成虫の活動(飛翔行動)
「ムカシトンボの活動」といったらオスは探雌飛翔(行動)と交尾行動、メスは産卵対象物への飛翔と産卵そして交尾行動がまず頭に浮かびます。共通するのは摂食行動です。しかし福島県ではこれら個々の行動が実のところ何も分かっていないのです。最近、じっくりとこのトンボと向き合う様になってみて、これまで言われている本種の生態的な知見が、必ずしも当てはまらない部分があるように思うようになってきました。
成虫の渓流における飛翔時期(すなわち成熟個体)にもかなりの幅が見られます。一般的に浜通り地方の阿武隈高地では 5月上旬~下旬。中通り地方の標高500~600m の奥羽山脈では5 月下旬~6 月下旬。吾妻山系の谷地平 (標高1400m) では6月下旬~7月下旬。西吾妻西麓では発生が県内で最も遅く、7月下旬から8月下旬となっています。一方、会津地方の桧枝岐村では6月中旬~7月下旬で、その他はだいたい5月中旬~6月下旬が発生期となります。したがって、それぞれの地域のムカシトンボは時期的に異なる気象条件によってその飛翔行動が影響を受ける可能性が考えられるのです。
今回はいわき市の渓流において、成熟虫の飛翔行動、すなわちオスの探雌行動、メスの産卵行動および林道での主に摂食と思われる飛翔行動の3つをみていきたいと思います。なお、今のところ、いずれの地域でも、近年の温暖化によって発生時期が早まる傾向は全く感じられません。日本各地の発生はどうなのでしょう。
林道上での飛翔
渓流で羽化した個体はあまり間を置かないうちに、上流の開けた林道上で摂食を主にした飛翔を始めます。5月上旬は低温の日が多く、晴れていても気温が上らない日が続きます。これまでの観察ではそうした日でも大体14℃あたりが飛び始めかなとみていました。今年は実際に温度を測りながら1日の飛翔個体数の推移をしらべてみました(下図、拡大するとはっきり見えます)。
林道で始めて飛翔が観察できた日から7日を成熟前期それ以降を後期としてみます。成熟前期の5月11日の状況を見てみます。どうでしょう。思っていたより低温で飛び始めるようです。また、この時期だと昼前に活動が最大になり、13時以降はほとんど飛翔が見られなくなることが分かりました。なお、成熟後期の飛翔は観察していません。
気温と産卵行動
次に気温と産卵行動について見てみます。いわき市三和町の生息地は好間川の支流で標高が550mあります。ここでは成虫の期間が4月中旬から5月下旬です。特に配偶行動が観察される期間は約1ヶ月で、この期間は浜通り地方特有の低温の日が多くなります。2020年の例で当地を見ますと、最高気温は下図のようになっています(現地に設置した自記記温計の記録から)。
これは産卵がおこなわれる源流の源頭部にあたる小さな流れで計測したもので、5月いっぱいの最高温度をグラフにしたものです。この時期は寒波が約1週間ごとに来て、気温が激しく
乱高下しているのが分かります。グラフの赤線は13℃あたりを指していて、この温度を境に晴れていても、それ以下だとほとんど飛ばないように思われました。もしそうなら5月繁殖期間の3日に1日(それ以上)は低温で飛ぶことができない状況であることが予想されます。そこで、この低温が実際に産卵行動にも影響しているかを見てみました。場合によってはもっと低温でも産卵行動を行っているかも知れません。
この場所の主な産卵対象はウワバミソウです。そのほかジャゴケやゼニゴケにも産卵が見られますが、コケへの産卵確認は不可能なので今回は省きました。下に日ごとのウワバミソウの産卵株数をグラフにしたものを示します(拡大して下さい。見やすくなります)。
やはり、グラフから最高温度が13℃以下の低温の日になるとほとんど産卵しないことがわかりました。この地域ではこの時期特有の低温が直接、本種の産卵行動を抑制している可能性が考えられます。累積産卵率でみると、もし低温の日が無ければ、産卵期間の前半で総産卵株数の大半(80%)を占めたかも知れません。標本数が少ないのでこうだ、とははっきり言えませんが、ムカシトンボの産卵は産卵期間の初期に多くおこなわれるような気がします。
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