2021年4月13日火曜日

ムカシトンボの羽化直前の上陸行動

 ムカシトンボが羽化直前に陸上生活することについて

 トンボの写真を撮っている方々にとっては、何と言っても春先のムカシトンボの撮影は避けて通れない年中行事、あるいはこれで本格的な撮影シーズンの始まりと捉える方も多いと思います。そしてその最初が、羽化直前の終齢幼虫の探索と撮影になるのでしょう。私は結局、毎年似たような写真が大量生産されるだけなのですが、飽きもせず毎回この時期になると、背後に妻の視線を感じつつ、いそいそと出かけていくのは、一種の中毒症状なのでしょうか?

 ここ数日、上陸した終齢幼虫を探して各地を歩き回っていました。福島県は広大で、ムカシトンボの成虫発生時期も5月中旬から8月までと極めて長く、その分、ポイントを絞り切れない贅沢な悩み(?)がありました。今回もまず雪上を歩く終齢幼虫を撮影してやれと、会津方面に出かけてみました。今年は桜が2週間も早く開花して、幼虫の上陸も早まると予想していたところ、やっぱり会津は会津、まだしっかりと雪が残っていて、生息地には近づけませんでした。さらに、熊の巣に踏み込んだようで、熊棚がたくさんあって早々の撤退となりました。

                 何だい、この先雪じゃねーか! はい、ここで終了。

                                
  あの木の上にある大きな鳥の巣のようなもの、あれ何!

 そもそも、ムカシトンボが羽化1か月前に渓流から上陸し、最大10mも離れた石や落ち葉の下で過ごすことは、図鑑などに書かれてトンボ同好者では周知の事実です。私たちはこの図鑑の記述を知ったからこそ、今日、ムカシトンボの幼虫を地上で羽化前に写真に収めることができるわけです。ところが実際この終齢幼虫を探し出すことはやってみて分かりますが、そう簡単にはみつかりません。だから最初にこのことについて幼虫を探し出した先人の取り組みを一応は知っておく必要があると思い、今回はこれら先人の偉業に敬意をはらいつつ、書き進めたいと思います。

一体だれが羽化前に幼虫が1か月も地上で過ごすことを見つけたか

 とにかく、終齢幼虫はそう簡単に見つかるものではなく、最初から明らかに渓流付近の石の下(落ち葉はお手上げ)にいることが分かっているから探す気力も持続するのであって、もし、そんなことが分からなかったら、誰もこの時期、渓流脇に来て石などひっくり返さないでしょう。はたして、だれがムカシトンボの終齢幼虫が羽化前に陸上に上がって生活することを記録したのだろうか?すでに当時、複数のトンボ好きの人々は本種が羽化時期以前に陸上に上がっている生態に気が付いていたと思われますが、記録として最初に報告したのは誰なのでしょうか?そこで色々調べてみると、Tombo, 7 (1964)に枝 重夫(元蜻蛉学会会長)氏が羽化直前のムカシトンボ幼虫の行動と題した報告を詳しく書いておられました。

 それによると、日本で初めて終齢幼虫が羽化数日前より水を離れ、地上を活発に歩行することを記録したのは徳永・小田柿 (1939)であるとしています。また、この報告には不均翅類の幼虫のように、直腸から水を出して移動することはない、という記述があると、石田省三氏は1969 出版の名著 原色日本昆虫生態図鑑Ⅱトンボ編の中で引用していることが分かりました。さらに、枝氏は首代(1946) が1946年3月14日に水辺より1m離れた石の下より1頭を採集して、4月3日に羽化させたこと、また石田 (1959) が1950年頃の4月3日に流れから10m以上も離れたところを歩行中の1頭を採集、さらに石田・杉田 (1959) では1959年4月2日に流れから約10m離れた湿った石の下から1頭を発見したと既往の観察・採集例を詳細に紹介しています。

 さらに枝氏はこれらの事例と自身の観察記録を挙げたうえで、初めてムカシトンボの終齢幼虫は羽化前、少なくとも20日間は地上生活するものと予想しました。これですね!こういうことだったのですねえ。ずいぶん昔に調べていて、一部の生態が解明されていたのですね。こうやって改めてみてみると、石田省三さんは凄い人なんだなだという事が改めて分かります。日本産トンボの生態解明の多くは彼によるところが非常に大きいと思います。私は石田さんに一度、石垣島のヒナヤマトンボについてお尋ねしたことがあって、採集当時の状況や、その標本を東京の朝比奈先生が記載用にと借りた経緯や、その後の顛末が興味深く書かれたお手紙を頂いたことがありました。

 さて、話を終齢幼虫の探索に戻します。会津がだめなら今度はいわき市に向かいます。いわき市の阿武隈高地東斜面には数多くの生息地があります。ほとんどの沢の源頭部には分布していると思います。ただ、個体数となると意外に全般に少ないような気がします。この中で、いわき市三和町のある生息地は、個体数も多く安定した絶好の観察地であったのですが、最近スギの伐採作業が行われ、環境が激変してしまいました。昨年、それでもいくらかの個体数を観察しましたので、当地にでかけました。 

           10年ぐらい前に伐採用に造られた作業道跡、両側の流れに本種が見られる               

              中央の矢印の石、水際から約50cm離れている(上流から撮影)

 探索する沢は川幅2mぐらいで、昨年の台風でかなり両岸が削られ、一見荒れた沢のように見えます。この一帯の渓流は最上流部でも台風の影響を受けていて同様な景観を呈しています。そもそも小さな河原などもなく、わずかに増水時に打ちあがった土砂が所々にたまった場所が点々と見られます。早速降り立って、そんな場所の石をめくって幼虫探索を始めました。2,3の石をひっくり返していた時、オツ!突然、ムカシトンボが現れました。幼虫がいた石は底面が平たく、地面にトンと載っているような石で、大きさは多くの報告にあるように手のひら大の石でした。めくった石にしっかりしがみついていて、動きません。何だ、簡単に見つかるじゃないか。幼虫は動かずジっとしていますが、刺激を与えると、意外に俊敏に動き、その動きはトカゲのようで、これはもう陸上生物のような気がしました。

                       下流から見る                

                  石をひっくり返したところ、石にしがみつく幼虫   

                ムカシトンボ終齢幼虫 10/4/2021 いわき市三和町
                                                
                                            フラッシュを使用して撮影

 しかし、その後1時間、2時間とうとう追加発見はできず、腰が、、、、。やはり上陸した幼虫を探し出すことは難しい、というより非常に困難だと実感しました。上陸初期であれば、まだ水際の石の下にいる場合が多いでしょうが、時間の経過と共にどんどん遠くに分散するとすれば、見つかる可能性はより低下するはずです。撮影するなら上陸直後が良いのかも知れません。

 別の沢で同様の探索をしてみました。今度は県道わきを流れる小さな沢です。一方の山側は急峻な斜面で、樹齢は50年近くあるスギの植林地となっています。そう遠くない時期に伐採されて、この沢の環境は相当変わるのでしょうね。また、片方の県道側は補修工事(のり面が増水時に削られたり)が頻繁におこなわれているらしく、その跡がいたるところに見られます。しかしそうした環境にある中でもムカシトンボの個体数密度は高く、網を入れれば一度に複数頭が入る状態です。                    

                    舗装された県道わきを流れる小さな沢                         

                      赤丸の場所を掬ってみます   

                        どれ、入るか?                          

                     矢印のムカシトンボ幼虫とサンショウウオ

 こうした、両側が急な斜面(県道側は1m以上いきなり高くなっている)の沢ではどちら側に、というよりどの程度幼虫は沢から離れるのでしょうか県道側によじ登って移動すればすぐ舗装道路です、道路の向こう側に渡るのでしょうか?これは羽化をぜひ確かめたいです。多くの生息地では林道を越えて山側の斜面まで移動して羽化することが良く知られていますから、ある時期、ワラワラと多くの幼虫が道路を渡るのかも知れません。しかしこの時期でもまだ水辺から数10cmしか離れていない石の下に幼虫が潜んでいました。この個体も移動中なのかも知れません。   

                      矢印の石に幼虫が潜んでいる                     

                   気温が低く、全く動かない幼虫              

                羽化は来週遅くか? 17/4/2021いわき市三和町上市萱

いよいよ、福島でもあと1,2週間でムカシトンボの羽化が始まり、トンボシーズンが本格的に幕開けです。 

 
  









 



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