシヤンマの天下となります。ギンヤンマと各地で競合することになりますが、ギンヤンマが駆逐されてしまうことが多いようです。郡山市湖南町は猪苗代湖東南岸部域を擁し、標高500mに位置する風光明媚な地域です。ここはオオルリボシヤンマの大産地になっていて、以前このブログで触れた本種の交尾の謎ついての観察にはもってこいの場所にもなっています。
正午すぎに自宅から車を飛ばし、今回は入ったことのない道から湖畔を目指しました。山道を走っていると何かが多数飛んでいます。オオルリボシのような気がします。山道は舗装されていて、その上を何頭もの個体が地上低く飛び回っています。どういうことなのか観察してみました。
飛び回るのはオスが圧倒的に多く、メスが時折多数のオスを引き連れて来ます。また、オス同士、3~5個体が争いながら飛び去ります。いずれも地表低く、30cm以下ぐらいでしょうか。飛翔する部分は約30mほどで、5mほどの長さで道路を占有する個体が数頭、常に侵入オスと争い、場合によっては数頭が塊になって争って高速で周辺を飛び回ります。
雨で濡れた部分を飛ぶ (舗装面の濡れて反射している部分)
これは、池や沼で行われるオスどおしのテリトリー争いと異なるところはありません。しかしなぜ、このような山の中の道で、多数のオオルリボシヤンマが飛んでいるのかが分かりません。ましてメスも頻繁に飛んで、そのたびにオスの執拗な追跡を受けています。
メスは道路の両端を何かを探すように飛んで、時に舗装面に止まるようなしぐさを示します。メスの後ろに連なって飛ぶオスは明らかにメスとの交尾を試みようとしますが、例によってメスは完全無視です。このメスとオスの行動も水域でおこなわれる行動と何ら変わりません。オスは単独同士で出会うといきなり取っ組み合いの激しい争いになり、道路に落下することが多く、それからぐるぐると高速で旋回しながら2,3mほどの高さまで上昇するといきなり別れ、高速で逃げ出したオスを片方のオスが猛烈な勢いで追いかけます。これに呼応したオスがさらに加わって、数頭の列になって周囲を飛び回ります。これらの行動は観察を開始した12時すぎから15時まで続きました。
複数のオスたちの追尾行動
必死でメスを追うオスたち
この一連のオス・メスの行動は明らかに水域で見られる行動と同じです。もしかすると、他のトンボで観察されるのと同じく、濡れた舗装面を水面だと勘違いしているのかもしれないと、さらにメスの行動を注視していますと、案の定、道の脇にある枯れ枝に産卵しようとするメスを複数観察することが出来ました。このことからオス・メスともにこの道路は水面として認識して行動していたのだということが分かりました。どうりで濡れた舗装面部でしか行動していなかったわけです。逆に言えばこの程度の濡れでオオルリボシヤンマは道路を水面だと錯覚してしまうのでしょうか。
必死でメスを追うオスたち
この一連のオス・メスの行動は明らかに水域で見られる行動と同じです。もしかすると、他のトンボで観察されるのと同じく、濡れた舗装面を水面だと勘違いしているのかもしれないと、さらにメスの行動を注視していますと、案の定、道の脇にある枯れ枝に産卵しようとするメスを複数観察することが出来ました。このことからオス・メスともにこの道路は水面として認識して行動していたのだということが分かりました。どうりで濡れた舗装面部でしか行動していなかったわけです。逆に言えばこの程度の濡れでオオルリボシヤンマは道路を水面だと錯覚してしまうのでしょうか。
この舗装道路の場合、数日続いた大雨の影響で一時的にできた濡れた舗装面で、翌日には乾き、本種は全く見られなくなりました。この道路からは300mほど下った場所に小さな溜池があります。この溜池には多数の本種が見られ、一日中オスは激しく争っています。そのため、一時的にあぶれたオスがこうした新たな活動の場を見つけたとも考えられますが、観察した個体数があまりにも多すぎます。本来、オオルリボシヤンマは相当、広範囲にオスやメスは行動していて、一見、より強いオスが縄張りを死守して定着しつづけると考えられがちですが、意外にそれほどテリトリーの維持に執着することはなく、出入りが激しく、広範囲(おそらく数キロ四方)に行き来しているのだと思います。そうした雌雄が適宜、こうした活動の場を見つけると、一時的に定着を繰り返すものと考えます。
産卵の多様性?変わったオオルリボシヤンマの産卵
下の溜池に降りてみると、水面では多数のオスがテリトリー争奪戦をしており、たまにメスが来て産卵しています。この溜池は複数あって、脇は深く掘れて山側からの細流が流れ下っています。この細流は苔むしていて、もう少し後になるとミルンヤンマが見られます。ふと、この細流に、ヤンマが飛んでいるのに気が付きました。ヤンマはメスでミルンヤンマにしてはずいぶん無骨で、第一時期が早い。よくよく見ると、なんとオオルリボシヤンマです。産卵しています。その様は全く渓流性ヤンマと変わりません。少し飛んでは産卵し、また飛んで産卵場所を探す、を繰り返しています。産卵は苔むした岩やスギの腐熟した枝さらに、枝に着生したコケなど、これも変わるところがありません。結局、わずらわしいオスに邪魔されることもなく、メスの産卵は15分にも及びました。
さっぱり分からない本種の交尾、しぶといオオルリボシヤンマの交尾行動
今回は上述したような知見を得ることが出来ましたが、残念ながら本命の交尾に関しては全く観察することができませんでした。参考のために、今期これまで得た観察結果を述べて、関心のある方々の参考になればと思います。
1 8月18-19日の観察から。早朝、5時から7時までは交尾は観察されなかった。
2 溜池上には5時10分にオスが初飛来したが、6時ころから多数のオスが活動するようになった.
3 この時間帯にメスの飛来はなかった。
4 正午から午後6時30分まで交尾は全く観察できなかった。
5 オスはしばしば移精行動をおこなう。
6 オスは18時以降も水域で活発な活動を行う。
7 16時前後にかけて多数のオスが地表1m以内を集団摂食飛翔したが、メスは混じらない。
8 オスが待つ水域に飛来したメスはただ複数のオスに追いかけられ、あるいは自ら追われるように飛び回り、最終的に水域を離れる個体が少なからずある。
9 メスは午後、16時半ごろから産卵が観察できなくなり、17時には姿を水域から消した。
10 全く交尾しないわけではない。しかし観察できるのは非常に稀である(これまでの事実から)。
オオルリボシヤンマの交尾は必ず行われているのですが、トンボ好きの方々もほとんど見たことがないという声がほとんどです。どこでも水辺ではメスが頻繁に産卵に訪れ、オスは延々とメスの後を追うだけです。
トンボは精子置換、あるいは精子競争という交尾行動の根幹を担う機能を有するため、この機能の詳細を種ごとに知らないと、配偶行動の全容を知ることは難しいかも知れません。特に不均翅亜目の種については交尾自体の観察が難しいため、知見が乏しいのが現状です。オオルリボシヤンマの交尾についても、違った視点からのアプローチが必要なようです。