2023年8月17日木曜日

今期オオルリボシヤンマの交尾について分かったこと(整理)

ひとまず今期分のまとめを

 羽化から今日までその生態を、特に交尾の実態について観察を続けてきましたが、結局ますます交尾については謎が深まったという状況になってきました。そこで、一旦、これまでの分かった事実を整理して、頭のもやもやを払拭したいと思います。

(1)羽化
 交尾が全く見られない理由に、雌雄で羽化時期がかなりずれるため、性成熟期が一致せず交尾を見るタイミングを逸している?という疑問。

 このために羽化調査を行いましたが、羽化期間において羽化ピーク(50%羽化率)は5日程度のずれしかなく、確かにオスの羽化が早まるも、同時期にメスも羽化していることから、この疑問は却下!

(2)早朝に交尾しているのでは?
 多くの、というよりオオルリボシの採集や写真撮りを目的に早朝から行う人はさすがに少ないでしょうから、まだ知られていない?のではという疑問。
 
 観察を行えば行うほど振り出しに戻るのがこの疑問。いまだ、明らかな交尾行動を確認したことはありません。確かに、本種はトンボの中でも際立って早朝。暗いうちから活発にオスは活動するのですが、何のためにというか、何してんだか全く分かりません。これもひとまず保留。

 一方明らかになった個人的な新知見(かも?、すでに報告されているかも)
(1)羽化消長と性比
 具体的な数字で示すことができました。羽化は7月上旬から下旬までだらだらと続く。性比について、文献では性比が偏っているとするものがあるのですが、郡山の山地帯において羽化時の性比はほぼ1:1でした。

(2)オスの成熟度(日齢)によって行動様式が変わる
    ①早朝の摂食飛翔
 オスの累積羽化率が初めて100%になった7月29日(約半数はほぼ成熟、残りの半数は未成熟)の早朝の摂食飛翔は4時前後から始まり、未成熟個体は地上から10数メートルを大集団で飛翔しました。一方、成熟虫は地上すれすれから2mほどの高さを不規則に俊敏に飛び回る。摂食時間は未成熟が短く、成熟はその倍でした。
 ②摂食飛翔時間の変化
 日齢の経過とともに摂食飛翔時間の開始時間は遅れ、7月27日と8月17日では35分の差が生じました。
 ③摂食飛翔と制空飛翔の関係(生態学でいう縄張りの語句は、まだ使えない。確かにそうなんだろうと思いますが、今のところ、オスにとっての意義やその利益が認められないので、当面軍事用語の制空飛翔、制空権および制空域を使用します。その方が見ていてしっくりします)
 8月15日以前は摂食飛翔後、約30分後に制空飛翔が始まりましたが、8月16日より摂食と制空飛翔は区別できなくなって、制空飛翔のなかで摂食がおこなわれることが多くなりました。

(3)オスの制空域について
 本種の制空域は池、隣接する草地、林道および隣接する杉林の樹冠・樹頂の3つであり、彼らにとって価値の高い(今のところその価値自体が曖昧ですが)制空域は池>草地、林道>スギの樹冠・樹頂の順であると推察されました。
 ただしこれは検討の余地があります。すなわち、早朝池に初飛来する時刻にはスギの樹冠で同様に活発に飛翔するオスを多数確認できます。この時、まだ林道では制空飛翔はありません。となると、本種は夜はスギの樹冠部で過ごしている可能性が出てきます。多分メスもそうなんでしょう。もう少し樹冠部での観察が進むと3つの制空域の持つ意味がより明白に分かって来る可能性が考えられます。樹冠で制空飛翔している個体はしばしば池への侵入を図るため、降下して、池周辺の個体と乱戦になることがあります。でも直接池には侵入しません。
 いずれの制空域でも摂食、巡回、ホバリングおよび侵入個体との闘争が見られました。樹冠と林道で制空飛翔している個体は常に池への侵入を狙っているが、池の先住オスの排除力が圧倒的に勝るようでした。

(4)成熟オスとメスの飛来時期について
 メスの池への頻繁な飛来はオスの飛来に比べ2週間以上遅くなることが再確認されました。こんなに差が生じることは極めて不自然なことだと思います。これも謎。

(5)メスの早朝産卵
 メスは朝6:00前後から池に飛来し、産卵する個体が居る一方、飛来目的が分かりませんが、オスを引き連れて放浪的飛翔(かなりの距離を飛翔する)をおこなって池を離れる個体が多く観察されました。このメスの行動は要注意で、この先、交尾が起きる可能性も考えられます。メスの飛来は約30分間で、以後、飛来が絶えました。

(6)連結飛翔の確認
 今回の観察において、早朝2例ほど連結してスギ林に沿って飛翔しているのを確認しました。いずれも10m以上の高さをゆったりと飛んでいましたが、すぐに見失いました。どこで連結したのか確認できませんが、もしかしたらスギの上部でオスがメスを捕捉しているのかも知れません。なお、オスがスギ等の樹木の枝先や幹に沿ってメスを確認するよう上昇飛翔する行動が少なからず報告されていますが、ここでは期間を通じて2例しか見ていません。これが頻繁に起きたなら、連結飛翔の最初の雌雄の出会いに関連がありそうです。

以上をもって、今期のオオルリボシヤンマの交尾に迫るは終了します。敗北宣言!「相手が悪すぎました」。

                   
                                                               

                   オスの制空飛翔、上から2番目までは池に侵入できずにいるオスのホバリング。ライバルオスの飛来  
       を警戒して頭を林の方向に、斜め上に向けている
                                                               
 

 








 

2023年8月14日月曜日

迷宮入りになるかオオルリボシ参り

 さっぱり分からん!8月14日の巻
 この日の天気は非常に不安定で、現地には4時15分に着きましたが、まだほぼ真っ暗で、太陽高度が低くなって日の出が遅くなったことを実感しました。そろそろ摂食飛翔が始まるかという時、天気が霧雨になってしまい成熟虫の飛翔はありませんでした。その後霧雨が小雨になったり、突然止んで晴れてきたり、そしてまた霧雨と、目まぐるしく天気が変わりました。そんな中、オオルリボシヤンマは5時29分に池の上を複数のオスが飛翔し始めました。その後しだいに個体数を増し、それぞれの干渉が激しくなってきましたが、その間メスは現れません。8日にはメスを確認していますから、当然飛来があっても不思議ではありません。すでに多くは成熟しているはずです。
 6:45に何気なく、一番下に位置する池に降りていくと、何と複数のメスが数頭のオスを従え池の中を飛び回っているではありませんか!メスは一見すると産卵に訪れているように見えますが、産卵はせず、池の縁や周囲の草むらなどに入り込んでホバリングを繰り返します。時折水面に出て、水面の植物(ジュンサイ)に止まろうとするしぐさはしますが、すぐにまた、群がるオスたちを従えてふらふらと池の中や周囲を飛び回ります。そしてなかなか池を離れようとはしません。この行動は9月などに見られる、産卵メスに対するオスの行動とは少し異なる感じがします。オスはメスの捕捉にはるかに積極的で、しばしばメスにつかみかかり団子状に草むらや水面のジュンサイの群落上に落下します。ただいずれの場合も交尾には至りませんでした。
 飛来するメスは全てがオスを引き連れて池を飛び回るわけではなく、産卵行動を示すものも複数見られ、そうしたメスに対してオスは直ぐに興味を失うようでした。
 複数のオスを従えたメス(もちろんオスは必死に追いかけるのですが、メスは低速で飛んで、むしろわざと追いかけさせているような気がします)は最終的にどうなるか、ここが問題なのですが、延々と林道を地上低く飛び去るものや、スギ林の中に消え去るものもあって、その後どうなるのかは全く確認できませんでした。しかし、産卵個体もようやく確認できたことから、いよいよ本格的なオオルリボシヤンマのシーズンを迎えたことには間違いなさそうです。
                     
                      まだ薄暗い水面を飛翔するオス AM 5:30                                              
                                                 明るくなってつばぜり合いが多くなったAM6:10ころのオス
                           
                            同

8月15日の観察
 昨日、メスの飛来とその行動を観察することができたので、さらに詳しく観察しようと出かけてみました。前日とは違って、雨は全く降っていませんでした。アカショウビンの鳴き声を聞きながら摂食飛翔が始まるのを待ちました。4:48に池の上を飛ぶオスと林道の上を低く飛翔するオスを2,3頭を確認しました。しかし、飛翔するのはこれだけでした。この飛翔も5:00には全く見られなくなりました。
 池に再び現れたのは5:35になってからでした。これまでの観察ではそれぞれの池に制空権を持てる個体数は決まっていて、陽が登るにつれ、新たなオスが次々に飛来して池に侵入しますが、多分、先住オスによってほとんど駆逐されるようです。マーキングしていないので識別は出来ないのですが、闘争して帰って来たオスは元の場所で何事もなかったように落ち着いて飛翔するので、先住オスだと思われます。新たに勝利したオスなら池を不規則にそして敏速に飛びまわりますから。
 追い出されたオスの一部は再び池に隣接する林の空間や林道の決まった場所を長時間旋回していますが、だんだんその旋回する場所は池に近づいて、隙あらばという風に池への侵入を狙っています。ほとんどが成功しませんが。こうした個体を捕えてみると、まだ色彩が淡い若いオスである場合があります。
 6:00をまわりさらに昨日、メスを観察した時間帯になりましたが、いっこうにメスは現れませんでした。そればかりでなく、全く予想外でしたが6:24に何と連結になったペアが上空を杉林の中へと消えていくのを見つけました。予想していたように、ついに早朝の交尾を確認できたわけです。しかし、どこでオスはメスを捕捉したのでしょう。メスなんかまったく見ていませんし。さらにこの日8:00まで、確認できたのはこのペアのみで、ついにメスは1頭も飛来しませんでした。昨日はあんなにメスが飛来して、産卵まで行ったのにです。どうも腑に落ちません。結局、また明日も行かなくてはならないのです。まさにこれを泥船状態というのでしょう。交尾個体がワーっと飛んでくれないかな、オオルリボシ様🙇

8月16日 こんなに奥が深いトンボだったとは、とホホの巻
 というわけで、本日も行ってまいりました。台風7号ははるか西に位置していても、台風から伸びた長い腕は福島にも架かっていて、この数日天気が目まぐるしく変化しています。昨夜から朝方までは当地は雨で、早朝の摂食飛翔は当然全く飛びませんでした。それでも6:00には雨は上がり、直後の6:05にはオスが池に初飛来しました。その後6:24までにすべての池の納まる場所にそれぞれのオスが制空権を確保しました。
 次はメスの飛来を待つだけです。今日こそ来るか?6:28のことです。何とマルタンヤンマのメスが20mほどの高さで真っ直ぐやってきました。やはりマルタンヤンマは良いですね。そんなことで、つい上空が気になり時々見上げていると、スギ林の樹冠部をオオルリボシヤンマが数頭飛んでいるのに気が付きました。高さは20mあると思います。

 
                      

       オスが排他的に制空飛翔していた場所(赤円)



         スギ樹冠部をホバリングを交えながら制空飛翔するオオルリボシヤンマのオス                                      6:40-7:10
                                                                           
     
   侵入オスとやり合う

それぞれ単独で、ホバリングを交えながら決まった空域を制空しているようです。他個体が接近すると激しく追い出します。良くみれば、かなりの個体がスギの樹冠部あるいは樹頭部で同様な行動をしています。これらの個体は時折、降下して池の上空に侵入することがあり、猛烈な先住オスの迎撃を受け追い払われます。
                    
           樹冠部から降下してホバリングするオス、すぐに駆逐された。

 これまでの観察から、本種オオルリボシヤンマのオスは生息地の池を中心に、3つの異なる空域の中で、自らが制空することに必死になっているように思えます。まず、彼らにとって一番重要な空域は池上空で(交尾が観察されないのに重要とはおかしいのですが、まっ、トンボ屋の感覚からは自然かと)、ここは最も強いオスたちによって支配されます。池の空域を確保するには、なるべく早く飛来することが重要で、早ければ早いほど良い。8月中旬は5時20分前後には入らないと制空は難しいでしょう。次に、池上空に入ることができないオス(池のオスと闘争で敗れた者)は林道あるいは隣接する空域とスギ林上空の空域にそれぞれ自身の制空域を確保するようです。この際、林道のオスたちとの闘争で負け、林道の空域にも入ることができなかった最も弱いオスたちは(若いオスだと思います)、高所の樹冠に追いやられるのだと考えられます。
 池の中で見られる闘争様式は、林道さらに樹冠部でも場所は変わるが、そのまま同じことが行われていると見ます。そして、樹冠部のオスたちは林道へ、林道のオスたちは池へと侵入・定着を常に試みているのではないでしょうか(妄想部分多し)。
                    
             観察地の景観 池と林道さらに隣接する杉林  

 このように、オスたちの行動はそんなに単純ではないことがわかってきました。相当これは手強いです。今日は結局のところ。早朝から朝9時にかけて、交尾行動を狙ったわけですが、飛来したのは1メスにすぎず、数頭のオスを引き連れて、どこかに行っちまいました。したがって、この件に関しては全く進展がありません。早朝からオスたちはいったい何を目的に活動しているのでしょうか!オオルリボシに直接聞いてやりたいです! 

別タイトルへ続く
                    








                                                                           






      



















 

 

2023年7月28日金曜日

また始まった、泥沼状態のオオルリボシヤンマの観察 (このブログはパソコンでご覧ください)

 羽化消長                                                      
 これまでオオルリボシヤンマの羽化を、わざわざ早朝に見に行くことなどしたことはありませんでした。ですが、昨年までの観察から、どうもオスとメスの羽化時期がかなりズレているような気がして、そのことが配偶行動の観察を難しくしているのではないかと、悶々と考えていました。本当に羽化時期がずれるのか、今年はまずこれから見ていくことにしました。
 観察地を1週間ぐらい毎日訪れ、その日残されている羽化殻を拾い集め、オス、メスを区別して集計すれば簡単に決着がつくだろうと思っていました。ところがこれがそーでなかったのです。羽化は延々と20日間も続き、終わる気配がありません。先の見えない、池がよいを強いられる事態となっています。早く終わってくれえ!
 今日、7月29日時点での羽化消長を示します。
                     

 確かにボーとながめると、期間の前半はオスが多く、後半はメスが多いようにみえますが、前半にメスの羽化がほとんど見られないわけではなく、ケッコウな数が羽化していることが分かります。オスもまたしかりです。オスもメスもなぜこんなに長期間にわたって羽化するのか、かえって謎は深まるばかりです。
 しかし性比をみてみると徐々に拮抗してきていることが分かり、ようやく羽化が終了するのかなと期待が高まります。

成虫の観察
 観察している池に成虫が戻った(飛来した)のは7月21日でした、さらに7月27日にはかなりの個体が活発に縄張り争いをしていました。しかし、このところの猛暑で、とても観察どころでなくなってしまい、日周行動の観察のように、1日張り付いて観察するなどとてもその気になりません。
                      

                 メスの羽化、オスは羽化末期で見当たらない AM3:50         

早朝活動
 羽化写真ぐらいは撮っておこうと早朝出かけ、その際、成虫の黎明時の摂食行動を観察することが出来ました。昨年、8月18-19日に観察した結果では、早朝飛翔(摂食行動)は5時ころから始まったと述べました。ところが今回7月29日は4時05分にものすごい(こんなにいたのかと思うほど)数のオオルリボシヤンマが林道20mの範囲で上空10数メートルにわたって蚊柱のように群飛しました(実際には3時50分には飛んでいたと思われる)。明らかに摂食行動で雌雄入り混じっています。特に10数メートル上空には100頭以上が集まって、それはそれは見事な群飛で、久しぶりに感動しました。この群飛は上空高く飛び回る群と地上1メートル程度を飛び回る群の2つがあって、上空高く群飛するものは4時25分には完全に姿を消し、地上低く飛び回るものは4時50分には見られなくなりました。暗くて良くみえませんでしたが、上空高く飛び回っていた個体は全て隣接するスギ林の上部に姿を消すようでした。反対側の杉林は30mほど離れていて、そちら側に飛んでいく個体は観察できませんでした。
                                                                
                                                        黎明の空を群飛するオオルリボシヤンマ AM 4:05 7/27
 
 ここでまた疑問が。本種は日齢の経過と共に早朝活動の時間が遅くなっていくのでしょうか、それとこんなにたくさんの個体が観察される事は、羽化後あまり遠方に分散しないで一帯に滞留しているからなのでしょうか。現時点で、調査している池の外周1/3から150頭が羽化しました。ですから少なく見積もっても約300頭が羽化したのではないかと思われます。ここには連続する同様な池が、他に4つあるので、少なくとも1,000頭前後の羽化があったと推定されます。結局、観察すればするほど疑問は山積してきます。もう泥沼に泥船でこぎ出したようなものでござんす。

8月7日追記
羽化を調べてみて
 結局、今年のオオルリボシヤンマの羽化は7月31日で終了しました。昨年、オスとメスでは10日以上、羽化時期がずれているという印象があったので、実際に調べてみたところ、羽化期間はオス、メスで差異は無く、期間前半はオスが、後半はメスが多く羽化することが分かりました。それぞれの羽化数を累積羽化率でグラフにすると少し異なった曲線を描くことが分かりましたが、メスが10日以上遅れて羽化するとはとても言えませんでした。印象と実測ではこのように異なるのかと、少々考えさせられました。
 累積羽化率でみると確かに羽化個体が50%に達する日数は5日ほどメスが遅れるのですが、羽化期間がオスの終了してからメスの羽化個体数がピークを迎えるといったことはありませんでした。
                      

 こうなってくると、交尾の謎はますます深まってきます。オオルリボシヤンマのメスは多くの不均翅亜目のトンボに見られるように若い時期に積極的に交尾するものと思われます。成熟間もないメスが自ら積極的に交尾をするのであれば、普通ならすでに池に戻って縄張りを張っているオスは恰好のパートナーであるはずで、池に飛来すれば必ず交尾ができるでしょう。昨年はそれを狙って待ち構えていたのですが、とうとうマダラヤンマの時期になってしまい、興味の優先度から観察を打ち切ってしまいました。今年はマダラを捨てて、このオオルリボシの観察にかけてみたいと思います。でもマダラも良いなあ。

8月8日追記
 日齢の経過とともに、黎明の摂食飛翔はどうなるのかを知るために、早朝出撃して見てきました。前回は7月27日ですから、ちょうど10日後になります。
 飛び始めは 4:26 で、飛翔個体数は相当減って、10数頭ぐらいで上空高く飛翔する個体は無く、池の上や林道上1~2mを飛び回りました。終了は4:40で、27日に比べると30分ぐらい遅く飛び始めました。また、終了も早まりました。やはり想像していた通り、日齢が進むと飛翔時間は遅くなるようです。
 この摂食飛翔が終わるや否や池の上をパトロール飛翔する個体が数頭見られました。4:30からパトロールを始めるヤンマなんて全く想像もつきませんでした。明るくなるにつれ、池を飛翔するオスは増加していざこざが頻繁に起きるようになってきました。6:30にメス1頭が池を横切るように飛んで、3匹のオスがその後を追います。もちろん交尾はありません。ただ早朝にオスがパトロールする池をメスが訪れることがわかったのは収穫でした。
 オオルリボシヤンマのオスはなぜ、こんな早朝4時から池で縄張りを張るのでしょう?何かきっとそうしなくてはならない理由があるのでしょう。そして今週あたりから池に戻るメスが多くなってくるのではと期待してます。

  日齢と早朝の飛翔時間については、単なる気象条件の変化とみることもできるため、私はメンドクサイのでしませんが、検証することは必要でしょう。太陽高度は現在、徐々に低くくなっているために、日の出時間も、日々遅くなっているからです。気象条件が関与することを明らかにするなら、照度計で飛び始めの照度を計測したり、毎日通って飛び始めの時間を記録したりすれば、ある程度の予測はつくのだと思います。そして発生期間中のそのときどきの行動なども気象条件、気温だけでなく、日長や太陽高度などが深く関与しているのでしょう。

8月10日追記
 部屋を探したところ、以前、撮影に使っていた照度計が出てきました。どの程度使えるか、夕方、かなり暗くなった時に測定したところ、まあ使えそうなことが分かりました。やらないと言いましたが、折角照度計が手元にあるので試しに使ってみることにしました。
                     
                           こんなの
 
 8月10日は、夜間が雨、朝方少し小雨が降ったりやんだりの気象条件。4:00から5:50までは晴れ、その後霧雨となりました。オオルリボシヤンマは4:32 摂食飛翔開始。地上すれすれを敏速に飛び回わり、個体数は5~6頭。上空を飛ぶ個体は見られません。この時の照度は15 Luxで、急速に値が大きくなりました。摂食飛翔は4:48に終わり、この時の照度は205 Lux でした。この間池の水面上にオスの姿は無く、5:30にオスが飛来しました。この時の照度は1052 Lux でした。飛翔開始時刻は8月8日よりもさらに6分遅れました(雨だったことも?)。終了時間は10分遅れです。

つづく
 




 















2023年7月2日日曜日

キイロヤマトンボやーい!

 いよいよキイロヤマトンボの探索開始。

 阿武隈高地は白亜紀花崗岩から形成されて、特に浸食・風化が進んだ地域と言われています。したがって、河川下流部では風化した花崗岩や片麻岩から成る砂が河床に広範囲に堆積する河川が多く、各地にキイロヤマトンボが生息しそうな河川が見られます。

 夏井川はそうした河川の代表的なもので、私も1990-2000年にかなりの回数かよってナゴヤサナエやキイロヤマトンボの探索を行ってきました。しかし、特に後者のキイロヤマトンボについては全くその生息の痕跡すらつかめないでいました。ところが2021年に斎藤舜貴さんによって中流域で複数が12-Ⅶ-2021に採集されました(斎藤、2022, Tombo 64: 45)。早速、斎藤さんの御厚意でに採集地点を教えていただき、翌年の春に出かけてみました。ところが、現地に行って見てびっくり、生息地は数年前に起きた台風による大氾濫の対策として実施されている大規模河川改修で完全に消失していました。


                 あーあ、もーだめだ、何でこーなる!

 結局、キイロヤマトンボはその後、また新たな場所で採集され、現在も福島県ではほそぼそ?と生きながらえているようです。今回は河川を変えて探索の範囲を広げてみました。       

どうしてアオサナエなの!                                
 かつて茨城県内の生息地でかなり本種の生態を見てきたため、その時の記憶を基に朝6時に候補の河川中流域に行って見ました。6時10分、すると川面中央部をキイロヤマトンボが飛びまわりました。複数現れたようです。何だ簡単に見つかったなと拍子抜けしてしまいました。キイロヤマが近くまで飛んでくるようになりました。ここで、「ムムッ」と。腹部を高く上げて飛んでいるじゃないですか!飛び方も雑で、よくよく見れば、何だ!アオサナエのオスじゃないか。急に血圧が低下していくのを感じました。
 この川は幅が30m以上あって、岸部に砂地は無く一方は竹林、一方はヤナギ類の灌木帯となっています。典型的なキイロヤマやナゴヤサナエの生息環境です。まあ、アオサナエがいてもそれはかまわないのですが。何でよりによって今ここで!しばらく虚脱してボーっと見ていると、何とこのアオサナエたちは、延々と10分以上も中央部を全く止まらず、まるでミヤマサナエのオスように飛び回ったのです。飛翔範囲は中央部に限って15m×30mぐらいでしょうか。帰宅後で調べてみると、アオサナエのこうしたオスの飛翔は特に夕刻に良く観察されるとのことらしいのですが、早朝の飛翔は初めて見ました。

 そういえば以前、白河市の大きな溜池(水草は全くない)で早朝、アオサナエのオスが水面上を長時間ホバリングしているのを見たことがありました。さらに時間は多分9時~10時にかけてだと思いますが、同じ溜池で、複数のアオサナエが溜池中央部を水面上低く、3,4分飛び続けていたことを報告(Aeschna, 29:26-27)したことをハタッと思い出しました。この場合も今回の河川での飛翔と同じく、尾端を上げて水面低くジグザクに直進しては方向を変え、中央部だけを飛翔しました。実際に見たことはありませんが、多分、湖を生息場所とする場合は同じようなオスの飛翔がおこなわれるのかも知れません。

 さらに驚いたのはメスの産卵です。いきなり産卵水域に水面すれすれに飛来して飛び回ったかと思うと、岸部のヤナギの葉やツルヨシの葉などに止まって、卵塊を作り始めました。最初はホンサナエもいるのかと思いましたが、確認すると間違いなくアオサナエです。卵塊を作ったメスは河川中央部に飛んでいき、水面から高さ5、60cmの普段は見られないような高さでホバリングしながら卵塊を落下させました。産卵は計6回観察しましたが、いずれも同様の行動でした。アオサナエが岸部に静止して卵塊を作る事を初めて見ました。

 あいにく距離が離れすぎて300mmのズームレンズではまともな写真になりませんでしたが、参考のためにこんなことを観察したということでアップします。オスの飛翔行動は8時をすぎると全く見られなくなりました。産卵は9時以降観察できなくなりました。

 なお、この観察地では残念ながらキイロヤマの飛翔は確認できませんでした。コヤマ(多分)が1オスのみが飛んでいきました。転戦です。          

           アオサナエが早朝飛び回る河川の景観、画面中央部の川面を飛翔する               

              川面に倒れ掛かるタケの枝先に止まるオス(画面中央)   

                    朝日を浴びながら中央部分の川面を飛翔するオス              

                           同          

                      長時間中央部を飛翔し続けるオス      

                       中央部で産卵するメス
 
                  産卵を終え、尾端を水面に付け飛び去る寸前のメス



 


2023年6月8日木曜日

中通りのムカシトンボ Epiophlebia superstes の生態 1

 1ヶ月遅れの発生地では

 中通り地方の発生地は阿武隈高地の西麓部の一部を除いて、全て奥羽山脈にあって、これまで述べてきた生息地と異なり冬季間かなりの積雪があります。発生時期は標高や積雪の状況によって変わり、少なくとも浜通り地方とは1ヶ月以上遅れます。また生息地はブナ帯に多く、浜通り地方の多くの生息地とは環境が異なります。今回の観察は郡山市近郊の山地帯で、標高は600mほどですが、標高がもう少し高くなるとヒメオオクワガタやヨコヤマヒゲナガカミキリが見られるようになります。また、例にもれずツキノワグマの生息地ともなっていて、2,3日前直ぐ近くで、サイクリングをしていた方が襲われました。幸いムカシトンボの観察時間帯で遭遇したことはありませんが、夕方はしばしば目撃しています。浜通りと違って長時間定点に留まった観察にはこれが脅威となります。まあ、結果は大したことはないのですが、それよりたまに現れる人間のほうがはるかに緊張します。 

                 渓流脇に続く林道、舗装されていてこの上を飛ぶ

今年は早くなかった羽化時期

 通常この生息地は5月下旬から本種の姿が林道上にみられますが、今年は6月5日に初めて確認しました。福島県も例にもれずサクラは2週間も早く開花しましたが、一方、山々には例年以上の積雪がありました。こうしたことが逆に発生を遅らせたのかも知れません。そこで発生初期6月8日に林道での飛翔行動を終日観察してみました。この日は午前中は晴れ、12時ころから薄曇りで14時すぎには完全な曇りとなりました。気温も例年より少し高めでしたが、14時以降は急激に気温が低下しました。結果を下に示します。                   


 いわき市三和町の繁殖期前期の林道の飛翔行動と比較すると郡山市の場合、まず気温が比較にならにほど高い環境の下での飛翔開始となることが分かります。また、その飛翔パターンもいわき市では見られなかった、明らかに昼を中心にした時間帯に集中することが分かります(むしろいわき市の繁殖期間後期のものと同じような)。これらの個体ではいわき市においてみられたような、樹木に沿って上昇しながら枝先を覗きながら探雌飛翔することはまだ確認できませんでした。多分これから個体数が増加して、探雌飛翔もみられるようになるのだと思います(ここでも♀を捕捉して連結状態になるのを観察しています)。その頃の飛翔パターンはいわき市のものに似て来るのでしょうか。

今年度のムカシトンボの成虫の観察はついにキイロヤマトンボの時期になってしまったため、今回で一応終了します。いろいろ興味深いことがらが次々にでてきました。来年はそれらを少しでも解明できたらと思います。

今年、ムカシトンボを観察して分かってきたことを箇条書きすると、
1 県内では発生時期ごとに飛翔開始時間(林道での摂食・配偶行動)が変わる。
2 発生が早い地域には低温の影響が大きいが、12℃ あたりが飛翔最低温度となる。
3 発生が遅い地域において、飛翔時間(主に摂食)が早まる傾向は認められず、昼以降が活発となる。
4 オスの探雌飛翔のパターンは繁殖前期と後期では大きく異なる。
5 産卵は繁殖時期の初期に多い (おそらく交尾も)。
6 気温と飛翔行動(摂食・配偶飛翔、探雌・産卵飛翔)は浜通り地方のように5月上中旬に活動する地域では低温の影響が大きいが、5月下旬以降に活動する地域では気温との関係性は無いように見える。



                    



2023年5月26日金曜日

浜通りのムカシトンボ Epiophlebia superstes の観察 3 (オスのパトロールなど)

なかなかうまくいかない生態観察
 トンボでもチョウでも昆虫類の野外観察は、その日の気象条件に大きく左右されることが多く、思う様にはいきません。特にこのムカシトンボの発生時期は福島県浜通り地方の場合、低温の日が続いたり、かと思うと真夏日になったりと、非常に気象の変動が大きい時期です。したがって、ある日に集めたデータはムカシトンボの発生時期の全般を代表とするものとはとてもいえないことを、実際に観察していて痛感せざるを得ません。以下にその実例を挙げていきたいと思います。
 ムカシトンボの場合、極めて多くの同好者が多種多様の観察事例を持っているでしょう。しかし、生態的に極めて重要なことがらにも関わらず、ほとんどは個人的な断片的知見として発表されずに終わっているのではないでしょうか。

メスの産卵における学習
 あるトンボのスライド会で、ムカシトンボの写真の達人Kさんからこんな話を聞きました。ムカシトンボのメスは若い時に産卵対象を学習して識別するようになると。学習..?ですか..。と、まあその時は半信半疑でいたのですが、今年の観察で、最初に産卵が確認された日から数日後に複数のメスが明らかに産卵対象を探っているような偽産卵行動を示すのを目にしました。
 1例を示すと、メスは渓流の岸に生えているウワバミソウを覗き込む様にゆっくりと飛翔し、時々止まっては産卵管を茎に刺しているように見えました。しかし、産卵は行わずすぐに離れ、今度は直径が0.5cmぐらいのコクサギの幹に取付き産卵管を刺そうとしましたが、それは無理。すぐに離れ、近くのジャゴケに降り立ち、今度は産卵するかと見守りました。しかし、産卵管を刺すしぐさは見られましたが産卵はせず、また岸辺の植物の間を覗き込みながら飛翔、なんと枯れたサワアジサイの茎に止まって産卵管を突き立てました。ここは手ごたえがあったのか、10秒ぐらいとどまっていましたが、やがて飛び去って行きました。
 こうした行動は、この渓流で初めて産卵が確認されてから数日間に見られた行動で、それ以降は観察できません(5月25日に同様な行動を示すメスがいましたので、採集して確かめたところ初々しいぐらい若いメスでした)。このことを得意になって知人に話すと、「そんなの知ってるよ」って、結構見ている人は多いことが分かり、なーんだみんな知っているのかと少々意気消沈しました。Kさんはその後、「昆虫と自然」にこのことを書いておられます(昆虫と自然、2008年、Vol. 43、14-19.)。
 しかし、良く考えてみれば、この産卵前(?)の習性は生物学的に非常に重要なことではないかと思います。Kさんの言った通り、短時間のうちにムカシトンボは本能的に畦畔の植物を手あたり次第に産卵可能か否かを探って、最終的に産卵して良い植物を自ら選択するようになる。産卵できないものを覚え、できるものを記憶して決して間違わなくなる。これって正に学習ですよね。

オスの探雌行動
 (1)縄張りについて
 本種に縄張りがあるか?これは意見の分かれるところでしょう。縄張りとは特定のオスが一定の場所を排他的にこれを占有し、先住効果が見られるとされます。ムカシトンボの縄張り飛翔(仮にそう呼びます)は小さな落ち込みや、水深がほとんどない流れの上に見られることが多く、広くて2m、せいぜい1m四方をホバリングをしながら飛翔します。しかし、この行動は必ずしも縄張りの定義に合致しない部分があります。つまり、ムカシトンボの縄張り行動は決まった場所でいつも確実に見れるとは限らないこと、見られても一過性で、継続して観察できないこと。さらに縄張り飛翔と考えられるホバリングを交えた飛翔時間が短いこと、縄張りと考えられる場所での闘争は激しいが先住効果が発揮されているか分からない点です(福島県の場合)。また、縄張りの主たる目的でもあるメスとの出会いは、ほとんど見たことはありません。では何のための縄張りかという問題です。ただ、闘争は目では追いきれないため、ここはビデオでの記録解析がぜひ必要だと思います。特に、闘争場面では先住オスが勝つのか、侵入オスが勝つのか?あるいはメスが混じっていないかなどが明らかになれば面白いと思います。
                   
                  小さな落ち込みでホバリングを続けるオス
 
 (2) 気温によって変わる探雌飛翔パターン
   オスが流れに沿ってホバリングを交え、ゆっくりとウワバミソウなどを覗きながら飛翔するのは典型的な本種の探雌行動です。この行動は当然、気温との関係が気になります。まずこれを調べてみたいと思います。


 繁殖期間を前後(最初に産卵が確認された日から7日間を前期、以後を後期としました)に分けて調べてみます。先に述べたように天候(晴れ・曇り、気温)によって行動が大きく制限されるため、まず晴れの条件で、気温が大きく異なる日を繁殖前期で見てみました。それが上の2つのグラフです。グラフ上がこの時期を代表する最高温度16℃程度の日、下がこの時期にしては気温が大変高い最高温度約26℃の日です。10℃も違います。
 まず上のグラフからです。5月16日、この日の朝は寒く、ジャンパーを羽織るほどでした。13℃を境に飛翔が抑えられると書きましたが、どうもこれを見るとそうでもなさそうです。13℃を越えたあたりが一番飛来数が多く、気温の低い午前中に集中して飛来していることが分かります。
 一方、5月18日、平地では夏日だった日はこの渓流でもどんどん気温が上昇し、11時には25℃を越えました。予想ではもっと早い時間帯にオスたちが飛んでくると考えていました。しかし、何と初飛来はずーと遅く11時となり、さらに14時以降に全体の8割近くの個体が飛んで来ました。どうも予想とは全く異なる結果となりました。
 このように温度条件が変わると全くオスの探雌行動が変わってしまうのです。この理由は何なんでしょう?良く分かりません。データがもっと必要なんでしょうね。

 (3) 繁殖時期の前期と後期で全く違う探雌飛翔パターン
 これまで同じ場所で観察を続けていると、どうも繁殖時期前半は探雌飛翔してくるオス(メスの産卵も)の個体数は多いのですが、すぐに飛来数が急激に減って来るような気がしていました。そこで、今年は時期を変えて飛翔する個体数を数えてみることにしました。気温によって1日の飛翔パターンが変わるぐらいですから、繁殖時期全般を通じても相当変化するのではと容易に想像がつきます。本当に繁殖時期前期に飛翔が集中するのでしょうか?
 結果を見てみると、5月21日の調査では総個体数は5月18日の半分となり大幅に減少しました。また、観察される個体も午後により集中することが分かりました。さらに5月25日になると、さらに個体数が減少しました。繁殖前期のものは(2)を見返してください。 
                   5月21日
             
                   5月25日
 このように繁殖期間後期になるにつれ、急激に探雌飛翔する個体数が減少することがわかりました。しかし、同時にこれは発生後期となり個体数がどんどん減っていくこと(死亡する個体が多くなる)とも関連があると思います。この件は何らかの方法で確かめることが必要でしょう。どうすればいいのかなあ。
 あと、この時期に飛来しているオスはやけに無警戒(繁殖期間前期でも最初は私を警戒するでもなく目の前で探雌飛翔したのが、日がたつにつれ警戒的になって手前で迂回したり上空に上がってしまう個体が増加しました。今回飛来した個体はその点、若いオスなのかと)で、色も鮮やかな気がします。もしかすると羽化が遅れた、つまりより標高の高い渓流で遅く羽化した若い個体なのかも知れません。もしそうなら、繁殖時期前期に飛んでいたベテランはすでにこの渓流からどこかに移動しているか、死に絶えている可能性が出てきます。

 以前、発生初期の午前中にたくさんの個体が渓流に見られたので、1週間後に友人を連れていったところほとんど見られず、どうしてだろうと不思議に思っていたことがありました。今回ようやくその理由が分かりました。当日はすでに行動パターンが初期とは全く変わっていて、午前中はほとんど飛ばなくなっていたことと、急激に個体数が減少していたことで、ほとんど見れなかったわけです。午後に行けば良かったのでしょう。納得しました。

つづく

 

                    








 
 














 

2023年5月15日月曜日

浜通りのムカシトンボ Epiophlebia superstes の観察 2(温度の関係)

 成虫の活動(飛翔行動)

 「ムカシトンボの活動」といったらオスは探雌飛翔(行動)と交尾行動、メスは産卵対象物への飛翔と産卵そして交尾行動がまず頭に浮かびます。共通するのは摂食行動です。しかし福島県ではこれら個々の行動が実のところ何も分かっていないのです。最近、じっくりとこのトンボと向き合う様になってみて、これまで言われている本種の生態的な知見が、必ずしも当てはまらない部分があるように思うようになってきました。

 成虫の渓流における飛翔時期(すなわち成熟個体)にもかなりの幅が見られます。一般的に浜通り地方の阿武隈高地では 5月上旬~下旬。中通り地方の標高500~600m の奥羽山脈では5 月下旬~6 月下旬。吾妻山系の谷地平 (標高1400m)  では6月下旬~7月下旬。西吾妻西麓では発生が県内で最も遅く、7月下旬から8月下旬となっています。一方、会津地方の桧枝岐村では6月中旬~7月下旬で、その他はだいたい5月中旬~6月下旬が発生期となります。したがって、それぞれの地域のムカシトンボは時期的に異なる気象条件によってその飛翔行動が影響を受ける可能性が考えられるのです。

 今回はいわき市の渓流において、成熟虫の飛翔行動、すなわちオスの探雌行動、メスの産卵行動および林道での主に摂食と思われる飛翔行動の3つをみていきたいと思います。なお、今のところ、いずれの地域でも、近年の温暖化によって発生時期が早まる傾向は全く感じられません。日本各地の発生はどうなのでしょう。

林道上での飛翔
 渓流で羽化した個体はあまり間を置かないうちに、上流の開けた林道上で摂食を主にした飛翔を始めます。5月上旬は低温の日が多く、晴れていても気温が上らない日が続きます。これまでの観察ではそうした日でも大体14℃あたりが飛び始めかなとみていました。今年は実際に温度を測りながら1日の飛翔個体数の推移をしらべてみました(下図、拡大するとはっきり見えます)。
                     

 林道で始めて飛翔が観察できた日から7日を成熟前期それ以降を後期としてみます。成熟前期の5月11日の状況を見てみます。どうでしょう。思っていたより低温で飛び始めるようです。また、この時期だと昼前に活動が最大になり、13時以降はほとんど飛翔が見られなくなることが分かりました。なお、成熟後期の飛翔は観察していません。

気温と産卵行動
 次に気温と産卵行動について見てみます。いわき市三和町の生息地は好間川の支流で標高が550mあります。ここでは成虫の期間が4月中旬から5月下旬です。特に配偶行動が観察される期間は約1ヶ月で、この期間は浜通り地方特有の低温の日が多くなります。2020年の例で当地を見ますと、最高気温は下図のようになっています(現地に設置した自記記温計の記録から)。
                                                              
                気温を測定した源頭部の小さな流れ
                          
                      産卵対象を探すメス
                                                              

 これは産卵がおこなわれる源流の源頭部にあたる小さな流れで計測したもので、5月いっぱいの最高温度をグラフにしたものです。この時期は寒波が約1週間ごとに来て、気温が激しく
乱高下しているのが分かります。グラフの赤線は13℃あたりを指していて、この温度を境に晴れていても、それ以下だとほとんど飛ばないように思われました。もしそうなら5月繁殖期間の3日に1日(それ以上)は低温で飛ぶことができない状況であることが予想されます。そこで、この低温が実際に産卵行動にも影響しているかを見てみました。場合によってはもっと低温でも産卵行動を行っているかも知れません。
 この場所の主な産卵対象はウワバミソウです。そのほかジゴケやゼニゴケにも産卵が見られますが、コケへの産卵確認は不可能なので今回は省きました。下に日ごとのウワバミソウの産卵株数をグラフにしたものを示します(拡大して下さい。見やすくなります)。

      
 やはり、グラフから最高温度が13℃以下の低温の日になるとほとんど産卵しないことがわかりました。この地域ではこの時期特有の低温が直接、本種の産卵行動を抑制している可能性が考えられます。累積産卵率でみると、もし低温の日が無ければ、産卵期間の前半で総産卵株数の大半(80%)を占めたかも知れません。標本数が少ないのでこうだ、とははっきり言えませんが、ムカシトンボの産卵は産卵期間の初期に多くおこなわれるような気がします。

                  ホソバミズゼニゴケに産卵するメス
                                                                        
                                                  ウワバミソウに産卵する若いメス





   











阿武隈川のナゴヤサナエ(1)

 福島県におけるナゴヤサナエの生息地は、これまで浜通りの夏井川(いわき市)および中通りの阿武隈川流域にあって、約10か所の成虫、幼虫の確認地点があります。しかしこの中には河川改修や、原因は不明ですが、すでに姿が見られなくなった場所もあります。特に阿武隈川の生息地は最近記録が絶えぎ...