2020年11月18日水曜日

福島県のアマゴイルリトンボ

 福島県における分布                 

                                                  成熟した雄 猪苗代町 2018,6.17

ある関西の友人から、アマゴイルリトンボは福島県で一番、観察に良い所はどこか?と聞かれました。でもすぐに答えることができません。はて、どこだろう?と。高校生の時に、福島市の土湯温泉に家族で訪れた時に近くの男沼、女沼を探索しました。この時見慣れぬイトトンボを採集して何だろうと家に帰ってから調べました。どうやらアマゴイルリトンボらしいと目星を付けましたが、良くわかりません。たまたま、月刊むしに朝比奈先生が書いていておられるのを見て、思い切ってその住所に採集品をお送りしてみました。今考えれば、ずいぶん思い切ったことをしたものだと思います。しかし、先生からはすぐにびっしりと書き込まれたはがきを頂戴し、このトンボはあなたの見立て通り、アマゴイルリトンボで、福島県では裏磐梯の五色沼から記録があることを教えていただきました。新知見だからTomboに投稿してほしい、と依頼され、それと引き換えに半ば強制的に蜻蛉学会に入会させられました。

そしてこの時の報告がTomboに掲載されて、このことが自身にとって本格的に蜻蛉にのめりこむ転機となったのです。そうした意味で、私にとってこのアマゴイルリトンボは思い出深いトンボでもあるのです。後年、新宿区百人町にあった科博をラオスのトンボ調査のため訪れた時に、朝比奈コレクションの中に、かつて先生にお送りした土湯のアマゴイルリトンボが私が書いたラベルとともに大切に保管されているのを発見し、採集した時のことを懐かしく思い出しました。

現在、福島県内の本種の分布がかなり詳細に分かってきています。10数年前までは東から福島市土湯温泉湖沼群、北塩原村五色沼一帯、同雄国沼一帯、会津若松市猪苗代湖一帯そして遠く離れて、只見町沼の平が生息地として知られていました。しかし、とあることから、本種の分布が思ってもいなかった展開をみました。それはこれまで全く、想定していなかった地域、すなわち金山町の只見川沿いに点在する池沼、さらには只見町から旧南郷村、旧伊南村の伊南川沿いの河畔公園や池沼そして、昭和村などの周辺の山地に点在する湿原に広く、かなりの密度で本種が分布することが分かったのです。

今のところ、最も注目される分布域である伊南川流域では、旧伊南村大桃あたりが分布の南限となっています。最近はそれぞれの生息地のDNA分析などもおこなわれるようになってきており、地域差が若干みられるようだと聞いています。              

              福島県におけるアマゴイルリトンボの主な生息地

樹林性イトトンボであるアマゴイルリトンボ

このトンボに樹林性イトトンボの名を用いたのは大沢尚之・渡辺 守(1984)*さんたちではなかったかと思います。本種の生態を良く表した名前だと思います。生息地の多くは鬱蒼とした樹林の中にある池沼や湿地で、また水田脇の用水路などにも見られることがありますが、必ずそばに樹林が接していますし、繁殖行動している場合はほとんどが日陰や木漏れ日が射すような環境で行動しています。只見川沿いの生息地の多くは神社の薄暗い境内の池で、周囲は樹林で囲まれています。

 このトンボのヤゴは明らかに水温が低い水域に生息するトンボのように思います。猪苗代湖西南部のある生息地での観察では、圃場整備が成った水田地帯に供給する用水路のうち、最も端にある雑木林と水田の境界を流れるU字溝が生息地となっていて、斜面からの土砂流入で水路はかなり埋まっていてヒツジグサやショウブ、ヨシなどの水生植物が結構生えています。一部は灌木が覆うかぶさるような状況になっていました。産卵や雄の待ち伏せ行動はこの日陰になった水辺でおこなわれ、直射日光が射す部分には全く見られませんでした。肝心の水は雑木林から流れる出る水が水源となっていて、ほとんど帯水状態に見えます。この水路では水源に近い上流側に本種が、さらに50mほど下流にモノサシトンボが生息しており、その境目で若干混生しています。

 只見町から伊南川沿いに旧伊南村にかけて点在する生息地は水田地帯にみられ、伊南村では用水路が発生地になっています。本来の生息地である只見、南郷、昭和村からの個体群が水田の開田とともに用水路(山際に作られているので、日陰が多く、使われなくなって帯水しているところが発生地になっています)を介して分布を広げたものと考えられます。用水路がない伊南村以南に本種は分布していません。環境的にはいておかしくないのですが。

          水域から離れた樹林の中で見られた未熟の雄(会津若松市)

 良くこのトンボの交尾や産卵ポイントがわからないと、特に遠方からやってくるトンボ屋さんに言われます。そういえば自分自身、多産地といわれる裏磐梯をみても、ここですと言えるポイントはそんなに思いつかないのです。オオトラフトンボの多産でいつのまにか有名になったレンゲ沼には本種も多かったのですが、その当時どこで交尾しているのか良くわからなかったような気がします。そこで改めて、先の大沢さんの論文を読み返してみると、それには、
⓵アマゴイルリトンボは水域そばの樹冠部が閉鎖している樹林に住み、朝9時ころから林床部に降りて来る。
⓶雄は林床に差し込む陽の光がスポット状・木漏れ日状になった部分で縄張りを形成する。
③雌は雄の縄張り付近の陽が射さない植物の葉の上に飛来する。
⓸交尾は雌が雄が待機する光のスポット部分に飛来しておこなわれ、午前10時から午後2時のあいだにおこなわれる。
⑤産卵は交尾個体が連結した状態で水域に飛来して午前10時半から午後2時半のあいだにおこなわれる。
と、ちゃんと書いてあります。40年も前の知見はその後、本種を扱った各種の出版物においても触れられることが少なく、逆に交尾・産卵についてはあやふやな記述のままが多いように思います。大沢さんたちの論文は一般にはみることが困難な大学の研究紀要に掲載されてあります。こうした重要な知見が一般に知られることなく埋もれることを危惧します。せめてトンボ専門の検索エンジンがほしいところです。


                     
             上2枚は裏磐梯五色沼周辺、下は会津若松市湊町

* 大沢尚之・渡辺守 (1984) 樹林性イトトンボ類の比較生態学的学研究. 1. アマゴイルリトンボの日周行動. 三重 大学教育学部研究紀要 35: 61-68.        

     
   
























2020年11月4日水曜日

休耕田とヒメアカネ

なかなか見つからないヒメアカネ 

福島県のヒメアカネは生息地が非常に限られていて、過去の記録を含めても10か所程度なのではないでしょうか。20年前ごろから本格的に減反政策が進められ、中山間地の水田が次々に廃田に追い込まれました。こうした水田は平地の水田とは異なり、水源を山からの湧き水を利用している場合がほとんどで、水路の管理がされなくなると、たちまち水田は湿地化して、数年後にはヤナギやハンノキが生えてきて、20年も全く手が入らなければに鬱蒼としたハンノキ林や低灌木の林に代わっていきます。

県内の安定した生息地はほとんどがミズゴケが繁茂する湿地、湿原で山地に多く見られます。時期を変えれば、ハッチョウトンボが同所に見られる場合が多いように思います。休耕田が各地に見られだすようになると、オゼイトトンボ、サラサヤンマ、エゾトンボ、ハッチョウトンボそして本種が決まって進出してきます。しかし、こうした新しい湿地も長くて10年程度しか生息地としてはもちません。いつの間にかヨシが生え灌木が繁茂し、あるいは草地化してトンボたちは姿を消してしまいます。一時的に本種の生息地は各地に増えたのですが、現在はその多くが消滅しています。

1999年8月に小野町在住の和尚さんG氏にいわき市内の本種発生地をご案内いただきました。生息地は幾分ミズゴケが繁茂してきたような山間の休耕田で、まだ若い個体が周辺の林縁部に多く、一部が交尾していました。この時は同時に阿武隈高地では稀なキマダラモドキを発見するなどの副産物もあって、チョウ好きのG和尚の笑顔が今でも忘れられません。私にはなつかしい思い出となっていました。今年、久しぶりに当地のヒメアカネはどうなっているのだろうと、訪れてみました。原発事故以降どうなっているのか全く分かりませんでしたので少々不安でもありました。 

       秋がすっかり深まりヒメアカネもいよいよ少なくなった10月下旬の生息地
   
                                                                               
                                   同様な田んぼが3枚続いていて、どれにも生息している

生息地は植生の変遷もなく、最初に見つかった時よりも丈の長い植物が全くない整然とした湿地にになっていました。不思議に思っていると、付近にいた農家の方が、この地域の休耕田は原発事故の補償対象で、その条件としてちゃんと管理されていなくてはならないそうです。だからこうやって年に何回か草を刈りはらって維持しているのだと教えてくれました。どうりで綺麗に草がないのかと合点しました。さらにその補償期間がそろそろ切れるので、その後は放棄されるとのこと。休耕田の発生地だったので、すでに変遷して林になっているのではと内心危惧していたのですが、原発事故の補償がこんな形で湿地を維持することになったとは。内心複雑な気持ちになりました。

この湿地の維持は人間の手にゆだねられていることなど、無関係のようにヒメアカネはその華憐な姿を今回も見せてくれました。この湿地はイノシシが入り込むため、その掘り返したあとに湧き水がたまり、本種の発生には申し分ない環境を作り出しているという、これまた皮肉な結果を招いています。

            枯草の上で休む成熟した雄 2020.10.4 いわき市小川              

                  同 胸部の黑帯が少し異なる雌

                      早々と交尾するペア
  
               イノシシの足跡にできた水溜まりに産卵するペア
                
                    連結態を解いて産卵飛翔する雌

                       単独産卵する雌

この生息地のヒメアカネ個体数はそれほど多くはありません。良く、個体密度が高いとライバル雄がすぐに交尾するため、それを回避するために交尾を終えた雄は連結したまま産卵を促すと言います。ここでは密度が低くとも、産卵は交尾したペアが連結して産卵します。一見、単独産卵している個体が見られますが、観察していると、連結産卵をおこなった全てのペアは早々に分離して、雌は単独で産卵を続けました。ヒメアカネの翅は非常に薄く華奢で、長時間連結産卵するにはやや力不足の感があり、雄は産卵中にすぐ疲れて止まります。アキアカネのように長時間連結産卵するようなペアは見られませんでした。もっとも、単独産卵している雌は雄に捕まり、また交尾することも頻繁にありました。この種は連結産卵が苦手なのかも知れません。長時間連結産卵して確実に雄の遺伝子が次世代に受け継がれていくよりも、短時間のうちに、単独の産卵の雌が次々に新な雄と交尾して、多くの異なった遺伝子が拡散していくことが、この種にとって最も大事な配偶戦略の意義なのかもしれません。

この半ば意図せずに保護されている湿地には11月上旬まで、たくましく生きるヒメアカネが見られます。今後、草刈の管理がされない状況になった時、どのように生息地が変わっていくのか今後も見守り続けたいと思います。









                          










2020年10月18日日曜日

福島県のアカトンボ Ⅰ (マユタテアカネ、ムツアカネ、コノシメトンボ)

                    

福島県のアカトンボ(1)

福島県には14種のアカトンボ属が生息していましたが、このうちタイリクアカネの記録が近年絶えています。特に確実な発生地であった相馬市松川浦の生息地が東日本大震災の巨大津波で失われたことは決定的であったようにも思います。しかし、まだ可能性はあると信じて相馬市一帯の探索は続けたいと思います。一方、飛来種がほとんどないと思われていた福島県ですが、新たにスナアカネが時折飛来していることも明らかになってきました。今年も精力的にホソミモリトンボを調査されているO氏によれば、尾瀬で確認できたということです。広範囲に薄く飛来がみられるようなので、広い福島県内での確認はなかなか大変なのですが。

今回は秋も深まり、いよいよトンボの季節も終わりに近づいてきたことから、福島県で見られるアカトンボの写真をアップしていきたいと思います。しかし、いざ写真を探してみると意外に撮っていないことを改めて痛感することになってしまいました。ほとんどないのです。例えばナツアカネ、これは郡山市周辺でなぜか最近少なくなって、全くいなくはないのですが、同じような環境で産卵するノシメトンボが多産するのに対して、明らかに少なくなってしまったように思います。近間でどこに行けば撮れるかわからないといった具合です。今年度県内で撮影したアカトンボはほとんどありませんので、これまで県内で撮影できた分の中から写真を少しづつ掲載していきたいと思います。 

マユタテアカネ

今年かろうじて唯一撮っていたアカトンボです。主役として対象にしにくいトンボで、何かのついでにレンズを向けていたため、あまり撮っていませんでした。このアカトンボは水田地帯だと用水路のわきとか、山際の池でも、やや日陰の多い場所とかが生息地として認識していたのですが、結構明るいところが好きなんですね。撮影していて分かりました。体が小さくて温まりやすいのか、アキアカネなどの活動開始時間より早く活動を開始するようです。

雄は産卵域となる明るい池や湿地の縁に飛来して雌を待ちます。雄間で目まぐるしく飛び回って争いますが、すぐに決着がつき大騒ぎにはなりません。雌が産卵に飛来するとたちまち雄に捕まって連結状態になります。そしてわずか10秒ぐらいですが、雄はここで産卵してするんだぞ?と雌に言わんばかりに、雌を上下に緩やかに振って産卵を雌に促します(雌は産卵しませんが)。それが終わると、今度は急に激しく上下左右に雌と連結になったままその周囲を飛び回り、すぐ近くの草の葉や枯れ枝などに止まって交尾します。結構この交尾も敏感ですぐに飛び立ってしまいます。私は交尾時間を測ったことはありません。産卵は連結態でおこない、連結を解いた後に単独で産卵することも多いです。夕方、寝ぐらとなる雑木林の縁に集まって、多くの個体がマイコアカネと同じく交尾します。なのに、翌日産卵前にまた交尾する。不思議です。アキアカネは朝飛び出すと同時に連結態(一部は交尾する)となって産卵場所に飛来してから交尾して産卵しますから筋道がたちます。こうしてみるとマユタテアカネ一つとってもわからないことばかりです。

若い個体の交尾  2019. 8.2 南相馬市鹿島

           湿地に産卵するつま黒型の雌  2019. 9.20 大信村羽鳥

                                                                            
                                                        
 上2枚、2020. 9.30 大信村羽鳥 

ムツアカネ

福島県では桧枝岐村の尾瀬、会津駒ヶ岳山頂から知られていて、尾瀬では分布域が広くまた個体数が多いのも特徴です。会津駒ヶ岳の本種は実際には見ていないのでわかりませんが、個体数はそう多くはないのではと思います。会津駒ヶ岳から中門岳の稜線にある雪田・湿原に見られるそうなので、新潟県の平ヶ岳の場合と同じようですね。尾瀬は特別保護区が広いため、撮影には気を使います。重兵衛池や長池は特別区なので、撮影は問題ありませんが藪漕ぎしなければなりません。クマも何だか最近は多いですし、撮影に行く場合は少し緊張します。
                                         
                    深まる秋の重兵衛池 2019.10.2

                          
               羽化したての個体 2013.7.27  桧枝岐村長池

                     まだ若い個体の交尾 
               
         
   
          2枚とも完全に成熟した個体の産卵 2019. 10. 2 桧枝岐村重兵衛池

本種は前にも述べました通り、尾瀬から7キロ離れた標高700mあたりの桧枝岐川の脇に造成された池などにも見られ、考えられていた以上に積極的に移動を繰り返しているようです。産卵場所となる露出した土や有機物の堆積物からなる平坦で緩やかな傾斜を持つ池を河川沿いにつくれば本種を誘致できると思います。これはマダラナニワトンボでも同じです。行政は保護一辺倒でなく、いい加減、積極的に増殖や新たな生息地の創出を行ったらいいのではないでしょうかね。

コノシメトンボ
福島県では非常に生息地が限られています。このトンボは何ともつかみどころのないトンボで、本来、移動性が高く、一般に浜通り地方の暖かな地域に多いと考えていましたが、浜通りでも生息する池沼は極限られていて、個体数も多くはありません。また隣り合う一方の池には居て、他方には全くいないなど、変な選択性があります。そうかと思えば奥羽山系の標高700mにある別荘地の調整池に突然発生して、以後、毎年発生を繰り返している例など、どうもわかりません。県内産で確実に生息しているアカトンボで最も情報が少ない種だと言えます。
                           
                                           羽化後間もない雌 大信村羽鳥 2019. 9. 12
    
             ウォーミングアップ中の雄 大信村羽鳥 2019.9. 12 
                        
                                            夕日を浴びて休む雌 南相馬市 2017. 9,19 
                                                                   
                                                   交尾 
大信村羽鳥 2019.9. 12 
            
               
産卵 大信村羽鳥 2019.9. 12 
  
              
産卵飛翔 大信村羽鳥 2019.9. 12 


つづく


   




2020年10月1日木曜日

滅びゆくマダラナニワトンボ

 


老熟したマダラナニワトンボ雄 2020. 9. 30 会津若松市赤井谷地

 福島県におけるマダラナニワトンボの主な分布は現在、会津若松市、南会津町および昭和村から知られていますが、若干小規模な発生地が磐梯町にも点在しています。しかし本種はいずれの生息地でも、生息数が減少しており、特に磐梯町や会津若松市の生息地ではその傾向が著しくなっています。なかでも会津若松市の赤井谷地は発見当時、個体数が非常に多く、安定した生息地のように考えていました。しかしその後、急激にミズゴケが発達し、周辺部からヨシやハンノキが侵入してきて開放水面が年々縮小していきました。これが本種の個体数減少の最大の原因と考えられます。
 赤井谷地が国の天然記念物に指定されたのは古く1928年だと言います。しかし終戦後、周辺部に大規模に水田が作られ、赤井谷地の水は農業用水として利用されて急激に乾燥化が進みました。戦後間もなく米軍が数次にわたって全国を空撮していて、国土地理院のホームページからアーカイブとして閲覧することができます。それを見ると、終戦直後の最初の写真には赤井谷地の中央部にかなりの面積の池や多数の水たまり(多分このころすでに高層湿原化していたものと思われます)が確認できますが、数年後には消失しています。当時マダラナニワトンボは赤井谷地本体の湿原内部に相当数生息していたものと推察します。赤井谷地で本種が初めて発見された時には、すでに湿原本体から棲家を奪われ、最後に残った今の生息地に追いやられた姿だったのです。しかしこの最後の砦ももう間もなく失われ、本種は赤井谷地から姿を消す運命なのです。
 近年、会津若松市は周辺の開拓後放置されてた土地を買い上げ、取水を制限しつつ、湿原の乾燥化を防ぐ取り組みをおこなっていますが、あまりにも対応が遅すぎました。もうここまでくると湿原の変遷は止められません。
 現在も赤井谷地は国の天然記念物のままで、動植物の採取が禁止されています。さらにマダラナニワトンボは福島県のレッドデータで絶滅危惧Ⅰ類に指定され、「福島県野生動植物の保護に関する条例」によっても採集が禁止されています。したがって、2重に法の網がかかっているわけで、採集は絶対慎まなければなりません。
 私も最近の赤井谷地のマダラナニワトンボの発生状況は全くわかりませんでしたので、数年ぶりに現地での発生状況を見てきました。
                     
赤井谷地の発生地の景観 2020. 9. 30

 マダラナニワトンボが発生している湿地は予想をはるかに超えて乾燥化にともなうヨシと灌木類の侵入が進んでいました。また、水位が高い場所はミズゴケの繁殖が旺盛で、これも水域を減少させている原因になっているようでした。前に訪れた時あった開放水面はすでになく、わずかにヨシ原の内部に水面が見られたのみでした(写真 上)。以前、産卵が多数みられた場所はスゲ類の繁茂した草地に代わり、産卵適地は極めて限られていました。
 当日は快晴で絶好の観察日和でした。マダラナニワトンボ雄が湿地に飛来したのは11:20からで、気温は19.8°Cでした。その後、個体数が増えましたが、湿地の産卵域にはしばらく入らず、周辺の植物に定位していました。この間は水域に出ていくと、アキアカネやノシメトンボに追い払われていました。12:00前後からようやく雄は水域周辺に出てきて活発に活動するようになりました。この場合はノシメトンボと対等に対峙し、流動的ではありますが縄張りを張る個体がでてきました。一方11:45には多産するノシメトンボが産卵を開始しました。当日は以前この湿地に多産していたコバネアオイトトンボは全く観察時間中確認できませんでした。
                     
            多産するアキアカネはマダラナニワトンボと同じ時間に産卵が始まった

                ノシメトンボが産卵を始めた

 マダラナニワトンボの産卵は12:09にようやく観察されました。この時の気温は20.0°Cでした。産卵は12:50に終了して気温は19.7°Cでした。しかし、雄は結構見れる(といってもかつての数の1/10以下)のですが、産卵は1~2ペアが見られるのみで、この状況の産卵が継続しました。産卵していたペアが終始同一個体だったのかは確認していません。
 この観察結果は赤井谷地のマダラナニワトンボがただならぬ状況に追い込まれていることを示しています。予想よりかなり早く絶滅してしまうかもしれません。もちろん一日だけの観察では結論じみたことは言えません。天候が悪い日が続いていた当地では、前々日に晴れたため、一斉に産卵が起きたかもしれません(そうあってほしいと思いますが)。しかし、それにしても産卵が晴天のこの日1、2ペアというのはあまりにも少ない数です。いずれにせよ来期以降、本種の発生はより注視していく必要がありそうです。
                     
         当日は交尾を確認できませんでしたので、以前の写真をあげました
                                               





                                       
                         産卵飛翔、他に産卵するペアはみられない 
上7枚ともに
 2020. 9. 30 

 福島県で最初にマダラナニワトンボを確認したのは30年ほど前に磐梯町法正尻湿原一帯でした。このころはまだ個体数も多く、点在する湿地にはかなり広く本種が生息していました。ところが、この一帯はその後、県内有数のホウレンソウ生産地となって、潅水源を湿原に求め、大量の水が取水され続けました。このため急速に湿原が乾燥、縮小して現在は全く本種の姿は見られなくなりました。赤井谷地の例も同様ですが、地域の農業振興が原因で湿原の本来持つべき自然環境が短時間のうちに失われる例は結構多いのではないでしょうか。法正尻湿原は昭和49年に福島県の自然環境保全地域に指定されて湿性植物群落が保護されているにもかかわらず、結局は湿原の保全に死活問題である水を農業のためとはいえ取水されてしまうこと自体、この条例は有名無実の保護条例であったと言わざるを得ません。福島県にはこのほか昭和村の矢の原湿原に本種が生息していますが、ここも北岸部に堰が設けられていて、人為的な水位の調整が可能です。湿原周辺部に新たな農耕地の開発は今更ないとは思いますが、一応その可能性も頭に入れておく必要があると思います。

 
                    








2020年9月29日火曜日

今季最後のマダラヤンマ観察

 今季は天気が悪い

アキアカネを捕食するマダラヤンマ 2020.9.29 

 今年の9月上中旬は天気は非常に悪く、ほとんど外に出ることができませんでした。マダラヤンマについては、思わぬカトリヤンマの発見の余波を受け、肝心の発生中後期の観察ができませんでした。したがって多くの課題は未解決のまま来期に結論を持ち越しました。それでもいくつかの新知見が得られ、マダラヤンマの生態の奥深さが垣間見えました。今季明らかになったことを列記すれば、

1 本種の成虫発生期は福島県の場合、9月第1週から10月中旬で、この間、行動面から成熟前期と成熟後期の2つに分けることができる。成熟前期は初飛来から7~10日間で、この間は配偶行動をおこなわない。成熟後期はその後没姿までである。

2 本種はヨシ原(厳密にはヨシ以外にもガマ、フトイ等の抽水植物群落)に完全依存するトンボで、成熟前期は初飛来後、ヨシ原内部で成熟する。この間積極的に開放水面(繁殖エリア)に出ていくことはない。成熟期も基本はヨシ原にあって、繁殖行動を行う時以外はヨシ原内部に活動域を持つ。

3 成熟前期は早朝から活動し、この場合、気温が21°C になると活動を開始する。また気温が30°Cになると完全に飛翔しなくなり、ヨシ原内部の地上50cm以下の植物の茎に静止していることが多い。成熟期になると、早朝も交尾、産卵がおこなわれる(例:9月11日、午前6:15に産卵、6:30に交尾が確認できた)。成熟期後半になると、気温上昇が緩慢となり、その日の天候によって活動開始時間が大きく変わる。押しなべて9月後半は9時から11時となって、かなりの幅が生じる。この場合も活動開始時の気温は21°Cであった。

4 本種の主食はほとんどがアキアカネで、混生するノシメトンボは対象とはならない。

 以上が今季得ることができた新知見です。もちろん、まだまだ観察が必要な部分(活動と気温の関係や発生期間中の個体数の推移など)があるのですが、今までのイメージとは少し違ったマダラヤンマの生態があることがわかりました。一応今回が今季最後の観察記となります。次回はアカトンボ類とアオイトトンボ類に目を向けていきます。

                   ヨシ原内部のフトイに高さ30cmの位置で休む雄 2020.9.29   

                                         標本写真の様な止まり方をするマダラヤンマ
 

 

2020年9月24日木曜日

ちょっと変わったルリボシヤンマ

        いわき市夏井川のナゴヤサナエ 

 ここ1週間、天気が悪くてトンボの観察に出かけられない状況が続いています。この時期はいわき市夏井川のナゴヤサナエが特に気になります。昨年の台風によって、夏井川は大氾濫して多くの犠牲者を出てしまいました。9月第2週目に確認に行きましたが、姿を見ることができませんでした。その時、対岸の公園に重機が入って何かの工事をしていました。ところが、その後ニュースによると、その工事はこの河川公園を撤去してさらに掘り下げ、川幅を倍にする工事であったことを知りました。まさに発生地の川底が浚渫され、川幅が倍になって、当然堤防もかさあげされるでしょう。これはもうだめでしょうね。新な生息地を探さなければならないかも知れません。今更その気力もないしな。万が一の場合を考えて、夏井川のナゴヤサナエの写真をアップしておきたいと思います。こんなはずではなかったのですが。                                                                                                                                      
                        いわき市小山下付近の夏井川生息地の景観 2017.9.15
                                                         
                        
   河口で羽化する雌 2019.8.5
                                                                                                                          
             
                             川岸のヤナギに翅を休める雄夏井川小山下 2017. 9.15
                                                                                                                                                       
            
卵塊を作る雌 2017.9.15

ちょっと変わったルリボシヤンマ

 桧枝岐村は郡山市からでも2,3時間かかる山深い地域ですが、県外から多数の採集者が毎年訪れ、多くの珍種との出会いで一喜一憂が繰り広げられています。かつてはかなり奥地までの林道が整備されていて入ることができましたが、近年、山域の多くを所有している製紙会社が伐採を止めたことによって、林道が廃道同然になってきたところも多くなってきました。以前のオオゴマシジミが群れ飛ぶような光景や、ドロノキの梢を、白く太い帯が際立って、まるで扇のように飛ぶオオイチモンジの姿を見ることは少なくなってきました。
 一方トンボといえば高山トンボのメッカである尾瀬地区を一応除けば、標高が1000mを超えるこの地には意外とトンボの種類が少ない地域であるともいえます。特に急峻で平地が少ないこの地では止水性のトンボがほとんど見られません。そんな中、桧枝岐川やその支流の実川、舟岐川の中州や岸辺にできた水溜まりは貴重な止水性トンボの発生地になっています。一部では高山トンボのムツアカネが見られる場所もあって、見つけた時には結構こうした低地(それでも1000m)にも尾瀬から移動してくる個体もあるものだと感心したほどです。ヤンマはオオルリボシとルリボシヤンマの2種しか見られませんが、パソコンで写真を整理していたところ、数年前に採ったルリボシヤンマが出てきました。これは以前、東京で毎年参加しているスライド会で披露したのですが、このままお蔵入りはどうかと、今回ブログにでもあげたら感心のある方は参考にしてもらえるかなと思って、あらためてアップしておきたいと思いました。
 最初は何のヤンマなのか全くわからず、採集してみて初めてルリボシ?と思ったほどでした。いわゆる黒化個体だと思ったのですが、形態については若干異なる部分もありました。
               桧枝岐村産ルリボシヤンマ黒化型全形図
                     
胸部
   
腹部第1~3節付近
   
尾部付属器右上下:ルリボシヤンマ、左上下:黒化型?
           








原点回帰、長沼への思い

 トンボと私 年をとってくると、なにやら人は昔を懐かしむことが多くなるらしい。97才になった伯母を施設に見舞った時に、ぽつりと、「でも、いろいろ楽しいこともたくさんあったからね。もう思い残すことは無いよ・・・」と。考えれば伯母は施設に入ってから長い。入所後、楽しいことがどれほどあ...