2020年9月29日火曜日

今季最後のマダラヤンマ観察

 今季は天気が悪い

アキアカネを捕食するマダラヤンマ 2020.9.29 

 今年の9月上中旬は天気は非常に悪く、ほとんど外に出ることができませんでした。マダラヤンマについては、思わぬカトリヤンマの発見の余波を受け、肝心の発生中後期の観察ができませんでした。したがって多くの課題は未解決のまま来期に結論を持ち越しました。それでもいくつかの新知見が得られ、マダラヤンマの生態の奥深さが垣間見えました。今季明らかになったことを列記すれば、

1 本種の成虫発生期は福島県の場合、9月第1週から10月中旬で、この間、行動面から成熟前期と成熟後期の2つに分けることができる。成熟前期は初飛来から7~10日間で、この間は配偶行動をおこなわない。成熟後期はその後没姿までである。

2 本種はヨシ原(厳密にはヨシ以外にもガマ、フトイ等の抽水植物群落)に完全依存するトンボで、成熟前期は初飛来後、ヨシ原内部で成熟する。この間積極的に開放水面(繁殖エリア)に出ていくことはない。成熟期も基本はヨシ原にあって、繁殖行動を行う時以外はヨシ原内部に活動域を持つ。

3 成熟前期は早朝から活動し、この場合、気温が21°C になると活動を開始する。また気温が30°Cになると完全に飛翔しなくなり、ヨシ原内部の地上50cm以下の植物の茎に静止していることが多い。成熟期になると、早朝も交尾、産卵がおこなわれる(例:9月11日、午前6:15に産卵、6:30に交尾が確認できた)。成熟期後半になると、気温上昇が緩慢となり、その日の天候によって活動開始時間が大きく変わる。押しなべて9月後半は9時から11時となって、かなりの幅が生じる。この場合も活動開始時の気温は21°Cであった。

4 本種の主食はほとんどがアキアカネで、混生するノシメトンボは対象とはならない。

 以上が今季得ることができた新知見です。もちろん、まだまだ観察が必要な部分(活動と気温の関係や発生期間中の個体数の推移など)があるのですが、今までのイメージとは少し違ったマダラヤンマの生態があることがわかりました。一応今回が今季最後の観察記となります。次回はアカトンボ類とアオイトトンボ類に目を向けていきます。

                   ヨシ原内部のフトイに高さ30cmの位置で休む雄 2020.9.29   

                                         標本写真の様な止まり方をするマダラヤンマ
 

 

2020年9月24日木曜日

ちょっと変わったルリボシヤンマ

        いわき市夏井川のナゴヤサナエ 

 ここ1週間、天気が悪くてトンボの観察に出かけられない状況が続いています。この時期はいわき市夏井川のナゴヤサナエが特に気になります。昨年の台風によって、夏井川は大氾濫して多くの犠牲者を出てしまいました。9月第2週目に確認に行きましたが、姿を見ることができませんでした。その時、対岸の公園に重機が入って何かの工事をしていました。ところが、その後ニュースによると、その工事はこの河川公園を撤去してさらに掘り下げ、川幅を倍にする工事であったことを知りました。まさに発生地の川底が浚渫され、川幅が倍になって、当然堤防もかさあげされるでしょう。これはもうだめでしょうね。新な生息地を探さなければならないかも知れません。今更その気力もないしな。万が一の場合を考えて、夏井川のナゴヤサナエの写真をアップしておきたいと思います。こんなはずではなかったのですが。                                                                                                                                      
                        いわき市小山下付近の夏井川生息地の景観 2017.9.15
                                                         
                        
   河口で羽化する雌 2019.8.5
                                                                                                                          
             
                             川岸のヤナギに翅を休める雄夏井川小山下 2017. 9.15
                                                                                                                                                       
            
卵塊を作る雌 2017.9.15

ちょっと変わったルリボシヤンマ

 桧枝岐村は郡山市からでも2,3時間かかる山深い地域ですが、県外から多数の採集者が毎年訪れ、多くの珍種との出会いで一喜一憂が繰り広げられています。かつてはかなり奥地までの林道が整備されていて入ることができましたが、近年、山域の多くを所有している製紙会社が伐採を止めたことによって、林道が廃道同然になってきたところも多くなってきました。以前のオオゴマシジミが群れ飛ぶような光景や、ドロノキの梢を、白く太い帯が際立って、まるで扇のように飛ぶオオイチモンジの姿を見ることは少なくなってきました。
 一方トンボといえば高山トンボのメッカである尾瀬地区を一応除けば、標高が1000mを超えるこの地には意外とトンボの種類が少ない地域であるともいえます。特に急峻で平地が少ないこの地では止水性のトンボがほとんど見られません。そんな中、桧枝岐川やその支流の実川、舟岐川の中州や岸辺にできた水溜まりは貴重な止水性トンボの発生地になっています。一部では高山トンボのムツアカネが見られる場所もあって、見つけた時には結構こうした低地(それでも1000m)にも尾瀬から移動してくる個体もあるものだと感心したほどです。ヤンマはオオルリボシとルリボシヤンマの2種しか見られませんが、パソコンで写真を整理していたところ、数年前に採ったルリボシヤンマが出てきました。これは以前、東京で毎年参加しているスライド会で披露したのですが、このままお蔵入りはどうかと、今回ブログにでもあげたら感心のある方は参考にしてもらえるかなと思って、あらためてアップしておきたいと思いました。
 最初は何のヤンマなのか全くわからず、採集してみて初めてルリボシ?と思ったほどでした。いわゆる黒化個体だと思ったのですが、形態については若干異なる部分もありました。
               桧枝岐村産ルリボシヤンマ黒化型全形図
                     
胸部
   
腹部第1~3節付近
   
尾部付属器右上下:ルリボシヤンマ、左上下:黒化型?
           








2020年9月17日木曜日

市街地のカトリヤンマ

 カトリヤンマ属は熱帯地方を中心に約100種が世界中から知られ、現在最も繁栄しているヤンマです。日本には2種が知られ、福島県にはカトリヤンマが広く分布しています。かつては福島県産ヤンマのなかで本種ほどポピュラーなトンボはいなかったように思います。私は郡山市生まれですが、幼年時代は夕刻、市街地の道路(砂利道でしたが)や空き地をたくさんのカトリヤンマが飛んだのを記憶しています。発生地は木立の中の小さな湿地や周辺の水路(当時は素掘り)などで、このような環境はいたるところにあったのです。

 ところが、1960年代からの高度成長時代に都市化が進み、町はコンクリートで覆われ、水路はほとんどがU字溝か暗渠になって、湿地も宅地に代わりカトリヤンマはいつの間にか姿を消しました。一方、郊外の丘陵地帯でも環境が激変しました。それは、食料増産・農家所得向上の名の下で、水田の基盤整備事業が盛んにおこなわれました。その結果、水路の改修が進んでカトリヤンマの発生地であった湿田が激減しました。また、とどめを刺すように7月下旬から8月上旬におこなわれる中干(イネの過剰分げつを抑えて、コメの充実を図る,田面を固めてコンバインが入りやすくする等を目的におこなう)を取り入れる農家が増加して、一挙に水田の乾燥化が図られて生息地が失われました。そしてあれだけ数多く見られたカトリヤンマは10数年前には、県内でほとんど見ることができない希少種になってしまいました。ここにあげるのは当時撮影したカトリヤンマでその後、その生息地は失われてしまいました。以後なかなか撮影の機会がなく、その間に相馬市の大産地が新たに見つかったりしたのですが、長らく近間で撮影できる場所を見つけられませんでした。  

                 茂みの中に止まっている雌を探して飛ぶ雄 1999.10.5 矢吹町

     収穫された水田の中で産卵する雌 1999.10.26 矢吹町

9月15日、午前10時、犬と散歩でいつもの道を歩いて郡山市の中心部にある大型文化施設の裏手に差し掛かった時、不意に目の前の水路からヤンマと思われるシルエットが飛び出してきました。そのトンボは周囲を上下しながら飛び回り、水路に入ったり、出たりを繰り返していましたが結局飛び去ってしまいました。カトリヤンマの雌です。産卵してたのでしょうか?少し時間が早いように思いますが。本当に驚きました。こんな市街地のど真ん中のしかも3面コンクリートの水路で産卵?
しばらく納得がいきませんでした。だいたいなぜ、こんな都市のど真ん中に湿地もないのにカトリヤンマがいるのだろうと、改めて雌が飛び出してきた水路を覗いてみました。深さは1m以上あるでしょう(写真左2枚)。水はほとんどなく、堆積物も少ないようです。ところどころにマツや広葉樹の葉と泥が堆積している場所が見られました。ここで産卵していたのでしょうか。ということは発生をくりかえしているのでしょうか?
 この日は用事があって、すぐにこの場を離れなくてはなりませんでした。夕方、再度訪れてみようと思いました。夕方、5:30に行ってみると、木々に囲まれたわずかな空間を数頭のヤンマ(それは明らかにほっそりしたシルエットからカトリヤンマと直ぐ分かりました)が盛んに摂食飛翔をおこなっているではありませんか。
 どうやらこの周辺で本当に本種が発生しているのだと確信しました。もうマダラヤンマのことなど、どこかに吹っ飛んでしまいました。
 翌朝から水路周辺で観察を始めました。天気は薄曇りで気温は28°、でもなかなか姿を現しません。ようやく10:40にフェンス沿いに作られた灌木の垣根に沿って、雄の探雌飛翔が観察され、正真正銘カトリヤンマの雄であることが確認できました。以後12:00まで3回同様な飛翔を観察できました。また、毎回確実に飛ぶポイントも確認できました。そこはクワやエノキの幼木の枝が水路上に張り出し、まわりに灌木が密生しており、かなり薄暗い環境となっていました(写真上)。個体数は非常に少なく、こんな場所で本当に産卵を確認できるのでしょうか?しかし、この場所で探雌飛翔が確認されたことはやはり、最初に見たのは産卵だったのかも知れません。いよいよ佳境に入ってきました。あまり例のない生息地になるかも知れません。
 今回は残念ながら写真を撮るチャンスがありませんでした。



2020年9月11日金曜日

秋の使者マダラヤンマ2

 

今季初飛来した雄、色がやや淡い個体 2020.9.6 

1. 飛来初期の行動
 2020年はマダラヤンマが昨年にくらべ、4日ほど遅れて9月6日に初飛来してきました。今年はいつも観察してきた生息地の状況が少し変わって、排水口の扉が全開になっていて池の水位がほとんどありません。マダラヤンマが飛ぶ水路は幸い水位が確保されていますが、流れができて、結構流速が速い部分もあります。
 この事態は、この時期の優占種ギンヤンマがほとんど居なくなってしまうという思わぬ状況を作り出す原因となりました。ギンヤンマが居ない。このことは本当にギンヤンマの圧力によって、飛来したマダラヤンマが駆逐され開放水面での縄張り飛翔できないという仮説を証明する絶好の機会となりました。これまで曽根原(1964)や木村(2009)の報告でも飛来初期には同所に生息するオオルリボシヤンマやギンヤンマの勢力が圧倒的に強く、開放水域に本種が入れないとしていました。私も昨年同様なことを観察し、それを福島虫の会会誌に報告しました。
 今回、悪役のギンジがいない状況下で、私の予想では、すなわち、マダラヤンマは飛来直後から開放水域に出て縄張り飛翔し、探雌飛翔するだろうと。なにしろ面倒なギンジがほとんど居ませんから、もうマダラヤンマの天下です。好きに飛び回れるはずです。9月11日(初飛来から6日目)に観察してみました。ところが、何とマダラヤンマはこの時期でもヨシ原内部の縄張りから出ようとしません。わずかに開放水面上空に出ても軽く旋回したり、数秒ホバリングしたりすることもありましたがすぐにヨシ原に戻ってしまいました。ヨシ原内部の縄張りでは午前中、摂食行動やホバリングすることもありましたが、大部分の時間は縄張り内のガマやヨシに静止しています。午後は3時ごろから活発に縄張り内をホバリングを交え飛翔しました。またわずかな時間でしたが開放水面のガマやフトイの根ぎわを探雌行動のような飛翔もしました。これは予想だにしなかった行動でした。このことはこれまで考えられていた、飛来初期の縄張り形成の成立要因が全く違っていたということを示します。他の大型ヤンマに追い出されて、ヨシ原内部にしか縄張りを持てなかったのではなく、マダラヤンマは最初から開放水域に出ていくつもりは全くなかったということです。
 どういうことなのでしょうか。今回観察できた行動から考えられるのは、マダラヤンマが生息地に飛来した時には、まだ完全に成熟していないのではないかということです。配偶行動はまだ先です。昨年の記録からは初飛来から10日後に交尾がみられましたから、今年の場合は16日あたりに交尾が見られるのかも知れません。本種は初飛来後10日間をヨシ原内部でほとんど過ごして完全に成熟する。それから開放水域に出て配偶行動をおこなうのではないでしょうか。本当ならば、これまでのよう大型ヤンマ類の開放水域での排除行動の結果であるとする考えは修正しなくてはならないでしょう。

2. 成熟雄の探雌飛翔
 本種の探雌飛翔はなかなか観察することができません。まずその行動が見られる水域に容易に近ずけないことが最大の原因でしょう。下に示すのは探雌飛翔の連続写真です。雄は水面から10cm程度の高さをフトイやガマの根元(水際)を縫う様に、あるいはホバリングして産卵に来ている雌を探して飛びます。結局、その様はコシボソヤンマやミルンヤンマなどと変わりません。抽水植物の茎や葉を縫う様に飛ぶさまはアオヤンマを水面ぎりぎりに飛ばしたような感じです。大した飛翔技術です。一回の飛翔は15~20mに及びます。しかし往復することは意外に少ないように思います。必ず途中で他個体と出会って小競り合いになってヨシ原に入ってしまう個体が多いからです。



マダラヤンマの探雌行動  開放水面に面するフトイの水際を縫う様に飛翔する.
(上から下に飛ぶ)

2020年9月10日木曜日

不思議なミヤマサナエの産卵


ミヤマサナエは津田(2000)によれば、海外では中国、韓国、北朝鮮、ネパール、ロシアに分布するとされていましたが、最近かなり南のベトナムからも得られました(Kompier, 2015)。日本では北海道からは記録がないらしいですね。ロシアや朝鮮半島にあって北海道にいないのも解せません。福島県では全県下の平地を流れる主要河川に広く分布し、6月から9月まで成虫が見られます。特に8月中旬から9月中旬にかけては各河川に個体数が多いように思います。このトンボはわりに川幅が広い下流域の護岸された堤防なんかに止まっている姿をイメージするのですが、実際に歩いてみると、中流の川幅が広くなく流畔が岩で、石が川面に露出したような河川にも結構いることが分かります。
1.止水域での発生
 かなり前のことですが、福島県中部の天栄村のキャンプ場に家族と出かけた時のことでした。キャンプ場には併設してかなり大きな人工湖があって(写真上)、マスのルアーフィッシングが楽しめます。周囲が歩けるようになっており、朝散歩していた時に岸部にミヤマサナエの雄が点々と止まっていることに気が付きました。最初は未熟な個体かと思っていたのですが、全てが縄張り占有しているではありませんか。雄は時折湖面を飛んで、他の雄と小競り合いを繰り返します。注意して観察していると、湖面を高速で横切っていく雌と思われる個体や直径2,30mの円を不規則に描いて間欠打水産卵する雌もわずかですが観察できました。ミヤマサナエが止水域で産卵?よくよく見れば、まだ羽化殻が湖岸の杭に残されていました(写真 下)。この人工湖は標高700mにあって、流れ込む小川は近くの湿原や山から流れ下る多くの小規模な流れがあつまったものです。これらのことから、人工湖の上流で産卵がおこなわれる可能性は低く、ミヤマサナエはこの人工湖で発生しているものと考えられました。このへんのいきさつは福島虫の会会誌に投稿してあります。しかし、その後なかなかミヤマサナエのためだけ観察に行くのは、という思いがあって行けずじまいでした。
 今年、十数年ぶりに思い切ってミヤマサナエは健在なのか確かめてみることにしました。8月10日当地に行ってみると、個体数こそ少なかったのですが、相変わらず遊歩道に陣取って縄張り占有行動をしている本種を確認することができました(写真下)。どうやらこの場での発生は、一時的な発生ではなく、本種本来の生態の一部で、こうした止水域の環境でも発生を繰り返すことがはっきりしました。

 ミヤマサナエが湖や池沼に産卵、羽化し、雄は護岸で縄張り占有行動を示す報告はこれまであったでしょうか?全国の同好会誌の記事にあたることはできませんが、主なトンボ専門の会誌を調べてみました。諏訪湖や琵琶湖で本種が羽化することは報告されていますが、産卵するのかについては不明でした。ただ、諏訪湖ではミヤマサナエが湖岸で縄張り占有するというブログの記事が一つ見つかりました。本来、流水性のサナエ類、例えばホンサナエやアオサナエは場所によっては湖に普通に産卵することが報告されています。こうした場所に住むサナエ類にとってはこれが当たり前の配偶行動であって、産卵なのでしょう。トンボの産卵場所の選択性は流水性のサナエ類をも含めて、極めて幅が広いことは間違いないでしょう。一概に、このトンボの産卵域は流水であるとしてくくることは、本質を見失う可能性があるかもしれませんね。それは例外ではなく、多様な産卵戦略の中の一つなのだと。
2. 河川上流部での産卵
 ミヤマサナエの産卵方法は河川環境によって大きく2つのパターンに分かれるのではないでしょうか。河川下流部のような開放的で川幅が2,30mと広く、水深があるような場所では、コンクリート護岸や堤防で卵塊を作った雌が、川面を広範囲に不規則に飛び回って数回、間欠打水産卵します。一方、中流域の川幅が数メートルで流れが速い場合、雌は川岸の石や砂地あるいは流木などに止まって卵塊を作り、岸部の浅い場所でホバリングしながら数回打水産卵してはまた、同じ場所に止まり、再び卵塊を作ってホバリングしながら同所に同様な産卵を数回繰り返す産卵です。
 昨年コシボソヤンマの産卵を観察していた時です。この場所は、春はニホンカワトンボやミヤマカワトンボさらにダビトサナエが多く、河川上流部で渓流的になり始める場所にあたります(写真 左)。川幅は1.5mで流速は結構あります。コシボソヤンマの飛来に備えていましたところ、突然目の前の流木にヤマサナエの雌?が飛来して卵塊を作り始めました。よくよく見れば、これはミヤマサナエです。ミヤマサナエはおもむろに飛び立ち、ホバリングを交えながら川面を飛び回ります。そのうち岸部に近い場所でホバリングしながら、数回打水産卵し、すぐ目の前の岸に止まりました。そして再び卵塊を作るとまた同じ場所に同様な産卵をおこなって、また止まる。この動作を数回繰り返し、最後は少しホバリングしたかと思うと、飛び去って行きました。この間1分はなかったような気がします。このようなやや渓流的な環境でミヤマサナエが産卵したのに私は少々びっくりしたのです。



         ミヤマサナエの河川上流域での産卵. 上から順に.これを数回繰り返す.
                                2019.8.24  郡山市逢瀬川上流

 ミヤマサナエの産卵生態については報告された事例が意外と少なく、特に産卵場所については、今回のような上流域での観察例はほとんどありません。しかし喜多・和田 (2020)*は平地の水田地帯の狭い農業用水路で産卵を観察していることからも、本種の産卵場所については上述の人工湖での産卵を含め、複数の選択肢を持っていることは間違いなさそうです。私は7月上旬浪江町請戸川河口から2kmほど上流で本種が産卵しているのを観察したことがあります。本来ならこの時期、本種は羽化後、山地に移動しているはずですが、早期に羽化した個体はアキアカネのように平地に留まり成熟することもあるかもしれません。本種の生態については産卵をも含め、まだまだわからないことが多いように思います。

* 喜多英人・和田茂樹 (2020) 狭い水路におけるミヤマサナエの産卵. Aeschna 56: 7-8.
 
   
     

 

2020年9月5日土曜日

秋の使者マダラヤンマ1



  雄の縄張り飛翔 2019.9.12 
 
 マダラヤンマは全国的に人気の高いトンボで、だれもが一度は捕らえてみたいトンボです。その美しく輝くブルーの複眼そして自然の造形物とは考えられないほど深い瑠璃色の斑紋は実際に手にした者でしかわからない感動を与えることでしょう。福島県のマダラヤンマは全県下の平地のやや大きなヨシやガマが繁茂した池沼に分布し、個体数の多い産地も少なくありません。しばしば河川の氾濫や水質の悪化などで、生息地が失われることもありますが、本種の特有の移動性の高さから、新な生息地への進出が絶えず起きているものと考えられます。ただ気がかりはこの温暖化です。マダラヤンマのタイプ標本はフランスのパリです。おおむね北緯35°以北のヨーロッパ~東アジアに分布する、好寒冷地種です。ですからこの温暖化によって、いずれは福島県より北に分布域が移動していく恐れがあります。

 福島県では決まって9月第1週に入ってから本種が見られるようになります。この時期、生息地の池沼はオオルリボシヤンマやギンヤンマの勢力が非常に強く、そのために本種本来の活動域である開放水面に進出することができません。それでしかたなく(たぶん)、ヨシ原内部に狭い縄張りを張ります。雌も中旬頃より現れて交尾が見られるようになりますが、不思議なことに産卵はさらに遅れて観察されます。なぜこのようにそれぞれの行動がずれるのか良くわかりません。ただ、同所に生息する大型ヤンマ類の圧力の影響が一因となっていることは間違いないでしょう。             
 😱赤字の部分は昨年までの観察から得られた推論ですが、2020年の観察で思わぬ事実をが判明したためこの部分はとりあえず削除されたとして読んでください                       
 
  
  若い雄の縄張り内での静止とホバリング. この時期は開放水面には出ていかない。2019.9.10 

 マダラヤンマの飛来は秋の訪れを毎年、変わらず教えてくれています。このトンボが来るといよいよトンボシーズンも終わりだなあ、という思いに駆られます。本種の撮影は、雄の飛翔や交尾はその生態から意外と簡単に撮れてしまいます。問題は産卵です。これは非常にむずかしい。産卵がヨシやガマなどの抽水植物の茎や水面に浮いている枯れ茎などにおこなわれるので、雌はこれらの群落の中に入ってしまい、手前の植物が邪魔になって全体象がクリアに撮れないこと、そして何よりアングルがどうしても上から見下ろす形になってしまうことです。
 私はあるトンボのスライド会で、陰ながら密かに師と仰ぐ方が「産卵管が写っていなくては産卵ではない!」と話したことが強烈に心に残っていて、正直ショックでした。帰りの新幹線の中で、これを自問していました。果たしてこれまで撮った産卵には産卵管は写っていたかと。以後自然と産卵管が写っているよう撮影することに腐心するようになってしまいました。しかし、マダラヤンマはそうやすやすとはいきません。だいたい下の写真のようなアングルになるのが一般的なマダラヤンマの産卵写真ではないでしょうか。

これだと産卵管は全く見えません。これでは師は産卵とはみなさないのです。要はいかにレンズを水面すれすれに持っていけるかに係ってくるわけです。そこで改めて水面に顔がつかるほど這いつくばって、胸まで浸かって決死の思いで産卵を撮ると、撮れるではありませんか!やはりこの世界も気合だ!気合だ。なのでしょうか。幸いグリーンとブルーの雌が互いにそう遠くない位置で産卵してくれたので、一緒に撮影することができました。飛来直後は非常に敏感で、すぐに近か
づいたり、カメラを構えたりすることはご法度です。パッと飛んでしまいます。十分産卵に専念させてから近づきます。
 ここに掲載した写真や内容は2019年のものについて述べています。2020年度のマダラヤンマはこれから随時掲載したいと思います。ただ気がかりは本来なら、もう来ていていいのですが。まだマダラヤンマを確認できていません(9月6日現在)。

             いずれも2019.9.
                                                   
  交尾は福島県の場合、9月中旬以降から観察されます。交尾が良く見られるのは午後3時以降になってからです。午前中はわずかしか見れませんでした。交尾時間は最初から最後まで観察できることは難しいでですが、14分と30分の2例のみ時間を計測することができました。交尾の写真を撮っていた時です。何やら黒い影が交尾個体の手前を飛びました。構わずシャッターを切りましたが、その影はクロスズメバチであることが分かりました。しかしこのクロスズメバチ、雄の腹部背面に止まり、かじりだしたからたまりません。ペアは驚いてどこかに飛び去ってしまいました。私は以前、エゾトンボの交尾でも同様な観察をしています(下写真、この時はエゾトンボが嫌がった行動を示したので、とっさに手が出て、ピンボケとなりました)。おそらく腹部が曲がり、一見芋虫のようにクロスズメバチには見え、噛みついたのかもしれません。


              
拡大して見てください 2019.9.26
                                                                        
                        交尾態のエゾトンボに止まろうとするアシナガバチの一種
(ピンボケですが)
                              

   



 








 






2020年9月4日金曜日

晩夏のコシボソヤンマ(このブログはパソコンでご覧ください)

ごあいさつ
 今回から少しずつ、福島県内のトンボの写真を中心にアップしていきたいと思います。県内にはトンボを対象に写真を専門にやってらっしゃる方が少なく、ほとんどの撮影で人に会うことはなく、会っても他県の同好者だったりして寂しく思っていました。最近、県内にもようやく若い人たちでトンボの写真や生態の観察を趣味とする方々がでてきました。その方々に啓発されて、少しトンボの写真を題材に、福島県のトンボと、その興味深い生態を浅く、深く紹介できたらと、このブログを立ち上げました。第1回目はちょうど今が旬?のコシボソヤンマを取り上げます。次回はマダラヤンマです。

 コシボソヤンマは世界中で6種知られていて、日本からはコシボソヤンマ1種が生息しています。本種は県内山間部の中小河川に広く見られますが、会津地方では記録が少ないトンボです。ちょうどこの時期に活発な配偶行動が観察されます。
 朝から昼前までと主に午後4時前後から辺りが暗くなるまで川岸に沿って飛びます。雄は暗い場所や流木に雌が産卵していないか確かめるように飛びます。撮影はなかなか難しい面があります。まずは雄が頻繁に覗き込む場所をさがすことが肝要です。とにかく飛来数がないと話になりません。撮影したほとんどがピンボケですから。以前のフィルム時代では膨大な出費となりました。デジタルになって本当にその恩恵を実感しています。
      
                  コボソヤンマの生息地(郡山市逢瀬町逢瀬川)


                     
          

 
           雄の探雌飛翔 郡山市逢瀬町逢瀬川上流 2020.9.2

 一方、雌は他のトンボ同様、非常に雄を警戒して飛びます。これまでの観察では飛んでくる個体は圧倒的に雄が多く、雌はなかなか飛来しません。また、雄自体の飛翔時間帯もワーっと連続的に来たり、全く飛ばない時間があったりして、どーもよくわかりません。ですから、なおさら雌は出会えず、なかなか写真に撮れません。さらに産卵も、必ず朽木などに来るかと待っていても素通りしたり、撮影は一筋縄にはいきません。そして雄の飛来が絶えた、わずかな時間(30分ぐらい)に、まるでそれを見計らったように突然、目の前の産卵対象に飛来したりします。最初はこちらが動くと、パっと飛んだりして非常に神経質ですが、産卵に集中すると多少の刺激には動じなくなって、ゆっくりピントを合わせることができるようになります。以下は午前中の明るい時間帯の産卵と夕刻、相当暗くなってきた時の産卵です。この生息地は産卵対象となる流木がほとんどなく、護岸のコンクリート壁面に生えた蘚苔類にも産卵をおこなっていました。

    
            
  
                     平地の水田地帯にあるごく普通の農業排水路、こんな場所にも雌は産卵に訪れます

   コンクリート壁面にはみ出したヨシの根と付着した泥の部分に産卵 2020.9.10



                    


  


アキアカネの配偶行動 (2)

  精子置換はいつおこなうか?  今のところ、新井論文が非常に的を得ているように思えました。このままではやはり妄想論でしかなかったことになってしまいます。そこで改めて、新井さんが述べておられる、ねぐらでのアキアカネの配偶行動を再度観察してみることにしました。           ...