2021年6月27日日曜日

初夏の小川にて

最もトンボの種数が多い季節

                   

                水田地帯を流れる小川(郡山市郊外)

 フィールドになっている郡山市郊外の川の風景です。田植えから一ヶ月 、水田地帯を流れる河川では水田から排出される肥料、農薬が減少してようやく田植え前の水質に戻りつつあります。福島県では田植えは5月上、中旬で、代掻きから田植え直後に水田の水(これを田面水といいますが)を河川に排出します。理由はいろいろあるのですが、、、。このために河川の水からは田面水に溶け込んだ肥料成分や農薬成分がかなりの濃度で検出され続けます。とにかくこの時期の河川水の汚濁はひどいものです。このような状況は多くのトンボ類に影響を与えていることが予想されます。つくば市の国立環境研究所ではかなり前から河川の農薬が生態系にどのような影響を与えるかを調べていますので、興味ある方は参考にされると良いと思います https://www.nies.go.jp/kanko/tokubetu/pdf/972210-1.pdf 。その後水田で使用される農薬はかなり変わってきてはいますが、流出傾向は基本的に同じと見て良いと思います。    
 この川は水田地帯を流れるため、上述したような状況にあって、この時期ようやく水が澄んで来ました。川では盛期を過ぎたニホンカワトンボ、盛期のアオハダトンボ、発生初期のミヤマカワトンボ(稀)、発生後期のダビドサナエ、最盛期のアオサナエ、発生初期のコオニヤンマそして盛期のコヤマトンボが見られて、一年で一番賑やかになります。この頃はニホンカワトンボとアオハダトンボが完全に入れ替わる時期ですが、面白い現象がみられます。異種間交尾です。100%生殖行為が行われているかは定かではありませんが、♂の仕草はその可能性を予想させます。両種の♂がそれぞれ異種の♀と交尾しています。この川が特殊なのかこれまでに3例目撃しました。タイミングがあって、ニホンカワトンボ♂♀の生き残りがわずかになった時にいずれも観察できました。
                    
                    
               異種間の交尾, 上がアオハダ♂+ニホンカワ♀, 下はその逆

 どういう事なんでしょうね。トンボは昆虫類のなかで異種間交雑が多く報告されているようですが、それは単に見つけやすいということもあると思います。進化生物学的、分子生物学的研究の分野において、近年重視されるようになった遺伝子浸透の事柄は、その見地から見れば他の多くの昆虫類で常に起きていることだと思われます。もしかすると一見、この非常に奇異に見える、分類学的な側面から見れば異端な現象を、私たちは進化の過程の一部として、今まさに見ていることなのかも知れません(遠い将来、受精して雑種ができたと仮定して)。
 さて、この川でニホンカワトンボは産卵を流木に行うことが多いですが、アオハダトンボは川面に流れるツルヨシに行うのがほとんどです。この川はそもそも河床が岩盤で、大雨時にはたいそうな流速となるためにほとんど流木が岸に残されていることはありません。そのために、ニホンカワトンボの個体数は非常に少ない特徴があります。一方、アオハダトンボは個体数が多く、通常7月第2週ぐらいまで見られます。そして、その後は急速にハグロトンボと入れ替わります。アオハダトンボは県内に広く分布していて、本種が現れるともうすぐ夏だな、と実感します。アオハダトンボの配偶行動は見ていてとても興味がわきますが、この属は多くの研究例があって、特にヨーロッパの種については報告が多いようです。
             
                   
                           
                          
                     アオハダトンボの生態もろもろ

 
この時期この川に生息するサナエトンボで個体数が最も多いのはダビドサナエです。主な川中の石には♂が陣取っています。多数の♂が待ち構えている割には♀の飛来は非常に少ないように思います。その分、産卵に飛来した♀は♂に捕捉される確率が高くなるようです。♀はこの川の場合、岸部に丈の短い単子葉植物が無いため(川の増水がすぐ起き、流される)、1mほどの丈がある草木植物の上で産卵します。産卵に飛来した♀を見つければ、ホバリングして産卵するため撮影は簡単です。ですが、何だかこのホバリングする個体の撮影が私は苦手で必ずピンボケになります。最近はカメラの性能が著しく向上しているので、連写で撮っているのですが、そもそもピン合わせがピンボケですから話になりません。
                     
                    
                     
                      ダビドサナエのもろもろ

 この川ではもう一種、この時期、本来ならもう少し下流で見られるアオサナエが多数上って来て、狭い川で縄張り争いをしています。もっと広い下流でやればいいのにとその様を見ていると言いたくなります。一時は、夕刻多く観察できるアオサナエの産卵の撮影に熱中しましたが、今は♂の飛翔中の写真を撮りたくて、そればかり狙っています。アオサナエ♂のホバリングはめったに見ることがありません。一度だけ、猛スピードで産卵に来た♀が♂の追跡を受け、川岸のヨシの茂みに突っ込んでしまいました。追ってきた♂はあきらめきれないのか、ヨシに絡まった♀の前で数分もホバリングをしていて、絶好の機会とばかりと撮影しました。しかし、ISO感度を変えたままにしていて、真っ黒でした。気が付きませんでした。
 私にはトンボ写真の師匠が2人います。一人は茨城県のN氏で、陰ながら師匠と崇める方で、私はその撮影思想、技術には深く傾倒しています。もう一人は長らくの友人で、石川県のM氏です。多くの撮影に関する情報を教えていただいています。そのM氏から送られたアオサナエの飛翔写真を見た時、ショックでした。どうやって撮るのか、いろいろ教えてもらって最近ようやく、それらしく撮ることに一歩近づくことができました。
                     

                     
                    
            
      上から♂の待機状態, 産卵飛翔および♂の飛翔

 この川の王者は何と言ってもコヤマトンボでしょう。6月上旬から羽化が始まり、今が盛期で活発な活動が見られます。早朝から夕暮れまで活動しますが、昼以降2,3時間は活動が鈍ります。このトンボも生態が良く分かりません。大体どのくらいの距離をパトロールするのか知りたいものです。接近した♂どうしはすぐに激しく争います。その一方、わずか数mぐらいの間隔を次々に♂が飛んでくることもあります。子供の頃、川岸で待ち受けて、一直線に飛んできたこのトンボを採ることは何物にも代えがたい心の高揚を覚えたものでした。また同様にイギリスの著名なトンボ研究家であるフレージャーもこのトンボを採集するのは一種のハンティングのようだと言っています。
 福島県では極普通に見られる本種は、猪苗代湖や檜原湖などの大きな湖にも生息していて、若干河川とは異なる行動を見せます。特に産卵は、河川だと川岸の植物に沿った2,3mの長さを素早く往復飛翔しながら打水産卵を繰り返しますが、湖ですと沖合で直径10数mの円を描くように飛んで打水産卵を行うことをしばしば観察します。
 福島県からは問題種キイロヤマトンボの記録が県南地方からあって、その記録の真偽はともかく一応生息の確認をしなくてはならない課題になっています。県南地方やいわき地方は茨城、栃木県の生息地からはさほど離れてはいませんので、再確認できるかも知れません。以前、いわき市や矢祭町の河川を重点に数年間調査したことがありましたが。特に夏井川はほぼ全域が砂地で、生息地としては申し分なかったのですが、不思議なことにトンボそのもののヤゴもほとんど採れず成果は得られませんでした。その後、キイロヤマトンボの調査は成果もなく意欲が湧かず、結局その後行かずじまいでした。
 でもいるかもしれないのでだれか若い人やって!
                    
                        ♂のパトロール

                        ♀の産卵飛翔
 



  
 










 
                       

                      
 
 

 


2021年6月18日金曜日

墓地のムカシヤンマ(2)

                      

                     正面の岩場とその上の草付きが発生地

  結局、この斜面から羽化したのは十数頭(予想)で、調査対象とした岩場(長さ15m×高さ5m) からは計9頭が短期間で羽化しました。羽化後、この岩場を含む斜面及び付近でムカシヤンマを見ることはありませんでした。その後いつこの岩場に現れるのか、毎日確認に行きました。6月5日、ようやく複数の♂が戻りました。成熟までには約17日かかったということになりました ( あくまで羽化した個体が戻ってくると仮定してでの話です) 。       
 そこで成熟した個体の活動を12日と13日後の6月17日と18日の両日に早朝から発生地に詰めて終日、観察してみることにしました。私はこの時期を発生中期と考えていました。17日の天気は前日の大雨からようやく天候が回復しつつある状況で、曇りですが、じょじょに雲が薄くなってきました。翌18日は朝から快晴でした。
 17日は当地の朝8時30分の気温は19℃でした。ムカシヤンマは9:21に♂1頭が飛来してきました。一方、18日は同じ気温でしたが、最初の♂は8:42に飛来し、晴れていて陽が射していると飛来は早くなるようです。                            
                                                          岩場に飛来した♂ 17/6/2021 郡山市       

                            同  

                              側溝で待機する♂, 岩場全体が見えてよく♂が止まる             

                         同じく見通しが効く岩場手前の草地で待機する♂

交戦好きなオスたち
 この岩場の広さから、オスが縄張りを張れる範囲は限られ、せいぜい2頭が良いところでしょう。しかし観察を続けると、どんなに離れて岩場に定位している♂たちでも一方の♂が飛び立つと必ず他方の♂がスクランブルをかけて激しい空中戦になります。ガシャガシャとかなり激しくやり合います。この時期すでに♂の翅は相当痛んでます。とにかく飛び立てばすぐ空中戦です。翅もすぐにぼろぼろになるわけです。侵入♂に対して待機中の♂が飛び立って争い、空高く上昇して、決着がついて一気に両方が降下して劣勢だった方がこの場を離れます。そして再び勝者が待機。午前中この岩場には1♂が定位しているのがほとんどで、2♂の場合はそう長く続きません。結局どっちかが追い出されます。そして新な♂がたまに侵入すればまたすぐにスクランブル、こりゃたまったもんではありません。ひっきりなしに新たな♂が侵入すればさすがのムカシヤンマも体が持ちません。
 両日とも午前中は岩場には大体常時1~2♂が見られ、午後になると侵入♂の頻度が増えました。そして午後3時以降は岩場に3~4頭の♂が入れ代わり立ち代わり常駐し、そのたびに3,4頭による激しい空中戦がおこなわれ、はちゃめちゃになります。これは特に終日快晴で気温があがった18日に顕著となりました。見ている私も、もはやこの状況にくたくたになってしまいました。もうこの連中に付き合うのはコリゴリです。やっと♂が姿を消してくれたのは17日が15:30、18日が16:45で、気象条件によって異なりました。
          
           この野郎、まてー!とばかり同じ岩場に定位していた♂同士の争い             
                     
                        車のすぐそばで争う♂たち

                                             争いの終盤, この状態でどんどん上昇して勝敗が決まる

監視オスの死角で産卵
 このように、常時雄によって見張られている岩場とその上部の草付きの湿地に♀は産卵のためになかなか近づけません。しかし、♂たちが好んで定位する岩場は角度が垂直に近い角度で、ここに止まると岩場の上面にある草付きの湿地は全く見えません。逆に考えれば、なぜ見通しの悪い場所に陣どって何やってんだいと言いたくなります。この位置だとほとんどがライバル雄対応の止まり方になってしまいます。10:31♀は湿地の上部から現れました。しかし岩場の上の湿地までしか来ません。分かっているのでしょうか、それ以上下の岩場には降りようとしません。岩場には♂が1頭張り付いています。♀は草のなかに潜り込んで産卵を始めました。わずかに移動する際にかなり翅音がしますが、♂は全く無反応です。♀はそんな♂を後目に産卵を続けます。産卵は20分継続しましたが、その間♂は♀の存在を知ることはありませんでした。ゆうゆうと産卵を終えると♀は一気に飛び去って行きました。
                       
                         
                       集中して産卵に勤しむ♀
交尾のために飛来する♀
 ♀はこの岩場に飛来する目的は明らかに産卵ですが、どうも明らかに交尾が目的で飛来する個体があるようです。♂が複数、例によって大騒ぎしている中にわざわざ飛び込んで来て、♂の目の前を産卵するような仕草をしながら飛んで、♂の注目を引く♀がいるのです。複数の♂がたちどころに♀に殺到し、地面に団子状になって転がります。その様はお、お前たちほんとにトンボかよ、と。そして大体3連結になったりしながら、連結ペアが岩場を離れ、近くマツの木の幹や梢に止まって移精して交尾します。♀にも感情(私はそう思わずにはいられません)があって、産卵中の♀は♂が強襲して強引に交尾のために連れ去るのが不本意なんでしょうね、いやいや♂に捕まって、連れていかれる時に、全くやる気なしで、だらんと飛ぶ気なしの雌がしばしば見られます。この時はさすがに雄は♀の巨体を自身の飛翔力だけで持ち上げることはできず、付近の草むらに不時着し、そこで雄も不本意ながら交尾する姿があります。「産卵中の♀が♂に捕まる例は決して高くはなく、見つかって、♂の捕捉行動があった場合、ほとんどの♀は産卵を中断して猛烈な勢いで逃げ去ることが多いようです(この部分は昨年までの観察から)」。    
                     

                      
          
 ♂は♀を拾い上げたと同時に移精して、近くのマツの梢と飛び去る (18/6/2021郡山市)
                       
        
        

                    マツの幹で交尾するペア ( 4/6/2020 郡山市)

 ♂の配偶行動問題点
 ♂は上述したとおり、♀が産卵にやってきそうな水が滴る斜面で、他の♂と果てしない競争をしながら待ち伏せして、運が良ければ産卵に訪れた♀と交尾します。しかし考えてみれば、今回の観察で、終日見ていて産卵に飛来した♀の数は、わずかに2日間で5頭で、うち交尾したのは2頭のみでした。この間、この岩場には延108頭の♂が着地しました。この108頭が全て異なる♂では極端に1頭あたりの交尾可能な確率は低下してしまうでしょうが、限られた複数の♂だけだったにしても、♂にとって、交尾は並々ならぬ努力が必要だと考えざるを得ません。ですが、今回これを証明するすべがありません。羽化時や発生初期にマーキングすべきだったと悔やまれます。ただ空中戦で入り乱れた時の最大個体数は5頭でしたから、この岩場を対象に集まった♂たちの数は、もっと多かったことは予想がつきます。ただそれらがどの程度新規個体と入れ替わり続けたのか、肝心の部分がわかりませんでした。
 またあぶれ♂?の存在もあります。岩場では午前中は1、2頭しか定位できませんでした。それとてしょっちゅう小競り合いで追い出されたりの繰り返しで、どのくらいの個体が追い出されているのかは分かりませんが、岩場から30mほど離れた斜面に複数の♂が間隔をとって止まっているのを観察しました。岩場の状況を見ながらそちらの方も気にしていたところ、産卵を終えた♀がそちらの方に飛んで行って、たちどころに複数の♂によって捕捉され連結態となって飛び去るのを見ました。
 このことから、岩場に定位できない、いわゆるあぶれ♂(意外に数が多いかも)が周辺で産卵が終わった、あるいは産卵に訪れる♀を待ち伏せしている可能性があります。
 今年はさすがに食傷気味ですので、来期あたりにこの問題を調べてみようかと思います。
                      
           手前の岩場が発生地. 奥の30m離れた赤い矢印の地点に複数の♂が止まっている







 


2021年6月15日火曜日

軽戦闘機のトラフトンボと重戦闘機のオオトラフトンボ

 初夏の制空権争い                                                                                                                                                                                                                                          
 5月に入ると低地から順次エゾトンボ科のトラフトンボが水辺に戻ってきます。浜通り、県南地方は上旬から、中通り、会津地方低地は中旬。そして標高500mあたりでは下旬からといった具合です。一方オオトラフトンボの方は、遅れて6月から一斉に各地で見られだすようになります。標高の高い尾瀬だと8月まで見られます。生息地は標高が大体500m以上の池沼に限られ、カラカネトンボと混生することが多いです。ただ、どういうことなのか分かりませんが、郡山市、矢吹町や伊達市などの低地の溜池にも時折現れることがあります。                  
 当初トラフトンボとオオトラフトンボが属する Epitheca 属 はこの2種から成る小さな属でしたが、近年北米に広く分布するTetragoneuria 属の10種が Epitheca 属 に移されて一挙に12種と大世帯になりました。津田さん(2000) を見るとトラフトンボは中国と朝鮮半島にも分布しているのに対して、オオトラフトンボは朝鮮半島にいないのは不思議です。オオトラフトンボはヨーロッパからロシア、中国に広く分布するとされていますが、西ヨーロッパでは稀種となっているようです ( Askew, 1988)。                                                                                              
 初夏のオオトラフトンボはトンボ好きにとっては外せない種類で、毎年、他県では発生地に人が集まるそうです。幸い、両種とも福島県内には広く分布して混生する生息地も多いため、私にとって新な生息地を探すことは楽しみの一つになっています。オオトラフトンボはトラフトンボに比べ、ふた回りほど大きく(中には明らかに異常に大きな個体も見られます)、一見軽快に小回りを利かせて飛翔する軽戦闘機のトラフトンボと、大馬力で強力な飛翔力をもって、うるさくちょっかいをかけるヨツボシトンボやカラカネトンボを蹴散らし、時にはクロスジギンヤンマも一掃してしまうオオトラフトンボは重戦闘機のように見えます。
 

                トラフトンボとオオトラフトンボが混生する沼

♂の縄張り飛翔
 一般にトラフトンボは池沼の岸に沿って♂はパトロール飛翔し、オオトラフトンボは中央部を飛翔すると言われています。しかし、観察していると、これは池沼の状況、すなわち浮葉植物の有無とその繁茂具合によって変わることが分かります。県内各地の生息地で観察すると両種とも開放水面を好んで飛翔して、ジュンサイやヒツジグサなどの浮葉植物が繁茂し水面を覆っている場所では縄張りを張りません。ですから浮葉植物が少ない池沼では岸部に強く執着するように見えるトラフトンボでも岸からかなり離れた水域でオオトラフトンボのように円を描くような飛翔を行なうことが良くあります。逆に、浮葉植物が繁茂する池沼で開放水面が岸部に広がっている場合、オオトラフトンボはトラフトンボのように岸部に沿って往復飛翔して縄張りを張ります。このような時は開放水面に何もないようなところには執着せず、まばらに浮葉植物が見られるような場所で縄張りを張ります。これは雌の飛来してくる場所でもあるからなのでしょう。

♀の産卵行動
 私自身の観察例は多くはないのですが、トラフトンボ、オオトラフトンボ両種とも♀は産卵に先立って、水面すれすれに一度産卵場所を下見に飛来するように思えます。そしてこの時にオオトラフトンボの場合は♂に捕捉されて交尾する場合が多く、♀は捕捉されると、ほとんどが水面に落とされ、♂がすぐに拾い上げ直ちに交尾態(リング状)になって水域を離れます。一方残念ながらトラフトンボのオスによる捕捉の瞬間は観察したことがありません。気が付くとすでに交尾態となって水面上を飛び回っていたということが多いのです。
 トンボ仲間の友人には、トラフトンボが交尾態になって飛翔するシーンをバッチリ撮影している人もいるのですが、私は全部ピンボケ写真しか撮れません。あんなにちょこまか動くやつをどーやって撮るんだろ、Mさん!
 オオトラフトンボは交尾を終えると主に岸辺に飛来します。産卵場所は卵塊を引っ掛ける(絡ませる)基質が無くてはなりませんし、同時に産卵に先立って止まって卵塊を作る植物や樹木がなければなりませんから、自ずと産卵に適した水域は一定の場所に集中してきます。発生盛期には多数の産卵紐が同所的に見られます。
 産卵域に突然飛来した♀は一瞬ですが、水面を確認するように飛んでから何かに止まって卵塊を作り始めます。その何かは、どうも何でも良いらしく、しばしば待ち構えている私のズボンや帽子に止まって卵塊を作ることもありました。
      
             縄張り飛翔するオオトラフトンボ  11/6/2021 会津若松市
                         
                          急旋回する♂ 11/6/2021 会津若松市 
                           
                  縄張り飛翔する♂ 12/6/2021 北塩原村

 ♀は2、3分かけて体の大きさに不釣り合いなほど大きな卵塊を作ると翅を震わせ、飛び立ちます。撮影者が動いたり、他のトンボがちょっかいを出さなければ、下見した水域近くに産卵するのですが、だいたいは卵塊を抱えたまま飛び回り、産卵に適した場所を探します。この場合、岸から相当離れた中央部付近に産卵してしまうことも少なくなく、産卵場所の選定は必ずしも私の思惑通り事が進みません。結局、このためにこれだという産卵の写真は撮れたためしがありません。前もって下見に来るのだったら、そこに産卵すればいいのにと勝手に思ってしまいます。
 オオトラフトンボが池沼の中央部で縄張りを形成する場合、産卵も同じ場所で行われることが多く、よくよく観察するとその部分にまばらに浮葉植物が見えます。こうした場所なら卵塊を植物の茎に引っ掛けて引きずりやすい水面が確保されます。岸部でも卵を引っ掛ける基質がまばらで、その後引きずる水面(長さが2,30cm)が確保されていないと産卵は行われません。
 これに対してトラフトンボの産卵はオオトラフトンボをスケールダウンしたような産卵で、主に岸部の植物に止まって卵塊を作った後に、飛び立った♀は付近を飛び回ることはせず、すぐに産卵を行います。この際、ヨシや枯れ茎が密生しているような場所でも潜り込んで産卵します。オオトラフトンボでは絶対にそのような環境では産卵を行いません。大きさが違うからなんでしょうか?
                    
オオトラフトンボの産卵ポイント(赤矢印), まばらにジュンサイが生えている. 5本の卵紐が確認できた
                
          夕方、ハンノキの葉に飛来して卵塊を作る♀ 26/6/1996 北塩原村

松の幹に止まって卵塊を作る 20/6/2000 北塩原村

              水際の枯れた抽水植物の茎に止まって卵塊を作る若い♀ 11/6/2021 会津若松市
                           
        岸の産卵ポイントに飛来した♀、翅が切れてしまった 1/7/2000 北塩原村

            フレームに収めるのがやっと  同
                                                             
                          何処写しておるか! 直前に産卵して行った別の♀の卵紐が見える 同

 トラフトンボの産卵行動は見ていて人情味を感じます。上述のとおりトラフトンボの♀をキャッチするところは見ていませんが、オオトラフトンボと異なるのは周辺の立ち木の梢で交尾した後に、水辺に交尾態のまま飛来することでです。ペアは岸部の水際をゆっくり飛び回りながら、まるで♂はここで産卵したらと♀に促しているようで、♂が気に入った場所で♀を離します。♀は従順にしたがう場合はその近くの植物に止まってオオトラフトンボと同様に大きな卵塊を作りだします。しかし、しばしば、余計なお世話とばかりに♂から離れるや否や、バビューンと飛んで行ってしまう♀、あっけにとられたように見送る♂。あんたにはいちいち指示されるのはまっぴらよ、とでも言っているような♀の行動で、まるで私やあなた(男性)の場合を見ているようではないですか!
 今シーズンはかないませんでしたが、ぜひ、産卵行動を写真に収めたいです。
                           
                    縄張り飛翔するトラフトンボ  18/5/2021 郡山市
                         
                      同 6/6/2020 会津若松市
                   
                      卵塊を作るトラフトンボ♀ 6/6/2020 会津若松市
















                                               

 

アキアカネの配偶行動 (2)

  精子置換はいつおこなうか?  今のところ、新井論文が非常に的を得ているように思えました。このままではやはり妄想論でしかなかったことになってしまいます。そこで改めて、新井さんが述べておられる、ねぐらでのアキアカネの配偶行動を再度観察してみることにしました。           ...