2023年9月14日木曜日

なんとなくマダラヤンマ

   この数年、マダラヤンマをある時は遠くで、ある時は深く見つめてきました。一つのトンボにこれだけ長期間関わったことは無く、それだけ飛び切り面白い対象でもあったと思います。マダラヤンマは全国的にも人気のあるトンボで、この季節になると落ち着かなる人も多いと思います。
 このトンボを見ていると感情移入ではないのだけれど、何か深い感情・思考を持った生き物のように感じます。その基本はわれわれと変わらないのではと思うのです。私にとってマダラヤンマはそうしたことを強く意識させるトンボです。
 今年のマダラヤンマを少し写真から。ただし産卵は昨年のものです。産卵は中旬以降になります。


 それから、お願いがあります。福島県中通り地方の白河市、矢吹町、須賀川市、郡山市および本宮市の溜池には広く本種が生息していますが、なぜかその多くは鯉養殖池となっています。昨年、一部の池に県外の採集者の皆さんが複数来られ、養殖池に入って採集されました。私は年末にたまたま養殖業者さんと話をする機会があって、いろいろ話を伺いました。9~10月の時期は鯉の最終的な成長期になっていて、養殖業者さんとしては毎日餌の量や水質に非常に神経を使う時期だそうです。
 養殖業者さんは昨年、池に入ってトンボ採りしている人がいるので注意しようと思っていたと言います。実は、私もそれまでその池に入って歩き回っていましたので、それは私だと、その時お詫びしました。業者さんは採集は全くかまわないのだけれど、どうか池には絶対入らないでほしいと言っていました。まあ、そういうわけで、このブログを見ている方で、採集のために来県される方はくれぐれも養殖池には入らないよう、ご協力お願いします。また、どうしても入る場合(こういうのがあるかわかりませんが)、業者さんに了解を取ってください。だまって池に入られる事を皆さん非常に嫌がります。養殖池には水車が回っていて、人が定期的に給餌に来ます。
 鯉養殖業者さんと話をした結果、やはり私としては新たな生息地を探さざるを得なくなりました。今年は早くから候補の池を探索していて、すでに個体数は少ないのですが、水田用の溜池の生息地を見つけることが出来ました。前と同じようなわけにはいきませんが、トラブルを起こすわけにはいきません。地元ですし。
                     
                            ヒメガマの群落内に開いた典型的な繁殖域、オスのホバリングも多く見られ、縄張りを張る
 
                     
           定番のホバリング、慣れて来ると目の前数10cmで飛んでくれる
        
             ここが特別なのか交尾が見られる場所は集中する

       産卵は運まかせ、一日待っても1匹も飛来しないかと思うと、連続で飛来する日もある 
      
本種の黄昏飛翔は群飛することは無く、単独で散発的にヨシ原低く飛び回る。写真はマルタンヤンマと飛ぶ♂

つづく




                     



2023年9月3日日曜日

マダラヤンマを知ること

マダラヤンマの交尾器の機能
 これまでマダラヤンマの生態を観察してきて、まだまだ不明な点が数多くあることが分かりました。そしてそれらを解明する中で、初期飛来オスの性成熟度を知ることは重要なカギとなります。そのために、オスの生殖器内の精子の有無、場合によっては精子量をどうしても知る必要が生じます。
 オスは交尾に先だって、精巣から貯精嚢に貯められた精子を腹部第9節にある生殖孔からを腹部第2-3節の副生殖器に移す、いわゆる移精を行います。したがって、成熟して交尾可能となれば副生殖器内に精子が存在し、まだであれば副生殖器には精子はみつからず、また精巣に繋がる貯精嚢に精子は無いか、あっても量が少ないはずです。でも副生殖器と言ってもどの部分を見ればいいのか私には分かりません。確か不均翅亜目と均翅亜目では生殖器の作りが全く異なり、射精時に精子が不均翅亜目では生殖器内部の管を通るのに対して、均翅亜目は外側の外皮に沿って移動するのだと記憶してます。

移精のメカニズム
 さて、ここで私は普段、移精の現場を目撃したり、会話の中で移精という言葉を何気なく使ってきましたが、どの部位が精子を受け取るのかについては全く知識がないことに気が付きました。はて、精子の受け渡しは具体的にどうなっているのだろう?と。
 トンボの図鑑や解説書を調べてみると、この件に関してはほとんど触れられず、多くが副生殖器に精子を渡す、といった具合で、そのメカニズムについて明快に説明しているものはありません。そこで海外の文献に当たると、Dumont, H. J. (1991) Odonata of the Levant にたどり着き、この中にオス生殖器の機能について詳細な図が示されていました。内容を見ると、図並びにその説明はどうやら Pfau, 1970 を引用・転載していることが分かりました。そこで原著のPfau にあたると、ギョエー!なんと日本トンボ学会誌でねーの!Tombo 13: 5-11に同じものがさらに詳しく載っているではありませんか。当時のTombo の内容は著名なトンボ学者がしばしば重要な論文を寄稿し、さらに国内のトンボの生態に関する論文掲載も多く、個人的には現在のTombo に比べはるかに面白かった。でもこんな重要な論文があったなど迂闊にも知りませんでした。
 さて、本題に戻って。この論文は残念ながらドイツ語で書いてあって読めません。スキャンしてグーグルで訳していては面倒なので、先の Dumont を参考にします。これによると、、、やはり話は図を載せないと分かりずらいので、図を転載して話を進めることにします。Tombo からだと、すでに公表以来30年は経っているので、著作権の問題は無いとは言え、後からごちゃごちゃ言われるのもいやだから、 Dumont から転載しちゃえ、と。

  Aeshna cyanea (オランダ)Dragonflies and Damselflies in and around Europe より

 論文ではヨーロッパに広く、最も普通に見られる Aeshna cyanea (上図参照)を材料に生殖器の機能を詳細に述べています。このトンボは外部形態が A. mixta によく似ていて、生殖器の形態も mixta 、しいてはマダラヤンマとあまり変わりません。
                  
                     オス生殖器(ゲニタリア)の全体図 Dumont (1999)より

 この図は生殖器をやや斜め背面から見た図です。一対のAp1, Ap2は生殖器全体を吊り下げる硬い腹骨に4か所で固定する役目があります。ゲニタリアはV1~V4の部位から成って、交尾時にはV2~V4 の部位が起立し、さらにV4部位が膨張して内側に収納されていた精子置換に必要なパーツ等が飛び出るようになっています。ここで注目されるのはMRの部位です。ここはゲニタリアの背面にあたり、すぐ上にフック状の突起があります。
           オス生殖器(ゲニタリア)の内部構造  Dumont (1999)より

 上の図はゲニタリアの内部を表したものです。V1は各部位の起立とV4の部位の拡張を行う大容量の膨張組織 (Sdw)と精子の貯蔵室 (r) から成っています。MRは開口部を持つ柔組織から成っており、直接V1の精子貯蔵室に繋がっていて、腹部第9節の生殖孔とMRが密着して生殖孔から精子がV1の精子貯蔵室に供給されるとあります(なお、Waage, 1984 では開口部MRを、なぜかV3の真ん中に図示しています。これはおかしな図です。Corbet, 1999の大作Dragonflies ではこの Waage の図がそのまま掲載されています)。なるほど、この部分から精子を受け取るのですねえ。良くこの場所を見つけたと思います。フック状の突起ついては何も記述が無いようですが、多分この突起が移精時に生殖孔の覆いを押し開けるのではないかあ、と思いますがどうでしょう?
                    
         Cordulegasterの1種におけるゲニタリア内部の精子の流れ Dumont (1999)より

 精子の流れを図で見てみましょう(矢印)。まずP1 (MR) の開口部から精子がV1の貯精室(ここでは描かれていない)に送られます。次にV1の膨張組織が膨張して隔壁を押し上げることで精子がV2~V4部位に送られてさらに、V4 周囲を取り巻く膨張組織が働いて射精口 (Pe) に精子が運ばれるといった具合です。しかし、どうやってこの部分を調べたのだろうと、関心してしまいます。キチン質でV2~V4部分はおおわれていますから、カミソリなんかではうまく切れないと思うのですが。まさかミクロトームで切片にして観察したとかなんでしょうか。
                     
           マダラヤンマのゲニタリア全形と精子取り入れ部位 矢印の部分
        
           矢印:フック状突起、楕円:精子の取り入れ部位(閉まっている)

 今度はマダラヤンマのゲニタリアを摘出して観察してみます。Aeshna cyanea ほどV2背面の突起は顕著ではないけれど、Pfauが描いたものと基本的に同じであることが分かり、また精子取り入れ口付近の柔組織を観察することができました(上の写真ではわかりずらい)。その部分を針で探ると確かに開口していることも確認できました。50年以上も前に1mm程度の対象を、異常なほど詳細に形態学的な研究を行っていたとは恐るべきドイツの研究レベルです。
 以上のように、個人的に不明であった移精の物理的機構が分かり、腹部内の貯精嚢と外部に露出している副生殖器のV1の部位を調べれば成熟しているか否かを知ることにつながると確証を得ることが出来ました。

出典は以下のとおりです。
Corbet, P.S. (1999) Dragonflies, Behaviour and ecology of odonata. P 829. Harley            Books, Essex.

Pfau, H.K. (1970) Die vesica spermalis von Aeschna cyanea und Cordulegaster 
      annulatus. Tombo 13: 5-11.

Waage, J.K. (1984) Sperm competition and the evolution of odonata mating 
      systems. In Smith, R.L. (ed.), Sperm competitiom and the evolution of       animal mating systems. pp. 251-290. Academic Press, New York.

つづく
                  










                      
     
      
















アキアカネの配偶行動 (2)

  精子置換はいつおこなうか?  今のところ、新井論文が非常に的を得ているように思えました。このままではやはり妄想論でしかなかったことになってしまいます。そこで改めて、新井さんが述べておられる、ねぐらでのアキアカネの配偶行動を再度観察してみることにしました。           ...