2023年12月18日月曜日

マダラヤンマ♂は繁殖地に飛来して、なぜすぐ交尾しなのか?

  これまでマダラヤンマの♂をしつこく観察していると、池に初めて飛来した後、しばらく交尾しないことが分かってきました。同時期に♀は日中、高速で飛び去る個体や夕暮れや強風時に池の周りの木々にまとわりつくように飛翔しながら小昆虫を捕食する姿が見られ、いないことはないのです。
 ♂の交尾は初めて飛来してから、年によっても違いますが10~14日後に初めて観察されるようになります。また、産卵はさらに1週間以上遅れるようです。

 ここまでは、くどいようにこのブログに書き続けてきました。今回はなぜ♂は初飛来後にすぐに♀を見つけて交尾しないのかを性成熟の面から調べてみようと思いました。
 このページは上述の内容を踏まえて先月おこなわれた日本トンボ学会において講演したものです。その後、トンボ仲間から良く内容が分からなかったとか、出席していないので要旨を送ってほしいという要望があったので、このブログで内容をお伝えして参考にしていただけたらと思います。いろいろ意見をもらえたら有難いです。
                                             

 まず、発生時期全般の♂の行動(飛翔行動)が、時期ごとに違いがあるのかを調べました。
 上図のように、問題にしている時期をで示しました。この時期の♂は繁殖場所へ飛来してホバリングや探雌飛翔を行います。また♂の体は外見上、生殖期の個体と全く色彩や体の硬さなどに違いはありません。まあ、一般的に言って成熟♂であるとするのが妥当だと思います。でも交尾は観察されません。なぜだろう?と。
 そこでまず♂の飛翔行動を調べました。特に、初飛来直後の飛翔行動は他の時期に比べて際立った特徴があるのかを見てみました。発生期間を4つに区切って♂の飛翔個体を、開放水域とその奥のヨシ原内部の区域に分けて、それぞれを飛んだ延個体数を記録しました。開放水域は奥行き約5m×長さ20mの広さ、ヨシ原の方は繁殖域の奥で、同じ広さを対象にしました)。観察は観察域が一望にできる池の堤からおこないました。
                    
                   (図をクイックするとやや鮮明になります)
 結果は上のグラフのとおりです。飛来直後は早朝に開放水域(以下水域)に出て活発にホバリングを交えて飛翔します。しかし、短時間で水域から姿を消し、その後夕方まで姿を現わしません。ですが、ヨシ原の中には散発的に飛翔する姿がかなり認められ、それは交尾が観察される前まで続きます。ところが生殖活動が開始されると劇的に水域で活動する個体が増え、同時にヨシ原内部での活動も増加します。しかしその後観察される個体数は日ごとに急激に減少して、メスが産卵盛期をむかえるころには水域、ヨシ原共にわずかな個体数しかみることが出来なくなります。
                  (図をクイックするとやや鮮明になります)

 どうも水域とヨシ原での活動数には大きな違いがあって(上のグラフ)、このトンボはヨシ原に強く依存する種類だという印象を強く持ちました。日中の大半はヨシ原内部が生息域であることが分かります。
 水域ではそこで縄張り飛翔する♂が侵入してくる♂を排除します。追い出された♂の多くはヨシ原とどまるために、ヨシ原での個体数が増えるというのはあたり前ではないか。という考えも当然でて来ると思います。しかしヨシ原の上でも多くの個体がホバリングを交えた活発な行動が観察され、さらに水域に縄張り♂が居ない時でも、それらは水域に出てこないことが多いのです。また縄張り♂もその縄張り継続時間は非常に短く、すぐにヨシ原内部に移動することなどから、交尾、産卵をも含む主な生活圏はヨシ原なのではないかと強く思います。
 一方、図鑑や解説書にはマダラヤンマは朝夕に活動して、特に昼前後に活動が不活発になる。そしてその理由は日中の気温が高温であるからだろうと書いてあるものがあります。本当にそうか?上の4つのグラフを見ると、時期によって多少は異なりますが大体11:00~ 14:00時は不活発に、特に水域ではより姿が見れなくなることが分かりました。しかしグラフからはある気温以上になると活動が抑えられるというような影響は認められず、昼間に飛ばなくなるのは、本種にもともと備わっている性質なんだろうと思います。
 また良く、マダラヤンマの採集や撮影をやっている人の間で、本種は朝何時から飛び始める等々が話題になります。これまでのデータで見てみると、以下のようになります。
                     

 これを見る限り、多くの人が体験しているとおり、飛び始めは大体20℃前後だと言え、当然当日の気温が寒ければ飛翔開始時刻は遅れるでしょう。高ければ早まるというわけです。季節の推移と共に低温でも飛ぶようになると思っていたのですが、意外でした。

 さてここからが本題です。♂の飛び方の特徴は、飛来直後から交尾前までの期間は早朝2~2時間半ぐらいしか飛ばず、以後夕方まで全く水域を飛びません。この様に他の時期の行動とは異なることがわかりましたので、この時期の♂は見かけは成熟しているのですが、性的に成熟していないのでは?という疑いを持ちました。
 そこで以下の方法でそれを探ろうとしました。

1 体重を測ってみる
 この時期の♂は日々、ホバリングや飛翔することで飛翔筋を鍛錬し、同時に生殖細胞を成 
 熟させるのでは?飛翔筋の発達は全体重の相当量を占めるので、もし性成熟が必要である 
 なら飛翔によって筋量の増加が見られるのではないでしょうか。
                    

 上のグラフが結果です。明らかに何か言えるものではないように思います。ただ今年も昨年も9月10日前後が交尾開始日になりますので、その前後のバラツキ度を見ると交尾前はその幅が大きいように思います。しかし結論として両年とも、時期と共に体重が増えるとは言えないことがわかりました。

2 ゲニタリア内における精子の確認
 成熟して交尾していればゲニタリア内に精子が残っているものと考えて、下の図の赤矢印
 の時期の♂を捕えて解剖して調べました。
                    
                    
 マダラヤンマのゲニタリアはヤンマ科の中でもオーソドックな形をしていて、全部で4節から成っています。移精行為によって腹部第9節の生殖弁から送られる精子がゲニタリア第2節と第3節の間にある精子取り入れ口から基部の第1節内の貯精室に送られます。第1節内には巨大な収縮する筋肉組織が収められていて、それが収縮することによって第1節内の大量の体液(多分?)が貯精室内の精子を一気に第4節の精子放出口まで運ぶのです。
 そこで第1節を切断して精子の有無を調べました。性的に未熟なら精子は無いと考えたのです。
 
3 精巣の発達度
 これが最も性成熟を確認するには確実だろうと考え、上述の通り時期を3つに分けてそれぞ
 れの時期の本種を採集して解剖してみました。

 解剖にはコツがあって、百均で買った薄いプラ容器に同じく百均で買ったハンコ用のゴム下敷きを敷いて、水を張ります(保存しないから水道水で良い)。次に腹部を適当な位置で切断します。そして腹部第10節を解剖ばさみで外皮だけを切るように切れ目を入れて消化管をゆっくり引き抜きます。それから背開きにして外皮を昆虫針で固定して観察するのです。 
                     
                       (図をクイックするとやや鮮明になります) 
                
 精巣(上図)でつくられた精子は輸精管を通って貯精嚢に送られてます。さらに生殖弁(孔)から移精行為によってゲニタリア(副生殖器)に移されます。私はトンボの精子をまだ見たことがありませんでしたので、これだと分かるまで少し時間がかかりました。ルリボシヤンマ属の精子は典型的な精子の集まり、精子束と呼ばれる丸い塊になることが知られています。文献によればこの精子束は精巣の出口でようやくそれらしい形になって、さらに細く絞られた輸精管を通ります。この時精子束は1列になって通ることで丸い精子束になると言われています。さらにこの部位でなんらかの分泌物が生殖腺から分泌され、精子の発育にかかわるのだとも推測されています。  
            
                
 貯精嚢をうっかり傷つけると精子束がポロポロとこぼれ落ちてしまいます。精子束を透過型の顕微鏡で覗くと相当数の精子のヘッド部分が20程度のクリップで固定されていることが分かります。これらのクリップは苛性ソーダの希釈液で壊されて精子はバラバラに遊離した状態になります。
                     
        アルカリ溶液でバラバラになった精子束 精子が1本1本遊離している

 精子束を観察していると、生殖期に採集した個体のそれは、なにやら粘度のある物質に包まれ、お互いにくっついて、精子束の大きな塊を作ることが分かりました。それらは貯精嚢末端部に多く見られ、移精の際はこのまま塊としてゲニタリア第1節に送り込まれるものと思われます。

 文献を調べると、さすがにやってますね、今まで観察してきたことがさらに詳しく調査されていました。 Åbro (2004) によればこの粘着物質で精子束が固まりとなることについて、これらはまだ発育途中の精子で、粘着物質から養分を得ているとされていました。さらに♀と交尾しても精子はまだ未熟で、しばらく精子は♀の交尾嚢内で発育する必要であって、♀の交尾嚢内でも粘着物質からの養分が精子に供給されるとあります。そしてある時期に達すると♀の生殖腺からの分泌液によって粘着物質やクリップが溶かされて精子が完全に遊離状態になって受精につかわれるようになるという驚く内容が記されていました。ノルウェーのベルゲン大学にはこういうの専門に研究する施設があるというのが凄いですねー。こういう研究に金出せるノルウェーの研究体制っていうのは、やっぱり北海油田の恩恵の結果なのだろうか?...余計なこと考えちゃいます。

                     
                  粘着物質によって、塊となった精子束群
 
 それで、2,3の結果を表にまとめてみました。
 結果的にはゲニタリア内部の精子(精子束)の有無はどの時期でも、1個の精子もその痕跡すら確認することは出来ませんでした。交尾態になった時に瞬時に移精を行っている
(どなたか確認された方いますか?)ためか、通常ホバリングしている♂を採ってもゲニタリア内には精子は無いのかも知れません。しかし生殖期の♂にも全く確認できなかったことはどういう事でしょうか?ただ解剖していた時にこの第1節からはおびただしい体液が流れ出してびっくりしました。この大量の体液によって、1個の精子束も残らないような高圧力のフラッシュイングをおこなって精子をひとつ残らず洗い流しているとでもいうのでしょうか。
                   
                        
(図をクイックするとやや鮮明になります)
            
 精巣の大きさ・太さは8月30日ものは2個体とも発達は悪く、それ以外は十分な精子束量を確保していました。また、精子束の集団化現象は生殖期に入っている9月14日の2個体のみに見られました。
 このことから、初飛来から交尾期(生殖期)前までは表面上、♂は成熟していると考えられましたが、性的にはまだ未熟であって、この間のヨシ原での活動が性的成熟に必要である可能性が高いと考えられました。
 ただ、これはサンプル数が少なく、もう少し調査しないと結論は出せません。しかし来期、またマダラヤンマを採取して解剖する意欲はもうありません。この項目はこれで終了したいと思います。今回の調査から、特に海外の文献からマダラヤンマの♀がさらに遅れて産卵する理由も少し理解できたような気がします。交尾して受け取った精子がまだ未熟で、成熟して遊離するには時間がかかるとされたことは、マダラヤンマでも同じメカニズムで精子が成熟する結果だという可能性が非常に高くなりました。
 さらにオオルリボシヤンマの産卵についても、♂が出現してから2週間も遅れることは、これも精子の成熟期間が影響しているのかも知れません。どうもルリボシヤンマ属には共通した性質が存在するのかも知れません。苦戦しているオオルリボシヤンマの交尾については♂の性成熟度と♀体内の精子成熟度について来期調査したいと思います。

引用文献
A. Åbro (2004) Structure and function of the male sperm ducts
       and femalesperm-storage organs in Aeshna juncea (L.) (Anisoptera:     
       Aeshnidae). Odonatologica 33(1): 1-10.
 






                  





                    












































































































































































































































































2023年12月5日火曜日

オツネントンボはどこに行った?(アマゴイルリトンボ)

  12月5日、ここ数日、朝方は-5~0℃と冷え込んで、霜も降りました。オツネントンボを観察しやすいように集まって越冬している場所(1.4m×1m)に目印を付けて、その中の数を現地に行った時数えてみました(厳密でなく適当に)。11月27日の夕方は7頭のオツネントンボがササの根際に止まっていました。そして今日、わずか2頭しか確認できません。落ち葉にもぐったかと思って、落ち葉をひっくり返してもみましたが結局、他はどこに行ったのか分かりませんでした。周囲も探しましたが、あれほどいたオツネンはどこかに行ってしまったようです。このところ続いた低温では日中も4℃ぐらいしか上がらず、飛ぶことは出来ないように思います。どこに行ったんだろ?
 また、また、例の得意の不思議が始まりました。いやだな―、こういうのに付き合うのは。
                    
         早朝まだ生き残っているアキアカネの前胸に残る霜の痕、ようやく融け出した

 気分転換に、今年撮っていた写真を見てみました。肝心な時期にほとんどオオルリボシヤンマに翻弄され、目立った活動ができませんでした。写真を見ていて、あー、こんなことやってたんだと、完全に忘れていたシーンがでてきて自分でビックリしているほどです。その中からアマゴイルリトンボ。以前用水路のアマゴイルリトンボを紹介したことがありました。U字溝の幅が30cmほどなので、撮影が体勢的にきつく避けていましたが、思い切って挑戦しました。
                       
    
                                                   アマゴイルリトンボが見られる溜池
                          
            農道の右手、斜面との境に用水路があってくさ草が覆いかぶさっている
                          
 用水路の下流部から上流へ覆いかぶさる草を除けて進むと、まずモノサシトンボに出会う
                          
         しばらく覆いかぶさる草をかき分けていくと、いました居ました、若いカップルです
                    
             完全なブッシュの中、成熟したカップルが居ました。個体数は多くありません
                           
    モノサシと向かい合って、どう思っているのでしょうね。陽の射す場所には決して出てきません

 アマゴイルリトンボは福島県ではさほど珍しいトンボという感じはせず、各地に分布し、しかも個体数が非常に多いのが特長として挙げられます。ある意味で福島県を代表するトンボなのかも知れません。猪苗代湖周辺には広く本種が分布していて、その生息環境は農業用水を通じて広がったという考えを強く持たせます。基本的には以前のブログにおいて、南会津・只見一帯の生息状況で述べたものと同じだと言えます。戦後、食料増産のために入植と開田事業が盛んに行われ、猪苗代湖周辺でも湿地帯に新しい水田が作られました。多分、この時は本種にとっても生存が最も危ぶまれた時期だったのではないかと思います。その後、高度成長期を経て、離農が進み、当時造成された多くの田んぼは荒廃して、また湿地にもどりました。網の目のように作られた用水路は役目を終え、あらたに生き物をはぐくむ水辺となりつつあります。アマゴイルリトンボはこうした環境にむしろ適応して分布を広げつつあるのだと考えられます。


2023年11月26日日曜日

平地のオツネントンボの越冬

 

      落日をむかえるいつもの観察地、右の斜面にオツネントンボが集まっている 11/23 須賀川市

 以前標高700mに位置する山間部におけるオツネントンボの越冬を観察して、このブログに概要を載せました。それらの結果から、越冬には温度よりも太陽高度の位置によって越冬時期が決まるのではないかと予想を立てました。
 それから20年、確実に温暖になって本種の越冬も変わったのではないかと思っていました。11月アキアカネを観察する須賀川市の水田地帯の雑木林には多くのオツネントンボが生息しているのが気になっていました。山間地に登らず、低地での個体群はどのように越冬するのか。山間地だと毎年11月10日以前が越冬開始時期となりますが、どうも低地だとかなり遅くなることが分かりました。そうすると越冬開始時期は以前予想した太陽高度によるものではない可能性が出てきました。うーむむむ。
 大体コーなります。勝手に自身で描いた予想は見事にはずれることが多いのです。そんなに甘く、単純じゃねーぞ、と。
 観察当日の23日は異常に暖かく、当地では最高気温が18℃を記録して、オツネントンボ、オオアオイトトンボ、ナツアカネそしてアキアカネが午前中活発に活動していました。普通ならほとんどトンボは見ない時期なんですが。午後3時すぎになると、オツネントンボは陽に当たる雑木林の縁にある農道の斜面にどんどん集まります。さらに3時30分あたりから斜面の小枝に止まって静止状態を保つようになって、全く活動しなくなります。気温は14℃で結構高めです。どうやらこのままの状態で夜を越し、樹上に上がって眠ることはしないようです。
 このまま、地面近くの植物体につかまったまま、越冬に入るのでしょうか?だとすればオランダなんかで報告されている越冬態と変わらないという事になります。
  
                                           まだまだ元気なナツアカネ、だいぶ老熟している 
                     
          日中は明るい南向きの斜面で小昆虫を捕食したりしながら過ごす
                     
                夕日を受けて静止する♂、このまま夜を迎える

 26日、この日は午前中は晴れでしたが、朝の気温が氷点下まで下がりました。これで、お陀仏となったトンボも多かろうと、いつもの観察地に出かけてみました。時間は9時半です。気温は6℃、現地に着くと何とアキアカネが交尾してます。こんな低温でも盛んに雌雄が飛び回っています。敏感でカメラで寄るとすぐに飛び立ちます。多くは雑木林の南側に作られた農道の法面に止まっています。10:00には気温は7℃になりましたが、こんな低温でもアキアカネはペアとなってどこかに飛んでいきます。ずいぶん低温には耐性があるようです。
                      
     気温6℃のなか、連結態のアキアカネ、交尾していたが驚かせてしまい、交尾を解いてしまった。

      この時期でも11時頃(気温8℃)になると♂は産卵に来る♀を捕えようと水田に飛来します

 オツネントンボは?と、法面を探しますが全く飛びません。よくよく探すと、刈り払われたササや小灌木の根元にしがみついている個体を発見しました。慣れて来るとそこかしこに厳しい夜を越したオツネントンボが静止しているのを確認することが出来ました。この温度では飛翔することは無いのですが、気配を感ずると止まっている枝の裏側に体を隠します。寒さで動けないわけではないのです。結構敏感で、すぐ裏側にまわりこんでしまいます。その動きはハゴロモ類やヨコバイ類のようです。「お前らトンボだよなと、」言いたくなります。
 こうなると、平地での越冬はこうした日当たりのいい斜面にある植物体の地際で越冬するのでしょうか?まだ、本種の越冬態は朽木や岩の割れ目に入り込んで越冬するイメージが強く、このような観察は意外でした。もう気候は冬になっていますから、これをもってオツネントンボの越冬態だとすべきなのでしょうか、悩みますねえ。もう少し観察を続ける必要があるのかないのか、分かんねーなあ😕
                                  

    
   どこにいるかわかりますか?

                         生息地景観
    
 つづく                                                          




                  
  
 
 









2023年11月5日日曜日

アキアカネの観察(2023)

                      
               いつもの観察地の景観、那須の山並みが遠くに見える

  アキアカネの観察はいつも10月下旬からになってしまいます。これまで、このトンボほど興味が無かったトンボはありませんでした。秋にはごく普通に見られるトンボですし、採集意欲なぞ全く湧きませんから。その感覚は一般の人と同じだったかもしれません。このトンボが持つ数々の不思議な生態についても、興味はなく「Tombo」や「昆虫と自然」なんかに特集が組まれても、またアキアカネかい、とすっ飛ばして読んでいました。
  20年以上前に尾瀬のホソミモリトンボを探索に行った時、8月なのに湿地の水溜まりにアキアカネが数ペア産卵しているのを見かけたことがありました。あれ?何で尾瀬でこんなに早く産卵するのか、と。このことが少しずつアキアカネに関心を向けるきっかけを作っていたのではありますが・・・🙄

10月25~31日の観察
 まず、福島県中通り地方中部で成熟個体が大挙飛来して来るのはいつなのか、あまり注意してみていませんでしたが、2022年だと9月10日に初めて多数の連結個体が飛んでいるを観察しました。また以前水田地帯の農道でアカトンボ類の発生消長を調べたことがありましたので、その図を見てみると、9月13日に初めて観察されていますから、まあ9月10日前後といったところなのででしょうか。
                  
                          ふくしまの虫 (1997) 17:15-16より
   
 ただ、この時期はまだイネの収穫は始まっておらず、田面はコンバインが作業できるよう乾燥させているので、アキアカネが産卵できる環境にはなっていません。全く水田で見ないわけではありませんが、溜池や河川周辺で多く見ることができます。
 この時期のアキアカネはマダラヤンマが本格的に生殖活動を行う時期と重なるので観察はしたことはありませんでした。
                                                             
            産卵するペアたちとそれを狙うミズグモの1種、下のペアが狙われている

                                                        産卵中の♀に飛び掛かり仕留めたクモ
                        
                  産卵場を決めて、付近で交尾するペア

 25日以降、天気が良くてアキアカネの観察にはもってこいの条件となりました。単純な疑問なのですが、福島県内各地のアキアカネ個体群には大きさで違いがあるのか興味があります。それぞれの地域で、平地の水田や湿地で羽化したものが山に登って成熟して、また平地に帰って来て産卵する。単なる地域内の行き来だけなら、会津の山間地や浜通りの海岸部などではかなり地理的な、あるいは気象的な違いがあります。したがって個体群にそれぞれの地域の特徴が出てきそうに思います。そこでまず、浜通り、中通りおよび会津地方平野部(ただし磐梯町は標高540m) のアキアカネ♂の大きさを調べてみました。下はその結果です(標本数は30頭ですが、これが大変でこの時期の30頭を採取することはとんでもなく苦労することとなりました。どこでも30頭採取するのに1時間以上かかってしましました)。
                           

 
後翅長と腹長の関係をみると、何となく関係性はありそうに見えます。相関係数は低いのですが、回帰直線を入れてみました。こうして見てみると各地域のアキアカネ個体群の大きさにはいずれの地域でもかなりのバラツキがあることが分かりました。一方、何か共通性があるのかについては判然としません。これが地域差なのでしょうか。極わずかですが、タイリクアキアカネ程度の小さな個体もポツンといることがわかります。回帰直線の下のエリアは翅が長い個体が分布していることを示し、これも大体ですが、長さが32mm以下になるとその個体数が多くなって、同時に変異幅が大きくなるように見えます。一概に特定地域の個体群といっても異なる特徴を持った複数の小さな群の集まりだという印象を持ちます。
 これらについては、何か言えるまでにはまだまだ記録の集積が必要であることを感じます。もちろんだからと言って何か出て来るとも限りませんが。特に今回はいずれの地域も平地ですので、今後は山間部や、夏山の山頂部に集まる個体群なんかを調べたいと思います。
 なお、アキアカネの生活史については生方秀紀さんの「北海道におけるアキアカネの生活史 」 (2016) Tombo, 58: 1-26. がアキアカネにおける過去の膨大な知見を総括していて、とても参考になります。アカトンボに関心のあるトンボ屋以外の自然志向の一般の人は意外に多く、その人たちにもアカトンボの生活史がどこまで分かって、何が問題なのかを知ってもらうことは大切だと思うのですが、残念ながらこの文献は一般の人たちにとって入手が難しく、日本トンボ学会(本会はいわゆる一般の学会には当たらず、任意団体に該当)に問い合わせしようにもホームページはおろか、事務局の住所すら検索できません。どんどん利用してもらいたいのに、せっかくの重要な文献がこのまま埋もれていくのは誠に勿体ない話です。

 今回はもう1つ、10月下旬の交尾行動をもう一度観察してみたいと思いました。昨年も感じたのですが、本種の生殖期間がかなり長いため、マダラヤンマで見られた、時期によって交尾行動を含む配偶行動全般が変化する可能性はないのか?文献を見ても見つからなかったので、手初めに交尾時間を調べてみることにしました。一般には10分程度の交尾持続時間であるように書いてある文献が多いようです。この10分の根拠を示す出典元には当たれませんでしたが、石田さんたちの「日本産トンボ幼虫・成虫検索図鑑」には10分とありました。一方、数分から十数分としているのは井上さんたちの「日本産トンボ大図鑑」です。はたしてこの時期はどうなのか、♂♀共にかなり老熟個体になってきていますから。
 田んぼの中の水溜まりに飛来するカップルはオス主導で♀を2,3回振り下げて疑似産卵をおこないます。そして♀が気に入れば(何を判断基準にしているかは全く分かりませんが)、交尾態になって付近に着地します(産卵に不適とする判断は♀がするようで尾端をそり返して♂に合図するようです)。その時から交尾を解くまでの時間を計測しました。しかし、この測定が意外なほど難儀するのです。この時期に特有なのか、交尾態で同じ場所に留まり続けるケースは意外と少なく、ちょっと飛んでは止まるを1,2回繰り返すのです。そこで見失うのです。また他のペアに気を取られている内にどこに居たのか分からなくなってしまうことも多く、なかなか計測数が増えないのです。2日かかって、最初から最後までの交尾継続時間を計測できたのは32ペアに留まりました。これをグラフにしました。
                     

これを見る限り、この時期は10分より明らかに継続時間が短いことが分かります。また、5分以内の個体が19%(赤円の部分、データ数が少ないのですが)あって、井上さんたちの図鑑の記述に合致します。しかしこの短時間で切り上げ産卵するペアについては何となく、なにかを含んでいる気がしてもう少し精査する必要を感じました。







 

2023年10月4日水曜日

マダラヤンマはどこから来るのか?

  福島県におけるマダラヤンマは8月下旬(だいたい8月25日前後)に繁殖地のヨシ原に飛来します。ただこれらの個体は飛来した繁殖地、あるいは周辺で羽化したものが戻って来たものではないように思います。この地域の特徴で繁殖地の池は11~5月まで水を落として池底をカラカラに乾燥させることが多いからです。こうした池から羽化は確認できません。にもかかわらず毎年、決まった時期に多くの個体が広範囲に飛来してくるのです。
 不思議なことに8月に、繁殖地に飛来する個体は全てオスで、メスは見たことがありません。しかもこのオスたちも、日の出前後のわずかな時間にしか繁殖域(ヨシ原にパッチ状の小さな開放水域)で活動せず、日中はほとんどヨシ原内部に入ってしまいます。夕刻若干、水域に出てきて飛翔する個体もありますが、黄昏飛翔はほとんどありません。


 
  上のグラフは飛来直後のオスの1日を通した延べ飛翔回数を30分ごとに表したものです。通常マダラヤンマの採集や撮影は早くて8:00ころ現地到着になりますが、この時すでに繁殖域での活動(ホバリング)は終了しているのです。ヨシ原内部を飛ぶ個体も高台からでないと確認できません。オスの出現時間はだんだん遅くなるのですが、基本的なパターンは交尾期までの約10日間は変わりません。その後色々調べて、この時期のマダラヤンマは性的に未熟の可能性があることが分かってきました。
   いきなりマダラヤンマが大量に広い地域に同じ時期に未熟の個体として飛来して、しかも繁殖地で交尾前に10日もオスだけで活動していることは、何となくどこからか極めて多数の個体がいっぺんに飛来して来たのではないかと想像させます。もしかしたら、北から?

 北海道では成虫の活動期は本州と同じだ、という方は多いのですが、実際 SNS ではしばしば8月上旬に繁殖地で普通に見られるという報告があがっていますし、大陸のハバロスク近郊ではやはり8月第1週の記録やウラジオストック近郊でも8月上旬の記録が散見されて、その状況は北海道と変わりません。
 前の項で Aeshna mixta (ヨーロッパマダラヤンマ)の移動の中でオランダの観察例や米国でのギンヤンマの一種の移動を紹介しました。もしかしたらマダラヤンマもそのようなどこか遠い北の地域で羽化したものが、オスだけまとまった数十のグループが南に移動して、適当な場所に数日あるいは数時間滞留してはまた移動を繰り返しながら、北関東や中部地方に飛来するのではないかと妄想は膨らむばかりです。じゃ福島や北関東や中部地方で羽化した個体はどうなるのだということをおっしゃる方も多いと思います。私も分かりません。でも案外逆に北に向かうのではないでしょうか?.....こうなると、もはや誇大妄想狂でしょうか😓

 ところで、前に紹介したバルト海沿岸のヨーロッパマダラヤンマの移動を調べるために巨大な網で捕獲する調査をおこなっている例を紹介しました。このほどこの研究に関し、水素安定同位体をもちいた本種の移動元の推定を行った論文がやっと公開されました。我が国のマダラヤンマについてもそうした調査ができるといいなあ、と、内容を紹介します。
 Oelmann et al. (2023) によれば、マダラヤンマの翅の水素安定同位体割合を測定するに当たって、まず複数の種類のルリボシヤンマをもちいて、地域間の年間降水量とトンボの翅に含まれる水素安定同位体割合の関係を調べたところ、両者の間に高い相関関係があることを確認しました。次にこの回帰式を基に、ヨーロッパのおけるトンボの翅に含まれる水素安定同位体割合とヨーロッパ全域の降水量の関係を調べて、ヨーロッパのそれぞれの地域のトンボの翅の水素安定同位体割合マップを作成しました(図1)。こうして測定した値からマダラヤンマの飛来元をマップに落とし込んだのです。
            図1 ヨーロッパ各地のトンボの翅に含まれる水素安定同位体の割合の分布推定図 
           (Oelmann et al. 2023 より) 
 
      図2 捕獲したmixtaには2つの個体群があり(a)、それらは飛来時期によって    
                            異なる割合(b)だとする図 (Oelmann et al. 2023 より)   

 飛来したヨーロッパマダラヤンマは、水素安定同位体の割合からが異なる2つの個体群からなっていて、さらに、それらの飛来時期が前半に飛来するものと後半に飛来するものに分かれることを確認しました。また、図1作成に用いた回帰式よりサンプルの分析値を検討したところ、下の図のとおり、最初に飛来が多い個体群1は、(a)の緑の地域が発生地である可能性が高いとしています。そして後半飛来が多い個体群2は(b)に示された緑の地域から発生したものとしています。ただ個体群2の発生地はあまりにも広く、この水素安定同位体の分析値だけで飛来地域を絞ることは困難だとも述べています。
               図3 2つの個体群の分布域 (a)は個体群1、(b)は個体群2. 図の赤ポチは捕獲網の設置場所
              赤いラインは両個体群の分布境界線、破線は A. mixta の分布北限ライン  (Oelmann et  
                          al. より)

 しかし、これまで捕獲した個体がどこから来たのか、憶測の域を出なかったことを考えれば、飛来したヨーロッパマダラヤンマが全く発生地が異なる2つの個体群から成ることや、その時期別の飛来割合、捕獲されるのはほとんどオスである点、さらに何と言っても具体的な飛来元を広範囲ではあるけれど、推定できたことは大きな成果だと思います。このようにミリ波レーダーや水素安定同位体などの最新の技術を駆使して昆虫の移動に関して研究者の知りたい、解明したいという研究者の好奇心の原点を追い求め、それを実現できる海外の研究環境は何と羨ましいことか。日本も良くやってはいるけれど、まだまだ欧米のようにはいかないですね。

引用文献
Oelmann et al. (2023) Autumn migration of the migrant hawker (Aeshna mixta) at the Baltic coast. Movement Ecology, (2023) 11:52. https://doi.org/10.1186/s40462-023-00415-z.      

     
             
 


                      










2023年9月14日木曜日

なんとなくマダラヤンマ

   この数年、マダラヤンマをある時は遠くで、ある時は深く見つめてきました。一つのトンボにこれだけ長期間関わったことは無く、それだけ飛び切り面白い対象でもあったと思います。マダラヤンマは全国的にも人気のあるトンボで、この季節になると落ち着かなる人も多いと思います。
 このトンボを見ていると感情移入ではないのだけれど、何か深い感情・思考を持った生き物のように感じます。その基本はわれわれと変わらないのではと思うのです。私にとってマダラヤンマはそうしたことを強く意識させるトンボです。
 今年のマダラヤンマを少し写真から。ただし産卵は昨年のものです。産卵は中旬以降になります。


 それから、お願いがあります。福島県中通り地方の白河市、矢吹町、須賀川市、郡山市および本宮市の溜池には広く本種が生息していますが、なぜかその多くは鯉養殖池となっています。昨年、一部の池に県外の採集者の皆さんが複数来られ、養殖池に入って採集されました。私は年末にたまたま養殖業者さんと話をする機会があって、いろいろ話を伺いました。9~10月の時期は鯉の最終的な成長期になっていて、養殖業者さんとしては毎日餌の量や水質に非常に神経を使う時期だそうです。
 養殖業者さんは昨年、池に入ってトンボ採りしている人がいるので注意しようと思っていたと言います。実は、私もそれまでその池に入って歩き回っていましたので、それは私だと、その時お詫びしました。業者さんは採集は全くかまわないのだけれど、どうか池には絶対入らないでほしいと言っていました。まあ、そういうわけで、このブログを見ている方で、採集のために来県される方はくれぐれも養殖池には入らないよう、ご協力お願いします。また、どうしても入る場合(こういうのがあるかわかりませんが)、業者さんに了解を取ってください。だまって池に入られる事を皆さん非常に嫌がります。養殖池には水車が回っていて、人が定期的に給餌に来ます。
 鯉養殖業者さんと話をした結果、やはり私としては新たな生息地を探さざるを得なくなりました。今年は早くから候補の池を探索していて、すでに個体数は少ないのですが、水田用の溜池の生息地を見つけることが出来ました。前と同じようなわけにはいきませんが、トラブルを起こすわけにはいきません。地元ですし。
                     
                            ヒメガマの群落内に開いた典型的な繁殖域、オスのホバリングも多く見られ、縄張りを張る
 
                     
           定番のホバリング、慣れて来ると目の前数10cmで飛んでくれる
        
             ここが特別なのか交尾が見られる場所は集中する

       産卵は運まかせ、一日待っても1匹も飛来しないかと思うと、連続で飛来する日もある 
      
本種の黄昏飛翔は群飛することは無く、単独で散発的にヨシ原低く飛び回る。写真はマルタンヤンマと飛ぶ♂

つづく




                     



2023年9月3日日曜日

マダラヤンマを知ること

マダラヤンマの交尾器の機能
 これまでマダラヤンマの生態を観察してきて、まだまだ不明な点が数多くあることが分かりました。そしてそれらを解明する中で、初期飛来オスの性成熟度を知ることは重要なカギとなります。そのために、オスの生殖器内の精子の有無、場合によっては精子量をどうしても知る必要が生じます。
 オスは交尾に先だって、精巣から貯精嚢に貯められた精子を腹部第9節にある生殖孔からを腹部第2-3節の副生殖器に移す、いわゆる移精を行います。したがって、成熟して交尾可能となれば副生殖器内に精子が存在し、まだであれば副生殖器には精子はみつからず、また精巣に繋がる貯精嚢に精子は無いか、あっても量が少ないはずです。でも副生殖器と言ってもどの部分を見ればいいのか私には分かりません。確か不均翅亜目と均翅亜目では生殖器の作りが全く異なり、射精時に精子が不均翅亜目では生殖器内部の管を通るのに対して、均翅亜目は外側の外皮に沿って移動するのだと記憶してます。

移精のメカニズム
 さて、ここで私は普段、移精の現場を目撃したり、会話の中で移精という言葉を何気なく使ってきましたが、どの部位が精子を受け取るのかについては全く知識がないことに気が付きました。はて、精子の受け渡しは具体的にどうなっているのだろう?と。
 トンボの図鑑や解説書を調べてみると、この件に関してはほとんど触れられず、多くが副生殖器に精子を渡す、といった具合で、そのメカニズムについて明快に説明しているものはありません。そこで海外の文献に当たると、Dumont, H. J. (1991) Odonata of the Levant にたどり着き、この中にオス生殖器の機能について詳細な図が示されていました。内容を見ると、図並びにその説明はどうやら Pfau, 1970 を引用・転載していることが分かりました。そこで原著のPfau にあたると、ギョエー!なんと日本トンボ学会誌でねーの!Tombo 13: 5-11に同じものがさらに詳しく載っているではありませんか。当時のTombo の内容は著名なトンボ学者がしばしば重要な論文を寄稿し、さらに国内のトンボの生態に関する論文掲載も多く、個人的には現在のTombo に比べはるかに面白かった。でもこんな重要な論文があったなど迂闊にも知りませんでした。
 さて、本題に戻って。この論文は残念ながらドイツ語で書いてあって読めません。スキャンしてグーグルで訳していては面倒なので、先の Dumont を参考にします。これによると、、、やはり話は図を載せないと分かりずらいので、図を転載して話を進めることにします。Tombo からだと、すでに公表以来30年は経っているので、著作権の問題は無いとは言え、後からごちゃごちゃ言われるのもいやだから、 Dumont から転載しちゃえ、と。

  Aeshna cyanea (オランダ)Dragonflies and Damselflies in and around Europe より

 論文ではヨーロッパに広く、最も普通に見られる Aeshna cyanea (上図参照)を材料に生殖器の機能を詳細に述べています。このトンボは外部形態が A. mixta によく似ていて、生殖器の形態も mixta 、しいてはマダラヤンマとあまり変わりません。
                  
                     オス生殖器(ゲニタリア)の全体図 Dumont (1999)より

 この図は生殖器をやや斜め背面から見た図です。一対のAp1, Ap2は生殖器全体を吊り下げる硬い腹骨に4か所で固定する役目があります。ゲニタリアはV1~V4の部位から成って、交尾時にはV2~V4 の部位が起立し、さらにV4部位が膨張して内側に収納されていた精子置換に必要なパーツ等が飛び出るようになっています。ここで注目されるのはMRの部位です。ここはゲニタリアの背面にあたり、すぐ上にフック状の突起があります。
           オス生殖器(ゲニタリア)の内部構造  Dumont (1999)より

 上の図はゲニタリアの内部を表したものです。V1は各部位の起立とV4の部位の拡張を行う大容量の膨張組織 (Sdw)と精子の貯蔵室 (r) から成っています。MRは開口部を持つ柔組織から成っており、直接V1の精子貯蔵室に繋がっていて、腹部第9節の生殖孔とMRが密着して生殖孔から精子がV1の精子貯蔵室に供給されるとあります(なお、Waage, 1984 では開口部MRを、なぜかV3の真ん中に図示しています。これはおかしな図です。Corbet, 1999の大作Dragonflies ではこの Waage の図がそのまま掲載されています)。なるほど、この部分から精子を受け取るのですねえ。良くこの場所を見つけたと思います。フック状の突起ついては何も記述が無いようですが、多分この突起が移精時に生殖孔の覆いを押し開けるのではないかあ、と思いますがどうでしょう?
                    
         Cordulegasterの1種におけるゲニタリア内部の精子の流れ Dumont (1999)より

 精子の流れを図で見てみましょう(矢印)。まずP1 (MR) の開口部から精子がV1の貯精室(ここでは描かれていない)に送られます。次にV1の膨張組織が膨張して隔壁を押し上げることで精子がV2~V4部位に送られてさらに、V4 周囲を取り巻く膨張組織が働いて射精口 (Pe) に精子が運ばれるといった具合です。しかし、どうやってこの部分を調べたのだろうと、関心してしまいます。キチン質でV2~V4部分はおおわれていますから、カミソリなんかではうまく切れないと思うのですが。まさかミクロトームで切片にして観察したとかなんでしょうか。
                     
           マダラヤンマのゲニタリア全形と精子取り入れ部位 矢印の部分
        
           矢印:フック状突起、楕円:精子の取り入れ部位(閉まっている)

 今度はマダラヤンマのゲニタリアを摘出して観察してみます。Aeshna cyanea ほどV2背面の突起は顕著ではないけれど、Pfauが描いたものと基本的に同じであることが分かり、また精子取り入れ口付近の柔組織を観察することができました(上の写真ではわかりずらい)。その部分を針で探ると確かに開口していることも確認できました。50年以上も前に1mm程度の対象を、異常なほど詳細に形態学的な研究を行っていたとは恐るべきドイツの研究レベルです。
 以上のように、個人的に不明であった移精の物理的機構が分かり、腹部内の貯精嚢と外部に露出している副生殖器のV1の部位を調べれば成熟しているか否かを知ることにつながると確証を得ることが出来ました。

出典は以下のとおりです。
Corbet, P.S. (1999) Dragonflies, Behaviour and ecology of odonata. P 829. Harley            Books, Essex.

Pfau, H.K. (1970) Die vesica spermalis von Aeschna cyanea und Cordulegaster 
      annulatus. Tombo 13: 5-11.

Waage, J.K. (1984) Sperm competition and the evolution of odonata mating 
      systems. In Smith, R.L. (ed.), Sperm competitiom and the evolution of       animal mating systems. pp. 251-290. Academic Press, New York.

つづく
                  










                      
     
      
















アキアカネの配偶行動 (2)

  精子置換はいつおこなうか?  今のところ、新井論文が非常に的を得ているように思えました。このままではやはり妄想論でしかなかったことになってしまいます。そこで改めて、新井さんが述べておられる、ねぐらでのアキアカネの配偶行動を再度観察してみることにしました。           ...