2023年6月8日木曜日

中通りのムカシトンボ Epiophlebia superstes の生態 1

 1ヶ月遅れの発生地では

 中通り地方の発生地は阿武隈高地の西麓部の一部を除いて、全て奥羽山脈にあって、これまで述べてきた生息地と異なり冬季間かなりの積雪があります。発生時期は標高や積雪の状況によって変わり、少なくとも浜通り地方とは1ヶ月以上遅れます。また生息地はブナ帯に多く、浜通り地方の多くの生息地とは環境が異なります。今回の観察は郡山市近郊の山地帯で、標高は600mほどですが、標高がもう少し高くなるとヒメオオクワガタやヨコヤマヒゲナガカミキリが見られるようになります。また、例にもれずツキノワグマの生息地ともなっていて、2,3日前直ぐ近くで、サイクリングをしていた方が襲われました。幸いムカシトンボの観察時間帯で遭遇したことはありませんが、夕方はしばしば目撃しています。浜通りと違って長時間定点に留まった観察にはこれが脅威となります。まあ、結果は大したことはないのですが、それよりたまに現れる人間のほうがはるかに緊張します。 

                 渓流脇に続く林道、舗装されていてこの上を飛ぶ

今年は早くなかった羽化時期

 通常この生息地は5月下旬から本種の姿が林道上にみられますが、今年は6月5日に初めて確認しました。福島県も例にもれずサクラは2週間も早く開花しましたが、一方、山々には例年以上の積雪がありました。こうしたことが逆に発生を遅らせたのかも知れません。そこで発生初期6月8日に林道での飛翔行動を終日観察してみました。この日は午前中は晴れ、12時ころから薄曇りで14時すぎには完全な曇りとなりました。気温も例年より少し高めでしたが、14時以降は急激に気温が低下しました。結果を下に示します。                   


 いわき市三和町の繁殖期前期の林道の飛翔行動と比較すると郡山市の場合、まず気温が比較にならにほど高い環境の下での飛翔開始となることが分かります。また、その飛翔パターンもいわき市では見られなかった、明らかに昼を中心にした時間帯に集中することが分かります(むしろいわき市の繁殖期間後期のものと同じような)。これらの個体ではいわき市においてみられたような、樹木に沿って上昇しながら枝先を覗きながら探雌飛翔することはまだ確認できませんでした。多分これから個体数が増加して、探雌飛翔もみられるようになるのだと思います(ここでも♀を捕捉して連結状態になるのを観察しています)。その頃の飛翔パターンはいわき市のものに似て来るのでしょうか。

今年度のムカシトンボの成虫の観察はついにキイロヤマトンボの時期になってしまったため、今回で一応終了します。いろいろ興味深いことがらが次々にでてきました。来年はそれらを少しでも解明できたらと思います。

今年、ムカシトンボを観察して分かってきたことを箇条書きすると、
1 県内では発生時期ごとに飛翔開始時間(林道での摂食・配偶行動)が変わる。
2 発生が早い地域には低温の影響が大きいが、12℃ あたりが飛翔最低温度となる。
3 発生が遅い地域において、飛翔時間(主に摂食)が早まる傾向は認められず、昼以降が活発となる。
4 オスの探雌飛翔のパターンは繁殖前期と後期では大きく異なる。
5 産卵は繁殖時期の初期に多い (おそらく交尾も)。
6 気温と飛翔行動(摂食・配偶飛翔、探雌・産卵飛翔)は浜通り地方のように5月上中旬に活動する地域では低温の影響が大きいが、5月下旬以降に活動する地域では気温との関係性は無いように見える。



                    



2023年5月26日金曜日

浜通りのムカシトンボ Epiophlebia superstes の観察 3 (オスのパトロールなど)

なかなかうまくいかない生態観察
 トンボでもチョウでも昆虫類の野外観察は、その日の気象条件に大きく左右されることが多く、思う様にはいきません。特にこのムカシトンボの発生時期は福島県浜通り地方の場合、低温の日が続いたり、かと思うと真夏日になったりと、非常に気象の変動が大きい時期です。したがって、ある日に集めたデータはムカシトンボの発生時期の全般を代表とするものとはとてもいえないことを、実際に観察していて痛感せざるを得ません。以下にその実例を挙げていきたいと思います。
 ムカシトンボの場合、極めて多くの同好者が多種多様の観察事例を持っているでしょう。しかし、生態的に極めて重要なことがらにも関わらず、ほとんどは個人的な断片的知見として発表されずに終わっているのではないでしょうか。

メスの産卵における学習
 あるトンボのスライド会で、ムカシトンボの写真の達人Kさんからこんな話を聞きました。ムカシトンボのメスは若い時に産卵対象を学習して識別するようになると。学習..?ですか..。と、まあその時は半信半疑でいたのですが、今年の観察で、最初に産卵が確認された日から数日後に複数のメスが明らかに産卵対象を探っているような偽産卵行動を示すのを目にしました。
 1例を示すと、メスは渓流の岸に生えているウワバミソウを覗き込む様にゆっくりと飛翔し、時々止まっては産卵管を茎に刺しているように見えました。しかし、産卵は行わずすぐに離れ、今度は直径が0.5cmぐらいのコクサギの幹に取付き産卵管を刺そうとしましたが、それは無理。すぐに離れ、近くのジャゴケに降り立ち、今度は産卵するかと見守りました。しかし、産卵管を刺すしぐさは見られましたが産卵はせず、また岸辺の植物の間を覗き込みながら飛翔、なんと枯れたサワアジサイの茎に止まって産卵管を突き立てました。ここは手ごたえがあったのか、10秒ぐらいとどまっていましたが、やがて飛び去って行きました。
 こうした行動は、この渓流で初めて産卵が確認されてから数日間に見られた行動で、それ以降は観察できません(5月25日に同様な行動を示すメスがいましたので、採集して確かめたところ初々しいぐらい若いメスでした)。このことを得意になって知人に話すと、「そんなの知ってるよ」って、結構見ている人は多いことが分かり、なーんだみんな知っているのかと少々意気消沈しました。Kさんはその後、「昆虫と自然」にこのことを書いておられます(昆虫と自然、2008年、Vol. 43、14-19.)。
 しかし、良く考えてみれば、この産卵前(?)の習性は生物学的に非常に重要なことではないかと思います。Kさんの言った通り、短時間のうちにムカシトンボは本能的に畦畔の植物を手あたり次第に産卵可能か否かを探って、最終的に産卵して良い植物を自ら選択するようになる。産卵できないものを覚え、できるものを記憶して決して間違わなくなる。これって正に学習ですよね。

オスの探雌行動
 (1)縄張りについて
 本種に縄張りがあるか?これは意見の分かれるところでしょう。縄張りとは特定のオスが一定の場所を排他的にこれを占有し、先住効果が見られるとされます。ムカシトンボの縄張り飛翔(仮にそう呼びます)は小さな落ち込みや、水深がほとんどない流れの上に見られることが多く、広くて2m、せいぜい1m四方をホバリングをしながら飛翔します。しかし、この行動は必ずしも縄張りの定義に合致しない部分があります。つまり、ムカシトンボの縄張り行動は決まった場所でいつも確実に見れるとは限らないこと、見られても一過性で、継続して観察できないこと。さらに縄張り飛翔と考えられるホバリングを交えた飛翔時間が短いこと、縄張りと考えられる場所での闘争は激しいが先住効果が発揮されているか分からない点です(福島県の場合)。また、縄張りの主たる目的でもあるメスとの出会いは、ほとんど見たことはありません。では何のための縄張りかという問題です。ただ、闘争は目では追いきれないため、ここはビデオでの記録解析がぜひ必要だと思います。特に、闘争場面では先住オスが勝つのか、侵入オスが勝つのか?あるいはメスが混じっていないかなどが明らかになれば面白いと思います。
                   
                  小さな落ち込みでホバリングを続けるオス
 
 (2) 気温によって変わる探雌飛翔パターン
   オスが流れに沿ってホバリングを交え、ゆっくりとウワバミソウなどを覗きながら飛翔するのは典型的な本種の探雌行動です。この行動は当然、気温との関係が気になります。まずこれを調べてみたいと思います。


 繁殖期間を前後(最初に産卵が確認された日から7日間を前期、以後を後期としました)に分けて調べてみます。先に述べたように天候(晴れ・曇り、気温)によって行動が大きく制限されるため、まず晴れの条件で、気温が大きく異なる日を繁殖前期で見てみました。それが上の2つのグラフです。グラフ上がこの時期を代表する最高温度16℃程度の日、下がこの時期にしては気温が大変高い最高温度約26℃の日です。10℃も違います。
 まず上のグラフからです。5月16日、この日の朝は寒く、ジャンパーを羽織るほどでした。13℃を境に飛翔が抑えられると書きましたが、どうもこれを見るとそうでもなさそうです。13℃を越えたあたりが一番飛来数が多く、気温の低い午前中に集中して飛来していることが分かります。
 一方、5月18日、平地では夏日だった日はこの渓流でもどんどん気温が上昇し、11時には25℃を越えました。予想ではもっと早い時間帯にオスたちが飛んでくると考えていました。しかし、何と初飛来はずーと遅く11時となり、さらに14時以降に全体の8割近くの個体が飛んで来ました。どうも予想とは全く異なる結果となりました。
 このように温度条件が変わると全くオスの探雌行動が変わってしまうのです。この理由は何なんでしょう?良く分かりません。データがもっと必要なんでしょうね。

 (3) 繁殖時期の前期と後期で全く違う探雌飛翔パターン
 これまで同じ場所で観察を続けていると、どうも繁殖時期前半は探雌飛翔してくるオス(メスの産卵も)の個体数は多いのですが、すぐに飛来数が急激に減って来るような気がしていました。そこで、今年は時期を変えて飛翔する個体数を数えてみることにしました。気温によって1日の飛翔パターンが変わるぐらいですから、繁殖時期全般を通じても相当変化するのではと容易に想像がつきます。本当に繁殖時期前期に飛翔が集中するのでしょうか?
 結果を見てみると、5月21日の調査では総個体数は5月18日の半分となり大幅に減少しました。また、観察される個体も午後により集中することが分かりました。さらに5月25日になると、さらに個体数が減少しました。繁殖前期のものは(2)を見返してください。 
                   5月21日
             
                   5月25日
 このように繁殖期間後期になるにつれ、急激に探雌飛翔する個体数が減少することがわかりました。しかし、同時にこれは発生後期となり個体数がどんどん減っていくこと(死亡する個体が多くなる)とも関連があると思います。この件は何らかの方法で確かめることが必要でしょう。どうすればいいのかなあ。
 あと、この時期に飛来しているオスはやけに無警戒(繁殖期間前期でも最初は私を警戒するでもなく目の前で探雌飛翔したのが、日がたつにつれ警戒的になって手前で迂回したり上空に上がってしまう個体が増加しました。今回飛来した個体はその点、若いオスなのかと)で、色も鮮やかな気がします。もしかすると羽化が遅れた、つまりより標高の高い渓流で遅く羽化した若い個体なのかも知れません。もしそうなら、繁殖時期前期に飛んでいたベテランはすでにこの渓流からどこかに移動しているか、死に絶えている可能性が出てきます。

 以前、発生初期の午前中にたくさんの個体が渓流に見られたので、1週間後に友人を連れていったところほとんど見られず、どうしてだろうと不思議に思っていたことがありました。今回ようやくその理由が分かりました。当日はすでに行動パターンが初期とは全く変わっていて、午前中はほとんど飛ばなくなっていたことと、急激に個体数が減少していたことで、ほとんど見れなかったわけです。午後に行けば良かったのでしょう。納得しました。

つづく

 

                    








 
 














 

2023年5月15日月曜日

浜通りのムカシトンボ Epiophlebia superstes の観察 2(温度の関係)

 成虫の活動(飛翔行動)

 「ムカシトンボの活動」といったらオスは探雌飛翔(行動)と交尾行動、メスは産卵対象物への飛翔と産卵そして交尾行動がまず頭に浮かびます。共通するのは摂食行動です。しかし福島県ではこれら個々の行動が実のところ何も分かっていないのです。最近、じっくりとこのトンボと向き合う様になってみて、これまで言われている本種の生態的な知見が、必ずしも当てはまらない部分があるように思うようになってきました。

 成虫の渓流における飛翔時期(すなわち成熟個体)にもかなりの幅が見られます。一般的に浜通り地方の阿武隈高地では 5月上旬~下旬。中通り地方の標高500~600m の奥羽山脈では5 月下旬~6 月下旬。吾妻山系の谷地平 (標高1400m)  では6月下旬~7月下旬。西吾妻西麓では発生が県内で最も遅く、7月下旬から8月下旬となっています。一方、会津地方の桧枝岐村では6月中旬~7月下旬で、その他はだいたい5月中旬~6月下旬が発生期となります。したがって、それぞれの地域のムカシトンボは時期的に異なる気象条件によってその飛翔行動が影響を受ける可能性が考えられるのです。

 今回はいわき市の渓流において、成熟虫の飛翔行動、すなわちオスの探雌行動、メスの産卵行動および林道での主に摂食と思われる飛翔行動の3つをみていきたいと思います。なお、今のところ、いずれの地域でも、近年の温暖化によって発生時期が早まる傾向は全く感じられません。日本各地の発生はどうなのでしょう。

林道上での飛翔
 渓流で羽化した個体はあまり間を置かないうちに、上流の開けた林道上で摂食を主にした飛翔を始めます。5月上旬は低温の日が多く、晴れていても気温が上らない日が続きます。これまでの観察ではそうした日でも大体14℃あたりが飛び始めかなとみていました。今年は実際に温度を測りながら1日の飛翔個体数の推移をしらべてみました(下図、拡大するとはっきり見えます)。
                     

 林道で始めて飛翔が観察できた日から7日を成熟前期それ以降を後期としてみます。成熟前期の5月11日の状況を見てみます。どうでしょう。思っていたより低温で飛び始めるようです。また、この時期だと昼前に活動が最大になり、13時以降はほとんど飛翔が見られなくなることが分かりました。なお、成熟後期の飛翔は観察していません。

気温と産卵行動
 次に気温と産卵行動について見てみます。いわき市三和町の生息地は好間川の支流で標高が550mあります。ここでは成虫の期間が4月中旬から5月下旬です。特に配偶行動が観察される期間は約1ヶ月で、この期間は浜通り地方特有の低温の日が多くなります。2020年の例で当地を見ますと、最高気温は下図のようになっています(現地に設置した自記記温計の記録から)。
                                                              
                気温を測定した源頭部の小さな流れ
                          
                      産卵対象を探すメス
                                                              

 これは産卵がおこなわれる源流の源頭部にあたる小さな流れで計測したもので、5月いっぱいの最高温度をグラフにしたものです。この時期は寒波が約1週間ごとに来て、気温が激しく
乱高下しているのが分かります。グラフの赤線は13℃あたりを指していて、この温度を境に晴れていても、それ以下だとほとんど飛ばないように思われました。もしそうなら5月繁殖期間の3日に1日(それ以上)は低温で飛ぶことができない状況であることが予想されます。そこで、この低温が実際に産卵行動にも影響しているかを見てみました。場合によってはもっと低温でも産卵行動を行っているかも知れません。
 この場所の主な産卵対象はウワバミソウです。そのほかジャゴケやゼニゴケにも産卵が見られますが、コケへの産卵確認は不可能なので今回は省きました。下に日ごとのウワバミソウの産卵株数をグラフにしたものを示します(拡大して下さい。見やすくなります)。

      
 やはり、グラフから最高温度が13℃以下の低温の日になるとほとんど産卵しないことがわかりました。この地域ではこの時期特有の低温が直接、本種の産卵行動を抑制している可能性が考えられます。累積産卵率でみると、もし低温の日が無ければ、産卵期間の前半で総産卵株数の大半(80%)を占めたかも知れません。標本数が少ないのでこうだ、とははっきり言えませんが、ムカシトンボの産卵は産卵期間の初期に多くおこなわれるような気がします。

                  ホソバミズゼニゴケに産卵するメス
                                                                        
                                                  ウワバミソウに産卵する若いメス





   











2023年5月3日水曜日

浜通りのムカシトンボ Epiophlebia superstes の観察 1 (羽化場所について)

 ムカシトンボの羽化場所について

   最近は、トンボの撮影だけでは物足りなさを強く感じるようになりました。毎年同じ様な写真がたまる一方、ほとんどそれをじっくり見返すこともなく、ただ良い写真が撮れたと、フォルダーにしまい込むだけ、まるで標本収集と変わらないような気がしてきました。一方、トンボをファインダーごしに見ていると、その行動に次々に疑問がわいてきます。しかもそれらの回答は図鑑や文献にもほとんど載っていません。こうして写真よりも「なぜ、どうして」というトンボ本来の生態面での興味が強くなってきました。
 ムカシトンボもその一つで、気になることがいろいろあります。その一つが羽化場所です。このトンボはかなり羽化場所が広域で(河川源流域から、かなり下流域例えば河川区分なら上流から中流に変わる当たりまで)、私が通ういわき市では確認できた羽化場所が上流から下流約2km、標高差が200m以上にもわたります。もっと下流域で羽化するかまだ確認していませんが、場合によってはもっと大きくなるかも知れません。当然同じ地域でも羽化時期は変わってくるでしょう。
 以前、桧原湖に注ぐ長井川では湖水に流入する地点で各齢期の幼虫を数頭確認したことがあります。当日、この場所には多数のアオサナエ♂が見られました。とても不思議に思いました。どうしてこんなに下流にいるのかと。果してムカシトンボは川を下るのか?
 源流域で最初に成虫の飛翔が見られる日には、同時に交尾も観察されます。しかし、この場所では羽化がまだ始まったばかりです。恐らく、飛翔している個体はずーと下流で10日以上も前に羽化したものと思われます。下流で羽化した個体はしだいに源流域に上がって来て成熟するのかも知れません。下流域で本種の飛翔を見たことはありません。そこで、終齢幼虫がどのくらい下流で見つかるのかは非常に興味があるところです。晩秋に確認しておきたいと思います。
                    
                 羽化したオス, いわき市 28/04/2023 iPhoneで撮影.
                                                    
          同じ個体, 大分体色がはっきりしてきた. iPhoneで撮影. 

 とりあえず羽化が見られた源流域と下流域(便宜上そう呼びます)の水温を現時点で測定してみました。産卵部である源頭部の水温は11.9℃で、この流れが本流に流れ込んだ場所は13.2℃、その2km下流は何と12.4℃と低くなっていました。恐らく、この渓流は鬱蒼とした杉林に川面を覆われて太陽による水温の上昇が抑えられていること、さらに支流からの流入が原因だと思われます。
 ムカシトンボの幼虫の生息と河川水温との関係は、田原鳴雄さんが熊本県下の生息地で測定しており、冬季が 4~5 ℃、夏季が 16~17 ℃であったとしています (TOMBO, 27: 27-31.) 。多くの図鑑類はこれを引用しているのだと思います。また、関東では大森武昭さんが多摩川水系において調査され、それによれば夏季水温でおおよそ14~16℃ の範囲内にあることが示されています( 大森武昭, 1998, 多摩川水系のムカシトンボの分布と生態, p1- 52, とうきゅう環境浄化財団)。
 ただ、河川水温の測定については、一般的に8月の水温が年内の最高温度を記録することが多く、しかも日内最高水温を示のは14~15時であることから、各地の生息地における水温の比較に際しては上述の条件で測定されたものかを確認する必要があります。特に源頭部から離れればはなれるほど水温は高くなりますから、そうした場所での測定時期、時間の不一致は信頼性の低下につながります。
                     
                水温と幼虫の生息の関係 
大森 (1998) より

 先に示した檜原湖に注ぐ河川での観察事例はまさにこの水温が関係しているものと思います。今季8月に遠征して確かめてこようと思います。生息可能な水温であれば幼虫は活発に下流に(場合によっては上流にも)移動する可能性があるかも知れません。

  でも、あそこはクマの巣窟だからなあ😓 。3年前に裏磐梯五色沼の環境省ビジターセンター裏の沼でトンボの写真を撮っている時、広い砂利道に停めてあった車に交換レンズを取りに戻った際に、運転席のドアに母熊と2頭の子熊が寄りかかっているところに鉢合わせしました。幸い逃げてくれたので、事なきを得ましたが、多くの観光客がビジターセンターを訪れ、車の往来も多い場所だけに驚きました。それ以来、常に熊よけスプレーを携行しています。しょっちゅう暴発して、そのたびに死ぬ思いをしているのですが.......

つづく
 
 

 








 

2023年4月25日火曜日

オツネントンボが畑のアスパラガスに産卵する!(このブログはパソコンでご覧ください)

はじめに   

                    一般的なオツネントンボの産卵形態

   オツネントンボがアスパラガスに産卵することを知ったのは、2018年の夏のことでした。福島県農林水産部の F さんからオツネントンボと思われるイトトンボがアスパラガスに産卵しているので、こうした事例はあるかという問い合わせを受けたのです。その時送られてきた写真を見てさすがにビックリしました。本種が畑の作物に産卵することなど聞いたことがないですから。Fさんに詳しく聞いてみると、会津地方に広くそうした事例が見られ、一部で問題になりつつあるとのこと。翌年、F さんの御厚意で実際に現地を見て回ることができました。しかし産卵が確認されたアスパラ畑を見れば見るほど、何でこんなところで産卵するのかという謎が深まるばかりでした。残念ながらその時は産卵は見ることができませんでしたが、アスパラガス畑にオツネントンボが集まっていて、交尾を確認することが出来ました。            

 こうなると、オツネントンボは明らかに新農業害虫となり、本邦産トンボにおいてオオアオイトトンボと肩を並べる(実害ではアスパラガスがはるかにインパクトがある)害虫となったわけです。また、当然こうした事例は農業分野でのトピックとなり、ネットではすでに2019年の第3回全国アスパラガスシンポジウムにて、オツネントンボがアスパラガスに産卵する事例報告(福島県関係者が発表したのかも?)があったと紹介されてます。

 しかし、一部の生産者や関係機関の方々以外にはこの話は伝わっていません(たぶん)。今後、公的機関の専門誌、あるいは関係する学会誌にこのオツネントンボの産卵生態が報告されるかもしれません。アスパラガスへの産卵については、以上のような経緯・背景があるなかで、今回ブログでは、トンボ屋目線で観察した奇妙なオツネントンボの産卵を掲載しました。

                  産卵が見られるアスパラガスの露地栽培の畑
                                                                               
                  周辺は雑木林と水田(まだ入水されていない)
                         
                      一方は果樹園に接している 

現地へ
 4月25日、前日までの強風と低温が一時的におさまるのを見越して現地に出発しました。当日は19℃とまずまずの気温になって、以前 F さんに案内してもらった畑を見て回りました。さすがに時期的に早いらしくアスパラガスは以前見た時よりまばらで、茎丈も全く伸びていません。生産者の方がいないので畑には入らず、農道から目視でトンボを確認しましたが、姿はありませんでした。昼食後、13:30頃近くの溜池に行ったところ、多数のオツネントンボが産卵しているではありませんか。

 もしかしたら午後にはアスパラガス畑にも飛来しているのではと思いながら、目を付けていた畑に向かいました。車を止めて降り立つや否や、一番手前のアスパラの畝から2頭のオツネントンボが飛び立ちました。さらに畝に沿って歩くと何と産卵中のペアを発見しました。午前中は1頭も居なかった畑で産卵を確認できるとは感激です!
                     
           いた!アスパラガスの茎に産卵するオツネントンボ
                  
                    同じ個体と思われるもの
                         
         同
                                                                                 
                                                           上の写真のクローズアップ、ムカシトンボと同じような産卵痕です.
                                                                                   
                                                                          
                                                                               産卵翌日の産卵痕の状態. 
                                                                            
                                                  疑似産卵かと思って表皮を剥ぐと間違いなく卵を確認できました.

 この畑には1~2ペアのみが飛来していたように思います。その他オスが数頭確認できました。すでに溜池では産卵盛期に入ったように思いますが、アスパラガス畑ではまだ早いような気がします。オツネントンボは強くアスパラ畑に執着しているようで、追い立てても畑からは出て行かず、必ず戻ってきました。さらに以前の観察などから、雌雄とも明らかにアスパラガスの畑に集まって来て、そこで交尾し産卵するものと考えられます。本来ならありえませんね。こんなこと。写真のとおり、地面は乾燥しており、土ぼこりが立つほどです。綺麗に管理されていて雑草1本ありません。周辺にはコンクリート製水路(水田用)がありますが、水量はさほど多くはありません。その周辺を含め一帯に本種の姿はありませんでした。このような環境下において、なぜ産卵行動が見られるのか、まったく雲をつかむような話です。
 この件で思い出したのが、オオアオイトトンボです。自宅の庭に秋になると何処からともなく雌雄が飛来してきて、ある夕刻、何とヒイラギの木の枝に産卵を始めたではありませんか、その個体は延々と産卵を続け、21時すぎてもまだ産卵を続けたことを思い出しました。庭には全く水がありませんから、産卵は無駄な行為です。オツネントンボと共にアオイトトンボ科のグループは不思議な産卵生態を持っているようです。 

          ヒイラギに無意味な産卵を続けるオオアオイトトンボ, 21時の撮影 
 
つづく       
            
                              

       






   
     
 

                          




2023年3月8日水曜日

ハネビロエゾトンボ幼虫を求めて(その2)

なかなか見つからない幼虫

 中通り中央部での探索は幸先よく、しかも簡単に見つかったことからこりゃ楽勝だ、と内心ほくそ笑んでいたのですが、どっこい、そう易々と事は進みませんでした。かつて確認した産地は全てダメで、幼虫どころか生息地自体が無くなってしまった所もありました。特に最近の太陽光発電所の建設地は、本種の生息地が多いなだらかな丘陵地に作られることもあって、そうなると生き延びることはできません。
 また、福島県も他県と同様に水田の廃田が多く、本種が棲む水田用水路の維持管理ができなくなって、この時期以外には藪が酷くとても近づけないような状況になってしまった場所もあります。こうした状況を目にしていて少々消化不良ぎみになってきました。
 そこで、思い切って浜通りのかつての生息地を歩いてみることにしました。複数あるのですが、今回は浜通り北部を訪ねることにしました。

 レンズ後玉に指紋が付いてたー!水田地帯にある生息地、ほとんど傾斜のない小規模の谷戸が数多く見られる。

 ハネビロエゾトンボの生息地は中通り地方と同じく、溜池に注ぐ細流だと思います。以前は素掘りの用水路もみられましたが、今ではめっきり少なくなりました。訪れたかつての生息地はさすがに藪が混んで、シーズンに入るには苦労しそうでした。標高が20mにも満たない丘陵地にあって、アカマツ・モミさらにはヒノキの針葉樹とコナラ主体の広葉樹の混合林で覆われています。林床にはイボタの群落が見られます。その中を流れる細流は幅が1m程度で、河床は砂岩の岩盤で深く浸食されています。流れは所々で帯水となっているのですが、以前はミルンヤンマの成虫が多く見られ、中通りの一般的な生息地の状況とは異質な印象を持ちました。
       中通りの溜池と違って、周囲の林にはモミやアセビなどの植物が目立つ。

        生息地の景観。左側の斜面と湿地の境に流れがある。こんな所にホントにいるのか
い?
                  
       所々に小さな水溜まりになっている。流水量がわずかなので、ここを掬うことにする。

細流はわずかに流れがあって、その場合は岩盤の上を流れる状態のため、やむなく淵?というか水溜まりというか、まあそんな場所を掬うことになりました。せっかく浜通りまで遠征して来たのに、この環境ではなあ。溜池の合流地点から3mの地点です。のっけからこりゃ居ねーぞ、とあきらめムードになってしまいます。案の定、何回掬ってもさっぱり何も捕れません。上流を見てもさえない流れです。帰えろコールが早くも頭の中でなり続けます。と、その時(この世界こーゆー書き方多いですよねー)期待感全く無しの網の中にミルンヤンマが2匹入いりました。あれっ?同じ場所を5, 6回掬ったけど、何もいなかったはず。ムム、さらに網で水をかき混ぜて掬うと、じゃーん!出ました、ハネビロ中齢幼虫が!やっと捕れたあ。
 なるほど2、3回で諦めてはいけないようです!この時期は水温も低く、幼虫は流されないように根とか石の下あるいは枯れ枝などにしっかりしがみついているのでしょう。だからそれらを引っ剥がす状態で網を入れないと採れないのかも知れません。急にやる気が出てきた私は1か所で5, 6回掬うことにして上流に進みました。しかし、この流れはわずかで50mもありませんでした。結局、上流ほどほとんど何も捕れないことも分かりました。大雨が降れば河床が岩盤ですから全てが下流域まで流されてしまうのでしょう。
 帰りに未練がましく網を入れ続けて、何とか若齢幼虫1匹を捕りました。そのほか、ミルンヤンマが5匹、オニヤンマが約10くらい網に入ったでしょうか。他のトンボは全く確認できませんでした。この程度で、発生が毎年あるのでしょうか?
                   
                最上流部の流れ。環境は良さそうだが何もいない。
                          
              この先で流れは無くなる。溜池の合流点から50mの地点
                   
              持ち帰ったハネビロエゾトンボとミルンヤンマ

 
 しかし、この生息地は何というか、このような環境にもいるのなら、もっと良い場所はいくらでもありそうな気がします。これだと、とにかくこの地域の溜池に注ぐ細流ならどこにでも居そうな気がしてきます。福島県は他県に比べて水田の圃場整備事業が実施されていて、平野部はもちろん都市近郊の丘陵地においても水田の用排水路が整備されています。したがって、水田地帯に本種の生息できる環境はほとんどないように思えます。そして、唯一残されているのが溜池に注ぐ小河川なのです。特に背後に湿地を配する場所は薄暗く本種成虫の活動には最適でしょう。こうした場所はある意味で水稲栽培が継続される限り安泰なのかも知れません。
 一方、会津地方のある生息地は、河川の河川敷あるいは河川林内にできた池と池を繋ぐ流れに本種が生息しています。このケースは水田地帯の生息地とは異なりますから、いずれは調査しなくてはならないでしょう。
 
 

                   
   
 









                     

   




















































                     

2023年2月8日水曜日

なぜオオルリボシヤンマの交尾は見ることができないか

オオルリボシヤンマは何時何処で交尾するのか?

 この問に答えられるトンボ好きはかなりの観察通でしょう。ほんとに不思議です。あんなにたくさんいるのにどうして見れないのか?すでにこのブログでも何回かこの問題に触れてきましたが、一向に進展がありません。オオルリボシヤンマの行動を見てみると、猪苗代湖周辺、標高500mでは7月15日当たりが羽化盛期。7月25日過ぎに周辺の池沼に♂が戻り始めます。♀はさらに遅れて、8月20日以降に沼に飛来が始まります。オオルリボシヤンマはこれまで見てきたヤンマ類で最も早く活動する種で、4:35に活動開始(沼上を活発に飛び回る)します。8月第1週ではその時間に♂♀が混飛しますが、♀はまだまだ若い個体です。

 Aeshna 属の多くは1週間から2週間ほど♀が遅れて生殖域に現れるようで、オオルリボシヤンマの場合、羽化が、♀は♂に比べ10日程度ピークが遅れることに起因しているようです。ここに交尾がなかなか観察できないヒントが隠されているように思います。猪苗代湖周辺では8月20日前後に♀が戻り始めた時に交尾が行われ、しかも交尾期間が予想外に非常に短いのではないでしょうか?昨年はこの時期の早朝観察はマダラヤンマに対応してしまい、できませんでした。今年はぜひ確かめてみたいと思います。

 一方、多くの人は交尾する場所が全く予想もしなかった場所でおこなわれるのではないかと考えています。私もそうでした。でもどこで?そんな場所思い当たりますか?とにかく池沼の中では交尾しませんから。

 ただ、林に接している小さな池沼ではしばしば♂が、樹に沿って上下にせわしくカトリヤンマのように飛ぶのを見ます。これは♀を探すように丹念に見て飛ぶような行動で、一見すると探雌行動にも見えます。♀がスギの幹にでも止まっているのでしょうかねえ。何か本当に良く分かりません。ヨーロッパでの本種の交尾についても、あれだけ詳細に観察していても交尾は見られないとする報告が全てで、お手上げ状態のようです。

                     
                  1か所で摂食行動する♂たち、2021/8/17, 17:45. 8頭が一応写っている。
                
                          
                        ルリボシっぽい個体 
        
                    ♀の飛来はまだまだ先なのに、毎日縄張り争いで疲れは
てる♂たち。2022/8/8





  

                  

 

 

マーキング法によるオオルリボシヤンマの縄張りの観察 Ⅰ

 身近なヤンマやサナエ類にマーキングを施して縄張り行動を観察できないものか?もし種によってマーキング法が有効なら、これまでの経験知とその憶測からしか言えなかった生態が、具体的な実例と数値をもってして科学的に示されることになります。  これまで人懐っこい?トンボであるムカシヤンマと...