2024年11月4日月曜日

アキアカネの配偶行動 (2)

 精子置換はいつおこなうか?

 今のところ、新井論文が非常に的を得ているように思えました。このままではやはり妄想論でしかなかったことになってしまいます。そこで改めて、新井さんが述べておられる、ねぐらでのアキアカネの配偶行動を再度観察してみることにしました。
                   
1. ねぐらでの配偶行動の再調査 
                    
                    調査地の景観 11/4

 11 月4日、この時期まだまだたくさんのアキアカネがいました。気温は11℃、8:40にはすでに多くの個体が樹上から農道わきの斜面や農道の上に降りてきています。また水路の斜面の草付きにはここで夜を越したと思われる個体も多く、♂は活発に探雌飛翔を行っていました。すでに数組の連結態のペアが日向の斜面や農道上に止まっています。やはり、新井さんが言っている通り、交尾個体は少なく、数え方を間違ったのかと思いました。しかし9:30ぐらいになると、今度は交尾個体が多く見られるようになりました。観察を続けると、朝方斜面や草付きに止まっていた連結ペアが飛び出して、すぐに交尾態になるものが多いことが分かりました。
                                                           
                                 ♀を確保直後に交尾せず連結態となって静止するペア
                           
                          同
                          
                          雑木林の法面で交尾するペア

 やはりねぐらで交尾することは一般的なアキアカネの習性だと思われました。新井さんの報告では連結態で飛び去るものが一番多いという事でしたが、一旦飛び去るようでも周辺に着地して、その後、その周辺で再度飛び上がった時に交尾するようでした。
 ♂が最初に♀を捉えた時に、瞬時に♂は移精するようですが、その後交尾態、連結態になるのは♀の意思で決定されていて、その気が無ければ連結態のままとなります。交尾を嫌がる♀は尾部をだらりと垂らしたまま、♂主導の連結態で飛びまわります。

 ♀を捉えた瞬間から交尾および連結に移行するペアの数を数えました。ただその瞬間をみることが難しく、わずか9例を確認したにとどまりましたが、すぐに交尾態になったのが5例、連結態になったのが4例でした。この連結態は多分次に飛び立った時に交尾するのではないかと思います。
 ですが、観察していると確かに新井さんの述べられている通り連結態で飛び去り、近くの水田の水溜まりで産卵様行動の後に交尾するケースを複数観察しました。これは非常に引っ掛かります。すでに観察地に着いた以前に交尾を終えていたペアの可能性もあるため、来年はこの点を確認したいと思います。

2. ねぐら周辺での交尾の実態
 ねぐら周辺での交尾がアキアカネにとって一般的な習性だとしたら、ますます水田の産卵場所での交尾は一体何なのかという疑問が生じます。なぜ2回交尾が必要なのか?
  
 アメリカのWaage 氏が1979 年に北米産アオハダトンボの1種を用いて発表した、いわゆる精子置換1)はその後の昆虫界における繁殖システムの研究に革新的な進展をもたらしました。現在トンボ類においても生態を観察する上で、精子置換は常に配偶行動や交尾に極めて重要な役割を果たしています。
   これまでアキアカネを見ていて、不思議に思っていた事柄について我流で観察をおこなってきたわけですが、いよいよこの部分に手を付けざるを得なくなってきました。アキアカネについての精子置換の研究例はあるのかも知れませんが、Web上ではまだ見つけられません。同じSympetrum 属では主にムツアカネでの研究例が多く、その他では北米産のSympetrum rubicundulum の例が報告されていています2)。精子置換のメカニズムも両者で異なっているようで、アキアカネの場合はどのような置換メカニズムなのか解明する必要があります。
 
 最初に考えるのは交尾場所ごとの♀の精子保持量の違いをみることです。単に交尾場所が違うだけで、1回しか交尾しないならば、場所によって精子保持量が大きくことなることはないでしょう。このために、かわいそうですが♀を解剖して交尾嚢・受精嚢内の精子の様子を観察しなくてはなりません。次に両者の♀が保持している精子量を数えて比較する必要があるでしょう。
 解剖については前年マダラヤンマでやっていますから、より小さなアキアカネでも何とか出来ると思います。精子量は血球計算板を用いて精子数を数えます。
 途中のこまごましたことがらは割愛して、結果を見てみましょう。
                   
                                                               アキアカネの精子

             ♀の受精嚢内の精子の様子を示したもの

 それぞれねぐら、水田での交尾個体が交尾を完全に終了した時点で、♀を採集して解剖したものが上の組み写真です。Aがねぐらの樹上から降りた直後の♀、Bがねぐらで交尾した♀、Cが水田で交尾した♀、そしてDがやはりねぐらで交尾した♀です。赤い矢印は1対ある受精嚢 (spermatheca)です。受精嚢内の白い塊は精子です。B、DはA、Cに比べ明らかに受精嚢内の精子の量が激減していることが分かります。これはねぐらでの交尾が受精嚢から先住♂(ライバル♂)の精子を除去することを目的としている可能性を示しています。そして水田での2回目の交尾時の初めて射精をともなう交尾をおこなっているかも?。交尾場所の異なるそれそれの交尾が組みになって、精子置換が成立している。こんなことあるのでしょうか?何か眉唾物のような話です。
 もし本当なら、なぜこのような面倒な交尾を行うのか、どういった生態的意義があるのか、これまたメンドクサイ事になってきたような気がします。
 精子数のカウントには、家でもサンプルを正確にホモジナイズできる方法を考えなければならないので、次回以降にアップしたいと思います(もしかすると今期は間に合わないかも)。

引用文献
1)
Waage, J. K. 1979 Dual function of the damselfly penis: sperm removal and transfer. Science.203:916-918.
2)
Cordoba-Aguilar, A., Uhia, E. and Cordero Rivera, A. 2003 Sperm competition in Odonata (Insecta): the evolution of female sperm storage and rivals’ sperm displacement. J. Zool., Lond. 261: 381-398.

つづく



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