2026年5月31日日曜日

サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の観察記 Ⅱ

  このトンボを終日観察してみることにしました。その日の天候もあるのでしょうが、どうやらオスは9時すぎないと出勤してこないようです。メスは7時すぎには産卵に来るのですが。観察地での個体数が多いので、観察間隔を短くして様子をみました。このハンノキ林には8つの縄張が見られ、その場所以外には縄張りに入れないオス(サテライト=スニーカー)が占有する場所が1ヵ所隣接してあります。その他にも同様な空間があるかは、確認できませんでした。
 時間ごとにそれぞれの縄張りにオスが張りついでいるかを調べ、同時に縄張りに飛来したメスの数を数えてみました。下にその結果を簡易なグラフで示しました。

                    

                      
         縄張りで静止してメスを待つオス、これがサラサヤンマの縄張の基本だと思います  


               縄張内を歩くと静止していたオスが驚いてホバリングする                     

  なかよしになったオス

                      オスから逃れて休むメス

                                                                                              
 

 両者のグラフの調査間隔をそろえなかったのですが、何となくオスの活動が不活発(縄張りで活動するオスが少ない)な時間帯にメスがより多く飛来しているように見えませんか?オスの活動が活発となる3つのピークを避けるように♀が飛来している?ここには示しませんが、産卵は交尾に比べ、よりオスの活動が不活発な時に行われる傾向がありました。メスたちは縄張りの外からオスたちの様子を伺っているのでしょうか?

 この湿地では産卵中のメスが雄に見つかって確保され交尾にいたることは殆んど見られず、交尾は産卵を装いながらメスが縄張内を地面低くゆっくりと飛んだ時に観察できました。でも、なかには産卵そのものが目的ではなく、明らかに自らオスに摑まることを望んで縄張りを飛ぶメスがいるように見えます。

 縄張りになかなか入れないオスは、占有オスが交尾で縄張りが空くとその場所に入ることができます。そうした縄張りオスに排除されるオスが本来の湿地内の縄張りとは異なる場所、今回の湿地では各縄張りに隣接するやや乾燥した、割と上空が開けた広い草地がそうなのですが。ここを占有しているオスは各縄張りオスが飛翔警戒(そもそも頻繁にホバリングはしない)する時間よりはるかに長い時間、ホバリングする特徴があります。静止している時間は縄張りオスと変わりませんが、何かのきっかけで飛べばより長時間ホバリングするようです。警戒厳重と言った感じです。
 ところが驚いたことに、この場所での交尾の機会は各縄張り(8つ)よりもむしろ多いように感じます。次々にメスが飛んで来ては交尾、そしてその度、新たなオスが入れ替わるのです。この新たなオスが果してすべて闘争に負けたオスなのか、縄張り占有経験のあるオスなのかは分かりませんが、もしかすると、この地域のサラサヤンマ個体群全体がより平等に交尾できるような種独自の配偶戦略があって、この草地はそうした中でサテライトの位置づけがあるのかも知れません。
                     
                こちらを警戒して産卵場所でホバリングするメス
                          
                       メスを捕えたオス
                          
                 脚立を持ち込んで何とか撮った交尾の写真
                          

 



2026年5月26日火曜日

サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の観察記Ⅰ

季節はあっという間に初夏に

 今年のムカシトンボは何かいまいちパッとしないまま終わろうとしています。代わってサラサヤンマのシーズンとなってきました。郡山市ですと、例年連休明けの10日ごろから羽化が始まります。大体月末になると成熟虫が湿地に飛来してきます。
 昨年観察していて、このヤンマは基本的に縄張り内に静止してメスを待つトンボでは?という考えを持ちました。多くの文献では縄張り内をホバリングしながらメスの飛来を待ち、一部では静止して縄張りを張ると記述されています。要は縄張りは飛翔が主で、一部静止してメスの飛来を待つということです。
 
 5月25日に郡山市郊外のハンノキ林にある生息地に行ってみました。すでに多くの個体が見られ、交尾・産卵も観察できました。早朝から縄張りを張る場所で待っていると、最初のオスが飛んで来ました。それは縄張りを含むやや広い空間を高さ1mぐらいを上下動しながら数十秒から1-2分飛び回った後、今度は地面から50cmぐらいの高さをホバリングを交えてせわしく飛翔します。数十秒から1分ぐらいでしょうか。その後さらに低く、ブッシュや低灌木の方を向いて30cm2ぐらいの狭い場所をホバリングして、おもむろに枯れ枝や植物の葉などに止まります。
                  
                  
                  縄張り内でのオスの飛翔

 静止したオスはその後、自発的に(他の小昆虫の刺激や風にあおわれたりしてなど)、あるいは侵入してくるオスの迎撃、そしてメスの飛来によって飛び立ちます。自発的な場合はわりに短時間でまた同じ場所に戻って静止します。迎撃の場合は追い払った後に、再び縄張りに戻りますが、ホバリングを交えながらまるで自身を誇示するがごとく数十秒から数分縄張り内を飛翔してから静止します。メスが縄張り内外に飛来するとオスは瞬時に飛び立ち、メスをあっという間に捕捉して草むらに落下します。そしてメスを把握すると飛び立って、タンデム状態から移精、さらに交尾態となって樹上に上がって枝に止まります。この間、縄張りはがら空きで、多くの場合、新しいオスが飛来して縄張り主となります。
                   
                 縄張内で静止してメスを待つ
            
             メスを捕えタンデムとなって飛び立とうとするペア
                   
                  
               交尾はいつも高い場所に上がってしまう
       
                  まだ初々しいメスの産卵

 さて、今回は飛翔型と静止型の縄張行動を比較してみました。まずそれぞれの継続時間です。上述したとおり、静止型の継続時間がとぎれるのは3つの原因からでしたが、考えてみれば、それらの刺激原因がなければ逆に延々と静止状態が継続されるのでしょうか?さらにサラサヤンマの場合、縄張りの目的はメスを捕えることです。静止型と飛翔型ではメスの捕捉数に差があるのでしょうか?それらを念頭に観察した結果が下の表です。調査個体数は示してありません。
                  

     注目すべき交尾率ですが、明らかに静止型が2倍高くなっていることが分かりました。これは継続時間が静止型が4倍以上も長いことが主な要因と考えられます。飛んでエネルギーを消耗するよりも、止まって楽して交尾したほうが絶対に良いと思います。飛翔型が静止型より長時間継続するなら結果は逆になったと思います。
 しかし、観察していてサラサヤンマが飛翔型と静止型の両方の縄張行動を使い分けるとはどうしても思えないのです。つまりサラサヤンマには積極的に縄張り内をホバリングしながら飛翔警戒する気がさらさらないというか、もしそうなら、もっと静止状態から自発的な縄張り飛翔が頻繁に起きて、飛翔時間も逆に長くならなければなりません。それが全く観察できなかったことは、本種の縄張は飛翔型でなく静止型である可能性が高いんと違うんかい?
                  
 もし、静止型縄張りのオスが外的な刺激を受けなかったとしたら、一体どのくらい長く止まっているのでしょうか?ある時間以上は我慢できなくなって、自発的に飛翔型縄張り行動に移ることはないのでしょうか?5月27日の観察はその点非常に興味のある出来事でした。この朝はどんよりした天気で、8時頃に日が射しこんできました。オスの飛来は8:30を回ってからでしたが、2オスのみが飛来してきました。片方は直ぐにメスが来て、それを捕え交尾態となって飛び去って行きました。残る1オスは縄張り内の小さな枯れ枝に止まってメスを待ちます。でもなぜか、その後メスはおろかオスも全く飛んできません。結局このオスはしきりに翅を震わせながら28分43秒も止まったままの状態でいました。 
                                                                                           
                                                         中央のハンノキの手前のくぼ地が縄張りの場所
     
 この日の観察からも、縄張り内でホバリングを交えた飛翔行動は、全てが静止縄張り行動中のオスが主に3つの外的刺激を受けて飛び立ったもので、自ら飛翔型縄張り行動に移ったものではありませんでした。しかも短時間の飛翔でまたすぐに止まります。
                   
                 縄張りから離れた草地で占有飛翔する若いオス
                        
                     同じ場所で産卵する非常に若いメス
                        
                占有オスに見つかり確保された. この後交尾態となって樹上へ

 確かにオスが5分あるいはそれ以上長くホバリングを交えた旋回飛翔を行うことがありますが、これは未熟個体(発生後期なら縄張りに入れない弱く経験の浅いオス)が縄張りに侵入できずに離れた湿地の上で行う行動(サテライト=スニーカー行動)のようで、この場所でも交尾が観察されます。この辺はここに焦点を当てた観察が必要で、課題と言えばそうなんでしょうね。
             



        

 


2026年5月12日火曜日

越冬3兄弟

 先に、いわき市のムカシトンボが生息する渓流わきで、オツネントンボとホソミオツネントンボを多数確認し、さらに県内では最近になって記録が出始めたホソミイトトンボまでもいたことを述べました。この状況なら中通りの郡山市にもすでに分布を広げているのではと、家から自転車で10分のところにある溜池に行ってみました。最初に目に入ったのがホソミイトトンボの連結ペアでした。なんだ、ちゃんと居るではないですか!さらに注意して周囲を見渡すと、そこそこの個体が確認できました。ウーン、いったいいつ頃から居たのだろう?全く気が付きませんでした。

                                                                                           

                                                    灯台下暗し、目と鼻の先に居たとは!

 ホソミイトトンボは東南・南アジアを中心に30種ぐらい同属種がいて、多くが平地の止水域に極々普通に見られるトンボです。一方、このグループは同定が非常に難しくて、実際ラオスからも数種を記録していますが、同定には二の足を踏んでいました。そんなこともあって、正直最近まで日本のホソミイトトンボにもあまり関心がありませんでした。


 この時期に池でみられるのは御三家以外ではアジアイトトンボしかいません。朝一番に現れるのはオツネントンボで、次にホソミオツネントンボになります。ホソミイトトンボは 9:00 を回らないと出勤して来ません。結構敏感で、撮影しようと近づくとすぐに飛ばれてしまいます。
 しかし、数ある Aciagrion の仲間でなぜこのホソミイトトンボだけが、突出して高緯度の地域に生息しているのか不思議です。しかも成虫で越冬するなんて。
 ロシアのトランスバイカル地方からは Aciagrion hisopa  が記録されていました。このトンボは本来、インドや東南アジアに分布するトンボです。ですからなぜロシアなんかにいるのかという疑問は、当のロシア人研究者の多くがもっていたようです。最近、この問題は Oleg Kosterin 氏らによって追究されて、A. hisopa はホソミイトトンボの誤同定であったことが明らかになりました。またロシアにおけるホソミイトトンボの生態も分かって、それは日本のものとはちょっと異なるようです。
 レポートによればロシアの生息地は乾燥地帯にある非常に大きな湿地で、周囲に森林は全くありません。ホソミイトトンボの生息は湿地の水生植物に依存しているそうです。またシベリア地方の冬季間の気温は-30℃以下になり、日本とはその厳しさは比較になりません。日本では一般に平地・丘陵地帯の樹林内の樹木の枝や草むらの枯葉に静止して冬を越すといわれていますが、日中気温が上昇すると飛び回ることもあります。しかしロシアでは自ら雪に埋まるところで越冬し、雪によって外気との接触を断つと共に、雪の保温効果を利用して厳冬期を乗り切ることが報告されています。
 なぜここまでして、過酷な環境に進出するのか?ロシアの研究者たちはその謎をAciagrion 
属のDNAを調べることで答えを見出したいようです。
 
 個人的な話になりますが、この  Oleg Kosterin 氏はロシア中部、シベリアの入り口となる要衝ノボシビルスクの大学の生物学の先生です。彼はトンボの分類分野では世界的な研究者で、分類学上極めて重要な論文を多数発表しており、彼の動向には常に目が離せません。以前はカンボジアのトンボを精力的に研究されていて、私がラオスのトンボをやっていた関係で良くメールを寄こしていました。また、共著でカンボジアからアジアサナエの新種を記載したこともありました。その時分かったのですが、ロシア人は記載文にもかかわらず、不明な点や関係することがらは徹底的に明らかにして、それを論文に取り入れることにこだわります。ですから文章が何というか記載に直接関係ないことがらにも波及して膨れてしまい、記載文なのに大論文風(大げさに言うと)になってしまします。彼からのメールが来ると、1回の文章量がものすごく多くて、気が重くなるぐらいでした。
 彼だけがそうなのかと思っていましたが、他分野の方がこれはロシア人研究者の特徴なのだと言っていました。
 ノボシビルスクの大学は今、ウクライナ戦争の影響で学生の強制徴兵がすさまじく、勉強や研究どころではなくなってしまっているそうです。
                      
                           
                                                                                         
                                                                                         
                                                                                          
                                                                                           
                                                        郡山市のホソミイトトンボの姿 (11/Ⅴ/2026)       
                          
                                                                                               
                          オツネントンボもまだまだ元気、集団産卵の写真は以前虫の会のブログで使ったもの
                          
                           
          ホソミオツネントンボはここ郡山市でもオツネントンボから10日ほど遅れて飛来する


   
参考にした文献
Kosterin, O. E., (2005): Dragonflies (Odonata) of the Daurskii State Nature Reserve and its  
   surroundings.  Insects of Dauria and Adjacent Territories, Issue 2; 5-40.

Oleg E. Kosterin & Elena I. Malikova,  (2019): Check-list of Odonata of the Russian      
  Federation.  Odonatologica  48 (1–2): 49–78.

2026年5月3日日曜日

ムカシトンボ Epiophlebia superstes の季節 (越冬トンボ御三家)

 今年のサクラの開花は異常に早く、西会津町だと10日以上も早く開花したところもあったようで、 ギフチョウの観察タイミングも難しかったと聞きます。さて、ムカシトンボはどうでしょう?4月28日にいつものいわき市三和町の産地を下見に行きました。今年から本格的に風力発電所の建設が始まることになっていますので心配でした。当地に着くなり、ある程度覚悟はしていたとはいえ、広範囲にわたる伐採でかつての林道の面影は全く失われており愕然としました。さらにひっきりなしにダンプカーや建設関係の車両が行きかっていて、とても観察が行える状況でないことは明らかで、もうここはダメだと思いました。良いところだったのですがねえ😞

 あらたな観察地を決めるために、急きょ近くの候補地を見て回ることにしました。ムカシトンボは三和町内に広く見られ、ほとんどの沢に生息しています。できれば車で直接乗り付けて、車から楽して観察できる場所はないものか。
                    
                      候補地の林道沿いの渓流
                         
                      この先に支流があって、そこかなあ
                        
                          支流の出会
                        
                         環境は申し分ない
                      
                流畔にはフタバアオイの大群落がいたるところにある

 幸い、そう遠くないところにまあまあの沢を見つけて一安心。これで何とか観察できるといいのですが。一帯での羽化はすでに始まっているはずなのですが、ここでは見つかりませんでした。しかしその一方で、越冬トンボ御三家をこの新たな沢沿いで多数見つけることができました。

                     日ましに緑が濃くなっていく
 
                 ニリンソウの開花が盛期
                        
              渓流沿いの樹々から降りてきたホソミイトトンボが集まる草地

 特に県内ではまだまだ珍しいホソミイトトンボを4月28日に初めて渓流脇の草地で1頭を発見!この個体はほとんど越冬時の体色で、わずかに胸部と腹部先端が淡く水色を呈していました。ところが5月2 日には、同所でさらに見つけた3頭すべてがほぼ成熟したブルーの鮮やかな体色にかわっていました。ホソミイトトンボについてはほとんど知識がなかったので、正直この渓流で見つけた時はびっくりしました。状況を考えるとやはりこの渓流沿い(標高544m)で越冬していることは間違いないようです。このトンボと同じ場所にはホソミオツネントンボがたくさんいました。白河市の例もあることから、ホソミイトトンボと同じく秋には平地からムカシトンボが生息するような山地帯にまで登って来て、なぜだか分かりませんが渓流脇の樹林の中で冬を越すのでしょう。こう考えると、本種はすでに阿武隈高地全域に分布していている可能性があります。今年以降、県内どこからでも記録が出てもおかしくない状況にあると思います。ホソミイトトンボとホソミオツネントンボはほぼ同時期に平地の池に見られるので、多分この後、一緒に山を下るのでしょう。
                    
                    
               ムカシトンボの住む環境で越冬した♂、体色はやや薄いか
                   
 一方のオツネントンボは4月中旬にかなりの個体が見られたのを最後に、すでに山を下ったのか全く観察できなくなっていました。前 2 種より越冬が早く終了するようです。オツネントンボとホソミオツネントンボは1ケ所でかなりの個体数がまとまって見ることができますが、ホソミイトトンボは全部で4頭ほどで個体数はかなり少ないようです。しかし、こんな山地の渓流脇で越冬とは、なかなかこのトンボも面白いですね。てっきり平地周辺の丘陵地の林だと思っていました。 
                   
            この沢では急激に個体数が減って、4月28日には見られなくなった

               ホソミオツネントンボは渓流脇の若いササの葉に集まっていた
                    
                まだ体色が淡く、もうしばらく滞在が続く
                     
                     
     日陰だと色が映えるが、まだかなあ
                    
             ♀は集まって見られ、♂はほぼ単独でメスから離れた場所で見つかる

追 ホソミオツネントンボとホソミイトトンボは 5 月 5 日以降全く見れなくなりました。恐らく繁殖地を求めてこの地を離れたのだと思います。また、同じ日にムカシトンボが初目視(以前の観察地において)されました。
         




2026年2月18日水曜日

原点回帰、長沼への思い

 トンボと私

年をとってくると、なにやら人は昔を懐かしむことが多くなるらしい。97才になった伯母を施設に見舞った時に、ぽつりと、「でも、いろいろ楽しいこともたくさんあったからね。もう思い残すことは無いよ・・・」と。考えれば伯母は施設に入ってから長い。入所後、楽しいことがどれほどあったか、そう思うと、なるほど楽しい思い出の多さは人生の終末期において、残された日々を過ごす中でとても大切な事柄になってくるのだろう。

トンボは僕の生きがいの1つだ。トンボを好きになったのは自然の成り行きだった。母の実家は長沼町だ。家は釈迦堂川の近くにあって、城下町らしく、水路が集落のいたるところに張り巡らされていた。もちろん現在と違って、コンクリート護岸などはない。川岸にはいたるところに水草が茂り、夏にはそうした場所でカジカやヤマメをヤスで突いた。街中でこうした遊びができるところも、子供にとって魅かれるものがあったのだと思う。

遊び場はほとんどが屋外で、従兄と一緒にゴム動力の飛行機飛ばしや、ビー玉やめんこなどに興じ、夏休みは川での水泳に毎日通った。運命の出会いは川で泳いでいる時だった。水面に顔を出したその目の前を大きなトンボが水面すれすれを飛び去った。コヤマトンボであった。もっともこの名前を知ったのはずーとかなり後になってからだったが。

僕はその時のトンボの姿に心を奪われ、この時スイッチが入ったのだと思う。以後毎日、水泳などすっかり忘れて、このトンボの捕獲のために川に通った。なかなか採ることができなかった。ようやく仕留め、指に挟んだトンボをドキドキしながら見たら、その摩訶不思議で、思わず吸い込まれてしまうほど綺麗なグリーンの目玉や、金属光沢をまとう胸部と鮮やかなレモン色の紋。トンボへの興味は一気につのった。

夏休みになると東京から遊びに来た従妹を連れて、良く川にトンボ採りに行った。夏の青い空にもくもくと沸き立つ入道雲。そして彼女のかぶる麦わら帽子と、そこから覗く笑顔。僕はただ黙って一緒に草いきれの立つ田んぼのあぜ道を歩いた。

もう50年以上も前の思い出だ。施設や病院で最後を迎える時、どんな思いがよぎるのか、心に残るやさしい思い出であってほしいと思う。                      

                                             家の前の庭を夕方になると良くコシボソヤンマが通り過ぎた
                            
               大切な思いでの詰まった裏庭、カトリヤンマを見たのもここだ
 

                 初夏の川面を飛ぶコヤマトンボ

                    コシボソヤンマはさすがに今見れないが、当時は町内の水路にもいたし、日中良く家に飛び込んできた








































































2025年10月29日水曜日

スナアカネ Sympetrum fonscolombii の最新の分類学的な位置について

                   
                 夕日を受けて休むスナアカネ 2017.9.19 南相馬市

もう1つの論文 
 文献  A.V. Mglinets et al. ( 2025)では、前回同様に核DNAの分析にヒストンH3-H4領域の配列を用いた系統解析をトンボ類でおこなったところ、この新しいマーカーはトンボの分子系統分類においても有効性を示し、アカトンボ類において新知見を得るとともに既往の研究結果をさらに支持するものになった。と述べています。
 一つ目はキトンボ Sympetrum croceolum  の塩基配列はオオキトンボ S. uniforme  のそれに完全に内包していてキトンボはオオキトンボの単系統的子孫と考えられると述べています。
 もう1つはスナアカネ S. fonscolombii です。本種は他のSympetrum 属の各種から大きく分岐していることが明白に示されました。このことは Pilgrim & von Dohlen (2012) の研究結果と合致していて、スナアカネは アカトンボSympetrum 属から新属に移されるべきだとしています。
 これについてはかつてSchmidt (1987) が、スナアカネは他の Sympetrum 属と違って、移動性が極めて大きく、分布がヨーロッパ、アフリカ、中央アジア、インドさらに一部極東まで広がっていることや、その形態的特徴からTarnetrum 属に移すべきだと提唱しましたが、記載はされていませんでした(最もこの考えは、Pilgrimらの分子系解析でスナアカネがTarnetrum 属に近縁でないことが明らかになって、現在は否定されています)。 
 こうしたことから今回の結果を踏まえて、ヨーロッパの研究者がスナアカネを近々新属で記載することは間違いないでしょう。まあ、とにかくスナアカネはアカトンボの仲間ではない、全くの別物だったということです。
                                                                                               
                                         参考 ペニスの比較  左:スナアカネ(寺元利行氏提供)、右:アキアカネ (30倍)
                                                          
 余談ですが、最初にスナアカネはアカトンボの仲間でないと1987年に論文を発表したSchmidt氏 は、Erich Walther Schmidt 博士のことで、当時の西ドイツのボンにあるライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学の教育学部の教授でした。しかし、2年後の1989年8月に自宅近くで自動車事故によって亡くなってしまいました。博士は独身で、孤高のトンボ学者としてヨーロッパを代表する分類学の重鎮でした。そんな博士は朝比奈正二郎博士と親交が深く、朝比奈博士はしばしば彼の自宅に滞在して、各地の博物館所蔵の標本を調べたそうです。また2人でいる時には夜遅くまでトンボ談義に花が咲いたそうです。博士は意外にも自室にピアノを置き自らクラシック曲を弾くロマンチェストでもあったと言います。彼の死後、その遺言に従って、貴重なコレクションは朝比奈博士に送られ、現在は筑波の科博にシュミットコレクション(マダガスカルのトンボはかなり貴重だと思います)として大切に保管されています。

 ところで、スナアカネの長距離移動についてはかねてヨーロッパで関心が高く、最近では安定同位体比を用いた研究なども行われています。近年行われた水素安定同位体を用いた調査ではロシア・ヨーロッパには春から夏にイランなど南西アジア地域から成熟虫が飛来して、その子孫は晩夏・秋に今度はもとの南西アジア方面に越冬のために回帰飛翔し、それらは2000km、最大で4000Kmも移動すると言います( Sergey N. et al., 2020)。仮に2000kmとすれば、西日本からだと、北はロシアはハバロスクのはるか北、西なら中国北京のはるか西方にあたります。
 本やブログ等によると本種は飛来種で、大陸あるいは南方から飛来すると記述されています。最近は南西諸島では越冬が認められたり、目撃例が増えています、でも南方方面からの飛来と言ってもどこから来るのでしょう?遠くインドシナ半島での記録は多分なかったと思います。香港や台湾での記録も以前はそれ自体が話題に上るほど稀ですから、もしかすると南まわりのルートは可能性は低いかも。ミャンマー東・南部やタイ、ベトナムあたりで多数確認できれば可能性はあると思いますが。どうでしょう?
 Sergeyらの論文のスナアカネの分布図をお借りして示すと、インド洋から南・東シナ海に面する地域からは記録がほとんどないことが分かります。一方、ロシア極東地域一帯、例えばウラジオストック付近から日本海沿岸にかけて2015年にはかなりの個体が見られ、定着しているようだという報告(Onishko, 2019) もあり、急速に極東地域全般に本種が見られるようになったとも述べています。このような状況をみれば、大陸北部(中国)ロシア沿岸部から本種が飛来している可能性も疑う必要があるでしょう。
                     
     
               スナアカネの分布図(Sergey N. et al., 2020 より転載)
                  白枠は研究対象地域

 この図を見て、東アジアでの記録が少ないことの理由をいろいろと考えてみると、➀観察者の数が少ないため、②物理的障害がある(例えばチベット高原や天山山脈)③そもそも東に向かう気が無い、④たまたま気象条件によって数千キロ運ばれたなど、など。
 やはり中国やロシアの状況が分からない限り、この問題は解決できないと思います。あまりにも情報が少なすぎます。

文献
A.V. Mglinets et al. ( 2025),  A new molecular marker including parts of conservative histone H3 and H4 genes and the spacer between them for phylogenetic studies in dragonflies (Insecta, Odonata), extendable to other organisms. Vavilov J. Genet. Breed. 29 (6): 868-882. 

E. Schmidt ( 1987 ) Generic reclassification of some westpalaearctic Odonata taxa in view of their nearctic affinities (Anisoptera: Gomphidae, Libellulida) . Adv. Odonatol. 3 ; 135-145.

Onishko V.V. ( 2019 ) New records of dragonflies (Odonata) for Russia, with notes on the distribution and habitats of rare species. Evrasiatskii entomologicheskii zhurnal, 18: 222-230.

Pilgrim E.M., von Dohlen C.D. (2012) Phylogeny of the dragonfly genus Sympetrum (Odonata: Libellulidae). Org Divers Evol. 12: 281-295.


Sergey N., et al. (2020) Isotope evidence for latitudinal migrations of the dragonfly Sympetrum fonscolombii (Odonata: Libellulidae) in Middle Asia. Ecological Entomology  2020: 1-12.




2025年10月24日金曜日

最新の遺伝子マーカーによるミナミヤンマ Chlorogomphidae の高次系統分類と種の検討について

 最近の論文から

 1ヶ月ほど前にロシアの研究者から送られて来ていた新しい遺伝子マーカーを用いたトンボの系統分類の論文2編を開いて見てみました(読んでない)。DNA関連の文献はさっぱり分からないので、AI翻訳でパッと見てみたのです。
 まず、その一つThomas Schneider ら (2025) による Molecular phylogenetic analysis of the family Chlorogomphidae (Odonata, Anisoptera),  Invertebrate Systematics: 39 です。直接このブログには関係がないのですが、分子系統分類においても日々解析技術の改良が行われていて、トンボの分類学においても新しい分析方法が検討されていています。それによって新たな分類体系が構築されているということが分かりました。この論文はミナミヤンマ(現時点で南アジア~東南アジアに56種もの本種が記載されているそうで😗、本論文ではそのうちインドシナ半島をメインにした36種を対象にしています)の高次分類体系さらに系統樹から種レベルまで再検討しています。
 調査はこれまで広く使われていた核DNAのITS領域だけでなく、今回はDNAが巻き付いて保持される担体的な枠割を持ちさらに遺伝子の発現に関与するとされるヒストンH3-H4領域とミトコンドリアDNAのCOI遺伝子のバルコーディング断片領域を調べています。
 その結果、ITS、H3-H4およびCOIそれぞれの系統樹は異なるトポロジー的系統樹を示し、これらを特殊なソフトで解析したところ総括的な系統樹を作成できたとしています。
 彼らはこの分子系統分析からChlorogomphidaeは1科1属から成り、これまで Chloropetalia 属およびWatanabeopetalia 属として分けられていた2属はChlorogomphus 属に再統合することを提案しています。
    そのほか種レベルを含めた変更は以下の表のとおりです。
                                                                                               

  この表のようにかなりの種で変更が示されていて、論文によれば今後さらに台湾のタイワンミナミヤンマとイリオモテミナミヤンマをはじめ数種が統合されるようなことが述べられています。さらに分析領域を変えて調べれば、かなりの種がシノニムとなって統合されていくように思えます。
 ところで、共同執筆者のロシア人の Kosterin さんは大のMacromia 属(コヤマトンボの仲間)好きで、近いうちに多分、東南アジアのMacromia 属の分子系統分類をヨーロッパの研究者と一緒にやるに違いありません。いやすでに投稿しているかも?
 世界一の東、東南アジアの Macromia 属の標本を有し、多くの種の遺伝子解析データを持っている日本は結局、データを彼らに提供するだけで何もできないのでしょうか?日本の遺伝子解析データが海外の研究者にどんどん使われて多くの興味深い論文が発表されています。残念なことです。この辺が日本のトンボ界の限界か。
                       





マーキング法によるオオルリボシヤンマの縄張りの観察 Ⅰ

 身近なヤンマやサナエ類にマーキングを施して縄張り行動を観察できないものか?もし種によってマーキング法が有効なら、これまでの経験知とその憶測からしか言えなかった生態が、具体的な実例と数値をもってして科学的に示されることになります。  これまで人懐っこい?トンボであるムカシヤンマと...