2025年5月31日土曜日

2025年ムカシトンボ Epiophlebia superstes 観察記(2)

  今年の発生はおかしい
 
 今年は、春先そして現在も低温の日が多く、いわき市のムカシトンボの発生も遅れました。しかし、すでに6月上旬。例年ならば発生は末期となって産卵域のウワバミソウには多数の産卵痕が残されているはずなのですが、今年はまだ、これまでに産卵された株数が以前の1/10にも満たないのです。成虫の個体数も少なく、大きな環境変化があったでもないのにどうしたことなのでしょうか?
 これから産卵ピークが訪れるとはとても思えません。幼虫時代に何か重大なことが起きていたのでしょうか?なんせ10年近くの幼虫期ですから、ある年何かが起きていたのかも知れません。
 そういうわけでこの産地はあきらめて、以後観察地を郡山市西部の山地帯に変えてみます。今日は最後のいわき市での観察となりました。この観察地ではクロサナエやヒメクロサナエも多く良い観察地ではあるのですが、どうしてもムカシトンボを優先してしまうため、真剣に向き合うことはありませんでした。しかし、今日はクロサナエの交尾やおかしな行動をみることができましたので、その写真を上げておきたいと思います。
     現在、近くで三和風力発電所の建設が行われていて、今年末から長さが50m以上にもなるプロペラブレードの搬入が始まるそうです。そのために渓流沿いの道の車幅(特にカーブの部分)を大規模に拡張する必要があって、すでに測量・アセス(昆虫網を持った調査員が数年前から来ていたが、ムカシトンボの生息を知らなかった)が終了しています。来年以降、この観察地は大幅に環境が変わっていることでしょう。どんなことになるのかトンボたちへの影響を憂慮せずにはいられません。
                                                                                           
              いつもの観察地、この道幅が大幅に広げられるという
  
        来年には工事が始まり、クロサナエにとって受難の年になる。拡張工事の赤い標識が見える

                                                     フキの葉に止まるクロサナエの♂
                          
                   何か止まった! ヒメクロ?いや、、、、
                                                                                         
                  クロサナエの交尾、交尾は午前中見ることが多い
                    
                   何か落ちてきた!なんだ?
                         
            これは初めて見た!ペアのクロサナエに闖入してきたダビトサナエの♂
                         
                10年近く通っていたが、同所でムカシヤンマを見たのは初めて




 
 
 
                   

2025年5月14日水曜日

2025年ムカシトンボ Epiophlebia superstes の観察記(1)

 大雪の影響は?
 今年は福島県も大雪で、ムカシトンボの発生が遅れると予想しました。観察地のいわき市三和町ではどうだったのか、5月の連休あけから現地に行ってみました。その結果、5月11日に初めて成虫の飛翔を観察しました。これは5日ぐらい例年より遅れているように思いました。
 飛翔個体を捕えてみると、外骨格はまだ完全に固まっておらず、羽化からあまり時間が経っていないことが分かります。

未熟虫の飛翔行動
 この日の朝は10℃を下回りましたが、日中は19℃程度まで気温が上りました。成虫は10時以降、気温が15℃を越えたあたりで飛翔を開始しました。これらの個体をここでは便宜上未熟虫と呼ぶことにします。未熟虫の飛翔は明らかに成熟期の個体とは異なり、摂食のための飛翔行動が主となるようです。カトリヤンマほど敏速に飛ぶわけではありませんが、林道上2mに飛び交う小昆虫を上下しながら盛んに捕食します。また、林道のわきの杉林に沿って高さ8mほどで捕食行動を示す個体が多く、地表近くを一直線に飛ぶ個体は見られませんでした。飛翔はいずれも一過性で、上空高くスギの梢に沿ってゆっくりと摂食しながら飛び去る個体もありました。
 これらの観察から未熟虫は一ケ所に留まることは無く、かなり広範囲に摂食飛翔して、成熟前期を向かえるのだと思われました。
 なお、この日はニホンカワトンボ、クロヒメサナエやダビトサナエの羽化が多く見られました。
                                                                             
                  ムカシトンボ未熟成虫が飛ぶいわき市三和町の林道


 飛翔個体数を15分ごとに数えたものをグラフに示しました。14時30分を過ぎると、飛翔可能な気温であるにもかかわらず、全く飛翔しなくなりました。飛翔も連続的には起こらず、30~45分間全く飛ばないことも多く散発的でした。また、なぜか複数の個体が同時に飛ぶことが多いようです。当然ではありますが、林道わきの渓流のウワバミソウにはまだ産卵痕はありませんでした。
 
 5月15日、朝から気温が高く、8時には15℃を越えました。この温度なら活動に問題はないのですが、飛翔が見られたもは10:18になってからで、この時の気温は18℃に達していました。飛び方は11日とは異なり、いずれもが林道上2mぐらいの高さを一直線に高速で飛びさりました。それぞれの個体は熟度が未熟から成熟にかなり進んだように思われます。観察はわずかの時間しか行えなかったため、この後、11日に見られたような摂食飛翔があったかは確認できませんでした。
                                                                                             
 5日後にあたる5月16日に再び同様の観察を行いました。上のグラフがその結果です。5日後の成虫の飛翔は明らかに初日と異なり、成熟した個体と同様な飛び方をしました。林道に沿って30cmから2mほどの高さをかなり敏速に直線的に飛翔する個体が多く、それらの多くは小昆虫を捕食するための飛翔でした。ただ一過性で非常に敏速に飛び去る個体もありました。
 初日より20倍以上の個体数が飛翔し、それらは午前中と午後に間に1時間以上ほど飛翔がほぼ絶える時があることがわかりました。なお、渓流のウワバミソウにはまだ産卵は認められませんでした。また、気温と飛翔の関係もあまりなさそうに見えました。
 いよいよ来週後半には本格的な繁殖期となって、♂のパトロールや産卵が観察されるでしょう。


つづく






2024年12月23日月曜日

アキアカネの精子を見る

必要な器具をそろえる( 1-6まではネット通販で簡単に購入できます)

1 解剖バサミ・ピンセット 先が細ければ細いほど良いが高くなる。写真に示したものは1200円ぐらい。
2 ホモジナイザー 小さなサンプルを磨り潰すので最小のものを用意する。今回はアズワン ホモジナイザーペッスル 0.5mLチューブ用を1700円で購入した。10本入り。
3 マイクロ遠沈チューブ0.5ml用 これには目盛りが付いているが1000個入りで2500円
4 血球計算板 中国製だがまあまあの出来。2500円
5 メスピペット  1mlアズワン製980円
6 解剖用シャーレ、ゴム板および虫ピン 
7 実体顕微鏡(昆虫が好きな人なら必需品、解剖に使う、中古なら10000円程度からあるようです)
8 透過式顕微鏡 (これが無いと精子は見えない。中古で20000円ぐらいからか)
                                                            

♀の解剖の実際

ア 採集したアキアカネは冷凍庫に入れて保存します。凍結した個体は解凍後、腹部を切り離し、尾部に向かって正中線に沿って表皮を第9節付近まで切ります。これをシャーレにゴム板を敷いたものに置いて、第10腹節を虫ピンで固定して水を張ります(適当な深さまでに)。

                                                         
                                     ハサミの下刃を正中線に沿って入れれば消化管を切ることは無い
 
イ 適当な位置で表皮を左右に開き虫ピンで固定します。            

         
写真の上が斜めに切れているのはLEDランプの縁が当たっている

ウ ここからは慎重に行きます。生殖器と卵巣の上になって見える消化管を切除します(本来は第9-10腹節間の内膜を切って、さらに腹部側に切れ込みを入れて第10節を引っ張ると綺麗に消化管を一緒に引き抜けるのですがメンドクサイので)。消化管には多数の脂肪球や栄養腺が付着してますので、慎重に虫ピンで探りながら消化管を浮かし解剖ばさみで第9節にある肛門頂上部で切り離します。この際肛門基部まで刃先を下げて切ると、生殖器や卵巣を傷つける可能性がありますから必ず生殖器よりも高い位置で肛門部位を切り離します。
       
              
エ 余分な脂肪球や脂肪腺等をピンセットで除去し、生殖器と卵巣を露出させます。
                    

オ ここで生殖器と卵巣の繋がりや形・構造をしっかり頭に入れておきます。これを怠ると切除した受精嚢がどれなのか分からなくなってしまう可能性があります。
カ 慎重に受精嚢の基部からハサミを入れて交尾嚢から切り離し、ピンセットや虫ピンで掬い上げて、マイクロ遠沈チューブに移します。
                    
                  チューブ内の水滴中に受精嚢がある. こんなに小さい

キ 受精嚢を入れたマイクロ遠沈チューブに水道水0.1mlを加えます。
ク ホモジナイザーを指で同じ回転角度(大体でいい)で決めた回数でグリグリとマイクロ遠沈チューブ内の受精嚢を磨り潰していきます。
                    
             ホモジナイザーとチューブ内壁を密着させてグリグリとやる
 
ケ 血球計算板を用意します。あらかじめ計算板とカバークラスをアルコールで表面をクリーンアップしておきます。チューブ内から磨砕液をパスツールピペット(なければ百均で売っているビニール製ピペットでも良い)で吸い上げ、血球計算板にカバーグラスを載せ、その隙間に慎重に磨砕液を流し込む。余剰液は計算版の溝に溜まるが問題ない。
                   
               
コ 計算版を透過式顕微鏡を用いて平均精子数を計算する。計算方法は血球計算場の説明書を見ればよい。 
                    
         写真をクリックしてみると無数の短かく細い針の様な精子が見える (200X)
                                                       Sperm of Sympetrum frequens 

 アキアカネの精子は以前行った、マダラヤンマやオオルリボシヤンマのそれとは異なり、大きさ(長さ)は1/4程度しかなく、しかも明瞭なヘッド部分が見えません。通常、卵の受精には受精嚢内の精子が使われます。交尾時の精子は交尾嚢内に蓄えられると言われています。時間と共に交尾嚢内の精子は受精嚢内に移行します。この際、ルリボシヤンマ属では交尾嚢内で精子束として蓄えられた精子は♀から栄養物質を供給されてさらに発育するとされています。そしてある時期に達すると、精子束が♀からの分泌物で溶けてバラバラに遊離の精子となって受精嚢内に蓄えられるのだそうです。ただトンボ科では受精嚢がなく、交尾嚢と考えられるような器官だけを持つ種も多く、分類学的にもこの部分の比較は面白いと思います。
 アキアカネの精子は♀の体の中では特に交尾嚢内でどのような形態であるか、そういえばまだ確認していませんでした。精子束であればこれを遊離精子にしなければ受精できませんから、交尾から産卵までは少し時間が必要になるでしょう。はたしてそんなことがおきているのでしょうか?一歩進むとまた疑問がでてきて、この堂々巡りで、これは一筋縄ではいきませんねえ。


 

2024年12月7日土曜日

福島県のネアカヨシヤンマ Brachytron anisopteum とマルタンヤンマ Anaciaeschna martini

 トンボ好きのあこがれのトンボ

  福島県におけるネアカヨシヤンマとマルタンヤンマは、現在こそ多産地や記録が各地にあるなど、今ではトンボ仲間の中では普通に語られる種類となっていますが、以前はマルタンヤンマはともかく、ネアカヨシヤンマが生息しているなどと全く予想しておらず、わざわざ茨城県のトンボ仲間に水戸市周辺のネアカ産地を案内してもらったものでした。
 マルタンヤンマも同様に福島県内では無理かなと思っていました。ラオスに行った時、早朝の村のマーケットでヤゴがたらいに入って並んでいました。良く見るとヤンマ科のヤゴが混じっていて、それはAnaxとAnaciaeschna属のヤゴであることが分かりました。オバチャンの不信者を見るような視線を感じつつ、無数のヤゴの中からAnaciaeschna属のヤゴをつまみ上げ、ただ同然のような代金をはらって持ち帰りました。後日羽化したのはマルタンヤンマとトビイロヤンマでした。このように東南アジアでもマルタンヤンマはたくさんいるので、マルタンは南方系のトンボという感が強く福島県には居ないだろうなと思っていました。
 
 運命の電話
 忘れもしない2006年夏のある夜、梁川町の三田村敏正博士から電話が掛かって来ました。何でも松川浦でネアカヨシヤンマが多数見られたと。ネアカ?咄嗟に何を言っているのか理解できませんでした。はて、何で松川浦なのか?ちぐはぐな返答に、当の三田村さんは私がとうとうラオス病に罹り日本のトンボを忘れてしまったと思ったそうです。
 まあ、そのぐらいありえない事と自分では思っていたのです。翌日、半信半疑でカメラもバカチョン(当時のコンパクトカメラ)だけを持って、松川浦に出かけて行きました。本当かいな?
 震災前の松川浦の産地は公園化され遊歩道も完備していましたが、何処にネアカがいるのか皆目見当が付きません。遊歩道を歩っていてもそれらしい姿はおろか湿地も見つかりませんでした。しばらく行くと、水溜まりにヤンマの死体が浮いていました。近寄って良く見てみると、ムムッ!何とネアカの雌ではありませんか!えっ、本当かい、本当にネアカかい!三角紙も持って来ていません。震える手で、ほぼ原形をとどめていない個体をフキの葉に包んで、大切にリュックにしまいました。
 その後散々歩き回ってようやく発生地を探し当て、夢にまで見た生きたネアカヨシヤンマに出会うことができました。そして黄昏の大群飛、うわー!なんとういう素晴らしい光景!ここは福島、本当に目の前の光景は現実なんだと実感した瞬間でした。中学生の時、初めて石田省三さんの日本のトンボで衝撃的なネアカヨシヤンマのカラー写真を見て以来、やっと念願のトンボをしかも福島で見ることが出来ました。本当に三田村さんには感謝、感謝しかありません。
                     
                         初めて見た感動の産卵
 生息地は一面のヨシ原で、所々に倒木・流木(海岸が近いため、満潮時に時として海水が入り込んでいる可能性がありました)があって、樹林に近く日陰になった湿地のそうした木に♀が産卵に来ていました。最初に見た時には大きな蛾がバサバサと飛んで来てドタッて木に止まるように見えました。この日はものすごく個体数が多く、いっぺんに5頭もの♀が同じ木に押あうように産卵している場面も見ることが出来ました。
                    
                                                        非常に敏感な♀、最初5頭いたが次々に飛ばれて、結局2頭のみ
                        
                         後日の撮影、ストロボを弱く当てたもの
                          
                            自然光で撮影
                          
                     昼過ぎの猛暑時に下枝に止まる♂を見つけた
                          
           当地を訪れていた茨城の友人Sさんが見つけた交尾個体、ちゃっかり撮らせて頂いた
                                            
 ネアカヨシヤンマの産卵は昼ごろまでで、それ以後全く観察できませんでした。図鑑や解説書あるいはSNSでは昼ごろから午後にかけて産卵が見られると記述されています。どうも解せません。また、♂の行動も交尾を含めてほとんど観察していませんので、オオルリボシが片付いたらいよいよ本丸を攻める必要がありそうです。
 このネアカヨシヤンマの生息する湿地にはアオヤンマやヤブヤンマさらにマルタンヤンマも多産していています。マルタンヤンマが福島県で初めて記録されたのは2004年でしたが、その後急速に県内各地で記録されるようになってきました。この松川浦にも本種は多産していて、当初その存在にだれも気付かなかったのです。まさかマルタンがいるとは思いもしなかった、と言うよりその生態を知りませんでした。夕刻のヤンマ類の群飛の観察において、はじめて本種が混じって飛んでいることに気が付いたわけです。
 私はどうしても♂の写真を撮りたくて、確実に見られるこの松川浦に足しげく通ったわけですが、現在まで♀はともかく♂はファインダーに収めることができていません。納得いく♂の写真が撮れるまでは写真の発表をあえて控えようと考えていました。しかし2011年の東日本大震災でこの湿地も津波に呑まれ、より海岸部にあったヒヌマイトトンボの生息地は消滅。湿地内外の環境も地形そのものが変わるほどの被害を受け、トンボ類も大打撃を受けました。こうなるといつまでも写真をストックしていても全く意味がないように思う様になって、次第に機会があれば出していこうと思う様になりました。
 本種の交尾は論外ですが、♂のいわゆる「ぶらさがり」は他県の生息地では一般的なのかも知れませんが、松川浦では1度だけ♂が足元に止まっていて、気づかず飛ばれてしまったっきりで、その後1度もぶらさがりを見ていません。♀は見るのですが😢。なんで♂はぶらさがりがいないのだろう?何としても♂の写真をものにしたい中で、ぶら下がりが見れないのは痛い。
 ただその一方で、昨年の9月中旬に(マルタンの発生時期としては当地でも遅い)、樹林に囲まれた沼で夕方遅く♂が池に飛来して、水面上1mほどを1分ぐらいホバリングするのを見ました。また、同刻に複数の♂がホバリング気味に池を不規則に旋回するのも目撃しました。これ、撮影できるんじゃね?と今年期待していたのですが、コロナの後遺症で行けずじまいでした。

 来年こそ♂を撮りたーい!
 
                         
                      羽化した♂、♂の写真は羽化時のしかない
                          
                     沼の土手が笹薮で、♀はその根元に良く止まる
                          

    マルタンも落ち着くまでは非常に敏感ですぐ飛び立つ


2024年11月4日月曜日

アキアカネの配偶行動 (2)

 精子置換はいつおこなうか?

 今のところ、新井論文が非常に的を得ているように思えました。このままではやはり妄想論でしかなかったことになってしまいます。そこで改めて、新井さんが述べておられる、ねぐらでのアキアカネの配偶行動を再度観察してみることにしました。
                   
1. ねぐらでの配偶行動の再調査 
                    
                    調査地の景観 11/4

 11 月4日、この時期まだまだたくさんのアキアカネがいました。気温は11℃、8:40にはすでに多くの個体が樹上から農道わきの斜面や農道の上に降りてきています。また水路の斜面の草付きにはここで夜を越したと思われる個体も多く、♂は活発に探雌飛翔を行っていました。すでに数組の連結態のペアが日向の斜面や農道上に止まっています。やはり、新井さんが言っている通り、交尾個体は少なく、数え方を間違ったのかと思いました。しかし9:30ぐらいになると、今度は交尾個体が多く見られるようになりました。観察を続けると、朝方斜面や草付きに止まっていた連結ペアが飛び出して、すぐに交尾態になるものが多いことが分かりました。
                                                           
                                 ♀を確保直後に交尾せず連結態となって静止するペア
                           
                          同
                          
                          雑木林の法面で交尾するペア

 やはりねぐらで交尾することは一般的なアキアカネの習性だと思われました。新井さんの報告では連結態で飛び去るものが一番多いという事でしたが、一旦飛び去るようでも周辺に着地して、その後、その周辺で再度飛び上がった時に交尾するようでした。
 ♂が最初に♀を捉えた時に、瞬時に♂は移精するようですが、その後交尾態、連結態になるのは♀の意思で決定されていて、その気が無ければ連結態のままとなります。交尾を嫌がる♀は尾部をだらりと垂らしたまま、♂主導の連結態で飛びまわります。

 ♀を捉えた瞬間から交尾および連結に移行するペアの数を数えました。ただその瞬間をみることが難しく、わずか9例を確認したにとどまりましたが、すぐに交尾態になったのが5例、連結態になったのが4例でした。この連結態は多分次に飛び立った時に交尾するのではないかと思います。
 ですが、観察していると確かに新井さんの述べられている通り連結態で飛び去り、近くの水田の水溜まりで産卵様行動の後に交尾するケースを複数観察しました。これは非常に引っ掛かります。すでに観察地に着いた以前に交尾を終えていたペアの可能性もあるため、来年はこの点を確認したいと思います。

2. ねぐら周辺での交尾の実態
 ねぐら周辺での交尾がアキアカネにとって一般的な習性だとしたら、ますます水田の産卵場所での交尾は一体何なのかという疑問が生じます。なぜ2回交尾が必要なのか?
  
 アメリカのWaage 氏が1979 年に北米産アオハダトンボの1種を用いて発表した、いわゆる精子置換1)はその後の昆虫界における繁殖システムの研究に革新的な進展をもたらしました。現在トンボ類においても生態を観察する上で、精子置換は常に配偶行動や交尾に極めて重要な役割を果たしています。
   これまでアキアカネを見ていて、不思議に思っていた事柄について我流で観察をおこなってきたわけですが、いよいよこの部分に手を付けざるを得なくなってきました。アキアカネについての精子置換の研究例はあるのかも知れませんが、Web上ではまだ見つけられません。同じSympetrum 属では主にムツアカネでの研究例が多く、その他では北米産のSympetrum rubicundulum の例が報告されていています2)。精子置換のメカニズムも両者で異なっているようで、アキアカネの場合はどのような置換メカニズムなのか解明する必要があります。
 
 最初に考えるのは交尾場所ごとの♀の精子保持量の違いをみることです。単に交尾場所が違うだけで、1回しか交尾しないならば、場所によって精子保持量が大きくことなることはないでしょう。このために、かわいそうですが♀を解剖して交尾嚢・受精嚢内の精子の様子を観察しなくてはなりません。次に両者の♀が保持している精子量を数えて比較する必要があるでしょう。
 解剖については前年マダラヤンマでやっていますから、より小さなアキアカネでも何とか出来ると思います。精子量は血球計算板を用いて精子数を数えます。
 途中のこまごましたことがらは割愛して、結果を見てみましょう。
                   
                                                               アキアカネの精子

             ♀の受精嚢内の精子の様子を示したもの

 それぞれねぐら、水田での交尾個体が交尾を完全に終了した時点で、♀を採集して解剖したものが上の組み写真です。Aがねぐらの樹上から降りた直後の♀、Bがねぐらで交尾した♀、Cが水田で交尾した♀、そしてDがやはりねぐらで交尾した♀です。赤い矢印は1対ある受精嚢 (spermatheca)です。受精嚢内の白い塊は精子です。B、DはA、Cに比べ明らかに受精嚢内の精子の量が激減していることが分かります。これはねぐらでの交尾が受精嚢から先住♂(ライバル♂)の精子を除去することを目的としている可能性を示しています。そして水田での2回目の交尾時の初めて射精をともなう交尾をおこなっているかも?。交尾場所の異なるそれそれの交尾が組みになって、精子置換が成立している。こんなことあるのでしょうか?何か眉唾物のような話です。
 もし本当なら、なぜこのような面倒な交尾を行うのか、どういった生態的意義があるのか、これまたメンドクサイ事になってきたような気がします。
 精子数のカウントには、家でもサンプルを正確にホモジナイズできる方法を考えなければならないので、次回以降にアップしたいと思います(もしかすると今期は間に合わないかも)。

引用文献
1)
Waage, J. K. 1979 Dual function of the damselfly penis: sperm removal and transfer. Science.203:916-918.
2)
Cordoba-Aguilar, A., Uhia, E. and Cordero Rivera, A. 2003 Sperm competition in Odonata (Insecta): the evolution of female sperm storage and rivals’ sperm displacement. J. Zool., Lond. 261: 381-398.

つづく



2024年10月22日火曜日

アキアカネの配偶行動 (1)

アキアカネの謎                                            

              この地方の稲刈りは10月に入ってからで、産卵はそれ以前に水田ではほとんど見られません

産卵前に同じパートナーと2回交尾するのか?
 昨年までの観察で、アキアカネは産卵前に2回交尾(ねぐら周辺の地上部と産卵直前の田んぼで)するのではないか?という疑問を持ちました。そこで詳しく調べてみようと思います。
 アキアカネの産卵はとにかく水域であればどこでもその対象になります。でも観察ではなるべく多くの複雑系要因を取り除き、単純なモデルとしてを捉える必要があります。そうなるとやはり見通しの良い平地の水田が適地でしょう。しかもねぐらとなる雑木林が近くにあると良いと思いました。そんなことで、今回も須賀川市仁井田地区のいつもの水田地帯で以下の観察を行いました。 

1. 平地の水田地帯でのアキアカネのねぐらは?
 まず、この時期(10月中旬)のアキアカネのねぐらはどこなのかを調べてみました。これまでの観察で水田に隣接する雑木林や木立がねぐらになっているのを確認していました。今回もまだ落葉していないコナラの葉などに静止している多数の姿が見られました。高さはまちまちで10m以上の梢から地表の雑草まで確認できました。
 一方、産卵場所の水田の周辺の雑草の上で、あるいは草ぐさの中に入り込んで夜を明かす雌雄も相当数いることも分かりました。
                   
                 稲刈りが終わった圃場、手前の水溜まりが産卵箇所

 
 
                     
                      
        水田の畦や水路の斜面、水田への大型機械の出入り口の雑草内で夜を明かす

 2. 夜を明かしたアキアカネの行動
 雑木林の樹上で夜を明かした個体は陽が射すようになる8時すぎになると、樹上の個体は次々に地上に降りてきます。また地表で夜を明かした個体も夜露が取れる頃、活動を始めます。9月中旬だと気温にもよりますが、だいたい8:00には♂は草むらをぬう様に飛んで♀を探します。樹上からおりてくる♀や農道わきの斜面に止まっている♀を見つけるとすかさず挑みかかって♀を確保、この時ペアは地上に落ち、♂は瞬時に移精と♀を尾部付属器で♀の後頭を把握して飛び回り、交尾態になったペアはすぐに近くの地面や草むらの葉に止まって交尾を続けます。一方♀を把握し、飛び上がって移精・交尾しようとしても♀が応じない場合があります。このこのペアは連結態となってしばら飛びまわったり、近くに着地します。♂は交尾したいのですが♀が拒否するわけです。しかし、オスはあきらめず連結態となったまま一旦付近に静止したあと、飛び去る?(ここがはっきり確認できません)もし完全にねぐらから飛び去るなら、飛んだ先に水田があって、ここで交尾、産卵する可能性は捨てきれません。もしそうなら、この2回交尾の可能性はアウトです。

 産卵までに2回交尾があるとすれば、それぞれに目的があるはずです。交尾の機能に違いがあるなら交尾継続時間に差があるかも知れないと思い、9月13日に調べてみました。まずねぐらでの交尾を見てみます。
 交尾継続時間は 4分50秒~8分54秒、平均7分でした(n=8)。
 次に水田の水溜まりに産卵に飛来するペアの交尾継続時間を計測しました。結果はグラフのとおりです。
                    

 今回も交尾継続時間は2山を示しました(昨年は10月下旬の調査)。何なんでしょうねこの二山は。それぞれの山の平均値を求めると、おおよそ5分と10分でした。しかし、ねぐらでの交尾時間と大きく異なる値だとも思えず、両者の関係は交尾持続時間からは分かりませんでした。やはり交尾場所が違うだけで、産卵前の交尾は1回なのでしょうか?

 さらに私の考えを揺るがすような観察をトンボ界の大先輩、埼玉の新井裕さんが熊谷市で50年近く前にすでにおこなっています(新井, 1976 昆虫と自然 13 (2): 23-25 ) 。新井さんによれば多分9月に調査したんだと思いますが、ねぐらで夜を明かした雌雄は上記したように♂は♀を見つけるとこれを確保、連結態となって、飛びながら移精をおこなう。この辺りは同じ。問題は、、、、その後です。
1. 連結態のまま10分前後休息した後、飛び去る。
2. 休息することなく飛び去る。
3. すぐに交尾態となって静止する。
 と3つのケースが観察され、内1が最も多く、3の交尾は稀であったとしているのです。
 須賀川市での観察とはかなり違う内容です。これはちょっとショックですね。交尾しない方が多い。言い替えれば、これはねぐらで交尾することもたまにはあるということでしょう。
 さらに新井さんは産卵場所となる水田でのアキアカネペアの行動を調査しています。ねぐらから連結態のまま飛び去るペアが多いので、交尾はいつ、どこでおこなうのかが最大の関心ごとであったようです。そうすると下の表のように産卵場所となる水溜まり周辺で40%のペアが交尾することがわかったのです。このことから産卵水域周辺が主要な交尾場所であることが具体的な数字でしめされたのです。
 ねぐらと産卵場所でそれぞれ1回交尾するのが一般的であるとすれば、直接産卵する個体があるとは考えられません。しかも16%もある。産卵場所で交尾するのは、ねぐらで交尾せずに連結態になって飛んできたペアなんだ。あーやっぱり妄想であったかと。 
                      
         
                   (新井, 1976 より)

 私もめげずに須賀川市の水田でも同様な調査をしてみました。ただ、新井さんのように4つの項目に分けて飛来するペアを瞬時に区別して記録することは実際やってみて非常に難しいことが分かったため、今回は明らかに水田の水溜まりに産卵様行動を示したペアが、その後産卵せずに飛び去った数をとりあえず数えてみました。 
                      
         
 調査時期は9月中旬で新井さんが熊谷で行った時期と変わらないと思いますが、産卵場所として関心は示すものの、♀が気に入らず、飛び去るペアは半数以上にのぼることが分かりました。新井さんは観察のなかで、交尾は連結態となったペアがある程度飛翔することで促されるのではと、興味深い考えを示されています。でも、まだまだ隠されて見えないものがあって、真実はもっと複雑なのではないかと思えるのですがねー。
 頭の上を飛び去る多数のペアを見上げると、「どこに行くんだ、どうしてみんな同じ方向に一心不乱に飛んでいくんだ!教えてくれー!」と叫びたいです。

3. 精子量でねぐらでの交尾と産卵場所での交尾の違いをみる
 外見上、異なる2か所で見られる産卵前の交尾はこのままだと、単なる交尾場所が異なるだけで、交尾は1回だけ産卵前に行われるということになりそうです。そこで、最後の手段で一発逆転を狙います。


つづく









2024年10月3日木曜日

アキアカネ観察の前にミルンヤンマを撮る

 ミルンヤンマは県内だと、ほぼ全域に分布するトンボで、夏の中頃から晩秋にかけて山地の渓流で見られるヤンマです。黄昏時に活発に活動する種のようなことが言われていますが、必ずしもそうとも言えず、中通り地方中部の平地の渓流では9月に入ると午前中から♂の探雌飛翔が見られます。
 小学生の時、旧長沼町の親戚の家に夏休みで遊びに行っている間に、町内のある家の傍でこのトンボを捕まえる機会が何回かありました。今でこそ、そのヤンマがミルンヤンマであったことは疑う余地がないのだけれども、当時は名前も知らず、コヤンマと勝手に名付けていました。コヤンマが田舎の家々の間を通る細い小道や畑の上を往復飛翔しているの見つけ、ドキドキしながら採集した思い出があります。採集したミルンヤンマは薄茶色の体にオニヤンマ様の黄色の紋があって、とても気に入っていました。近くに釈迦堂川が流れていて、その川の水を町内各所に引き入れた水路がありましたから、その辺からも羽化はあったと思います。何しろ当時の水質は今とは雲泥の差でしたから。当時は平野部の集落内でも未熟成虫が活動していたのです。
                   
             ここから水がわき出し、わずか30m下流のビオトープに流れ込みます。
                    
               コンクリートの河床に岩を組んで流れを再現してます。

 さて、家から30分ぐらいのところに、ミルンヤンマが見られる場所があります。キャンプ場になっていて、子供たちの昆虫観察会を行った時、水路周辺に多くの羽化殻があるのを1人の子供が見つけました。本種が人工的に作られた短く狭い水路に生息しているのに驚きました。個体数は多くありませんが、楽なのでこの場所で撮影することにしました。
             
                 頭上を飛び抜けるミルンヤンマ

                          同

 そう思うながら、8月上旬にコロナに感染して、結局生息地を訪れたのは10月になってしまいました。さすがに飛んで来る個体数は非常に少なく、シャッターチャンスもほとんどありませんでした。でも、産卵は何とか撮ることができました。撮影中、周りにカサカサと樹々の枯葉が落ちて、秋の深まりを感じました。
                        
                    これは古い写真、場所は隣の沢
                       
                 1枚だけ何とか捕れた♂、結構きれいな個体

 1時間に1-3頭の♂が飛来してきます。次第にボーとした状態になってきた時、いつの間にか、♀がそばの流木に飛来して産卵を行っているのに気が付きました(良くあるケースです)しばらく産卵させます。今動くと驚いて逃げてしまいます。♀が次第に産卵に集中してきた時(産卵管を盛んに流木に刺しながら動き回る)、カメラを向けます。数枚撮影した時に突然強い雨が降り出しました。まだ数枚しか撮っていません。これからという時に、、。しかし雨では仕方がありません撤退です。
                      
              
               一心不乱に産卵に集中する♀, 翅に触れても無視!
                        
              産卵を終えた個体を目で追う事は困難ですが, 幸い近くの枝に止まった.


 



                                            
 







マーキング法によるオオルリボシヤンマの縄張りの観察 Ⅰ

 身近なヤンマやサナエ類にマーキングを施して縄張り行動を観察できないものか?もし種によってマーキング法が有効なら、これまでの経験知とその憶測からしか言えなかった生態が、具体的な実例と数値をもってして科学的に示されることになります。  これまで人懐っこい?トンボであるムカシヤンマと...