2025年6月23日月曜日

いつの間にかサラサの季節

 ムカシトンボを追いかけている内にいつの間にかサラサヤンマの季節になってしまいました。そこで久しぶりにサラサヤンマを撮りに出かけてみました。撮影地は車で15分の、とある溜池の上流にあるハンノキ林です。
 縄張り
 このトンボは湿地内のどこにでも♂が縄張りを張ることはなく、林床の湿性植物が繁茂した場所ではなく、雨が降ると浅い水溜まりになり、乾燥時には少し濡れた地面が見えるようなせいぜい1~2m四方の湿性植物がまばらな狭い範囲に好んで縄張りを作ります。ですから生息地の湿地で縄張りを張る場所は限られ、今回訪れたハンノキ林では8ヵ所の縄張りが確認されました。言い替えれば縄張りを持てる♂は8頭を大きく超えることはないということで、この縄張りを目指して、新規侵入♂が飛来して先住♂とバトルを繰り返すのです。朝、最初に縄張りを維持する先住者が飛来して、細い植物の茎や落ちた樹木の小枝に止まって♀を待ちます。止まる位置は地面から20cmぐらいが多いようです。不用意に近づくとパッと飛び上がり、その驚き具合にもあるのですが、だいたい周囲をホバリングを交えながら飛び回りすぐに戻って来て同じ様な位置に止まります。ムカシヤンマもそうですが、このトンボもすぐに止まりたがります。縄張り内を頻繁にホバリンング飛翔して侵入者を警戒することは無いと思います。多くの飛翔(ホバリング)写真は撮影者に驚いて飛び上がって、また縄張り内に戻って静止する間に撮られたものだと思います。基本的に止まって♀を待つヤンマではないでしょうか。
 縄張り♂の先住効果は高く、観察した限りで、縄張り♂は侵入者を全て排除しました(観察した先住♂は翅にわずかに羽化不全の箇所があってすぐに見分けがつきました)。排除された♂は湿地の外の林道や草原で縄張りを作ったりすることが多く、そうした場所では1mほどの高さをホバリングを交え広めの空域を緩やかに旋回することが多いように思います。しかし、これらの♂に全く交尾機会が無いとは言えず、産卵を終えて出てきた♀(多分)を確保するのを目撃したことがあります。配偶行動全般の詳しい観察の報告は武藤 (1958, TOMBO 1 (2/3): 12-17)ぐらいしかありません。
 サラサヤンマは慣れて来ると警戒心がなくなるのでマーキングは出来そうです。個体識別して生態を調べれば面白そうだと思いました。植物に止まって待ち伏せする縄張りはヤンマ類の中では他にあったでしょうか?この生態はサナエトンボに近く、分類学的にも面白いと思います。
                      
      
縄張り内にある地上 20cm ほどの高さの小枝に静止する♂、休んでいるのではなく、警戒中
            
                    同、待ち伏せ中  
  
                     
                    
                    
     これらは全て、侵入者(筆者)を感知して飛び立った時の飛翔、ホバリングするから撮影しやすい

 ♀の飛来と交尾
 交尾は数例観察できました。まずガサッという音で待機中の縄張り♂が♀を捕えたことが分かります。草むらから飛び出した2頭はタンデム状態になって縄張り内を高さ1m ぐらいで緩やかに旋回し、その間に♂は移精します。さらに旋回が何回かつづいて最後は交尾してすぐに樹上に上がります。交尾継続時間は観察していませんが、「日本のトンボ」では30分とありました。
 ♀は自ら縄張りを訪れて交尾するように見えます。産卵を目的とはせずに、交尾をするために飛来しているように思います。多くのトンボは♂の縄張り内を飛んで、積極的に♂に捕まり交尾しているのではないでしょうか。サラサヤンマの場合も飛翔は産卵時の緩やかで産卵場所を探す飛翔ではなく、いきなりサッと飛来してくることからもその可能性は高いと思います。
                      
                      
        
   ♀を捕えて縄張り内を飛び回り、最後はリング状になって樹上へ

 産卵
 産卵は縄張り以外の場所で行うようです。例えば湿地内の低灌木が密生した中に潜り込んでその表土におこなったり、倒木やその周辺、湿性植物が密生した場所、なかには湿地内部を流れる細流脇の泥など産卵場所は多様です。この場所ではありませんでしたが、湿地周辺部のブッシュの中や林道のぬかるみや、湿地に隣接する水田の畦などにも産卵します。この辺り前述した武藤 (1958, TOMBO 1 (2/3): 12-17) に詳しく出ています。

つづく



2025年6月14日土曜日

2025年ムカシトンボの観察記(3)

今期最後の観察
                     
                    観察地の景観
              
                     
                   ムカシトンボの産卵域
                         
                                
                                                           白い縁紋に、ン?結構成熟しているのに。ここはほとんど透明型 

 郡山市熱海町の生息地はいわき市三和町のそれに比べ、成虫の出現が年によっても異なりますが、7~10日ほど遅れます。これまでに示した通り、三和町の成虫の活動期は時期的な低温の影響が行動を抑制していて、おおむね14℃あたりが飛翔可能な最低温度になると思われました。一方、熱海町ではさすがに日の出と共に気温の上昇が著しく、すでに7時には14℃を上回って、成虫の活動帯の気温は三和町を大きく上回っているのです。つまり熱海町では成虫の活動を抑制する14℃の温度は存在しないのです。
 これまで三和町で林道を飛ぶ個体数を羽化直後、未熟期そして成熟期に分けて丸1日、一定時間ごとに調べてきました。今回は熱海町で同様に成熟期の飛翔状況を調べてみました。
                      

 観察時間ごとの個体数を棒グラフにしました。三和町が上、熱海町が下です。細かいとこはさておいて個体数をみると、三和町における活動は主に午前中で、熱海町は午後に多いことが分かります。三和町でも夕方飛んで摂食する個体がありますが、どんどん気温が下がり、たちまち14℃を割って飛べなくなってしまいます。一方の熱海町では夕刻でも気温が17℃以上あり多数の飛翔個体が観察され、一部では摂食に混じって交尾も見られます。お昼の時間帯の活動は両区共に低調になるようです。
 このように同じ福島県内でも生息地の環境によって成虫の飛び方が変わってくることがわかりました。九州から北海道まで、さらに標高数十mから2000mまでと極めて広範囲に生息するムカシトンボは、それぞれの地域で飛び方が異なっているものと想像します。高山や海岸に近い生息地ではどのような飛び方をするのか、一度見てみたいものです。
 6月13日、熱海町で最後の観察を行いました。ムカシトンボはほとんど飛びません。昼前に数頭が飛翔しましたが、内1頭はこれまでムカシトンボでは見たことのない、エゾトンボのような摂食飛翔をおこないました。こんなこともあるもんだと見ていますと、なんだサラサヤンマじゃねーの、と。しばらくするとムカシトンボがスーっと飛んできたかと思うと上空を旋回していたサラサが猛烈な勢いでアタック、ムカシトンボは追尾されながら林の中に逃げていきました。いよいよこの地でも新旧交代となったようです。
                     
                林道上で方向転換するムカシトンボ♂
                          
                      林道上を占拠したサラサヤンマ
                          
                  





















2025年5月31日土曜日

2025年ムカシトンボ観察記(2)

  今年の発生はおかしい
 
 今年は、春先そして現在も低温の日が多く、いわき市のムカシトンボの発生も遅れました。しかし、すでに6月上旬。例年ならば発生は末期となって産卵域のウワバミソウには多数の産卵痕が残されているはずなのですが、今年はまだ、これまでに産卵された株数が以前の1/10にも満たないのです。成虫の個体数も少なく、大きな環境変化があったでもないのにどうしたことなのでしょうか?
 これから産卵ピークが訪れるとはとても思えません。幼虫時代に何か重大なことが起きていたのでしょうか?なんせ10年近くの幼虫期ですから、ある年何かが起きていたのかも知れません。
 そういうわけでこの産地はあきらめて、以後観察地を郡山市西部の山地帯に変えてみます。今日は最後のいわき市での観察となりました。この観察地ではクロサナエやヒメクロサナエも多く良い観察地ではあるのですが、どうしてもムカシトンボを優先してしまうため、真剣に向き合うことはありませんでした。しかし、今日はクロサナエの交尾やおかしな行動をみることができましたので、その写真を上げておきたいと思います。
     現在、近くで三和風力発電所の建設が行われていて、今年末から長さが50m以上にもなるプロペラブレードの搬入が始まるそうです。そのために渓流沿いの道の車幅(特にカーブの部分)を大規模に拡張する必要があって、すでに測量・アセス(昆虫網を持った調査員が数年前から来ていたが、ムカシトンボの生息を知らなかった)が終了しています。来年以降、この観察地は大幅に環境が変わっていることでしょう。どんなことになるのかトンボたちへの影響を憂慮せずにはいられません。
                                                                                           
              いつもの観察地、この道幅が大幅に広げられるという
  
        来年には工事が始まり、クロサナエにとって受難の年になる。拡張工事の赤い標識が見える

                                                     フキの葉に止まるクロサナエの♂
                          
                   何か止まった! ヒメクロ?いや、、、、
                                                                                         
                  クロサナエの交尾、交尾は午前中見ることが多い
                    
                   何か落ちてきた!なんだ?
                         
            これは初めて見た!ペアのクロサナエに闖入してきたダビトサナエの♂
                         
                10年近く通っていたが、同所でムカシヤンマを見たのは初めて




 
 
 
                   

2025年5月14日水曜日

2025年ムカシトンボの観察記(1)

 大雪の影響は?
 今年は福島県も大雪で、ムカシトンボの発生が遅れると予想しました。観察地のいわき市三和町ではどうだったのか、5月の連休あけから現地に行ってみました。その結果、5月11日に初めて成虫の飛翔を観察しました。これは5日ぐらい例年より遅れているように思いました。
 飛翔個体を捕えてみると、外骨格はまだ完全に固まっておらず、羽化からあまり時間が経っていないことが分かります。

未熟虫の飛翔行動
 この日の朝は10℃を下回りましたが、日中は19℃程度まで気温が上りました。成虫は10時以降、気温が15℃を越えたあたりで飛翔を開始しました。これらの個体をここでは便宜上未熟虫と呼ぶことにします。未熟虫の飛翔は明らかに成熟期の個体とは異なり、摂食のための飛翔行動が主となるようです。カトリヤンマほど敏速に飛ぶわけではありませんが、林道上2mに飛び交う小昆虫を上下しながら盛んに捕食します。また、林道のわきの杉林に沿って高さ8mほどで捕食行動を示す個体が多く、地表近くを一直線に飛ぶ個体は見られませんでした。飛翔はいずれも一過性で、上空高くスギの梢に沿ってゆっくりと摂食しながら飛び去る個体もありました。
 これらの観察から未熟虫は一ケ所に留まることは無く、かなり広範囲に摂食飛翔して、成熟前期を向かえるのだと思われました。
 なお、この日はニホンカワトンボ、クロヒメサナエやダビトサナエの羽化が多く見られました。
                                                                             
                  ムカシトンボ未熟成虫が飛ぶいわき市三和町の林道


 飛翔個体数を15分ごとに数えたものをグラフに示しました。14時30分を過ぎると、飛翔可能な気温であるにもかかわらず、全く飛翔しなくなりました。飛翔も連続的には起こらず、30~45分間全く飛ばないことも多く散発的でした。また、なぜか複数の個体が同時に飛ぶことが多いようです。当然ではありますが、林道わきの渓流のウワバミソウにはまだ産卵痕はありませんでした。
 
 5月15日、朝から気温が高く、8時には15℃を越えました。この温度なら活動に問題はないのですが、飛翔が見られたもは10:18になってからで、この時の気温は18℃に達していました。飛び方は11日とは異なり、いずれもが林道上2mぐらいの高さを一直線に高速で飛びさりました。それぞれの個体は熟度が未熟から成熟にかなり進んだように思われます。観察はわずかの時間しか行えなかったため、この後、11日に見られたような摂食飛翔があったかは確認できませんでした。
                                                                                             
 5日後にあたる5月16日に再び同様の観察を行いました。上のグラフがその結果です。5日後の成虫の飛翔は明らかに初日と異なり、成熟した個体と同様な飛び方をしました。林道に沿って30cmから2mほどの高さをかなり敏速に直線的に飛翔する個体が多く、それらの多くは小昆虫を捕食するための飛翔でした。ただ一過性で非常に敏速に飛び去る個体もありました。
 初日より20倍以上の個体数が飛翔し、それらは午前中と午後に間に1時間以上ほど飛翔がほぼ絶える時があることがわかりました。なお、渓流のウワバミソウにはまだ産卵は認められませんでした。また、気温と飛翔の関係もあまりなさそうに見えました。
 いよいよ来週後半には本格的な繁殖期となって、♂のパトロールや産卵が観察されるでしょう。


つづく






いつの間にかサラサの季節

 ムカシトンボを追いかけている内にいつの間にかサラサヤンマの季節になってしまいました。そこで久しぶりにサラサヤンマを撮りに出かけてみました。撮影地は車で15分の、とある溜池の上流にあるハンノキ林です。   縄張り  このトンボは湿地内のどこにでも♂が縄張りを張ることはなく、林床の...