2023年4月25日火曜日

オツネントンボが畑のアスパラガスに産卵する!(このブログはパソコンでご覧ください)

はじめに   

                    一般的なオツネントンボの産卵形態

   オツネントンボがアスパラガスに産卵することを知ったのは、2018年の夏のことでした。福島県農林水産部の F さんからオツネントンボと思われるイトトンボがアスパラガスに産卵しているので、こうした事例はあるかという問い合わせを受けたのです。その時送られてきた写真を見てさすがにビックリしました。本種が畑の作物に産卵することなど聞いたことがないですから。Fさんに詳しく聞いてみると、会津地方に広くそうした事例が見られ、一部で問題になりつつあるとのこと。翌年、F さんの御厚意で実際に現地を見て回ることができました。しかし産卵が確認されたアスパラ畑を見れば見るほど、何でこんなところで産卵するのかという謎が深まるばかりでした。残念ながらその時は産卵は見ることができませんでしたが、アスパラガス畑にオツネントンボが集まっていて、交尾を確認することが出来ました。            

 こうなると、オツネントンボは明らかに新農業害虫となり、本邦産トンボにおいてオオアオイトトンボと肩を並べる(実害ではアスパラガスがはるかにインパクトがある)害虫となったわけです。また、当然こうした事例は農業分野でのトピックとなり、ネットではすでに2019年の第3回全国アスパラガスシンポジウムにて、オツネントンボがアスパラガスに産卵する事例報告(福島県関係者が発表したのかも?)があったと紹介されてます。

 しかし、一部の生産者や関係機関の方々以外にはこの話は伝わっていません(たぶん)。今後、公的機関の専門誌、あるいは関係する学会誌にこのオツネントンボの産卵生態が報告されるかもしれません。アスパラガスへの産卵については、以上のような経緯・背景があるなかで、今回ブログでは、トンボ屋目線で観察した奇妙なオツネントンボの産卵を掲載しました。

                  産卵が見られるアスパラガスの露地栽培の畑
                                                                               
                  周辺は雑木林と水田(まだ入水されていない)
                         
                      一方は果樹園に接している 

現地へ
 4月25日、前日までの強風と低温が一時的におさまるのを見越して現地に出発しました。当日は19℃とまずまずの気温になって、以前 F さんに案内してもらった畑を見て回りました。さすがに時期的に早いらしくアスパラガスは以前見た時よりまばらで、茎丈も全く伸びていません。生産者の方がいないので畑には入らず、農道から目視でトンボを確認しましたが、姿はありませんでした。昼食後、13:30頃近くの溜池に行ったところ、多数のオツネントンボが産卵しているではありませんか。

 もしかしたら午後にはアスパラガス畑にも飛来しているのではと思いながら、目を付けていた畑に向かいました。車を止めて降り立つや否や、一番手前のアスパラの畝から2頭のオツネントンボが飛び立ちました。さらに畝に沿って歩くと何と産卵中のペアを発見しました。午前中は1頭も居なかった畑で産卵を確認できるとは感激です!
                     
           いた!アスパラガスの茎に産卵するオツネントンボ
                  
                    同じ個体と思われるもの
                         
         同
                                                                                 
                                                           上の写真のクローズアップ、ムカシトンボと同じような産卵痕です.
                                                                                   
                                                                          
                                                                               産卵翌日の産卵痕の状態. 
                                                                            
                                                  疑似産卵かと思って表皮を剥ぐと間違いなく卵を確認できました.

 この畑には1~2ペアのみが飛来していたように思います。その他オスが数頭確認できました。すでに溜池では産卵盛期に入ったように思いますが、アスパラガス畑ではまだ早いような気がします。オツネントンボは強くアスパラ畑に執着しているようで、追い立てても畑からは出て行かず、必ず戻ってきました。さらに以前の観察などから、雌雄とも明らかにアスパラガスの畑に集まって来て、そこで交尾し産卵するものと考えられます。本来ならありえませんね。こんなこと。写真のとおり、地面は乾燥しており、土ぼこりが立つほどです。綺麗に管理されていて雑草1本ありません。周辺にはコンクリート製水路(水田用)がありますが、水量はさほど多くはありません。その周辺を含め一帯に本種の姿はありませんでした。このような環境下において、なぜ産卵行動が見られるのか、まったく雲をつかむような話です。
 この件で思い出したのが、オオアオイトトンボです。自宅の庭に秋になると何処からともなく雌雄が飛来してきて、ある夕刻、何とヒイラギの木の枝に産卵を始めたではありませんか、その個体は延々と産卵を続け、21時すぎてもまだ産卵を続けたことを思い出しました。庭には全く水がありませんから、産卵は無駄な行為です。オツネントンボと共にアオイトトンボ科のグループは不思議な産卵生態を持っているようです。 

          ヒイラギに無意味な産卵を続けるオオアオイトトンボ, 21時の撮影 
 
つづく       
            
                              

       






   
     
 

                          




2023年3月8日水曜日

ハネビロエゾトンボ幼虫を求めて(その2)

なかなか見つからない幼虫

 中通り中央部での探索は幸先よく、しかも簡単に見つかったことからこりゃ楽勝だ、と内心ほくそ笑んでいたのですが、どっこい、そう易々と事は進みませんでした。かつて確認した産地は全てダメで、幼虫どころか生息地自体が無くなってしまった所もありました。特に最近の太陽光発電所の建設地は、本種の生息地が多いなだらかな丘陵地に作られることもあって、そうなると生き延びることはできません。
 また、福島県も他県と同様に水田の廃田が多く、本種が棲む水田用水路の維持管理ができなくなって、この時期以外には藪が酷くとても近づけないような状況になってしまった場所もあります。こうした状況を目にしていて少々消化不良ぎみになってきました。
 そこで、思い切って浜通りのかつての生息地を歩いてみることにしました。複数あるのですが、今回は浜通り北部を訪ねることにしました。

 レンズ後玉に指紋が付いてたー!水田地帯にある生息地、ほとんど傾斜のない小規模の谷戸が数多く見られる。

 ハネビロエゾトンボの生息地は中通り地方と同じく、溜池に注ぐ細流だと思います。以前は素掘りの用水路もみられましたが、今ではめっきり少なくなりました。訪れたかつての生息地はさすがに藪が混んで、シーズンに入るには苦労しそうでした。標高が20mにも満たない丘陵地にあって、アカマツ・モミさらにはヒノキの針葉樹とコナラ主体の広葉樹の混合林で覆われています。林床にはイボタの群落が見られます。その中を流れる細流は幅が1m程度で、河床は砂岩の岩盤で深く浸食されています。流れは所々で帯水となっているのですが、以前はミルンヤンマの成虫が多く見られ、中通りの一般的な生息地の状況とは異質な印象を持ちました。
       中通りの溜池と違って、周囲の林にはモミやアセビなどの植物が目立つ。

        生息地の景観。左側の斜面と湿地の境に流れがある。こんな所にホントにいるのか
                  
       所々に小さな水溜まりになっている。流水量がわずかなので、ここを掬うことにする。

細流はわずかに流れがあって、その場合は岩盤の上を流れる状態のため、やむなく淵?というか水溜まりというか、まあそんな場所を掬うことになりました。せっかく浜通りまで遠征して来たのに、この環境ではなあ。溜池の合流地点から3mの地点です。のっけからこりゃ居ねーぞ、とあきらめムードになってしまいます。案の定、何回掬ってもさっぱり何も捕れません。上流を見てもさえない流れです。帰えろコールが早くも頭の中でなり続けます。と、その時(この世界こーゆー書き方多いですよねー)期待感全く無しの網の中にミルンヤンマが2匹入いりました。あれっ?同じ場所を5, 6回掬ったけど、何もいなかったはず。ムム、さらに網で水をかき混ぜて掬うと、じゃーん!出ました、ハネビロ中齢幼虫が!やっと捕れた
 なるほど2、3回で諦めてはいけないようです!この時期は水温も低く、幼虫は流されないように根とか石の下あるいは枯れ枝などにしっかりしがみついているのでしょう。だからそれらを引っ剥がす状態で網を入れないと採れないのかも知れません。急にやる気が出てきた私は1か所で5, 6回掬うことにして上流に進みました。しかし、この流れはわずかで50mもありませんでした。結局、上流ほどほとんど何も捕れないことも分かりました。大雨が降れば河床が岩盤ですから全てが下流域まで流されてしまうのでしょう。
 帰りに未練がましく網を入れ続けて、何とか若齢幼虫1匹を捕りました。そのほか、ミルンヤンマが5匹、オニヤンマが約10くらい網に入ったでしょうか。他のトンボは全く確認できませんでした。この程度で、発生が毎年あるのでしょうか?
                   
                最上流部の流れ。環境は良さそうだが何もいない。
                          
              この先で流れは無くなる。溜池の合流点から50mの地点
                   
              持ち帰ったハネビロエゾトンボとミルンヤンマ

 
 しかし、この生息地は何というか、このような環境にもいるのなら、もっと良い場所はいくらでもありそうな気がします。これだと、とにかくこの地域の溜池に注ぐ細流ならどこにでも居そうな気がしてきます。福島県は他県に比べて水田の圃場整備事業が実施されていて、平野部はもちろん都市近郊の丘陵地においても水田の用排水路が整備されています。したがって、水田地帯に本種の生息できる環境はほとんどないように思えます。そして、唯一残されているのが溜池に注ぐ小河川なのです。特に背後に湿地を配する場所は薄暗く本種成虫の活動には最適でしょう。こうした場所はある意味で水稲栽培が継続される限り安泰なのかも知れません。
 一方、会津地方のある生息地は、河川の河川敷あるいは河川林内にできた池と池を繋ぐ流れに本種が生息しています。このケースは水田地帯の生息地とは異なりますから、いずれは調査しなくてはならないでしょう。
 
 

                   
   
 









                     

   




















































                     

2023年2月8日水曜日

なぜオオルリボシヤンマの交尾は見ることができないか

オオルリボシヤンマは何時何処で交尾するのか?

 この問に答えられるトンボ好きはかなりの観察通でしょう。ほんとに不思議です。あんなにたくさんいるのにどうして見れないのか?すでにこのブログでも何回かこの問題に触れてきましたが、一向に進展がありません。オオルリボシヤンマの行動を見てみると、猪苗代湖周辺、標高500mでは7月15日当たりが羽化盛期。7月25日過ぎに周辺の池沼に♂が戻り始めます。♀はさらに遅れて、8月20日以降に沼に飛来が始まります。オオルリボシヤンマはこれまで見てきたヤンマ類で最も早く活動する種で、4:35に活動開始(沼上を活発に飛び回る)します。8月第1週ではその時間に♂♀が混飛しますが、♀はまだまだ若い個体です。

 Aeshna 属の多くは1週間から2週間ほど♀が遅れて生殖域に現れるようで、オオルリボシヤンマの場合、羽化が、♀は♂に比べ10日程度ピークが遅れることに起因しているようです。ここに交尾がなかなか観察できないヒントが隠されているように思います。猪苗代湖周辺では8月20日前後に♀が戻り始めた時に交尾が行われ、しかも交尾期間が予想外に非常に短いのではないでしょうか?昨年はこの時期の早朝観察はマダラヤンマに対応してしまい、できませんでした。今年はぜひ確かめてみたいと思います。

 一方、多くの人は交尾する場所が全く予想もしなかった場所でおこなわれるのではないかと考えています。私もそうでした。でもどこで?そんな場所思い当たりますか?とにかく池沼の中では交尾しませんから。

 ただ、林に接している小さな池沼ではしばしば♂が、樹に沿って上下にせわしくカトリヤンマのように飛ぶのを見ます。これは♀を探すように丹念に見て飛ぶような行動で、一見すると探雌行動にも見えます。♀がスギの幹にでも止まっているのでしょうかね。何か本当に良く分かりません。ヨーロッパでの本種の交尾についても、あれだけ詳細に観察していても交尾は見られないとする報告が全てで、お手上げ状態のようです。

                     
                  1か所で摂食行動する♂たち、2021/8/17, 17:45. 8頭が一応写っている。
                
                          
                        ルリボシっぽい個体 
        
                    ♀の飛来はまだまだ先なのに、毎日縄張り争いで疲れは
てる♂たち。2022/8/8





  

                  

 

 

2023年1月21日土曜日

ハネビロエゾトンボの幼虫を求めて(その1)

 ハネビロエゾトンボは南会津地方(いると思うのですが)をのぞいて、県内に広く生息しています。ただ、採集記録が多く、生態的な観察は高橋さんの詳細な観察(高橋、2001 )があるのみです。幼虫の記録はありません。私もこのトンボとは長らく出会って無く、特に幼虫については20年前に飼育したことしかありません。

 最近は平野部や丘陵地の小河川、湿地が開発や用水路改修によって生息地ごと失われることが目立ち、郡山市、会津若松市および矢吹町の既生息地ではすでに消滅したところがあります。そこで、この冬場を利用して新たな生息地を探してみようと思いました。

 とにかく、このトンボは変わっていて旧北区に生息する Somatochlora 属で唯一(多分)流水域を生息域とし、成虫は木陰の多い細流で♂は縄張りをはり、♀は産卵に訪れます。なぜ本種だけ生息地が流水なのでしょう?不思議です。

 今回はまず手始めに平野部に接したなだらかな丘陵地にある谷戸水田の奥を探索します。大体、一般の平野部における水田の水源は大きな河川からの用水や大規模な疎水だったりします。しかし、丘陵地に接する地域の水田は丘陵地から流れ出る細流が集まる場所に堤を築き、溜池として水田用水を確保しています。福島県のハネビロエゾトンボはこうした溜池の背後に多く見られる湿地に生息することが多いように思います。
                    
             極々ありふれた谷戸に見られる溜池. この奥が今回の探索地.

                          
           溜池の奥は何と水田!でも正面のスギの木立の中は湿地かも.
                                                                           
                                                      何かいまいちの湿地が現れた.
                                                                       
                                          何本かの細い流れがある. こんな所にいるのかいな?
                         
             時間は16時, 日も傾き少し暗くなってきた. ここまで未発見.
                                                                     
                                                       最初の雑魚掬いで、 お? やっぱりいたか!

 早速、雑魚掬いを開始しましたが、なかなかヤゴ自体が確認できません。次第に上流へと移動しながら見ていくと、オニヤンマが入りだしました。そのうちミルンヤンマさらにヤマサナエ(結構いる)が次々に網に入ります。夏なら結構薄暗い環境だろうこの湿地にヤマサナエが入って来て産卵するのかと、少々びっくりしました。でも、思い当たることがありました。ラオスでトンボの調査をしていた時のことです。山中で山道の脇にできた薄暗い小さな湿地で、Macromia cupricincta が産卵していたり、登山道の脇を浸み流れる、ルリモントンボ類やヤマイトトンボ類が生息するわずかな流れにMacromia 属のヤゴや Asiagomphus acco のヤゴを見出したことを思い出しました。

 ミヤマサナエのページでも述べましたが、図鑑や解説書に書いてあるトンボの生態がすべてでは無く、まだまだ分からないことが多いということです。というより、一枚皮をむけば何も分かっていない事が多いのです。産卵に限っても、観察していると、このトンボは止水、これは流水と図鑑にあるような区分が必ずしも明確にできなくなることがあります。この産卵対象域の選択は私たちが考えている以上に複雑なのかも知れません。
 湿地の流れは殆ど帯水しているように見えるほど流速がありません。そのため流れには湿地内部の還元状態の土壌に大量に溶存する2価鉄がしみ出して、水中で酸化された3価鉄がオレンジ色のもやもやとなって水中に沈殿します。さらに鉄を養分とする微生物が繁殖してできる油膜状のものが水面を覆う様になります。こうなると、何だか汚らしく思えてヤゴ掬いは面倒になってきます。こんな環境に居るわけないとあきらめ気味に掬うと、何と1回目で2頭のハネビロエゾトンボが得られました。このポイントまで約30回掬ってきたと思います。
 しかし、こういう場所にも居られると面倒になってきます。なぜならこの様な環境は、この周辺にどこにもあるからです。

 次に探索するのは、カトリヤンマの生息地のを探している内に、友人と見つけた場所です。

つづく
2月23日更新
      夏には鬱蒼とした種林に囲まれた湿地となっていて, カトリヤンマとミルンヤンマが多産する.

 この湿地は R. S. さんと散策中に偶然見つけた場所で、写真ではわかりませんが、この流れは上流の森の中で数本の細流に分かれています。まさに本種の生息場所に打って付けの場所と思いました。早速ヤゴ掬いを開始しましたが、しかし掬えど、掬えど、ぜーんぜん何も。いやいや、オニヤンマはいた。でも、あとミルンヤンマの若齢幼虫。あんなに成虫がいたのに、若齢幼虫が1頭のみ。おかしい。もっと大きい連中はどこに行った?サナエも全くいません。何で何にも入らないのだろう。
 結局、帰りに掬った跡を確認してみると、42回にもなっていました。ヤレヤレこれだけやって、全く入りませんでしたから、ここには居ない可能性が高いように思います。
 
しょうがありません。いよいよ、本命の浜通りに転戦です。でもその前に少し中通り東部を探索してみようと思います。






   
                          

 

 

 


2022年12月28日水曜日

Aeshna mixta の覚書Ⅲ( 移動の研究、幼虫の生育)

昆虫の移動の研究で注目されるハーモニックレーダー

 トンボ(昆虫)の移動の観察においても各種の技術が用いられていて、その技術は日々進化していると言えます。Maggioraら (2019) は近年、昆虫の生態・行動学研究の場で用いられているハーモニックレーダー (Harmonic radar) を使ってイタリアでスズメバチの行動追跡を報じています。

 これは一種の個体識別応答のトランスポンダーを背負った昆虫をミリ波レーダーで追跡するというものです。その技術自体は第二次世界大戦時に航空機の敵味方識別装置として開発されたものですが、現在これを小さなハチに載せてレーダーで追えるというのに驚かされます。ただこの技術はレーダーの出力が小さい(移動式で野外に簡易に設置するため)のでおのずと探知範囲が狭く、長距離移動するものは追いきれません。レーダー一基で周囲数百メートルといったところでしょうか。              
 スズメバチの背中に添付したトランスポンダー発信器(左写真の黒いポチが発信ダイオードこんなに小さい)

                                      
     スズメバチの移動経路▲ がレーダー、ピンクと黄色が巣 (Maggiora ら2019より) 

 先に、ヨーロッパマダラヤンマに発信器を付けて羽化後の行動を・・・といった研究例を紹介しましたが、今回の技術は少し異なっていて、トランスポンダーを使用しています。トランスポンダー自体は非電力型でレーダー電波を受けた時だけに自然発信するものなので、むしろレーダー側の性能向上が革新的であったともいえるかも知れません。先のヨーロッパマダラヤンマの例では、同時にヨツボシトンボの仲間にも装着していて、こちらは羽化後、5日ほど羽化場所からほど遠くない地域にそれらは滞留したことを確認していますから、成果が全くないわけではなかったのです。現在の技術を使えば、このヨツボシトンボについてはさらに興味深い事実がわかっていたものと思われます。
 
 一方、アメリカの Wikelsk et al., (2006) は超小型発信器( 300mg、バッテリー内蔵式)を アメリカギンヤンマ Anax junius に接着して、そのトランスミッターからの電波を地上と受信アンテナ装着のセスナ2機によって12日間(バッテリ―の寿命がそのくらい)追跡しています。同時期にイタリアでおこなった実験は地上だけでの追跡でしたからやはりスケールが違う。いかにもアメリカらしい実験です。
                    
                 超小型トランスミッターを装着している様子
  
 その結果、移動はおおよそ3日に1回起きていて、方向は南、距離は3つのケースがあって、1つはやたらめったらに飛び、その1日の飛行距離は1-4km。もう1つは一定方向に8-12km。さらに一定方向に25-150kmと長距離を移動するものがあるそうです。押しなべて平均すると日当たり58kmであったとしています。これらの移動は鳥の渡りに非常に似ていて、彼らは関連性に注目しているようです(例えば昆虫にも日長と磁場を感じ取り相互の変化で移動するなど)。
 日当たり58kmなら移動期間を単純に成熟期間と置き換えて、それに充てるならば、14日×58kmで730kmは移動可能です。案外日本産トンボにも、我々が考える以上にダイナミックな移動を行っている種類があるのかも知れません。 
               
一番上が飛んだ方向、中が飛んだ距離と個体数(3つのグループに分かれる)
下が風の向きに対して飛行方向の関係  Wikelsk et al., (2006) より

 トンボ科や生殖行動に入ったヤンマやヤマトンボなどの行動にこうした追跡技術が応用されれば、これまでなかなか分からなかった雌雄の行動が見えて来るかも知れません。個人的にはマルタンヤンマのオスの行動がどうなっているのか、なんてぜひ研究してほしいと思います。

        
幼虫の生育

 さて、ヨーロッパマダラヤンマが西ヨーロッパ~北アフリカに広く分布していて、南ヨーロッパや北アフリカの発生状況は西ヨーロッパとはかなり異なることを前項で紹介しました。今回はこれまで公表された文献をもとに幼虫の生育についてみてみたいと思います。
                   
                           Schiel et al., (2016)より

 上に掲げた表はヨーロッパ産ルリボシヤンマ属(皇帝ギンヤンマも入ってます)の幼虫生育のデータの一部です。これを見ると、ヨーロッパマダラヤンマは他種(複数年、羽化までかかる種)に比べて孵化時期がかなり早く、また羽化までの齢数が少ないのが分かります。
   これに対して日本のマダラヤンマの場合は、1967年に曽根原さんが小諸市で詳細に調べていて孵化が4月23日、9齢を経て7月23日に羽化したと報告しています。また、4月30日までに複数が孵化して8月17日までに羽化し、それらのヤゴ期間は3-3.5ヶ月(92-107日)であったとしています。上の表からヨーロッパマダラヤンマとの違いは、1ヶ月程度マダラヤンマの孵化は遅れるが、生育期間はほぼ同じといえそうです。しかし、なぜ緯度が高いドイツなどの西ヨーロッパで孵化時期が日本のマダラヤンマより早まるのでしょう?水温も低いと思われるのに幼虫生育速度も速く、7月には羽化が始まるのはどういうことなのでしょう。そう思って、北海道各地と長野県上田市の生息地さらにドイツ西部の生息地の気温を比較してみました。そうすると、意外にも上田市とドイツ西部における幼虫期間の気温差はほとんど無いことが分かりました(幼虫期間はグレーの帯で示してあります)。そうすると、単純に孵化時期の違いがそのまま羽化時期の差になっているに過ぎないのでしょうか(北海道は後ほど)。
                    Fig. 1 各生息地の気温の推移
                                                               
                         Fig. 2 卵の温度環境を変えた時の孵化時期と孵化数を示した図 (Schaller, 1968より)

 一方、Schaller(1972)は越冬卵の温度環境を変えた時の孵化状況を観察しています。それがこの上のグラフです。非常に分かりずらいグラフなんですが、ヨーロッパマダラヤンマは20℃定温の状態 ⓸ だと産卵後75日で孵化が始まります。これに対して10℃定温状態のものを産卵後35(①)、70(②) および105日 (③) に20℃に加温した場合、孵化の同期率が70日後に加温したものが最も高かったとしています。
 さらに幼虫の齢数についても、ヨーロッパマダラヤンマは産卵された卵は同じ環境の下で、すでに幼虫がたどる齢数が決まっているのだと言います。
         
                                  Fig.3 各令数ごとの生育度合いを顎幅と日数でみたもの  (Schaller, 1968より)

 この図も分かりずらいのですが、aはあご幅と齢数の関係で、b は生育期間と齢数の関係。縦軸は齢数、a の横軸はたぶんミリで、b は日です。確かにこの図からは生育環境条件が同じなら、孵化した時点で齢数は決まっているのだといえるかもしれません。生育度から齢数が決まるのではないようですね。
 彼らは、本来ヨーロッパマダラヤンマは地中海性気候のもとで繁栄した種で、次第に北方に分布を広げた(温暖化の影響もあるか?)、と考えているようで、一定期間の低温状態に卵が置かれ、その後高温(発育可能な温度)になることで、胚発生が一斉に起きて、さらに短い発育期間で羽化する。そのタイミングは実験で低温期間が70日必要だったというのです。
                    
 Fig.4 南スペインで時期別に幼虫採取した結果、冬期間でも幼虫が得られたとする図Munoz-Pozoら(1996)より

 一方、Munoz-Pozoら(1996)はスペイン南部で時期を変えて幼虫採取をおこなったところ、冬季の1~2月に最も小さな頭幅の幼虫が採集され、4月のはじめから5月にかけて終齢幼虫が採取されたと報じて、スペイン南部では一部が幼虫越冬であることを確認しました。こうなると水温の変化が知りたくなります。
                      
    Fig. 5 沼地における水深1,15および30cmの水温と気温の関係を見たグラフ (Sternberg (1994) より  

 池沼の水温の周年変化を深さ(ヤゴの生息環境に合わせた)ごとに計測した論文は意外に少なく、各県の水産試験場がおこなっている(場合もある)調査では水深が深すぎたりして、岸部のヨシ原内部などのお目当ての浅い水深でのデータがなかなか見つかりません。水性昆虫の分野では当然そうしたデータはあるのでしょうが、、。
 Sternberg (1994) はスイス国内のトンボ生息地の沼地の日内水深別温度変化をグラフで示しています。これを見ると結構トンボが生息しそうな水深では温度の逆温度成層帯ができていることが分かります。夜間かなり温度が下がっても、水温はほぼ一定で、変化も緩やかなことが分かります。多分、月変化でもそうなのでしょう。
 これらをひっくるめた上で、今度は南スペインのと西部ドイツのヨーロッパマダラヤンマの生活環を比較してみます。
                                                          
     Fig. 6 生活環の比較概念図

 上に示した図でみると、かなり両者は異なることが分かります。スペインの夏は暑く、平均気温がどうも18-19℃以上の暑さになると、成虫の行動が抑制されるようだという事の他に、地中海性気候は夏期の降水量が少なく場合によっては生息地が干上がる可能性が出てきます。だからこの時期に生殖行動をおこなって産卵してしまうことを夏眠(適当な言葉が思いつかなかったので)して避けているのだという研究者がいます。アキアカネのようにこの時期の個体は性成熟しないのでしょうか?今回、それはわかりませんでした。これに対してドイツでは成虫期間に平均気温が18-19℃に達せず、夏眠は起きないのかも知れません。ドイツでは晴れの日なら気温が10℃でオスが飛翔して、13℃でメスが産卵に飛来するとするデータがあるそうです。ちょっと日本では考えられないような低温でも活動するのですね。
 一方、本種の発育零点が何℃かは分かりませんが、南スペインでは思ったほど水中温度は気温に比べて低温にはならないらしいことと、10月に産下された卵は1月までに約90日ありますから、その間15℃あたりの水温であれば十分この間に胚発生するのかもしれません。

つづく






 

           


















  

2022年10月26日水曜日

Aeshna mixta の覚書Ⅱ

3 長距離集団移動

 本種は移動性が大きく、前項でも述べたようにスカンジナビア3国やイングランドなどには第2次大戦以降に、大陸から移動してきた個体群が定着したものですが、実は今でも本種のヨーロッパ大陸内の移動の実態は不明な部分が多いのです。しかし、断片的な観察事例はかなり蓄積しています。以下にその例を挙げてみたいと思います.

  まず、イングランドでの発生消長です。イングランド南部サセックスにあるサセックス生物多様性記録センターでは本種の発生消長を長年にわたって記録し続けています(こういう組織がイングランド全域にあるんですねー、結構活発な取り組みをおこなっています。関心のある方は sxbrc.org.uk/home を)。ここには詳細な記録があって、そのデータをお借りします。イングランド南部に位置するサセックス州の南東部は最初に大陸から A. mixta が飛来する地域で、現在も大量に飛来する事があるそうです。                     

                                                                   
 
1980年代にはわずか日当り1,2頭だった飛来数が10年後には5倍、さらに現在は最大で日当り35頭もの個体が記録されるに至っています。注目したいのは4、
6月にもわずかながら記録があることです。この時期には大陸北部ではまだ羽化はありませんから、これは確実に大陸南部~北アフリカあたりのテネラルな個体ではないでしょうか?1980年代のものはほとんどが大陸からの飛来だったと思います。国内で発生が増えることで個体数が増加しているのでしょうが、かなりの部分が大陸からの飛来が含まれていると思われます。
 Grunsven et al., (2020) は 2005年8月10年にフランスのブルターニュ半島先端から西北40km の大西洋上を航行していたフェリーにテネラルな本種♀が飛来したことを報告しています。また、Haak  (2019) はオランダ沿岸部の都市ミデルブルフにおける観察で多数の本種が公園に飛来し、摂食行動・休息を繰り返していたが、すぐにどこかに飛び去った。その飛行は指向性があって、一斉に行動していたと述べています。さらに、Dyatlova et al., (2008) はウクライナ南部の黒海沿岸のデルタにおいて2006年8月18日に推定で1km×40m当たり40000匹の♂成虫が集団飛翔をおこなっていたと報告しています。そして、ドナウ川デルタで発生するおびただしい本種が集団で北上するのではと推測しています。
                     
        ウクライナ黒海沿岸の草地に集まったA. mixta ♂の集団休息、 
Dyatlova et al., (2008) より

 これらに対して Samraoui et al., (1998) は北アフリカ、アルジェで A. mixta の移動を観察して、この地域では秋の産卵期まで山岳地帯で成熟前期間を数か月過ごすために大移動することを報じています。この生態は南ヨーロッパでも観察されています(まるでアキアカネですね)
 またヨーロッパ大陸内での本種の移動について大規模な調査を行った例もあります。 Knoblauch et al., (2021) は本種の発生地に一つであるラトビア沿岸部で鳥類の渡りを研究する巨大なネットを用いたトラップ施設を利用して、空中を移動する本種個体群を丸ごと捕獲、その消長や飛翔方向について調べるという、いかにも欧米人特有の実際的・実証主義的な研究をおこなっています。
  
                                    
巨大なHeligoland trap(高さ15m, 幅30m) 
                                                                 
                                       
トラップで捕獲されたトンボ類の捕獲消長(Knoblauch, 2032より)
 
 巨大トラップには主に4種のトンボが捕獲されたそうです(上の図)。これを見るとトンボの飛来はある日突然ワーっと大飛来があるのかと思っていたら、結構長期間にわたって決まった方向(このトラップは北に開口している)から飛来が続くのですねえ。ヨーロッパマダラヤンマ(上から2番目)の飛来は際立って個体数が多く、約20日ぐらい3つの大きなピークを作って飛来する事が示されています。各ピークの位置は多少ずれますが、だいたい4種とも同じ日に記録されているのも注目されます。

 さらに彼らは、これらの飛来状況と気象状況を調べたところ、唯一、気温との関係が認められ、風向、雲量、湿度などは関係性がほとんど無いことを報告しました。これは意外でした。風向とは関係がない?と。さらに図のような網のケージをもちいて、中でトンボを飛ばしトンボの向きに指向性があるのかを記録しました。その結果、この地域でヨーロッパマダラヤンマは南南東に飛ぶ飛行指向性がもともとあるのではとしています。こんな小さなケージ内で本当に記録できるほど中を飛ぶのかい?と思っていしまうのですが?つまり、トンボにはあらかじめ飛んでいく方向が生まれながらに決められていて、それは風向きなどに左右されず、渡り鳥のように本来の本能(私が勝手に妄想してます)で行動している可能性があるということなのでしょうか?
                     


 日本の研究者と違って、とにかく思ったことはやってみる主義の欧米の研究者らしいといえばそうなんですが。またそれらしくデータを一応出してしまうのがすごい。こんなこと日本人にはできないのではと思います。こんなことをやっている人もいます。超小型発信器をヨーロッパマダラヤンマに装着して羽化後の飛翔を追跡するものです。
                    
                        (Hardersen, 2007)より

 図のような25mgという超軽量の発信器を付けて羽化個体を飛ばし、探知範囲80mの受信機で追跡するというものです。(我々からすれば、羽化個体なんて一気に飛び去ってしまって、追跡なんか無理だと思うのですが)結果は、やはり一気に飛ばれ、追跡はできなかったとし、この方法でA. mixtaの羽化個体を追跡するには不適だったと述べています (Hardersen, 2007) 。当たりめーだ!と誰しも言うのですが、でもそうでもないのです。その後あきらめていない研究者たちは、これらの経験をもとに、上空数百m、幅1km、長さ、数キロの空域の小昆虫の飛翔を探知できるような専用の小型ミリ波レーダーを開発して観測を計画しているようですが、このコロナ禍で計画は中止になったようです。このレーダーは反射物の波長から科の識別が可能だという優れもので、今後の活躍が期待されているそうです。

つづく

                                                                 
























                              




サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の縄張り行動

  トンボに友好的とか人懐っこいとかは無いのかも知れないけれど、このトンボに関してはそう言ったことが当てはまりそうな気がしてしまいます。慣れて来ると、目の前20cmほどでもホバリングしたり、積極的に私に止まりに来ます。こちらを物としては見ていないと思うんですが。そんなサラサヤンマ...