2021年4月13日火曜日

ムカシトンボ Epiophlebia superstes の羽化直前の上陸行動

 ムカシトンボが羽化直前に陸上生活することについて

 トンボの写真を撮っている方々にとっては、何と言っても春先のムカシトンボの撮影は避けて通れない年中行事、あるいはこれで本格的な撮影シーズンの始まりと捉える方も多いと思います。そしてその最初が、羽化直前の終齢幼虫の探索と撮影になるのでしょう。私は結局、毎年似たような写真が大量生産されるだけなのですが、飽きもせず毎回この時期になると、背後に妻の視線を感じつつ、いそいそと出かけていくのは、一種の中毒症状なのでしょうか?

 ここ数日、上陸した終齢幼虫を探して各地を歩き回っていました。福島県は広大で、ムカシトンボの成虫発生時期も5月中旬から8月までと極めて長く、その分、ポイントを絞り切れない贅沢な悩み(?)がありました。今回もまず雪上を歩く終齢幼虫を撮影してやれと、会津方面に出かけてみました。今年は桜が2週間も早く開花して、幼虫の上陸も早まると予想していたところ、やっぱり会津は会津、まだしっかりと雪が残っていて、生息地には近づけませんでした。さらに、熊の巣に踏み込んだようで、熊棚がたくさんあって早々の撤退となりました。

                 何だい、この先雪じゃねーか! はい、ここで終了。

                                
  あの木の上にある大きな鳥の巣のようなもの、あれ何!

 そもそも、ムカシトンボが羽化1か月前に渓流から上陸し、最大10mも離れた石や落ち葉の下で過ごすことは、図鑑などに書かれてトンボ同好者では周知の事実です。私たちはこの図鑑の記述を知ったからこそ、今日、ムカシトンボの幼虫を地上で羽化前に写真に収めることができるわけです。ところが実際この終齢幼虫を探し出すことはやってみて分かりますが、そう簡単にはみつかりません。だから最初にこのことについて幼虫を探し出した先人の取り組みを一応は知っておく必要があると思い、今回はこれら先人の偉業に敬意をはらいつつ、書き進めたいと思います。

一体だれが羽化前に幼虫が1か月も地上で過ごすことを見つけたか

 とにかく、終齢幼虫はそう簡単に見つかるものではなく、最初から明らかに渓流付近の石の下(落ち葉はお手上げ)にいることが分かっているから探す気力も持続するのであって、もし、そんなことが分からなかったら、誰もこの時期、渓流脇に来て石などひっくり返さないでしょう。はたして、だれがムカシトンボの終齢幼虫が羽化前に陸上に上がって生活することを記録したのだろうか?すでに当時、複数のトンボ好きの人々は本種が羽化時期以前に陸上に上がっている生態に気が付いていたと思われますが、記録として最初に報告したのは誰なのでしょうか?そこで色々調べてみると、Tombo, 7 (1964)に枝 重夫(元蜻蛉学会会長)氏が羽化直前のムカシトンボ幼虫の行動と題した報告を詳しく書いておられました。

 それによると、日本で初めて終齢幼虫が羽化数日前より水を離れ、地上を活発に歩行することを記録したのは徳永・小田柿 (1939)であるとしています。一方、この報告には不均翅類の幼虫のように、直腸から水を出して移動することはない、という記述があると、石田省三氏が1969 出版の名著 原色日本昆虫生態図鑑Ⅱトンボ編の中で引用していることが分かりました。さらに、枝氏は首代(1946) が1946年3月14日に水辺より1m離れた石の下より1頭を採集して、4月3日に羽化させたこと、また石田 (1959) が1950年頃の4月3日に流れから10m以上も離れたところを歩行中の1頭を採集、さらに石田・杉田 (1959) では1959年4月2日に流れから約10m離れた湿った石の下から1頭を発見したと既往の観察・採集例を詳細に紹介しています。

 さらに枝氏はこれらの事例と自身の観察記録を挙げたうえで、初めてムカシトンボの終齢幼虫は羽化前、少なくとも20日間は地上生活するものと予想しました。これですね!こういうことだったのですねえ。ずいぶん昔に調べていて、一部の生態が解明されていたのですね。こうやって改めてみてみると、石田省三さんは凄い人なんだなだという事が改めて分かります。日本産トンボの生態解明の多くは彼によるところが非常に大きいと思います。私は石田さんに一度、石垣島のヒナヤマトンボについてお尋ねしたことがあって、採集当時の状況や、その標本を東京の朝比奈先生が記載用にと借りた経緯や、その後の顛末が興味深く書かれたお手紙を頂いたことがありました。

 さて、話を終齢幼虫の探索に戻します。会津がだめなら今度はいわき市に向かいます。いわき市の阿武隈高地東斜面には数多くの生息地があります。ほとんどの沢の源頭部には分布していると思います。ただ、個体数となると意外に全般に少ないような気がします。この中で、いわき市三和町のある生息地は、個体数も多く安定した絶好の観察地であったのですが、最近スギの伐採作業が行われ、環境が激変してしまいました。昨年、それでもいくらかの個体数を観察しましたので、当地にでかけました。 

           10年ぐらい前に伐採用に造られた作業道跡、両側の流れに本種が見られる               

              中央の矢印の石、水際から約50cm離れている(上流から撮影)

 探索する沢は川幅2mぐらいで、昨年の台風でかなり両岸が削られ、一見荒れた沢のように見えます。この一帯の渓流は最上流部でも台風の影響を受けていて同様な景観を呈しています。そもそも小さな河原などもなく、わずかに増水時に打ちあがった土砂が所々にたまった場所が点々と見られます。早速降り立って、そんな場所の石をめくって幼虫探索を始めました。2,3の石をひっくり返していた時、オツ!突然、ムカシトンボが現れました。幼虫がいた石は底面が平たく、地面にトンと載っているような石で、大きさは多くの報告にあるように手のひら大の石でした。めくった石にしっかりしがみついていて、動きません。何だ、簡単に見つかるじゃないか。幼虫は動かずジっとしていますが、刺激を与えると、意外に俊敏に動き、その動きはトカゲのようで、これはもう陸上生物のような気がしました。

                       下流から見る                

                  石をひっくり返したところ、石にしがみつく幼虫   

                ムカシトンボ終齢幼虫 10/4/2021 いわき市三和町
                                                
                                            フラッシュを使用して撮影

 しかし、その後1時間、2時間とうとう追加発見はできず、腰が、、、、。やはり上陸した幼虫を探し出すことは難しい、というより非常に困難だと実感しました。上陸初期であれば、まだ水際の石の下にいる場合が多いでしょうが、時間の経過と共にどんどん遠くに分散するとすれば、見つかる可能性はより低下するはずです。撮影するなら上陸直後が良いのかも知れません。

 別の沢で同様の探索をしてみました。今度は県道わきを流れる小さな沢です。一方の山側は急峻な斜面で、樹齢は50年近くあるスギの植林地となっています。そう遠くない時期に伐採されて、この沢の環境は相当変わるのでしょうね。また、片方の県道側は補修工事(のり面が増水時に削られたり)が頻繁におこなわれているらしく、その跡がいたるところに見られます。しかしそうした環境にある中でもムカシトンボの個体数密度は高く、網を入れれば一度に複数頭が入る状態です。                    

                    舗装された県道わきを流れる小さな沢                         

                      赤丸の場所を掬ってみます   

                        どれ、入るか?                          

                     矢印のムカシトンボ幼虫とサンショウウオ

 こうした、両側が急な斜面(県道側は1m以上いきなり高くなっている)の沢ではどちら側に、というよりどの程度幼虫は沢から離れるのでしょうか県道側によじ登って移動すればすぐ舗装道路です、道路の向こう側に渡るのでしょうか?これは羽化をぜひ確かめたいです。多くの生息地では林道を越えて山側の斜面まで移動して羽化することが良く知られていますから、ある時期、ワラワラと多くの幼虫が道路を渡るのかも知れません。しかしこの時期でもまだ水辺から数10cmしか離れていない石の下に幼虫が潜んでいました。この個体も移動中なのかも知れません。   

                      矢印の石に幼虫が潜んでいる                     

                   気温が低く、全く動かない幼虫              

                羽化は来週遅くか? 17/4/2021いわき市三和町上市萱

いよいよ、福島でもあと1,2週間でムカシトンボの羽化が始まり、トンボシーズンが本格的に幕開けです。 

 
  









 



2021年4月4日日曜日

越冬トンボにも春本番(このブログはパソコンでご覧ください)

ホソミオツネントンボの越冬場所の一例

  今年は、雪が例年どおり降って、結構冬らしい冬だったと思っていましたが、オツネントンボが2月21日に郡山市の自宅庭を飛んで、ツツジの葉に止まって日光浴しているのを見ました。気温は確かに16℃となって、この時期としては暖かな日でした。しかし、これまでの経験で、本種がこの時期に庭先を飛ぶことなど予想もできませんでしたので、正直びっくりしました。いよいよ福島にもトンボの季節が例年よりも早く確実に近づいて来たのを感じました。

 3月29日、栃木県境に接する白河市表郷金山の低山地に、白河市未記録のムカシトンボはいるのだろうかと探しに行ってみました。白河市の和尚さんM氏から、ムカシトンボ探索のお誘いを受けていたのですが、ついフライングをしてしまいました。この日は晴で、気温も20℃をこえるほどの日和となりました。とある林道の車止めから歩いて沢沿いに登って行くと、広大なスギの伐採地が広がっています。「これじゃいねーな」と思いつつ歩いていますと、ふと、林道沿いのスギの木立にそってオツネントンボが多数飛び回っているではありませんか。こんなところでも越冬しているのかと写真を撮っていましたら、何とある場所から上はほとんどがホソミオツネントンボに変わって、また、個体数の多さに驚きました。大雑把に数えてみると、約30m(歩幅で大体)に18匹のホソミオツネントンボを数えることができました。この調子で林道沿いに居るならものすごい数です。多分この地が本種の越冬地なのだと思いました。陽だまりに集まって、盛んに摂食行動を行っていました。周辺は皆伐状態で半分あきらめ気味で林道脇の小さな沢でヤゴ掬いをすると、何とムカシトンボが簡単に捕れました。白河市初記録です。このムカシトンボが生息するような沢沿いの杉林にホソミオツネントンボの越冬地があるのです、多分。当日は午後から訪れたので、後日、ホソミオツネントンボをメインに観察することにしてこの日はこの場所を後にしました。                     

                   ムカシトンボを求めて林道を進む                

              越冬イトトンボの生息地、スギ林の林床に生える灌木に多数止まっている                 

                       ササの葉に止まるオツネントンボの雌     
                     
                ホソミオツネントンボが見られる林道脇のムカシトンボが生息する荒れた沢
                     
                    捕れたムカシトンボのヤゴ

 4月3日、再び当地を訪れました。しかし、曇りで気温も低く、11時すぎまで陽が射しませんでした。この間、ホソミオツネントンボは1頭も現れませんでした。陽が射してもすぐにはスギの樹上から降りてきません。12時近くなってやっと姿を現しました。いずれも地面近くにある植物の小枝の先に止まっています。多分、地表面からの輻射熱を受けて暖かいのでしょう。しかし、驚かすとすぐにスギの樹上に上がってしまします。雄は半数以上が青みがかった色調に変わっていましたが、一方雌はわずかにほんのりと色づいた個体が混じる程度で、雌雄で性成熟度にかなり差があるように思いました。また、ほとんどが雌で、雌に比べ雄の個体数はかなり少なく感じました。

 これまで春先に本種が飛来してくる水域に、雄しか見られないことをしばしば経験していました。越冬場所で、雄が先に成熟するのであれば、雄が先に水域に飛来するのかも知れません。雌の卵巣が成熟するためには、雄より多く餌を捕食する必要があり、その分時間がかかるのだと思います。これまで本種の越冬個体(越冬色を呈した個体)を冬期間から春先に見つけたことは数えるほどしかありません。このように限られた場所に極めて多数の越冬個体を確認したことはこれまでありませんでした。ましてこんな山中で。このトンボの生態もまだまだ分からないことばかりです。              

                 ようやく気温が上って林道脇に降りてきて小枝で休む♀ 3/4/2021                   

                            やや青みがかった体色に変化してきた♂ 
                                          
           
             時折飛んで小昆虫を捕食する以外はこうやって静止している
                       
    
       成熟時の体色、比較にために 5/5/2020 大信村

                          雌はまだ越冬色の個体がほとんどだ 
        
                陽が射している方向に腹部を当てて、翅は腹部の裏に寄せることが多い?

番外編
 ここ白河市表郷(旧表郷村)はさらに南部の棚倉町や塙町と同様に、県内でも冬期間の日照時間が長いことが知られています。そのためイチゴ栽培が盛んで、とても甘く、高品質のイチゴ生産地として有名です。今回、ムカシトンボの調査で訪れた地域にはとんでもなくおいしいイチゴ生産農家が道沿いにあって、帰りにその直売所に立ち寄ってイチゴを買ってみました。値段も安く(スーパーで売られているよりはかなり安い、まあ、農家が直接箱詰めして売っている場所ですから)リーズナブルです。対応してくれた夫婦(生産者さん)はとても穏やかな方で、きっと優しくイチゴの面倒を見てらっしゃるのかなあと、その飛び切りおいしいイチゴを食べながら思いました。私はイチゴは正直どうでも良いほうなのですが、ここのイチゴはこれまで食べたことがないほどおいしく大変気に入りました。興味のある方は取り寄せてみてはいかがですか(写真参考)。
 




  








 

2021年2月16日火曜日

有機農業とトンボたち (このブログはパソコンでご覧ください)

有機栽培の水田はトンボのオアシス                             

 職場の近くに普通の水田 (以下、慣行栽培)と有機栽培の水田が設置してあります。水田は平野部にあらたに造成された新しい水田で、周辺に林や池沼はありません。両者は水路と農道によって5m以上隔てられています。有機栽培の田んぼも前は慣行栽培の水田でしたが、ある年から有機栽培がおこなわれるようになりました。その3年後あたりから有機の水田には多くのトンボが見られるようになり、大変驚きました。5月中旬の田植時期にはどこから飛んできたのかオツネントンボやホソミオツネントンボが見られ、6月に入るとモートンイトトンボやアジアイトトンボがたくさん飛び出しました。                    

               平地の水田地帯に作られた有機栽培の水田 郡山市日和田町

                                           

                                        アジアイトトンボの交尾と産卵  29/7/2019 郡山市日和田町       

            

               モートンイトトンボの交尾と産卵 同上

 そして6月下旬から7月いっぱい、ノシメトンボから始まってマイコアカネとアキアカネが次々に羽化しました。さらに7月下旬にはアオイトトンボも少ないながら確認できました。8月上旬になると連結したノシメトンボが見られだし、9月に入るといつ産卵していたのか、ギンヤンマが羽化してくるといった具合です。そして、10月に入って本格的に稲刈りがはじまると、いよいよ水田の主役のアキアカネが産卵に訪れます。このように周囲に森も池沼もなく、圃場整備された水田地帯の中に造られた有機栽培の水田は、いつの間にか多くのトンボの生息地になっていたのです。

 一方、隣接する従来の慣行栽培の水田には、まったくといっていいほどトンボの姿は見られませんでした。わずかに8月以降、9月までは何回かシオカラトンボとノシメトンボの連結産卵を見たにすぎませんでした。周辺の水田にはほとんどトンボが見られず、いても一過性で、定着していませんでした。この有機栽培の水田だけにトンボが集まっている。ここは、いわば水田という砂漠の中のオアシスなのです。                                

                                                         夕刻産卵に訪れたギンヤンマ

                          

                  産卵場所を求めて水田内を連結飛翔するアキアカネ  

トンボにとっての有機栽培と慣行栽培の違い                              

 この違いはどこから来るのでしょう。当然有機栽培の水田は農薬を一切使用していませんから、農薬の影響が無くなったためとも言えるでしょう。また、慣行栽培ではアカトンボ類の羽化時期である6月下旬から7月上旬にかけて田面水を落としてしまう(これを中干といって、この時期に水田の土壌表面ををカラカラに乾かすことで、イネの過剰な茎数を減らすことや、土壌中の窒素発現を促すなど良質なコメ作りには欠かせない技術といわれています)ことも、トンボ(ヤゴ)にとっては致死的な影響を受けるともいえるでしょう。つまり、両者の栽培の違いは、農薬の散布の有無と栽培方法の違いが大きいということが言えます。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                     水田の農薬

 水田に使用される農薬には殺虫剤、殺菌剤そして除草剤の3つがあります。特に最近話題となることが多い、殺虫・殺菌剤(混合してある)に育苗箱施用剤というのがあって、これがアカトンボの激減の元凶だとする話を耳にする方も多いのではと思います。特に平野部の圃場整備がされた地域ほど、この薬剤が使用されるようです。福島県内の水稲栽培において、本田内での農薬散布だけでも標準散布回数で11回も行われています(他県もだいたい同じ。農水省のホームページ www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/tokusai.pdfを参照)。これを半分以下にできる箱施用剤の導入は画期的でした。特に最近開発された新殺虫剤(フェピオニルなど)は人への毒性が低く、反面イネ体内に長期間残効し、しかも殺虫スペクトルが広く多くの害虫に有効だといいます。種まき時に一度散布すれば主要な病気と害虫をいっぺんに防除できるよう工夫され、さらに除草剤の箱施用剤もありますから一緒に散布することができます。県内でも水稲における農薬の主流になってきました。

箱施用剤はトンボのヤゴに強い毒性

 現在、福島県におけるアカトンボの発生数は関西地方の激減ぶりに比べると特別減少したということは感じられません。しかし、上記のように箱施用剤を使った慣行栽培での水田からは全くトンボのヤゴは得られませんでした。以前、私はある箱施用剤(成分フェピオニル)を用いて散布基準である散布量50g/苗箱を、種籾1粒当たりの薬剤量に換算して、さらにイネ1株当たりの水田の水量に溶かしてアキアカネの卵の孵化を観察したことがあります。詳しいことは忘れてしまいましたが、大部分が孵化時に卵殻から完全に出られずに死亡し、孵化しても当日に全て死亡した記憶があります。うわさには聞いていた箱粒剤の威力を実感することになりました。このへんは農薬や環境化学の専門の学会誌に詳細な報告が多数出ています。

除草剤の影響、藻類がトンボの生息に必要なこと

 有機栽培の水田では殺菌、殺虫、および除草剤を使用しません。しかし、慣行栽培から有機栽培に移行した際に除草剤だけを散布していた水田がありました。ここは雑草が目立っていたため、除草剤だけを2年間散布したのです。3年目、この水田ではイトトンボ類の発生が非常に少なく、またアカトンボ類の羽化数も、隣り合う有機栽培の水田に比べ明らかに少ないことに気が付きました。殺菌・殺虫剤を散布していないのにもかかわらずです。おかしいですね。
                                                              
                    有機栽培の水田、水中に藻類が繁茂しているので水中が黒く見える 20/6/2017 
                                                                                                                     
                                除草剤のみを施用した水田、全く藻や植物がないため、田面が見える 同上

 有機栽培の水田を良く観察すると、苗の周辺や株間にたくさんの藻類が発生していました。多くはアオミドロで、それが大繁殖し水面に浮かんでいます。また一部には、水中に最近珍しくなったシャジクモが大発生していました。水面に浮かんだ藻類を見ると微小なハエ目の成虫がその上を飛び交い、幼虫がその上を這いまわっていました。藻の腐敗したような箇所を摂食しているのでしょう。また藻類の水中部分にはミジンコや小さなハナアブ科の仲間、さらにガガンボ科の幼虫もイネの茎周辺の有機物にたくさん見られました。イトトンボ成虫の発生期間中、それらの小昆虫類を食べているイトトンボ類をいくつも観察できました。モートンイトトンボやアジアイトトンボはイネの株間や畦畔に生えるセリやコナギやカヤツリグサ類群落内で活動し、終始水田内で生活するため、餌となる微小昆虫類の存在は極めて重要だと思われます。こうした藻類の存在や、畦畔部に繁茂する雑草の存在は未熟個体の活動の場となり、これらが、イトトンボ類の水田における定着には絶対必要なのでしょう。もちろん、これら微小昆虫類の幼虫はイトトンボ類やトンボ科のヤゴにとって重要な餌となっているはずです。これを除草剤で雑草と共に一掃すると、餌となる微小な昆虫類の発生が無くなってしまいます。また、畦畔部での休息場所も無くなり、たとえ殺虫剤の影響がなくとも、生息には不適となるのだと思います。
                      
                  除草剤を施用しないため藻類が発生する。
                         
             除草剤だけ施用した水田 藻類はおろか他の水生植物は全く見られない
                     
                    
シャジクモが密生した有機栽培の水田
                     
          
    小昆虫の発生地であるアオミドロが水面に繁茂した有機栽培の水田
                     
   
                             有機栽培の水田の畦畔に生えるセリに止まるモートンイトトンボ

       有機栽培の水田がトンボに本当に住みよく環境にやさしいわけではないこと

有機栽培でコメを栽培する農家は別にトンボの楽園づくりを念頭に栽培しているわけではありません。多くの有機農家は確かに環境に配慮し、健全な作物で、安全な作物を消費者に食べてもらいたいと考えて、有機農法を取り入れています。しかし水稲栽培では先に示したように除草剤を使わない有機栽培は雑草害によって収量が慣行栽培の40~70%にしかなりません。したがっていかに雑草を除去するかは農家にとっては死活問題なのです。慣行栽培は除草剤を用いますが、有機栽培はそれを使わないだけで、この雑草防除は両農法にとって避けては通れない共通の問題なのです。
                   
           移植直後の有機物の散布と田面に沈んだ米ぬかペレット
 
有機栽培の雑草防除で一般的に広く行われている方法は、田植え終了後間もなく、有機物(一般には米ぬかや大豆を粒状にしたもの)を大量に散布して、雑草を枯らす方法です。有機物は水中で微生物によって分解し、大量の酸素が消費され、たちまち田面水は嫌気状態となって、それは土壌表面でさらに強く作用します。最初の分解に関わった好気性細菌は次第に死滅して、次に酸欠状態で活発に活動する嫌気性細菌によって有機物の分解がさらに進みます。その結果有機酸(主に酢酸)が生成されてきます。この有機酸によって発芽間もない雑草が枯死するのだと言われています。その真偽はともかく、田面土壌は強い還元状態となり、一帯は酸欠となって生き物のほとんどが死滅してしまいます。規定量を撒けばヤゴもほとんどが生き残れないでしょう(幸い、規定量をしっかり撒いている農家はあまりいません。重労働ですから)。田面水は腐敗臭がします。これは決して生き物に優しい農法でないことは誰が見ても明らかです。さらに、最近は除草機械が進歩して、補助事業を利用して、これを購入する農家が増えてきました。しかし、除草時期が微妙です。適期は6月中下旬です。アカトンボ類の羽化時期に当たります。かなりの個体が除草機の高速回転する刃で傷つくでしょう。

                                                           
                                              高性能の除草機、7月まで2回程度作業する
                  
水田の畝立て耕起の作業風景

さらに、冬季間、水田を畑のように耕耘して高い畝を作って雑草の種や塊茎を乾燥させて死滅させる農法がおこなわれる事例も増えました。これによって、土壌の乾燥と共にアカトンボ類の卵まで乾燥に曝され、孵化率が大きく低下します。このように、慣行栽培でおこなわれる農薬散布や中干ほどひどくはありませんが、決して有機栽培がトンボや生き物あるいは広く環境にやさしく、環境負荷が少ない農法だとは言い切れないのです。

                水稲栽培における生物多様性調査と環境保全型農業の問題点                                            

1993年日本は国際条約である生物多様性条約を締結しました。これによって、日本はあらゆる分野で種の多様性を念頭に環境保全の取り組みを行わなくてはならなくなりました(環境アセスなんかはこの影響で行われるようになりました)。農業分野も、農水省が生き物が住みやすい農業を目指そうとする各種の施策をおこなっています。最近、一般国民が見てもが分かりやすいよう、水田ではクモ、トンボ、カエル、水生昆虫等の生物指標を決めて、その個体数をもとに水田の生物多様性度を調べ、より生物多様性のある水田づくりを広める取り組みを始めています。
 一方、農水省は環境保全型農業の普及という取り組みを20年以上も前からおこなって、環境になるべく負荷をかけない農業の普及を目指しています。これは先の水田の生物多様性を目指す農業の目標と一見、一致するように見えます。しかし、この取り組みの最大の目的は農薬と肥料の削減を目指したもので、これまでの地域の標準的な作物ごとの農薬の使用回数(成分数)を20%あるいは50%減らそうというものです。前述の稲作ではまさにその切り札として、箱施用剤の活用・普及が図られています。したがって今後、環境保全型農業が普及すればするほど水田の多様性は失われ、ますますトンボにとって住みにくい環境になってしまうかもしれません。このことは農水省が生物多様性条約締結以後、同じ目標を目指したはずの2つの施策が、このままでは真逆の結果を招き、自ら首を絞めかねないことになるのではと危惧します。

早朝羽化したアキアカネ 福島でもこうした風景が見られなくなるのだろうか















2021年1月14日木曜日

何じゃ、これ?

 オオルリボシヤンマの不思議

 オオルリボシヤンマは福島県ではどこにでもいる盛夏から秋にみられる大型トンボです。一般の人にはあまり馴染みがないのですが、池や沼に行けば普通に見られます。最近まで私はこのトンボについてはあまり興味が持てず、自ら観察しようとは思いませんでした。オオルリボシヤンマはヨーロッパから東アジアにかけて広く分布するトンボで、かつては日本産のものはヨーロッパ産に対して日本亜種として区別されていましたが、近年、DNAの調査によって同一種としてシノニム扱いになっています。外見はかなり違うのですがねえ。

         アキアカネを捕食後,木の幹にべたっと止まる. 21/9/2015 郡山市片平町

                     

         コノシメトンボを捕食後,枝に止まって休息する. 20/9/2019 大信村羽鳥

 このトンボを観察していて気になることが2つあります。一つは止まり方です。大体、観察地において本種が止まることはめったにありません。疲れないのかと思うのですが、まず止まらないですね。私が見たのはいずれも捕食した時に止まった例です。捕食もほとんどは飛びながら食べてしまいますが、相手が大きい場合、例えばシオカラトンボですが、磐梯山の中腹に小さな沼が樹林の中にひっそりと忘れ去られたようにあります。ところが、8月以降、ここにオオルリボシヤンマが押しかけ、早朝からそれは雌雄入れ混じっての大騒ぎとなります。他にタカネトンボやシオカラトンボがみられますが、たまたまシオカラトンボの雄がオオルリボシヤンマの雄にちょっかいを出しました。オオルリボシヤンマが怒ったのかどうかわかりませんが、たちどころにこのシオカラトンボを捕まえて食べてしまいました。この時、しばらく飛んでいたのですが、近くの木の枝に止まってほぼ食べつくしてしまったのです。

 これと同じ状況でコノシメトンボを捕食し終えて休む姿を写した写真がありますので上げておきます。捕食時に枝に止まる雄を観察したのはこの2例のみです。たいてい捕食は木の幹に止まることが多いように思います。上に示した個体は林の中の空き地を飛び回っていた時、たまたま飛んできたアキアカネを捕らえて木の幹に止まって食べ終えた時の写真です。文献等では直接木の幹に止まるとも書いてありますが、単なる休止の時に止まったのでしょうか気になるところです。

        縄張り飛翔する雄、交尾もせず何やってんだ. 10/8/2020. 大信村羽鳥

           雄なんぞ完全無視で産卵に勤しむ雌. 15/8/2018 会津若松市内

 もっと気になること。オオルリボシヤンマの交尾はどうなっているのでしょう?本種を観察した人で交尾を最初から最後まで見た人はどのくらいいるでしょう?だいたい、連結すら見ることは稀ではないでしょうか?個体数が多い生息地では雌が多数産卵に訪れていますが、多くの雄が雌の背後を隙を伺いながら飛翔するのですが、毎回交尾はおろか連結すらできません。私はこれまで本種が連結して飛んだのを見たことがありませんでした。いったい多数の雄は何をしているのでしょうか?西シベリアにおいても、本種の交尾を日中観察できなかったとするレポートもあって、この辺は国が違っても共通なのかも知れません。ところがチョウ好きの友人S氏が2001年9月12日の昼前後に福島市の土湯温泉の小さな沼で、産卵中の雌を強引に連れ去り、空中で交尾、すぐに脇の樹木の上部の枝に止まるのを何組も見たというのです。また、ゲンゴロウ屋さんのT氏もさほど大きくない池で同様の交尾を見たことがあると話してくれました。やはり産卵中の雌をタイミング良く捕捉して交尾に至ることはあるようですね。そういえば東京の加納一信さんの集大成の写真集(六本脚で買えます)にはきれいな交尾の写真が載ってました。

 しかし、どうも解せません。ほとんど交尾できない雄が長時間縄張りを維持し、飛び続ける。産卵に訪れる雌がたくさんいるのに交尾しようとしても、雌にことごとく拒絶され続けることは、あまりにも理解に苦しみます。もしかして日中の縄張り飛翔は本当の配偶行動ではないのではと思えてきます。マダラヤンマの項でも触れましたが、Aeshna 属は早朝、まだ日が上がらない時間帯から活動しています。実際に昨年マダラヤンマは早朝6:30にはすでに産卵・交尾しているのを確認しましたし、ヨーロッパでは A. grandis および A. viridis の交尾行動は夜明け前におこなわれるのが基本だとする報告もあります。こうなるとダメもとで 、早朝、夜明け前の本種の行動を一度詳細に見てみる必要がありそうですね。

桧枝岐で採れた謎のルリボシ系ヤンマ

これから掲載する上記表題の内容は、2016年のふくしまの虫で発表したものを一部改変したものです。福島虫の会会誌「ふくしまの虫」はPDF化して無料開示することで調整中です。直近5年分以前に発行した号を順次開示していく予定です。今回はこれに先立ち、内容は少し変えてありますが、多くのトンボ好きの方々に参考にしていただきたいと掲載しました。

プロローグ

 数年前の冬、東京で恒例のトンボ同好者の小さなスライド・ビデオ会に参加した。会の終了後友人から、かつて桧枝岐の奥地で正体不明のルリボシ系のヤンマを複数採集したことがあったと告げられた。そしてヤンマの不思議な形態と生態が語られた。中でも産卵生態はこの属のものとしては驚くべき内容であった。私は帰宅後もこのことが頭から離れず、すぐにでもその採集地に行ってみたいと考えていた。

 その後発生した震災の混乱がようやくひと区切り着いた2015年7月、教えられた採集地を訪れることができた。しかし訪れてみると懸念していたとおり、採集地一帯はすでに環境が大幅に変わっていて、当時あった集落はすでに廃墟となり、その後起きた度々の河川の出水によって、地形も大幅に変わっていることが分かった。当然話に出てきた池は見当たらなかった。それでも周辺を捜すとヤンマが飛びそうな池を数個見つけることができた。ダメもとで、その一つでしばらく待つと、期待通りオオルリボシヤンマが上空から入ってきた。気温が高くなるにつれ次第に個体数が増え、活発なテリトリー争いが起きた。ふとそれらの中に妙に黒っぽい個体が混じっていることに気づき、どうもこれが複数いるように見えた。早速ネットを出して採集してみると、黒っぽく見えた個体は腹部のブルーの斑紋が通常より深く鮮やかなブルーで、胸部の明るい黄緑色紋も同じくブルーの紋。一見してオオルリとは異なる印象を受けた。次々に飛来する個体を捕獲して調べると、黒っぽく見える個体は全て上述した個体の特徴を示し、それ以外の個体は明らかなオオルリボシであった。これは何なのか?友人が話してくれたヤンマは、明るく映える空色だった様なので、これとは違うようだが。結局、話にあったようなヤンマは現れず、これがそのヤンマなのかと思いつつ、早速帰宅してこの興味深いヤンマを調べてみることにした。            

 しかし、ここまでは良かったのだが、残念ながら比較するオオルリボシヤンマの標本が手元にない。桧枝岐の個体はどの個体も(一見オオルリボシに見える個体でも)前胸部の翅胸前面条紋が消失ぎみであることから、普通のオオルリボシ標本が必要と考えた。自宅近くで採れるところはないか?まさに標本を持っていないとこうなる、の典型である。この日から長いオオルリボシヤンマ採集の1週間が始まった。とにかく、こういう状況になると簡単に採集できないのが常である。どこにでもいるはずのオオルリボシヤンマがとうとう採れないまま翌週の土曜日を迎えた。こうなったら郡山市というよりは地理的にもう会津地方に近い湖南町の溜池に行った方が良いと考え。一路車を飛ばして湖南町に向かった。さすがにここまでくればオオルリは、と期待して堤をあがって見渡すと、いない、全然いない!いやいや?1頭飛んでいる。堤に沿って旋回している。近づいて難なく採集。まあ1頭ありゃと、とネットを覗くと、あっと驚く為五郎~!何とこれは桧枝岐で出会った謎のトンボではないか!何でここにいるのだ!友人の話以来、このトンボは桧枝岐の謎のヤンマというイメージができ上っていたから、こういうのがここで採れてはダメなのである。

 こうなると、このトンボはオオルリと混じり合って広く分布するヤンマなのであろうか?しかし、もしこれがオオルリボシの個体変異なら、このような形態をしたオオルリボシはこれまでに当然報告されていたはずだ。次々に新たな疑問が出てきたが、とにかくまず、詳細にオオルリボシヤンマとの比較をおこなってみることにした。また同時に、関連する文献やネット情報を集めることにした。そして私が調べた限りで、体色については東北から北海道にかけてかなり胸部の紋が青くなる個体が混じることが分かった。しかし、それらが今回のヤンマと同一種なのかは分からない。また、全国的に前胸の̪翅胸前面条紋の形は消失ぎみから明瞭に現れるものまでかなりの幅があることが分かった。今回のヤンマは単なる同種内の遺伝的な形質の発現の結果なのか?ますます調べてみる価値が出てきた。

オオルリボシヤンマとの形態的比較

調査に用いた謎のヤンマ(以下問題種)は桧枝岐村産3雄、郡山市産1雄、比較標本としたオオルリボシヤンマは只見町産2雄、郡山市産3雄である。問題種間の形態的特徴は共通して現れており、個体間に差異はなかった。以下に部位ごとに結果を記す。

翅脈:基本的に両種とも差異はないといえる。翅脈は同じ種内でもかなり変異があって(脈数とか,室数について)、さらに属が同じであれば、それぞれの種間に決定的な差が見られないという特徴がある。両者については下に示したように、大差が無いように見えるが、若干肛絡室の形が異なる。また肛三角室は両種共に2室からなるが、問題種の方が室を隔てる脈がより外縁に寄る位置にある等の違いは認められる。

                     

             上:オオルリボシヤンマ 下:問題種

頭部:形態が異なることはなかったが、詳細にみるとオオルリボシヤンマ自体、後頭後縁部のラインや前額の色彩や現れる斑紋にかなりの変異があって、問題のヤンマの形態はこれらの変異内に含まれることがわかった。ただ複眼の色はオオルリボシヤンマが緑青なのに対して問題種は深いブルー。

胸部:翅胸前面条紋は問題種においては非常に細くなっていて、一見通常のオオルリボシヤンマのそれとは明らかに異なる。しかし、同じ池で採集したオオルリボシヤンマと思われる個体の中には同様なものも見られた。さらに、ネットにおける調査でも、まれに細くなる個体の写真もあるため、この部分は問題種のみにみられる特徴とは言えないかもしれない。胸部の2つの青班は若干問題種の幅が狭く、その分地色の黑が広くみえる。

腹部:第1~3腹節側面の斑紋の形状はほぼ同じだが、第1節背面にある斑紋は消失している。第4腹節~9腹節までの斑紋は色が明らかに深い瑠璃色で異なるが、斑紋の形状や大きさは、オオルリボシヤンマの変異内に収まった。第10腹節背面には1個の三角形の突起をそれぞれもつが、オオルリボシヤンマは頂点がやや鋭く尖っているのに対して、問題種はなだらかで丸みがある。

 オオルリボシヤンマと問題のルリボシ系ヤンマ

         
         第10節腹部背面背面の突起. 左 オオルリボシヤンマ, 右 問題種

尾部付属器:付属器を真上から見ると、問題種はオオルリボシヤンマに比べ上付属器の幅が広く、先端の形状も異なる。さらにオオルリボシヤンマのように先端が鋭く尖ることはなく、なだらかな突起を持つ。真横から見ると、オオルリボシヤンマに見られる上面の5つの小突起は、問題種でわずかにそれと分かる程度である。また、オオルリボシヤンマに見られる先端部の鋭い突起は問題種でわずかに突出しているにすぎない。一方、下部付属器も問題種の方が明らかに幅広で、先端は尖らない。                    

         上部付属器の背面と側面からの写真. 左 オオルリボシ, 右 問題種
                                                             
                                    下部付属器の背面からの写真. 左 オオルリボシ, 右 問題種        


以上、各部位について比較検討したが、オオルリボシヤンマに対して相違点をまとめると以下のようになる。

1 胸部、腹部の斑紋は濃いブルーで、いかなるオオルリボシヤンマよりも濃い色彩である。

2 腹部第1節の背面の斑紋は消失。

3 腹部第10節背面の突起はより大きく頂上がなだらかで丸みを持つ。

4 尾部上付属器は真上から見ると幅広く、先端は鋭く尖らない。さらに、真横から見ると先端にかけて上面にある5つの突起は痕跡程度である。

5 下付属器はより幅広で、先端は尖らず丸みをおびる。

 桧枝岐村および幸か不幸か郡山市で得られた謎のルリボシ系ヤンマについて検討をおこなったわけであるが、もしこれが東南アジアあたりで採れるヤンマの類であれば、別種としてしまいそうな気がする。しかしここでセーブをかけるのが、以下の重要な文献 Karube, et al.,( 2012)の存在である。彼らは日本産トンボの分類学的検討を核・ミトコンドリアDNA解析を用いておこない、日本産6種のトンボを新たに分類学的に整理した。そしてこの中にオルリボシヤンマについての記載がある。それによれば従来、日本固有種として扱われてきたオオルリボシヤンマ Aeshna nigroflavaは、ヨーロッパからロシアまで広く分布するAeshna crenataであったとして、これまでの学名 Aeshna nigroflavaをシノニムとするものであった。論文には形態的に安定した差異が認められなかったと記述されているが、示されたフィンランド、ロシア、北海道および本州産の尾部付属器はかなり形状が異なり、本当に全部同じ種なのかと疑いたくなるほどである。これだけ形が違うものでも遺伝子的には同種であるとなると、今回の謎のルリボシ系ヤンマの判断も自ずと消極的になってしまうのである。これだけ違う形態をつかさどる遺伝子の構造も同じなのだろうか?もし同じなら、地域的に異なった形質が現れるのはそれに関与している複数の遺伝子の働きに強弱があって、その強さは地域的に異なるとでもいうのだろうか?

 結局、今回の謎のルリボシ系ヤンマの正体を明らかにすることはまだ解決しなければならないことが多くあることが分かった。確かにいくつかの違いは明らかになった。しかしこれが種の違いに由来するのか、あるいは単なる遺伝的発現の結果なのか、私にはわからない。

 仮にこの問題種がオオルリボシヤンマで、ある遺伝的な形質が発現した型であるとすれば、むしろ遺伝的にこのような個体が、一般のオオルリボシヤンマの個体群の中に人知れず混じっていること自体が問題なのである。

 今回、この問題に際し、オオルリボシヤンマを初めて詳細に見ることになった。いろいろの部位に個体差があって、一様でないことも分かった。なにより、日本産のトンボはこうだという固定観念(それはこれまでの図鑑や文献からの知識)が先行し、種自体をじっくりと見てこなかったということを痛感した。やはり採ってみるべきものはちゃんと採って自身の目でちゃんと種の形態的特徴を認識しなければだめだということである。今後オオルリボシヤンマを採集したり、観察する場合、より青い個体が混じっていないか、そしてそれは今回示した特徴を有していないか確かめる必要がある。

                                                 引用文献

'Karube, H., R. Futahashi. S. Sasamoto & I. Kawashima, 2012. Taxonomic revisions of Japanese odonatan species, based on unclear and mitochondorial gene genealogies and morphological comparison with allied species. Part 1. Tombo, 54 : 75-106.






















原点回帰、長沼への思い

 トンボと私 年をとってくると、なにやら人は昔を懐かしむことが多くなるらしい。97才になった伯母を施設に見舞った時に、ぽつりと、「でも、いろいろ楽しいこともたくさんあったからね。もう思い残すことは無いよ・・・」と。考えれば伯母は施設に入ってから長い。入所後、楽しいことがどれほどあ...